自治体のミラーサイトをコミュニティと協力して構築した日本マイクロソフト
「Windows Azure」で文部科学省の放射線情報サイトも
東日本大震災の直後から、クラウドやホスティングの事業者が、アクセスの集中しているサイトを助けたり、緊急情報などのサイトのために無償アカウントを提供したりといった活動を相次いで行なっていた。
クラウドサービス「Windows Azure」を展開している日本マイクロソフトでは、震災後にアクセスが集中してアクセスが困難になっていた自治体などのサイトに対して、Azureを利用したミラーサイトを構築するといった取り組みを進め、希望者に対してはAzureの無償アカウントも提供した。
また、文部科学省の放射線モニタリングデータのサイトをAzure上で構築したほか、計画停電のカレンダーの提供、PCの節電方法の解説やツールの提供など、震災関連の活動を幅広く展開している。
今回は、Windows Azure関連の活動について、日本マイクロソフト株式会社 デベロッパー&プラットフォーム統括本部 クラウドプラットフォーム推進部 部長の平野和順氏と、同推進部 エバンジェリストの砂金信一郎氏に、自治体との連絡や放射線モニタリングデータの活動について日本マイクロソフト株式会社 パブリックセクター テクノロジーソリューション本部 官公庁TS部 プリンシパルテクノロジーストラテジストの細井智氏と、同部 テクノロジーストラテジストの澤田慶子氏に話を聞いた。
●コミュニティの動きが速かった
平野和順氏 |
砂金信一郎氏 |
――震災直後の活動から教えてください。
平野:震災当日は、私はなんとか自宅に帰ってほっとしていたのですが、Twitterなどで、自治体のサイトにトラフィックが集中して落ちそうだ、なんとかならないか、といった声が、いろいろなところから上がってきました。
こうした声に対して、インターネット事業者の人たちや、同じくクラウドを展開しているAmazonさんなどといっしょに、何かできないかという話になりました。また、Azureのコミュニティ「Japan Windows Azure User Group(JAZ)」のメンバーも、砂金の呼びかけに反応して、いっしょにやろうという話になりました。
砂金:コミュニティのみなさんは、すごく動きが速いんですね。私も震災当日、金曜日の夜に帰宅してみると、どこにどういう情報があるとか、どのサイトが落ちているとかいう話が多く上がっていました。
平野:そうして夜が開けて、翌日(3月12日)は土曜日だったのですが、米国はまだ金曜日でしたので、Azureのアカウントを無償で提供できないかと本社と交渉しました。本社の担当もすごく熱心に対応してくれて、3時間ぐらいで承認が出ました。たぶん、担当者決済だったのではないかと思うのですが。
ミラーサイトの構築は、緊急時ということもありましたので、最初は負荷が集中しているサイトを勝手にミラーするという形で始めました。ただ、やはり連絡をとって正式にミラーサイトとしたほうがいいですし、DNSをミラーサイトに向けるといったこともしないと最終的に負荷も軽減されません。そこで、月曜日(14日)からは、細井たちのいる自治体関係の公共営業のチームが、岩手県や福島県の担当者に申し入れをして、公式なミラーサイトとしてやらせてもらい、それがどんどん拡張していったという流れです。
砂金:Azureのアカウントはもともと試用アカウントがあって、私もいくつか持っていたのでまずはそれをコミュニティの人たちに渡しました。それだけでは足りない部分などもあるので、一方では平野が話したように本社にかけあって、といった動きは並行して進んでいきましたね。
Azure Platformで構築されたサイトの情報は「東日本大震災対応 情報掲載 Web サイト一覧」としてまとめられている |
――めまぐるしい動きですね。
砂金:震災直後は、金曜の夜から月曜ぐらいにかけて、24時間誰かしらが作業している形で、いろいろなサイトをミラーしていました。途中で私が、この作業は自動化できないかと言ったところ、土曜の昼頃にはJAZの方から「できました」と返ってくるといった具合で、非常に効率的にいろいろなサイトをミラーできるようになりました。
――コミュニティが先導したわけですね。
砂金:最初にできたシステムは、オープンソースのプロキシサーバーの「Squid」をAzure上で動かしている、手作りのシステムでした。ただ、公共営業のチームが話をするときには、マイクロソフトとして技術的に保証できるパッケージが欲しいという要望が出てきました。
平野:3月15日に、サイト構築および移行支援を請け負うと対外的にもアナウンスしたのですが、それに合わせて各部門を横断してエンジニアが集まるチームを作り、砂金の言う「ARR作戦」を実行しました。
砂金:ARR(Application Request Routing)というのは、IISの上で動くリバースプロキシで、マイクロソフト製品なんです。Azure上で動かすには、ARRのほうが小気味よく動く。あと、初期のころにミラーしていたサイトは素直だったんですけど、たとえば岩手県庁のサイトは複雑で、きれいにミラーできなかったんですね。そのための書きかえや細かい設定が器用にできるのがARRでした。
そういうことを、部門横断のチームで、IISまわりに強いエバンジェリストとか、コンサルティング担当とか、公共営業のエンジニア担当者とか、みんなでいっしょうけんめい作り上げた。
そうして、ARRの得意なところとSquidの得意なところがあるので、JAZ側にもフィードバックして、JAZ製のSquid版とARR版と、両方のAzure用パッケージ(CSPKG)を用意しました。
――勝手にサイトをミラーしていたわけですが、問題はなかったのでしょうか。
平野:やって問題になったらそこでやめればいいんじゃないか、確認するより前にやってしまおう、という考えでしたね。実際に問題になったのは1つか2つでしたが、勝手にやらないでくれといった反応ではなく、情報にズレが生じてはいけないので少し待ってほしいといったようなもので、おおむね好意的にとっていただけたと思います。
――最初はミラーサイトが中心でしたが、やがてAzure上でウェブアプリケーションのサイトも集まってきましたね。
砂金:後から停電などの問題も大きくなって、アプリケーションを作ろうという話が出てきました。また、アプリケーションは1日ですぐできるものでもありませんし。
たとえばこの「tweetradio」というサイトは、JAZのメンバーが作ったものです。Twitterで震災関連の情報が流れていたのですが、ずっとPCの前にいられない方のために、音声で読み上げてくれて、ラジオのようにTwitterのタイムラインが追えるというアプリケーションです。これもAzure上で動いていて、音声の読み上げにBingのAPIを使っているので、ブラウザーに依存せず動きます。
平野:ソフトウェア会社でも、日本デジタルオフィスがスマートフォン向けに「J!ResQ」という緊急時の連絡用のアプリケーションを作られました。これを「インストールマニアックス」受賞者の有志が従来型の携帯向けのものも作って、両方からデータ入力や検索ができるようになりました。
tweetradio | J!ResQ |
――マイクロソフトとコミュニティと企業がいっしょに活動したと。
砂金:コミュニティのみなさんと、特に震災直後は活発に活動できたのですが、週が明けて仕事が始まると時期的には年度末を控えていてみなさん忙しいわけです。ボランティアベースだけですと、フットワークは軽いのですが継続性という点で問題があります。そうした活動を、マイクロソフトなどの会社が本業に近い形で受け取っていかないと、なかなか継続性が持たせにくい。
ボランティアでも「sinsai.info」のように非常に組織立って動いて、一つの完成系となっている活動もありますが、誰もがなかなかそうはできません。そこで、マイクロソフトやパートナーをまじえて続けていくようなことを、意図的にしていました。
●24時間で放射線モニタリングデータのサイトを公開
細井智氏 |
澤田慶子氏 |
――自治体とのやりとりはどうだったのでしょうか。
細井:自治体も、そうとう困っていましたね。我々公共営業担当も、日頃のおつきあいもあって、何か支援できないですか、とお話をしていました。そのような中で、Azureでのミラーサイトみたいな動きが出てきて、実際にうまく自治体などの担当者さんにつなげられたという例もありました。
そうしているときに、放射線モニタリングデータのサイトの話が持ち上がりました。発端としては、3月18日の金曜日に、文部科学省から、相談があるので緊急で来てほしいと連絡があったのです。それで私を含め数名が16時に行ってみると、他社さんも何社か集まっていました。
相談内容は、原子力発電所の事故で放射線情報に関心が高まっているので、13時と19時にプレス発表しているデータを国民に向けてわかりやすいデータとして公開したいという要望でした。各社その場では回答を避けたのですが、マイクロソフトとして、他の震災関連でAzureの活動もありましたので何かできるかもしれないと思い、持ち帰りました。
それから社に戻って、社長の樋口も含めたトップレベルやAzure関係者を集めてミーティングを開いて。やはりやるべきだろうという結論になりました。そして、22時に再び文部科学省と打ち合わせをして、「日本マイクロソフトにて対応します」と答えました。
翌日午前中にすぐミーティングしましょうという話になり、ミーティングに手ぶらで行くわけにもいかないだろうということで、エンジニアがグラフ表示サイトのモックアップを作り始めたのです。それが翌日19日土曜日の朝10時のミーティングまでにできあがったんです。
――早いですね。
細井:そのモックアップを文部科学省にお見せしたら、これでいい、さっそく今日から情報を公開しましょうという話になって(笑)。
そこから会社に戻って、運用体制や、文部科学省からデータをもらって加工し掲載するまでの作業フローなどを決めつつ、サイトの仕上げをしました。文部科学省として正確な情報を国民にきっちり伝えたいという意図は、国民である我々も非常に意義あることと思い、細かい仕様詰めを行いました。実際にAzure上のモックアップを変更して、文部科学省に連絡して確認してもらう、という作業を繰り返して、ミーティングから6時間ぐらいで公開できるようになりました。ですので、話を受けて12時間でモックアップを作って、次の12時間で公開にこぎつけて、ほぼ24時間でできあがったのです。
また、国際メディアに対する情報展開という観点で英語化のご要望や、携帯電話向けの情報展開のご要望もあり、Azure環境ですぐに対応いたしました。
現在では、放射線の状況によって必要に応じて仕様を変えながら、現在も継続的にデータ更新を続けています。
――現在はどのような仕組みを提供しているのでしょうか。
細井:状況に応じてデータの見せ方を変えていくことが重要であり、SQL Azureをベースにしたデータベース化を行っているところです。また、放射線の推移の情報を学術研究でも利用できるように、CSVでダウンロードして利用するような対応も行っています。
放射線モニタリング情報のページは文部科学省のトップページからリンクされている | 各地のモニタリングデータをグラフで表示する |
●平常時にもっと進めていれば、という反省も
――今後、方向の違った取り組みも必要になってくるかと思いますが、それについては。
砂金:たとえば、同じエバンジェリストの西脇は、Hack for Japanにも参加し、被災地に何度も足を運んで、状況を自分の目で見てくるということをしています。どうも私も含めて、インターネットの記事やブログやTwitterなどで現地のことがわかったつもりになりがちなんですけど、やっぱり現地には現地の悩みがあるんですね。こういうものがきっと必要だろうから作るという話じゃなく、ちゃんと現場のニーズを吸い上げるという活動をしている者もいる。いままでは、100の手を打って3つぐらい当たればいい、という活動でもよかったんですが、こからは真に困っていることを助けようというふうに動いているのではないかと思います。
平野:新幹線が開通したころから、仙台市内などで海側ほど大きな被害を受けていない方に、自分たちも何か作ろうという機運が出てきています。自分たちももう少し地元を助けたいという声も、実際に聞いています。
――被災地域に仕事を作る必要が言われていますね。
砂金:Dynamics CRM Onlineのサービスを災害復興に使ってください、という活動で、青森が本社の有限会社ページワンにご協力いただいています。東京から全部やるのではなく、東北地方で仕事のできる人たちに、きちんと仕事を落していかないといけない。一定のスキルがあればどこにいる人でもいいという仕事については、少ない予算の中からできるだけ振り分けていく、という活動を自分の判断でやっている人もいます。
――震災以前と以後では企業のクラウドに対する考え方にも変化があったように思いますが。
平野:いままではデータセンターを外に出すなんて、まして国外なんて、という声がありましたが、震災や停電を機にクラウドを積極的に使おうと考えが変わってきたように思います。
砂金:Windows Azure MarketplaceのDataMarketというサービスがあるんですね。政府や調査会社のデータを有償や無償で提供するもので、ユーザーがそのデータを分析したりグラフ化して表示したりできるんです。そんなサービスがグローバルではすでにあるのに、日本では提供できていませんでした。こうしたものを、平常時からきちんと官公庁などに提案できていれば、もっといろいろデータを活用できたんじゃないかという後悔は感じています。sinsai.infoの方と話して、こんなデータがあればマッシュアップして使いたい、というアイデアを聞くのですが、技術的にはDataMarketでできるけど、データが間に合っていなかった。
そうした、本当はできたはずなのに、ということは、ディザスターリカバリーなども含めて、改めて平常時からやっておくべきだと反省しました。次に災害が起きたときに備えて、グローバルにフィードバックする必要も感じています。
関連情報
(高橋 正和)
2011/6/20 12:27
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