10代のネット利用を追う

小学校を卒業する6年生へ「プログラミングを好きになってほしい」、未踏スーパークリエータの寺本大輝氏が交通費自腹で伝える思い

小金井市立前原小学校で、RPG風プログラミング学習ゲーム「HackforPlay」の体験授業

 自分でコードを自由に書き換えることでゲームをクリアできることが特徴の、RPG風プログラミング学習ゲーム「HackforPlay」。その体験授業が3月10日、東京都小金井市立前原小学校で、卒業間近の6年生の児童を対象に行われた。講師は、HackforPlayの開発者であり、IPA未踏2015年度スーパークリエータの寺本大輝氏。寺本氏は現在22歳で、ハックフォープレイ株式会社(石川県金沢市)の代表取締役社長でもある。

 前原小学校は、1年前に赴任してきた松田孝校長により、プログラミング教育が積極的に導入されている。MinecraftやRaspberry Piを使った授業が行われており、子どもたちはプログラミングに慣れている。体験授業の対象となった6年生は、授業でプログラミング学習ゲーム「CodeMonkey」を体験済み。休み時間も自由に使えるため、200あるうちの180ステージくらいまでクリアしている子どももいる。

 同校では児童1人1台のPCが与えられているが、Windows PCやChromebookなどクラスごとに違う端末を使っている。共同研究ということで事業者から貸与されたPCを使っているためだ。なお、6年生の教室の廊下には、ちょうど「将来の夢」が掲示されていた。90名弱の中、プログラマーという子どもが2、3名、ロボットクリエイターという子どもが2名ほどいたのが目を引いた。

自腹で深夜バスも「来ない理由はない」

 前原小学校へは、金沢を夜10時に出る深夜バスで来たという寺本氏。ところが、「財布を忘れて乗ってしまった」。当然、電車賃も持っていない状態だ。最初は東京駅から歩こうかと思った寺本氏だが、調べたところ「徒歩3時間50分」と出たので断念。仕方なく、顛末をFacebookに赤裸々に投稿したところ、京都にいる友人が代わりに代金を支払ってくれた。JRは訳を話すと切符がなくても改札内に入れてくれる。(前原小学校の最寄りの)武蔵小金井駅で支払いを確認できたので、来ることができたというわけだ。「インターネットってすごいんだよ」と語る寺本氏。

 松田校長は、「卒業前に話を聞くと、将来を決める参考になると思って来てもらった」と語る。寺本氏は高等学校ではなく高等専門学校出身だ。「高等専門学校の存在を知るだけでも将来の選択肢の可能性が広がるし、プログラミングの可能性を感じてもらえたらもっといい」と考えて招待したというわけだ。しかし、予算がなく謝礼どころか交通費も支払えない状態で来てもらったことを告白。「深夜バスで来たのは、新幹線に乗るお金がないから。新幹線は往復2万6000円だけど、深夜バスなら片道3000円くらいで済む」と寺本氏。

 「それなのに、なぜ来てくれたの?」と問う松田校長。それに対する寺本氏の答は、「むしろ来ない理由はない」だった。「これからの日本を作る人に、プログラミングを好きになって欲しいと思っていた。小学校でプログラミングの授業をさせてくれと言っても普通はできない。でも、松田先生のような人がいたらできるから楽しみにして来た」。

寺本大輝氏
松田孝校長

プログラミングと出会ったのは16歳のとき、高専の授業が初めて

 児童たちは事前に、「未踏ナイト」(2016年3月開催)における寺本氏のHackforPlayに関するプレゼンテーションをYouTubeで見ており、感想文を書いていた。

 寺本氏は、小学校時代にはプログラミングという言葉も知らなかったし、クラスでやっている人もいなかった。一方、前原小学校の6年生はプログラミングを知っており、「興味がある」と言う人もいた。「これからはプログラミングが当たり前の時代になる。これが『具体的にこういうことを聞きたい』という感想に変わったらうれしい」と、プログラミングが一般的になる期待を口にした。

「未踏ナイト2016」における寺本氏のプレゼンテーション

 子どもたちからの質問タイムでは、「いつからプログラミングをやっているのか」という質問に対して、寺本氏は「16歳のときから始めた」と回答。子どもたちから驚きの声が上がった。「けっこう遅いよね。みんなは僕より4年も前からやっているんだから、僕を超える人が出て来るかも」。

 すでに述べたとおり、寺本氏は高等専門学校の出身だ。子どもたちに高等専門学校について知っているか聞いたところ、知っている子どもはほとんどいなかった。一般的な高校は3年制だが、高等専門学校は5年制だ。「高校と大学が一緒になったような学校」と寺本氏は説明する。高校は3年間、大学は4年間で、両方通うと合計7年間になるが、そこを5年間で終わらせる。期間が短い代わりに受験勉強をしないし、大学受験もしない。「代わりに専門のこと、例えば僕ならプログラミングや電子工作ができる」。

 「とにかく家を出たかった」という寺本氏。家に帰って宿題しろと言われるのも嫌だったし、やりたいことに熱中しても誰からも邪魔されないラボが欲しかった。そこで、アルバイトをしてお金を貯め、敷金・礼金も自分で払ってアパートを借りた。

 「親からは反対されていたけど、最終的に納得してもらえた」と寺本氏は語る。親は、子どもに良い学校に行ってもらいたいものだ。寺本氏の志望校は偏差値が高いところだったので、「勉強して入学する代わりに一人暮らしを認めてほしい」と交換条件を出して認めてもらったという。

 学校が終わった後、スーパーで野菜を切るアルバイトなどを夜10時くらいまでして、食事をしてお風呂に入って寝る生活を送った。それまで1日3時間くらいゲームをしていたが、高等専門学校に入学後はその時間がすべてプログラミングとアルバイトに変わった。「プログラミングをしたのは高等専門学校の授業が初めてだった」という寺本氏。授業で初めてプログラミングを知り、「この楽しさをみんなに知ってもらいたい」と思ったという。

コードを書き換えてゲームをクリア、オリジナルステージも作成可能

 最後に「HackforPlay」の動画を流しながら使い方の説明があった。勇者がRPG風のゲームを進んでいくと、巨大なドラゴンがいる。火を吹いているので倒さねばやられてしまうのだが、この勇者はとても弱く、そのままではとても勝てない。そこで足元にある本を拾って見ると、次のような文章が表示される。

まっしろだった 本に ことばがうかびあがってきた
この先を すすむには ダンジョンの なぞをとき この本に
書かれた謎(コード)を かきかえなくては ならない

 スライムのヒットポイントは99、インセクトのヒットポイントに至っては9999もある。

どうにかして HPをへらせないでしょうか?
まずは 上の数字を ちがう数に かきかえてみましょう
かきかえたら ボタンをおして コードを送るのです!

 自分でゲームのプログラムを書き換えることで、例えば自分のHPを「999999999……」と高くしたり、逆にドラゴンのHPを「1」などと少なくしたり、自分の位置を書き換えてドラゴンの後ろに移動させたりなど、自由に書き換えることでゲームがクリアできるのだ。

 クリア後は、新しいゲームを作ったり、既存のステージを書き換えてオリジナルのステージにすることができる。迷路にしたり、爆弾を投げたり、カーレースゲームにしたりすることもでき、すでに600以上の作品が投稿されている。

「HackforPlayは常に新しいゲームが生まれ続けるプラットフォーム。投稿されている作品のほとんどは小学生が作ったもの。インターネットに公開されているので、帰宅してもプレーできる」と寺本氏は子どもたちに呼び掛けた。

「与えられて遊ぶだけでではなく、自分で作る人に」

 後半は、クラスごとに別れていよいよHackforPlayで遊ぶ時間だ。検索してHackforPlayサイトに行き、「今すぐプレイ」をクリックすれば遊ぶことができる。説明がなくともほとんどの子どもたちは自分で次々とクリアしていた。中にはわずか10分程度でクリアしていた生徒もおり、寺本氏も「宇宙一早いクリア」と驚いていた。

 すべてクリアした後は、自由に作品を作ることができる。ゲームを作ると言っても一から入力する必要はない。あらかじめ用意されているアイテムや敵などのアイコン(アセット)から選び、組み合わせるだけでオリジナルゲームが作れるようになっているのだ。出来上がった作品は最後に投稿できるが、授業時間内に投稿まで至った子どもも数名いた。

 寺本氏は授業の最後、「僕が作ったものを与えられて遊ぶだけでではなく、自分で作る人になってほしい。君たちが大きくなったころにはプログラミングで何でもできる時代が来る」と子どもたちに語った。「帰宅したあとも出来たものは投稿してほしい。出来たものは僕のTwitterでシェアして遊んでもらうので、もしかしたら有名になれるかも」。

自分が作りたいことの表現のためのツール

 HackforPlayは、2014年12月に公開された。PCにダウンロードする必要はなく、ウェブブラウザー上で無料でプレーできる。今後、作品のアップロードやダウンロードなども含め、インターネットにつなげずともスタンドアローンでブラウザーの中だけで動くようにしたいと考え、公開後も改良を続けているところだ。日本語・英語に対応しており、現在は中国や米国からのアクセスも時折ある状態だ。

 HackforPlayで学ぶプログラミング言語は、JavaScriptベース。しかしコードが読めるなどの部分は考えておらず、あくまで自分が作りたいことの表現のためのツールとして使ってほしいと考えている。寺本氏の姿勢は徹底しており、寺本氏も子どもと同じ画面でHackforPlayのコードを書いている。「子どもに偽物を見せたくない」と考え、「僕たちのところまで来られるように、内側まで見られるようにしたいと考えてこのような作りにした」。

 投稿された作品は他の子どもがさらに手を加えて自由に作り変えられるようになっている。そこでソースコード1枚ずつにクレジットを明記できるようになっており、追加できる音楽もクレジットを入れられるようにしている。「Scratch」と同様、「教育用なので登録したものはみんなで共有」という考え方だ。

 寺本氏は現在、金沢でコーダー塾をしたり、有償でワークショップを開いたりしているが、利益は全く出ておらず、ずっと赤字が続いている。今後はOEMで用途に合わせて専用教材を提供していきたいと考えている。ただし、HackforPlayの有料化は一切考えていない。「遊ぶ人のエコシステムが大事で、無料で遊べないとだめ」というこだわりがあるからだ。

 「プログラミングは面白い。面白さを子どもたちに知ってほしい」という熱い気持ちがあふれる授業だった。子どもたちも、確かにその気持ちを受け取っていた。「プログラミングは楽しい」「やってみたい」という思いこそが大切なのだと強く感じた。

高橋 暁子

ITジャーナリスト。 LINE・Twitter・Facebook・InstagramをはじめとしたSNSなどのウェブサービスや、情報リテラシー教育などについて詳しい。元小学校教員。「ソーシャルメディア中毒 つな がりに溺れる人たち」(幻冬舎エデュケーション新書)ほか著書多数。書籍、雑誌、ウェブメディアなどの記事の執筆、監修、講演、セミナーなどを手がける。http://akiakatsuki.com/