インターネットはこうして創られている~IETFの仕組み

第7回(最終回):今回のIETFでの議論(下)


 今回のIETFでは、従来の議論に加えて、インターネットが次の新しい段階へ進み始めたのだなと感じさせる話題も多かった。最終回となる今回は、こうした新しい話題と広島のIETFでの新しい試みについてご紹介したい。

20:30開始で150名以上が集まったSmart GridのBOF

 本連載の第4回で、公式なプログラム以外にBar BOFという非公式なプログラムがあると紹介したが、今回のIETFで行われたBar BOFの1つとしてSmart GridのBOFが11月11日の夜に行われた。

 夜20:30からの会議であるにもかかわらず、Smart GridのBOFには150名以上の参加者があった。通常、Bar BOFは10名程度から多くても30名ぐらいで議論することが多いのだが、注目度の高さが伺われるBOFとなった。

 Smart Gridは次世代電力伝送網の話題で、一見インターネットとは直接的な関係はなさそうに感じられるかもしれないが、複数の発電ソースとそれを利用する電力消費側との間を円滑につなぐためには、ネットワークの技術が不可欠となる。そして、そこで流通する情報の形式の標準化は重要な話題なのである。

 こうした話題をIETFで取り上げるべきか否か、というところが今回のBar BOFの大きなテーマであった。Fred Baker氏(CISCO)によるNIST(National Institute of Standards and Technology、国立標準技術研究所)での標準化の議論とIETFへの要望の紹介、江崎浩氏(東京大学)によるグリーン東大プロジェクトの紹介と標準化へ向けた活動の紹介などがあり、IETFとしてはどうするかという議論が行われた。

 議論は予定を大幅に越えて夜11時半頃まで続き、IETFとしてこの話題に積極的に関わるべきでありワーキンググループ化へ向けて進むべきだという方向付けが成された。また、IRTF議長Aaron Falk氏などからも、こういうことを契機に次のインターネットのアーキテクチャを考えるべきであるという意見が出されたことも興味深かった。

双方向httpに関する議論を行うHyBi BOF

 このほか、HyBi(BiDirectional or Server-Initiated HTTP)というBOFでは、双方向httpに関する議論が行われている。http(HyperText Transfer Protocol)は、言うまでもなく現在のWebを支える基盤技術である。しかし、このプロトコルはブラウザつまりクライアント側からサーバー側へアクションを起こし、コンテンツを取得してきたりフォームへの入力を行ったりするものである。

 サーバー側の情報の更新を擬似的にクライアント側で表示していくスマートプルと呼ばれる技術が開発されてはいるが、これはあくまでもクライアント側から定期的にアクセスを行うものであって、サーバー側からの要求を直接伝える仕組みではない。

 しかし、Web上にさまざまなサービスが構築されるようになるとともに、httpというプロトコルそのものがさまざまな新しいアプリケーションで基盤プロトコルとして使われるようになってきたため、サーバー側からアクションを起こしてクライアント側に要求を伝える仕組みを構築する必要性が出てきた。

 そうした議論をしようというのがこのHyBi BOFである。ここでの議論もワーキンググループ化へと向かっており、こうした議論は今後ますます活発になって行くと思われる。

インターネットが利用される新しい分野

 こうしたプログラム以外に、木曜日のお昼にはホストスピーカーシリーズというセッションが行われ、今回のIETFのホストであるWIDEプロジェクトからの発表があった。

 通常このセッションではホストとなった企業の最新技術の紹介などが行われるのだが、今回のホストはWIDEプロジェクトであるため、「Challenges to the Future in WIDE Project」というタイトルでこれからのインターネットに関する議論の紹介があった。

 代表の村井 純 教授(慶應義塾大学)とCOOの江崎 浩 教授(東京大学)以外に、藤原憲明氏(パナソニック電工)、井上友幸氏(NHK)を迎え、インターネットが利用される新しい分野での技術展開の様子が紹介された。

 パナソニック電工 藤原氏は、ファシリティオートメーション、とくに北京オリンピックの会場の電灯の制御などに用いられたIPv6ネットワークを紹介され、井上氏は放送電波にIPパケットを組み込みファイルを配信するメカニズムについて紹介した。

 いずれも従来のインターネットが利用されてきた範囲を超えて、さまざまな分野でインターネットが用いられていることを紹介するとともに、標準化の舞台もIETFだけでなくなり、いろいろな場所に出て行かなければならないという主張であった。ここでも、Aaron Falk氏が「アーキテクチャの議論をちゃんとしよう」と述べていたのが印象的であった。

RF-IDを用いたWIDEプロジェクトの実験

 WIDEプロジェクトの試みとして、RF-IDを用いた実験も会場内で行われた。今回の参加者には、名札以外にRF-IDが渡されておりこれを使ってさまざまなサービスを受けることができた。

 IETFではワーキンググループのミーティングへの参加者のリストを作成するために、ブルーシートと呼ばれる用紙を回し、名前とメールアドレスを記入していたが、RF-IDのIDを読み取り参加者リストを作成する「e-bluesheet」という試みを行った。

 また、会場では発表者や質問者のマイクの場所にRF-IDの読み取り機が置かれ、ここにRF-IDをかざすことによって発表者・質問者の名前と所属などをプロジェクタで表示することも可能であった。プライバシーの問題なども議論されていたため、このサービス実験にどのくらいのメンバーが参加してくれるのだろうかと考えていたが、意外にも90%以上の参加があり、またこれを用いたサービスの展開も議論され、結果は好評なものであった。

 もっとも意外だったのは、他の参加者が使っている様子をみて、いったん不参加としたがやっぱり参加したい、と言う参加者も多かった点である。あれこれ議論をするよりも、実際に使える様子を示しその有効性を示すとともに、プライバシーに対する具体的な対策を示すことが、説得力を持つことを示した例だと考えている。

参加者に配られたRF-ID。中には乱数で振られたIDが格納されている。このIDを読んだだけでは個人を特定できないため、プライバシにも配慮された設計となっている。最初に参加するか否かをWebで表明することになっており、defaultでは不参加になっている。またいつでも実験から離脱することも可能である今回使われたRF-IDはISO15693に従ったものである。13.56MHzの電波を用いRF-IDに書き込まれた情報を読み取る
会場で回される紙のブルーシートと一緒に回されるRF-IDリーダー(e-bluesheet)質問者用に取り付けられたRF-IDリーダー(マイクからぶら下がっているもの)。会場、左側に設置されたプロジェクタに名前や組織名、写真が表示される。表示される内容の設定は利用者自身が、参加を表明する際に行う

 これ以外にも、広島駅から宮島口駅まで走る広島電鉄(路面電車)の中や町中にデジタルサイネージを用意しさまざまな情報を流すなどさまざまな実証実験を行っていた。

デジタルサイネージを設置した広電の車両の位置を示したWebサイト

 今回のIETFでは、インターネットがカバーする範囲が広がり考えるべきことがますます多くなったという印象を再確認できたと考えている。次のIETFは、アメリカ西海岸のアナハイムで2010年3月21日~26日の日程で開催される。ディズニーランドのそばでもあるので次も参加されてはいかがだろうか?


関連情報

2009/11/24 11:51


砂原 秀樹
(すなはら ひでき) 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授/奈良先端科学技術大学院大学情報科学科学研究科教授(兼任)。慶應義塾大学の村井 純教授が主宰するWIDEプロジェクトでボードメンバーを務める。