「お金にならなくてもサービスを作りたい」が大事
~ユーザーローカル社長 伊藤将雄氏(後編)


「お金を払っても作る」のが大事

ADSL普及とともに「みんなの就職活動日記」サイトはアクセス集中によるサーバーダウンが頻発。仕事をしながらでは無理だと判断した伊藤氏は、専業にすることを決める

 会社化する2002年まで、大学4年生の時に作った「みんなの就職活動日記」は大学の後輩と運営しており、毎月10万円以上サーバー代がかかるようになっていました。自腹で月10万円はけっこうな出費でした。

 自腹を切ってまでやりたがるのは、周囲から見たら変人かもしれませんね(笑)。でも、車が趣味で何百万円使う人がいるようにサーバーに何百万円かけるという考えもありだと思います。300万円の車は5人ぐらいしか乗れません。でも、300万円分のサーバーなら10万人単位の人を楽しませられるので、趣味として見たら悪くないと思うのです。

 無料のサービスでも、流行るとサーバーも台数が必要になります。たとえば「うごくひと」は、1日数千万PVのトラフィックがあるので、サーバーをどんどん買って増やしている状態です。僕は、お金がもらえるから作るんじゃなくて、「お金を払ってでも作る」という姿勢が大事だと思うのです。

 もちろん、無料サービスでもユーザーから悪口を言われることはあります。それは仕方がないと思います。無料のサービスを使っていても、ここがこうならいいのにとか思うことは誰でもありますから。ただ、無料だからなのか、ユーザー同士で自浄作用が起きるので、あまり荒れないですね。

 「みんなの就職活動日記」は、2001年頃からADSLで常時接続環境が普及し始めために、アクセスが増えてきて、さばききれなくなっていました。その頃で、書き込みは1日1万件程度、アクセスは300万PVでした。

 毎日夜になるとアクセスが集中してサーバーが落ち、メンテナンスを繰り返す日々が続きました。仕事をしながらでは無理だと判断して、専業にすることを決めたのです。そしてできたのが、みんなの就職株式会社です。きちんとサポート対応できるように会社化して、人を雇うことにしました。

「みんなの就職」会社化

 起業してからは、システム増強したり機能を増やしました。会社化当初は儲かってはいませんでした。もともと、起業までは考えていなかったんですよね。ちょっとかったるいかなと(笑)。その後、みんなの就職活動日記に広告が入るようになり、やっていけるようになりました。

 独立していたのは2004年までで、その後、サービス開発としてより、事業としてやるべきフェーズとなったと感じ、楽天グループに入ることにしました。その方が、ユーザーにとっても営業スタッフにとってもいいだろうと思ったのです。

 楽天に戻ったあとしばらくはみんなの就職株式会社の社長をしていました。「みんなの就職活動日記」は、今は楽天の一部門になっています。その後、僕は大学院に通うようになり、社長を外れました。

アクセス解析は面白い!

 システムは面白い。ビジネスと関係ないところでシステムについてきちんと学び直したい。そう考えて、大学院へ行くことにしました。

 会社でWebを作っていたころ、Webを大人数で作る難しさを感じていました。システム設計には、いろいろな理由があってそうなっている、ということがあります。けれど、引き継ぐ人には「なぜそうしたのか」などの思いは伝わりにくい。そこにジレンマがあったので、そういう問題を解決する研究をしたいと考えました。

 Webは、作りっぱなしでは面白くありませんよね。反応がわかって、改良し続けられるネットの面白さの1つなのです。使う側の反応があると作る側のやる気がわき、いい循環が生まれます。使う側と作る側とのコミュニケーションが大事なのです。

 コメント覧に書き込む人もいますが、実際に書き込むのは少数派。書き込みなどのアクションは起こさない人たちが、本当は何を考えているのかが作る側にわかったら面白いですよね。記事を書くにも、読者の顔が実感できると意欲が出ると思うんですよ。そこまで考えて、「よし、これを研究テーマにしよう」と考えました。

 ちなみに、「みんなの就職活動日記」を始め、「なかのひと」「うごくひと」など、僕が作ったサービスには日本名のものが多いです。日本名のサービスは、営業することを考えると売りづらいのですが、個人サービスとして見ると、珍しいし直感的で響きもいい。こういうゆるい感じのサービスが好きなんですよ。

無料アクセス解析サービス「なかのひと」携帯版アクセス解析サービス「うごくひと」。携帯アクセス解析で、無料で商用利用もできるサービスは貴重な存在だ

アクセス解析で良い循環を生みたい

 今のモチベーションはビジネスをしたいということではなく、「作る側に使う側の動きをフィードバックしたらネットがもっと面白くなる」という仮説を立証するために働いています。

 PC版の「なかのひと」と携帯電話版の「うごくひと」はどちらも無料で提供しています。「こういうキーワードで検索する人は何歳くらいの男子」といったかんじで行動履歴を推測し、ゆるくグルーピングしています。仕組みはSaaS型で、提供するサーバーにテータを預かって分析しています。

 有料版には「ユーザーインサイト」があります。このユーザーインサイトでは、訪問者が自社サイトをどう見ているか、ページごとにどんな人がどこを読んでいるのかがわかります。ブラウザの挙動からユーザーの動きをヒートマップ表示して、クリックが多い場所、ページのどこまで読まれているか、熟読されている段落はどこかなどもわかります。

 その他、企業名、年齢、男女、都道府県、業界、訪問回数、上級者初級者別などの属性の他、クロス集計により、男性はどこを見ているかや東京の人はどこを見ているかなどもわかります。

 たとえば、東京案内のWebサイトでは、東京の人が見るのと、大阪の人が見るのとでは、見ているコーナーがまったく違います。地元の人は、土地勘があるので駅名一覧とかサイト内検索から直接アクセスするのに、大阪の人は地名がわかっていないので特集コーナーをよく見ているというわけです。

 こんなふうにアクセス解析することで、作り手側がもっといいコンテンツが作れるようになると思うのです。最近、ITはもうダメだという声もあるようですが、これからももっと面白いものが生まれていくと信じています。

 おかげさまで「ユーザーインサイト」の利用企業は増えています。ユーザーの動きが分かれば、作る側はもっといいものを作ろうと考える。作る人をやる気にさせられる良いループが作れると思うのです。

有料版アクセス解析「ユーザーインサイト」の特長であるヒートマップ表示。ユーザーの挙動から、クリックが多い場所やどこがいちばん読まれているかなどを分析し、可視化する機能だ「ユーザーインサイト」では、年齢・性別などの属性解析機能も搭載。ヒートマップと属性によるクロス集計も可能だ

広告より無料サービスで知名度アップ

 大学院での研究をもとに「ユーザーインサイト」を作り販売するために、2008年夏から社員を雇いました。それが、今の会社「株式会社ユーザーローカル」です。

 相変わらず「なかのひと」は無料で提供しています。「ユーザーインサイト」を使ってくれている企業の方も、「なかのひと」でユーザーローカルの存在を知ったという方が多いんです。

 われわれの会社は小さいので、今は広告費を使うより、無料サービスを出す方が宣伝になることが多い。だから「なかのひと」も「うごくひと」も有料化せず、たくさんの人に使ってもらいたいと思っています。

 「うごくひと」はかなりシステムコストがかかっていますが、モバイル業界が成長しているので長期でみればビジネスになる可能性もあります。始めた当時は毎日200万PVくらい解析している状態でしたが、すでに月間10億PV近くのトラフィックを解析しています。

 「アクセス解析の会社です」というと、人からは「GoogleもYahoo!もアクセス解析ツールを出しているのに、今さら?」と言われます。大手が市場を握り寡占化が進んでいくと思うからでしょうね。でも、今のやり方の延長線上ではそうですが、ほかのアプローチはいくらでもあると思っています

 かつて「ECはダメだ」と思っていたのに実際は成長しました。一時期、「GREEはもうダメだ」と言われたのに、mixiの延長線上とは違うやり方をしたら一気に伸びました。どんなものにも、やりようがあると思っています。大企業がすでにやっていることはやりたがらない人が多いですが、僕は違うものを作っていると思っているので気にしていません。

早稲田キャンパスに隣接する西早稲田パークタワー1階にある、早稲田大学インキュベーションセンター内にユーザーローカルのオフィスがある早稲田大学インキュベーションセンターは、2008年11月にオープンしたばかりとあって、最新の設備を備えている

1円にもならなくてもサービスが作りたい

「自分たちが立てている仮説が世の中に受け入れられるのかを試してみたい。これが、会社をやっている一番の理由です。ネットはまだまだ面白くなっていきます。」

 子供が好きなゲームで遊ぶのと同じで、たとえ1円にもならなくてもサービスを作りたいと思っています。お金になるかどうかは、あとからついてくるものです。

 たとえばカラオケで歌う人は、お金になるからじゃなくて、ストレス発散目的や歌が好きだから行くんですよね。大人気のアーティストが武道館でコンサートを開けば大きな売り上げになりますが、やっていること自体はカラオケと同じ。単に、それをお金を払ってでも聴きたがるお客様がいるかいないか、というだけです。

 個人でやるサービスは、100人しか使わなくても、100万人が使っていても、作る手間はそれほど変わりません。遊びと仕事の境界線が難しく、結果的に流行らなかったら遊びだし、流行ったら仕事として評価してもらえます。プロフェッショナルかアマチュアかは、作り手が決めることではなく、あくまでお客様がそう判断してくれた結果に過ぎないのです。

 今後は、お客様の反応を見て、より良い形に持っていきたい。そして、自分たちが立てている仮説が世の中に受け入れられるのかを試してみたい。これが、会社をやっている一番の理由です。ネットはまだまだ面白くなっていきます。われわれのツールを利用するサイトの数も増えているし、サイト自体のアクセスも増えています。今はもっと多くのユーザーにツールを使っていただきたいですね。


関連情報

2009/7/28 11:00


取材・執筆:高橋 暁子
小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三 笠書房)などの著作が多数ある。 PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っ ている。