10代のネット利用を追う

公立小中学校に出前ICT、東京都の支援事業に見るICT教育環境整備の効果と可能性

 東京都教育庁が平成27年度から実施している「公立小中学校ICT教育環境整備支援事業(出前ICT環境整備支援事業・ICTアドバイザリー事業)」では、毎年度、実施を希望する都内の区市町村から6自治体を採択。各自治体におけるICT教育環境整備計画の策定や整備を後押しすることを目的に、各自治体の教育委員会が指定するモデル校(小学校2校、中学校1校)に対して、ICT機器の貸し出しや、東日本電信電話株式会社(NTT東日本)に委託して有識者・ICT支援員などによる支援を実施している。2月上旬、足立区立西新井小学校において行われた同事業の公開授業と「教育ICTセミナー」を取材した。

タブレット端末で算数のグラフ作成、時間がかからずデータの比較が容易

 公開授業は、5年生の算数において、円グラフ・帯グラフでICTを活用する授業が行われた。子どもたちは4人ごとに着席。タブレット端末が人数分渡されているほか、5・6年生を対象にして集めたアンケート結果の数字が配られている。アンケートのテーマは「好きなメニュー」「好きな教科」「好きなキャラクター」「好きな芸能人」「好きなスポーツ」など班ごとに異なる。

 「数字だけのアンケート結果ではどう感じるか」という質問に対して子どもたちからは、「どれが多いかは分かる」「割合や全体の何分の1かは分からない」などの意見が出た。そこで、「帯グラフや円グラフを使って、アンケート結果を詳しく調べましょう」という課題が提示された。

 4人がそれぞれ5年生の円グラフ、5年生の帯グラフ、6年生の円グラフ、6年生の帯グラフで役割を分担。タブレット端末に数値を入力すると円グラフ・帯グラフが表示されるため、グラフ作成に時間がかからず、すぐに視覚化できる。続いて、班で見比べて分かったことをまとめようという目標が提示された。グラフを縦や横に並べたり、実際の数と比べるように指示があった。

 気付いたことを発表する際には、班ごとに作成した円グラフ・帯グラフが前に映し出された。発表後、円グラフ・帯グラフの特徴について整理する時間となった。円グラフは「全体の何分の1かが分かる」「大きい順に並べた方がいい」、帯グラフは「5年生と6年生の比較がしやすい」「どちらもどれが多いかが分かりやすい」などという意見が出された。

 まとめとして、「帯グラフや円グラフは全体の中での割合を見たり、比べたりすることができる。全体の量が違うときは、割合が高くても人数が多いとは限らない」とされた。

教員にとって教材を準備する時間が削減可能、一方で日常使用での課題も

 公開授業のあとに行われたセミナーでは、まず冒頭で、西新井小学校の柴良之校長が、現在、研究推進校となっている同校の状況を説明。「以前はわずかな視覚的資料を提示するだけで、すぐに思い浮かべられない児童にとっては理解が難しかったが、ICTを使うことで誰もが分かる授業にできた」と、ICT教育の意義を強調。また、以前はICT活用も視聴覚教室の範囲を超えず、ツールとしてのICTは教員だけが持てばいいと考えていたときがあったというが、現在は次のステージとして、子どもたちにツールとして持たせることで、さらに深く実践的な学びにつなげられるようになってきたとした。

足立区立西新井小学校の柴良之校長

 その後、同校の研究推進部による研究経過報告があった。西新井小学校は平成24年度からICT研究に取り組んできており、「できた」「分かった」「楽しい」を実現するための取り組みを続けている。当初は、教員がまず使用し、次の段階として児童にタブレット端末を渡し、さまざまな教科の授業で活用を続けてきた。これまでの教材は教科書の拡大コピー、掛図、マス目黒板などを使っていたが、現在は教科書や資料の拡大画像、動画資料、学習支援アプリを利用でき、教材準備にかかる時間が少なくなった。同時に、子どものノートなどを撮影して新たな教材にできている。ICT支援員との連携、機器の管理上の工夫などについても紹介があった。

 現段階では、児童の学習意欲が向上し、児童ひとりひとりが「自分の考え」を持つようになったり、授業における児童相互のやり取り増加や、授業づくりに新たな視点・方法が生まれるなどの成果があったという。一方、教員がひとりひとりの考えをICTを生かしてどう扱うか、基礎学力定着への有効活用や、日常使用のための環境整備などの課題も残っている。

学習面での効果だけでなく、自己認識にもつながる可能性

 続いて、東京学芸大学准教授の北澤武氏(自然科学系 技術・情報科学講座 情報科学分野)による「小学校におけるタブレット利活用と観点別学習状況の評価に着目した効果測定・講評」が行われた。

東京学芸大学准教授の北澤武氏

 北澤氏によると、文部科学省は平成26年度に「ICTを活用した教育の推進に資する実証事業」を実施。ICTの有無の比較や、ICTによる意識・学習効果の向上について調査してきた。それによると、これまでICTの導入で、成績における学習効果と意欲の向上は概ね認められているという。

 今回の事業で行った効果測定では、全体的に、タブレット端末は意欲や調べ学習に対してプラスに働く傾向にあり、自分の考えを分かりやすく他者に伝える面で、最も有効であることが分かったそうだ。また、主体性がない児童でも、意欲や学びに対してタブレット端末は有効だったという。

 1・4・6年生で「貧困傾向」「公的自己意識」「主体性」「対話」「非認知能力」などの学習者特性別に調査を行った結果、「タブレット端末を活用しながら、他者と対話することが自身の学びにつながることを認識させる体験が、自制心や自己認識につながる可能性がある」という結論に至ったそうだ。

可能性が広がり続けるICT教育

 続いて、一般社団法人日本教育情報化振興会会長で東京工業大学名誉教授の赤堀侃司氏による「なぜ、ICTを教育に導入するのか」という基調講演が行われた。

一般社団法人日本教育情報化振興会会長/東京工業大学名誉教授の赤堀侃司氏

 「今後は仕事の質が変わっていく」と赤堀氏は言う。いろいろな仕事が自動化されてコンピューターやロボットが処理するようになるというわけだ。例えば、カーネギーメロン大学では「これからは英語力は大して要らない」と言われている。「音声認識で事足りる」という認識のためだ。講義の言語が分からなくても、学生の手元にはタブレット端末があり母国語で表示されるので問題ないという。「本当に大切なのは論理力」と赤堀氏は強調する。スキルではなく本質的に考える力が必要になってくる時代なのだ。

 茨城県つくば市の小学校で4年生を対象に行われた「作曲して1年生に曲をプレゼントしよう」という授業が紹介された。授業では、音符の代わりに長さと高さで曲を表現しており、それを見ることで子どもたちはメロディには繰り返しがあること、上がったら下がること、高さの変化は急激ではなくなめらかであることに気付く。

 音楽には仕組みがあるはず、というところから作曲を考える授業だが、プログラムも同様だ。プログラムには意図があり、それをプログラム言語で表現するとプログラミングになる。「文字で表したら作文になるし、体で表したらダンスになるなど、表現には一定のルールがある。プログラミング的思考は子どもが身に付けるべき思考力なのかもしれない」(赤堀氏)。

 その授業では、作曲ソフトを使って曲を作ったが、タブレット端末を使ったために指で音を長くしたり短くしたりする操作ができたという。旋律を置くとメロディが聞け、イメージと違ったら修正する。「修正は、イメージや意図をいろいろな手段で表して繰り返し修正していく点がデバッグと同じ」。そのほか、堆積作用を知るためのICTを活用した例も紹介し、「これからはICTを通して学習に向かう力、失敗しても立ち向かっていく力、問題解決する力などを身に付けさせたい」とした。

 また、家庭科のボタンホールの縫い方の授業の例も紹介された。事前にボタンホールの縫い方の動画をネット上にアップロードしておき、生徒たちにはスマホでQRコードを読み取って見ておいてもらう。「基礎が分かるから授業時間が減る」という予想だったが、実際は子どもたちは授業内でもう一度動画を見て、「あ、そういう意味だったのか」という言葉が出たという。「自分ひとりで見ていると気付かないが、先生やみんながいるだけで見方が変わり、気付きにつながり学習が深くなる。それによって学びが短くなる」。結果的に、2時間の単元が1時間で済んだという。

 今回の公開授業とセミナーは、ICT教育の大きな意義や可能性を感じる機会だった。ICTを活用することで、学習面や意欲向上以外にもさまざまな効果が期待できそうだ。今後も、さらなる可能性や意義を探っていきたい。

高橋 暁子

小学校教員、ウェブ編集者を経てITジャーナリストに。Facebook、Twitter、mixi などのSNSに詳しく、「Facebook×Twitterで儲かる会社に変わる本」(日本実業出版社)、「Facebook+Twitter販促の教科書」(翔泳社)など著作多数。PCとケータイを含めたウェブサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持ってる。http://akiakatsuki.com/