10代のネット利用を追う
公立校で高学年に1人1台タブレット配布、杉並区立天沼小学校のWindowsタブレット活用授業
(2016/3/4 06:00)
東京都杉並区立天沼小学校は、杉並第五小学校と若杉小学校が閉校し、2008年に同区初の統合新校として誕生した新しい学校だ。2013年に教育課題研究指定校に指定されており、ICTの利活用に非常に力を入れていることで知られている。
教育課題研究指定校になると、後で述べる「ICT支援員」の派遣日数が増え、若干だが割り当ての予算が増えることになる。2014年9月に10.1型のWindows 8タブレット(NEC VersaPro タイプVT)を5、6年に配布。現在、4年生からは授業によってはIDが与えてられてタブレット授業を行っている。さらに来年度からは4年生にも1人1台割り当てられる予定だ。また、特別支援学級では1人1台のiPadを活用している。
公立小学校でWindowsタブレットはどのように使われているのか。活用の実例を取材するとともに、同校校長である福田晴一氏にタブレットを使う教育的効果や課題についても聞いた。
入力に慣れ親しんだ子供たち
天沼小学校の全教室には電子黒板が入っており、ほとんどの授業でデジタル教科書が活用されていた。デジタル教科書は一瞬で表示されるため、板書の時間がかなり削減されている。高学年の児童は自分のWindowsタブレットを開くと、IDを入力して立ち上げる。デジタルペンで手書きで入力する児童もいるが少数派で、多くの児童はキーボードで慣れた手つきで入力している。その様だけを見ていると、これが公立小学校かと驚かされる。
取材当日の朝は、保健委員会の児童による「健康朝会」が行われた。インフルエンザや風邪の予防などについてのクイズを出題し、○なら立ち上がり、×なら座るというアクションで全校生徒が回答する。前に映し出されたスライドは委員の児童の自作。スライドの1つに生肉の写真を使ったものがあったが、担当した児童は「肉の写真はウェブから切り取った」と答えてくれた。「ウェブから切り取る」という専門用語が出てくるくらい、タブレットやウェブに慣れ親しんでいるというわけだ。
低学年の教室では、漢字の書き取りの授業が行われていた。電子黒板に表示された書き順通りに、児童が一斉に空中に指で漢字を書く。高学年の教室では、「思い付く限りの単位を挙げてみよう」と言われて、児童がタブレットに単位を入力していた。興味深かったのは、音楽の電子教材だ。「レ、ド、ラの音を使って旋律を作ってみよう」という課題が与えられている。手を挙げた子供が発表した旋律は、その場で入力すると自動演奏される仕組みだ。
当日見学した以外にも、同校ではさまざまなICTを活用した授業が行われている。例えば6年生の国語では、教科書の絵を見て感じたことを、共有やドリル学習などができるタブレット学習プラットフォーム「ミライシード」で挙げ、班ごとに意見をまとめて発表するという授業がある。同じく国語の「大造じいさんとがん」の授業は、同校のICT支援員である浜崎薫氏(株式会社ベネッセコーポレーション小中学校事業部ICT教育サポートグループ)が作って提案したワークシートにのっとって行われた。「タイピングをするので時間がかかるが、子供はタイピングする方が意見が出る」(浜崎氏)。
2年生では、「九九表を見て気付いたことを発表しよう」というテーマで児童がノートに書いたものを先生が見て回り、タブレットで撮影。一斉表示などができるプレゼン支援ツール「ロイロノート・スクール」で映し出し、前で発表してもらう授業を行ったという。必ずしも全員がタブレットを持っていなくても良い授業はできるのだ。
通常学級はWindowsタブレット、特別支援学級はiPad
天沼小学校のICT環境は以下の通りだ。
通常学級には、キーボード着脱式のWindowsタブレットが180台があり、ロイロノート・スクールとミライシードの2つのソフトを活用している。そのほか、コンパーチブル式Windowsタブレットが9台あり、学習支援ソフト「Smile for Class」を利用している。
高学年はキーボード着脱式Windowsタブレットを1人1台与えられており、中・低学年はコンパーチブル式Windowsタブレットを使うことができる。コンパーチブル式Windowsタブレットについては、「画面だけがタッチパネルで重くて使いづらい。ただ、インカメラなので共同学習に使っている」と福田氏。プリンターはクラスに1台ずつ割り当てられている。
高学年に1人1台与えられたWindowsタブレットは、自宅への持ち帰りは不可。学内でのみネットワークにつながる設定となっている。卒業と同時に端末は学校に返還され、次の新5年生に譲り渡される仕組みだ。廊下にタブレット保管庫があり、夜間に充電している。「一度に全部を充電すると容量の関係で電源が落ちてしまうので、タイマー式で充電している」(浜崎氏)という。校内では自由に無線LANが使える環境だが、一斉に利用するなどしてネットワークに負荷をかけすぎると重くなってしまう状態だ。
特別支援学級ではiPadを利用している。「操作性がよく、オン/オフですぐに使いたいのでiPad」と特別支援学級担任教諭は言う。アプリは、必要なものを教育委員会の許可を得てから教員がインストールしている。現在は、筆談アプリやロイロノートなどさまざまなアプリが入っている状態だ。iPadにあわせて、MacBookが1台と、Apple TVもある。
WindowsタブレットとiPadの違いは
WindowsタブレットとiPadの違いはどこにあるのだろうか。
「iPadはパーソナルユーザー向き。古い端末では新しいOSは動かないなど、公立学校では難しい面がある。オン/オフが容易なので特別支援学級には適している。一方、Windows端末なら古いOSもまだ使うことができる。学校はもともとWindowsを使ってきたということもあり、学校でたくさんのユーザーを管理するにはWindowsがいいのでは。BYODができるなら話は別だが、公立校で全部iPadにするのは難しいだろう」と、福田氏は通常学級がWindowsタブレットになった理由を説明する。Windowsになったのは、当初入れる予定だった復元ソフトがWindowsにしか対応していないという理由もあったようだ。
iPadは、ネットワークで利用できるものはYouTubeと子供のためのオンライン百科事典「ポプラディア」のみ。データ交換もロイロノートでしかできない。一方のWindowsタブレットは、フィルタリングはかかっているもののインターネットを使うことができる。
授業提案も行う「ICT支援員」の役割
同校には、冒頭で述べたように浜崎氏がICT支援員として在籍している。杉並区の公立小学校には、全校にベネッセコーポレーション所属のICT支援員が配置されており、一般校には月に2回、5校あるタブレット校には12日間来校することになっている。タブレット校にはメインとサブの2人のICT支援員がいる状態だ。なお、全国のICT支援員の6割が同社所属だという。
先生のイメージを形にする手伝いのほか、支援員から授業案を提案することも多い。来校日の一覧があり、支援員にサポートしてしてもらいたい授業の時間を先生が予約しておくこともできる。予約がない時は、タブレットを使いそうな時間割の教室を巡回するほか、ワークシートを作る時間に充てる。パソコンが壊れた場合などの後方支援もしているが、「壊れた時は予備機が効率的」という。「教員免許は持っていないため、あくまでパソコンの担当者であり、教育や指導はできない。セーフティネット的存在」と浜崎氏。
サポーター定例会が月1回あり、ICT支援員がアクセスできるデータバンク「サポーターバンク」にワークシートや資料などを作成・追加して蓄積・共有し、今後の提案に生かせるようにしている。ミライシードなどが入っていない学校では、フリーアプリの活用を提案したり、ネット経由でNHKの学校放送が見られる「NHK for School」なども活用している。
休み時間も自由に利用可能
児童は、タブレットを休み時間も自由に使うことができる。「自由にさせたらどうなるのか見たかったので、あえて制限はしなかった」と福田氏は語る。持ち始めた当初、5、6年生は一時、外遊びをしなくなった。寝そべってYouTubeを見ている児童もいたし、オンラインゲームをやる児童もいた。
「自分たちのタブレットの使い方をどう思う?」と問いかけたところ、学級会で話し合いの時間を持ち、自分たちで利用のルールを決めた。その時決まったルールが、「動画を見る時は複数で見る」「休み時間はできるだけ外遊びしよう」というものだ。「外に出たらオンラインの時代なので、自分で利用をコントロールできなければいけない。大人が規制するのではなく自分たちで決められたことを評価したい」(福田氏)。
文章力が高まる効果も
タブレット活用でどのような変化が起きたのだろうか。まず、教員は教材研究をする場が変わった。職員室から教室へ、指導書からデジタル教科書へと変わったのだ。「タブレットありきで授業設計を考える教員が増えた」。低・中学年でもコンパーチブル式Windowsタブレットが使えるため、「もっとタブレットやデジタル教科書を使ってみよう」という意識につながったという。
児童は、文章を書く機会が増えて文章力が高まり、「卒業文集を作る時間が半減した」という。ロイロノートを使うことで、論理的思考、直感的思考力が高まる効果も見られた。調べる能力には個人差があり、いきなりWikipediaに行く児童もいれば、きちんと調べられる児童もいるそうだ。一方、「リテラシーは高まっているが、モラルはどうか」と福田氏は言う。
課題についても聞いてみた。卒業するとタブレットは学校に置いて行かねばならず、アクセスもできなくなる。それゆえ、卒業すると同時に学習ログは消えてしまう。タブレットに書き込んだものが後で見たくても残せないことは課題として残る。同時に、「本物に触れる感動体験の減少しないように」ということは強く意識している。学習には「自分の手を使って鉛筆で書く作業は欠かせない」(福田氏)。
デジタルペンを粗雑な扱いをする例もあった。「100円ショップのデジタルペンも併用しているが、細かい作業の時は純正の方がいい」。そのほか、教材研究の軽視化の懸念や、児童が転校・進学した時に同じ環境ではないためギャップを感じるのではないかとの懸念もあるという。
特別支援学級におけるiPad利用についても、「集中力も持続できるようになり、これまではできなかったプレゼンもできるようになってきた」と福田氏は語る。実際、朝会の発表にも特別支援学級の児童が参加して堂々と発表している姿が見られた。一方で、利用するアプリの選定が難しいこと、すぐにダウンロードができない環境にあることが課題だ。「オンラインの世界の中でオフラインの学校で指導支援は難しい」。
1人1台購入できる私立校とは違い、公立校ならではのタブレット活用の課題が見えてきた。しかし、教員しか持てない状態でもタブレットをうまく活用した授業など、さまざまな可能性も感じた。子供たちは楽しんで機器を使いこなしており、その意味でも可能性を強く感じる取材だった。