清水理史の「イニシャルB」

Draft 11acで注目されるビームフォーミングとは何か?
WZR-1750DHPでビームフォーミングの効果を計測する

 バッファローやAppleの無線LAN製品で、その特徴の1つとして挙げられている「ビームフォーミング」。モバイル通信の分野でも度々耳にする技術だが、その効果はどれほどのものなのだろうか? バッファローから、ビームフォーミングを無効化した開発用バージョンのWZR-1750DHPをお借りして、通常のビームフォーミング有効版との違いを検証してみた。

ビームフォーミングとは何か?

 バッファローのDraft 11ac対応機「WZR-1750DHP」やAppleのDraft 11ac対応AirMac/TimeCapsleの特徴として大きく取り上げられている「ビームフォーミング」。どうやら通信速度を改善する効果がある技術のようだが、そもそも、ビームフォーミングとは、どのような技術なのだろうか?

ビームフォーミングに対応したバッファローのDraft 11ac対応無線LANルーター「WZR-1750DHP」

 簡単に説明すると、ビームフォーミングは、アクセスポイントから放出される電波の到達範囲を制御するための技術だ。

 よく見かけるのは、アクセスポイントから周囲にまんべんなく放出される電波が特定の方向に集中して放出されるイラストだが、基本的には、あの様子を思い浮かべるのがわかりやすい。特定の端末に対して、電波を集中させることで、端末の通信品質を向上させる技術と考えるといいだろう。

ビームフォーミングでは、特定の端末に向けて電波を集中させることで通信品質を向上させることができる

 より具体的には、学生の頃に勉強した波の基本的な性質が用いられる。電波は、同じ位相の電波によって強められたり、逆の位相の電波によって打ち消されたりする性質がある。現状発売されているDraft 11ac対応製品では、3本のアンテナを利用するが、それぞれのアンテナから送信される電波の電力と位相を制御することによって、受信側の端末の感度が最適化されるように電波の到達範囲をコントロールする技術がビームフォーミングというわけだ。

 もちろん、特定の端末に向けて電波を調整するということは、ターゲットとなる端末の位置やそこまでの伝送路の状況(障害物の有無など)をアクセスポイント側で把握しておく必要がある。

 そこで、ビームフォーミングによる通信が行われる際は、アクセスポイント側から、端末に向けて「サウンディングパケット」と呼ばれる伝送路推定用のパケットを送信し、端末からのフィードバックを受けてから、送信する出力と位相を細かく制御することになる。

 ちょうど、潜水艦がソナーを使って障害物を探り当てるのと似たように、アクセスポイントがサウンディングパケットで、送信相手となる端末の位置を特定したり、その間の通信状況を探ったりできるわけだが、これは良いことばかりではない。

 サウンディングパケットの送出と経路情報のフィードバックの計測は、実際の通信において、わずかながらもオーバーヘッドになる可能性がある。どれくらいのオーバーヘッドになるかは、計測周期に依存するためケースバイケースと言えるが、実際にビームフォーミングの効果で向上する通信速度は、このオーバーヘッドを差し引いた値になるというわけだ。

 このようなビームフォーミング(送信ビームフォーミング)は、Draft 11acの仕様では、オプションとして定義されており、現行製品の実装状況はメーカーや機種によって異なる。このため、現状、実装製品をラインナップするバッファローやAppleが製品の特徴として大きく訴求する一方で、そうでないメーカーは機能自体に触れていないという、温度差のある状況となっているわけだ。

 また、実際の利用には、アクセスポイントだけでなく、クライアント側の対応(経路情報のフィードバックへの対応)も必須となるが、Haswellを搭載したMacbook AirやGALAXY S4など、Broadcomのチップを搭載した製品で利用可能となっている。これらのクライアントの性能を活かしたいのであれば、ビームフォーミング対応の機種を候補にするといいだろう。

 ちなみに、IEEE802.11acでは、Multi-User MIMOと呼ばれるビームフォーミング技術を応用した複数端末に対して同時通信を実現する技術もオプションとして定義されているが、こちらは現状のDraft 11ac製品では実装した機種はほぼ見かけない状況となっている。CISCOなどは、Wave 2と呼ばれる次世代の3.5Gbps対応製品でサポート予定としているので、エンタープライズ向け製品で将来的に利用できるようになると予想される。

新型MacBook AirやGALAXY S4などビームフォーミングに対応したクライアントも発売されている

環境によっては大幅な通信環境の改善も

 それでは、実際の環境で、どれくらいビームフォーミングの効果があるのかを実際に測定してみよう。

 と言っても、現在、発売されている製品では、ビームフォーミングのオン/オフを切り替えることができる製品は存在しない。このため、今回は、バッファローのご厚意によって、特別にビームフォーミングを無効にした開発版のWZR-1750DHPをお借りし、手持ちの市販版WZR-1750DHPと、速度を比較してみた。

「バッファローWZR-1750DHP」。左から、正面、側面、背面

 いつも通り、木造3階建ての筆者宅にて、1階にアクセスポイントを設置し、各フロアでiPerfによる速度を計測したのが以下の表とグラフだ。利用したクライアントはWZR-1750HPに加え、ビームフォーミングに対応しているMacBook Air 11 2013(最大速度867Mbps)、GALAXY S4(最大速度433Mbps)も利用した。また、測定場所による差をより明確にするために、各フロアの複数の地点で速度を計測している。そのポイントも図示しているので参考にしてほしい。

  

【iPerf速度(Mbps)】



ビームフォーミング
なし
ビームフォーミング
あり
増減率
WZR-1750DHP3FP8137192140%
P7374391105%
2FP6256265104%
P5380429113%
P4553602109%
1FP337936797%
P247546397%
P155855599%
MacBook Air 20133FP888.699.8113%
P7205254124%
2FP6117154132%
P5256292114%
P452151298%
1FP3227246108%
P2328383117%
P150048397%
GALAXY S43FP835.944.3123%
P793.2103111%
2FP693.397.9105%
P513713599%
P4225227101%
1FP325.833.5130%
P2143152106%
P123723398%
  • サーバー:Synology DS1512+
  • サーバー側:iperf -s -w256k、クライアント側:iperf -c [IP] -w256k -t10 -i1 -P3

 結果を見ると、誤差の範囲か、それとも前述したサウンディングパケットの影響かは判断しにくいが、近距離でわずかながら速度の低下が見られたものの、どのケースでも2階、および3階で速度の向上が見られた。特に、WZR-1750DHP同士の通信で、図中のP8で示した3階のもっとも遠い地点での性能向上が著しく、40%もの速度向上が見られた。遠くの端末に電波を集中させるちというビームフォーミングならではの特性が表れた結果と考えてよさそうだ。

 ただし、速度が向上するかどうかは、端末、もしくは計測のタイミングに依存するようだ。たとえば、1階のP2(風呂場)やP3(駐車場)の結果に注目してみると、GALAXY S4はP3の駐車場での効果が大きく現れたが、MacBook Airでは同じ場所での効果はさほど大きくなく、むしろP2の風呂場の方が大きな効果が見られた。

 ビームフォーミングの場合、親機が端末の位置を特定し、そこに正確に電波を集中させたときに大きな効果が生まれるため、今回、場所によって速度にバラツキが出たのは、この測定の誤差がタイミングや機器によって異なった可能性が考えられる。

製品の対応状況に注目

 以上、バッファローのWZR-1750DHPを利用して、ビームフォーミングの効果を計測してみたが、確かに長距離や障害物がある環境では、その効果が見られると言って良さそうだ。

 もちろん、無線LANのパフォーマンスは、ビームフォーミングのみで決まるわけではないが、今回利用したMacBook AirやGALAXY S4など、ビームフォーミングに対応するクライアントの実力を活かすという意味でも、ビームフォーミング対応機を選ぶメリットはあると言えそうだ。ここに注目して、Draft 11ac対応無線LANルーターを選ぶのも1つの選択肢だろう。

 なお、既存のPCの場合、バッファロー製の「WI-U2-433DM」を利用することで、ビームフォーミングを含めたDraft 11ac対応が可能となる。実力を発揮しやすい組み合わせで無線LANルーターと子機を揃えておくことも検討するといいだろう。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。