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第194回
iBeaconで人流解析、名古屋PARCOに300個のビーコン発信機
(2014/8/14 06:00)
米Appleが近距離無線規格「Bluetooth Low Energy(BLE)」を利用してデータ通信を行う機能「iBeacon」を発表したのは2013年9月のこと。以来、国内外でiBeaconを使ったサービスや実証実験が続々と実施されている。今回は名古屋PARCOにて、このiBeaconを活用して大規模ショッピングセンターの人流解析を行う産学連携プロジェクトが実施されたので、その模様をレポートする。
名古屋PARCOの3館に300個のビーコン発信機を設置
同プロジェクトは、株式会社パルコ・シティが開発した人流解析システム「SCコンシェルジュリサーチ『人流解析』」を使ったプロジェクト。ビーコン発信機の設置やデータベースの仕組み構築において株式会社エンプライズの協力を得ているほか、ここで得られたデータの解析については慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)の神武直彦准教授の研究室の協力も得ており、パルコ・シティとしては初めての本格的な産学連携プロジェクトとなる。このほか、調査用スマートフォンの調達・運用においてソフトバンクテレコム株式会社からも協力を受けている。
パルコ・シティは株式会社パルコの100%子会社だが、パルコ系列以外のショッピングセンター(SC)やデベロッパーに対しても、ウェブサイト構築・運営やデジタルサイネージ、スマートフォンアプリ開発、リサーチなどのサービスを提供しており、今回の人流解析もそのようなディベロッパー向けサービスの一環となる。同社は数年前から商業施設への公衆無線LANの導入や、位置情報を利用した販促情報の配信などを行ってきたが、今回の調査で利用したのは屋内測位が可能なiBeaconだ。
同社がiBeacon規格のビーコン発信機を使った人流解析を初めて実施したのは2014年2月で、その時は神奈川県のSCで行った。今回はそれに続く第2弾で、前回はビーコンの数が50個以下だったの対して、今回は名古屋パルコ3館の全フロアに約300個と、前回と比べてかなり大きな規模となっている。この調査の詳細について、パルコ・シティの岡田泰宏氏(開発本部R&D部部長)に話を伺った。
「前回も2館・8フロアをまたいで調査を行いましたが、今回はそれと比較にならないほど規模が大きく、位置情報データもはるかに精細に取得しています。前回は、フロアによってはエスカレーターやエレベーターの周辺しか設置しないケースもあり、集中的にビーコンを設置したフロア以外は明確な人流データの取得ができませんでした。その最大の要因は、『こういう調査目的であれば、これくらいの間隔で置けばいい』『フロア間の移動を調査するのなら、エスカレーターのこの場所に設置すればいい』といった事前の調査の設計とビーコン設置に対する知見が不足していたためです。今回はその反省を踏まえ、あらかじめ名古屋パルコ側と調査の目的と仮説を立て、仮説を検証するのに必要なビーコンの配置を綿密に決め、3館・29フロアの回遊を明確な導線としてモデリングして、そこで得られたデータを属性別・時系列に可視化する予定です。これだけ大規模なiBeaconによる館内回遊動線の調査は、国内では初めてだと思います。」(岡田氏)
ビーコンの多くは店内の壁に貼り付けてあり、設置箇所は人の腰の高さくらいの位置となっている。これはビーコンの電波受信状況をあらかじめ調査して設置した結果だという。一般の来店客も簡単に触ることができるが、壁の色と似た小さな白い筐体のため、それほど目立たない。意識して探さなければ、その存在に気付く人は少ないだろう。
「iBeaconのビーコンは消費電力が少なく、ボタン電池で駆動できるため、電源・回線工事の必要がなく、Wi-Fiのルーターなどに比べて設置の自由度はかなり高いです。今回は店内の壁に、約10~15メートルおきに設置しました。通路の分岐点や階段など、人の移動が発生する場所にはひと通り設置しています。エスカレーター周辺は上下の移動が調べられるように壁の左右に取り付けているほか、各館のエントランス付近にも設置しています。また、館と館をつなぐ連絡通路にも取り付けています。こうすることでフロア間の人の流れを追うとともに、他館への移動の流れを追うこともできます。さらに、特定の店舗間の回遊も調べるため、各テナントのレジ横や奥の壁などにも設置してあります。」(岡田氏)
今回の調査では、来店客の携帯端末は利用せず、地下鉄の出入口と西館の入口の2カ所に設置した調査の受付カウンターで、専用のアプリをインストールしたiPhone 5を貸し出す方式で行った。また、貸し出す際は個人情報を一切入手せず、身分証明書のコピーなども一切取らなかった。ただし調査を開始する前に、アプリ上で簡単なアンケートを行う流れとなっている。これにより、来店客の端末にアプリをインストールしてもらう方式に比べ、スマートフォン所有率に伴う属性別の偏りに左右されず、格段に短期間で、トラブルなくサンプルの取得が行える。
アンケートの質問項目は、年代・性別やグループ構成(ファミリー、カップル、友人など)、来店頻度、来店手段、来店目的、近隣施設への立ち寄り予定、居住エリアなどの基本情報のほか、食生活(外食/自宅が多い)、スポーツ頻度、自分で行っているスポーツなどライフスタイルに関する質問が用意されている。
アンケートが終わると、クリアケースに入れて来店客に持ち歩いてもらう。調査中、端末にはロックがかけられるので、操作は一切できない。端末は同時に20台を貸し出すことが可能で、取材の時は平日の昼間で、15台ほど貸し出されていた。
「前回調査の結果から、お客様の施設内の滞留時間を想定して必要な台数の端末を用意してきたつもりでしたが、実際やってみると想定以上に長く滞在されるお客様が多いことが分かりました。結果、目標のサンプル取得のペースからは大きく出遅れていますが、これは逆に、この調査を行うまで施設の担当者も分からなかった発見でした。」(岡田氏)
iBeaconが捉えた人の流れは予想以上にシームレス
今回使用したビーコンはポーランドのkontakt社製で、これはAppleのMFiライセンスを取得している数少ないビーコン製品のうちの1つ。日本では、オフィシャルパートナーのエンプライズが扱っており、ケースの形状などもエンプライズの意見が取り入れられている。もちろん中身のチップおよびビーコン完成品ともに、日本の技術基準適合証明も取得している。
エンプライズはテレビ放送局向けのARソリューションをはじめ、スマートフォンアプリの制作・企画やウェブサイトの運営・開発なども幅広く手がけている企業だ。近年ではARを使ったナビゲーションなど、屋内測位を利用したソリューションも展開しており、iBeaconについてはkontaktと緊密に連携しながら取り組んでいる。今回のプロジェクトにかかわったエンプライズ社長の清卓也氏に話を伺った。
「今回のサービスで使用したビーコンは、重さが約50gと軽く、外装についてはオーソドックスな形状です。ある程度の接地面積を確保しているので壁などに貼っても落ちにくい形状になっています。このビーコンを店内のさまざまな場所に取り付けていったわけですが、今回は人流解析ということで、リアルタイムナビゲーションの場合に比べると取り付ける数は少ないです。それでも実際に調査を開始して人の流れを見たところ、思った以上に継ぎ目の少ない、シームレスな動きとして捉えられていたので驚きました。iBeaconはWi-Fiの電波と違って微弱電波のため、遮蔽物を通らないのが特徴ですが、想定していたよりも壁などによる遮蔽が有効で、測位誤差も少ないです。」(清氏)
エンプライズはこのようなiBeaconを利用したソリューションを提供するにあたって、ビーコン発信機そのものはクライアントへ無料または高くても100円程度で提供し、CMSの運営で課金するビジネスモデルを想定しているという。また、iBeaconの課題の1つに、なりすましなどセキュリティの問題がよく指摘されるが、エンプライズは、サーバーを介さずにアプリ側で認証を行う独自の技術を持っており、これを利用することによりネットワークが使えない状況でもセキュアにiBeaconを利用可能となる。今回の調査ではこの技術は利用せず、サーバー認証を利用したが、このエンプライズの認証技術は災害時などに役立ちそうだ。
改装前・改装後で人流データを比較
前回ともう1つ大きく異なるのは、名古屋PARCOが10月に改装オープンを予定しており、改装前と改装後を比較検討することだ。ビーコンは改装前にいったん取り外されるが、改装後に再び同じ位置に取り付けて人流データのビフォー・アフターが比較される。
「今回の改装は、東館と西館という異なる建物の地下を一体化させるのが主な目的です。当然、それによってトラフィックが増えて欲しいとデベロッパーは考えていますし、増えたトラフィックにより、どのフロアの人の流れが増えたのか、どのフロア・エリア間での回遊が活発になっているのかといった結果が今回の調査によって得られると、効果的な検証が行えると思います。サンプル数は改装前と改装後それぞれで400~500くらいを想定しています。」(岡田氏)
このように取得された人流データは、慶應SDMの協力により、さまざまな角度から解析される。このプロジェクトにかかわっている准教授の神武直彦氏と、特任講師の中島円氏に話を伺った。
「国が推進しているG空間プロジェクトにおいても、屋内での測位や、測位した結果をどう表現するかが話題となっています。3Dマッピングなどさまざまな手法があるので、今回の調査で得られたデータをどのように見せると理解されやすいか、意思決定につながりやすいか、ということを追求していきたいと思います。また、iBeaconはボタン電池1つで1年以上稼働するため電源の制約が少なく、設置の自由度が高いところが便利な点だと思いますが、一方でこのような機器が認知されてくると、設置位置を変更されたり、イタズラされてしまったりする危険性もあります。さらに、いろいろな会社がさまざまなビーコンを設置することにより、セキュリティやプライバシーの問題も発生する可能性もあるので、どのように運用していくかが今後の課題になると思います。」(神武氏)
「単純な屋内の移動情報というのは今や珍しいものではありませんが、今回の調査ではアンケートを取ることにより、きちんと属性が紐付いているという点が大きいです。まだ解析していないのではっきりとしたことは言えませんが、例えばあるスポーツを好きな人は、特定のフロアに依存して回遊しているといった事実が分かるとすれば、大きな発見だと思います。また、改装前にどのような仮説を立てて行うかというのはデベロッパーが経験に基づいて行っていることだと思うのですが、果たして本当にそうなのか、という裏付けが取れる点も重要です。」(中島氏)
iBeaconが持つさまざまなメリットに対しては、パルコ・シティの岡田氏も大きく期待を寄せている。今回は端末を1台ずつ貸し出すという方法を採ったが、将来的にはスマートフォンアプリによる調査なども検討しているという。
「今回のプロジェクトはナビゲーションを目的としたものではなく、人流解析によって施設の本質的な課題解決を図るというアプローチですが、ナビゲーションや情報配信のためにこの技術を使うという方向も当然あります。アプリのフロント側でコンシューマーに利便性を提供しながら、裏側ではデベロッパーのマーケティングに役立てるという使い方をすれば、企業への導入のハードルも下がっていくと思います。欧米では人流解析の結果を家賃交渉などに役立てているデベロッパーもいるので、そのような方向での活用も模索していきたいですね。また、今回は名古屋PARCOという1つのSCに限った調査でしたが、将来的には1つのエリアや街での人流調査を行うことも検討しています。」(岡田氏)
改装後の人流調査は10月を予定しており、ここではkontaktが現在リリースを予定している腕輪型のビーコン端末を使う可能性もあるという。iBeaconというと、ナビゲーションやコンテンツ配信の手段として使われるケースが多いが、今回のような人流解析によるマーケティングへの活用なども今後は増えていくことが予想される。