10代のネット利用を追う

いきなり正解は出ないのがプログラミング、試行錯誤しながら正解に近づくことが「主体的・対話的で深い学び」に

プログラミング教育必修化の意義、阿部和広氏に聞く

 2020年度より、新学習指導要領によって小学校からのプログラミング教育必修化が決定している。それにあわせて、プログラミング学習に注目が集まっている。プログラミング教育必修化の意義と現状、公立学校導入における課題はどうなっているのか?

 1987年より一貫してオブジェクト指向言語「Smalltalk」の研究開発に従事し、「Scratch」の日本語版も担当。NHK Eテレ「Why!?プログラミング」のプログラミング監修なども務める青山学院大学客員教授/津田塾大学非常勤講師である阿部和広氏に話を聞いた。

青山学院大学客員教授/津田塾大学非常勤講師の阿部和広氏

プログラミング教育の「機会の平等」、実現できるのは公教育

 「もともとは小学校からプログラミング教育をすることに対して懐疑的だった」という阿部氏。日本の一般的な学校教育は教員が教壇に立って一斉指導を行い、あらかじめ決められた答をみんなで解くというかたちで行われる。授業終了時には同じものができる。しかし、プログラミング学習では逆だ。子どもが自ら発見しながら作っていき、最終的には全員違うものができる。「ある意味、真逆なので、学校教育の場にプログラミング教育はうまくなじまないのではないかと考えていた」。

 しかし現場で10年以上見続けるうちに、「プログラミング学習を企業などの民間主導に任せていると差が開いていく一方だと危惧するようになった」という。確かに、民間主導でも都市部や経済的に恵まれた家庭の子どもは体験する機会が得られるだろう。しかし、触れる機会が多い子は伸びるが、触れることができない子はできないままになってしまう。

 阿部氏は、プログラミング教育の普及のため、北海道から沖縄まで全国の学校で数千回規模で子どもを対象としたワークショップをしている。どの会場でもワークショップに来た子どもは喜び、アンケートは全員「楽しかった」「またやりたい」と答える。しかし、「その場限りのイベントであり、巡回興行みたいなものでしかない」と阿部氏はため息をつく。ワークショップ後も子どもたちが自由に使えるように、「プログラミングソフトをパソコン教室のパソコンに入れてはどうか」と教員に提案しても、「教育委員会から許可を得なければ。指導要領に書いてないことは教えられない」と断られてしまい、継続性がない状態だという。

 「だからこそ、機会の平等が大切。今までは出口が平等だったが、今後は入り口を平等にすべき。それができるのは公教育しかない。そういう意味で、今は初等教育段階からの義務化に賛成している」。

「Why!?プログラミング」放送開始で、「Scratch」人口が増加

 NHK Eテレの「Why!?プログラミング」というScratchが学べるプログラミング番組にプログラミング監修としてかかわっているのも同じ理由だ。「公共放送なので、『テレビをたまたまつけたらやっていたので見た』という話を聞いている。新しい物事を広めるときに新しいメディアを使って もあまり意味がない。誰でも見られる場でやることが大切」。

 最初は5本からスタートし、現在11本分の番組がある。今までは不定期放送だったが、現在は水曜・土曜にレギュラー放送をしてい る。Scratchユーザーは、それまでも前年比1.8倍のペースで増えていた。ところが同番組放送開始後、7万人から15万人へと 従来を上回るペースで増加したという。

 阿部氏監修の最新刊、学研のまんが入門シリーズ「はじめてのプログラミング」は、小学校の図書室や学級文庫での利用を想定した作りになっている。これも、「学校にあることで、興味がある子が手に触れる機会を作れれば」と考えたものだ。

 プログラミングは、人によって好き嫌いや向き不向きが激しいものだ。しかし、今の状況では子どもが自分がプログラミングが好きかどうか分からない状態だ。そこで、「せめて自分がプログラミングが好きかどうかを知るための機会を作ってあげたい」というのが、阿部氏の願いなのだ。

先生自身に考えて授業を作ってもらいたい

 プログラミング学習を公立学校で実施する際には、さまざまな問題が起きることが想定される。どのような問題が起き、どうすればうまく導入していけるのか。

 実は阿部氏は、2014年より東京都品川区立京陽小学校におけるプログラミング学習で講師を務めている。実際に公立学校にプログラミング学習を取り入れた経験があるのだ。

 阿部氏が京陽小学校で講師をする際に決めたことがある。「自分が教壇に立つのはやめよう」ということだ。外部講師が教えると教員に当事者意識がなくなり、「この人に任せればいい」というスタンスになってしまうためだ。月に1回研究授業をやるが、このときに教員全員に割当が来る仕組みにした。

 教員側からは「この学年のこの科目のこの単元に使えるのでは」と、プログラミング学習が取り入れられそうな単元を提案してもらう。それに対して阿部氏は、「この単元に使うなら(プログラミングは)このように使えますよ」などとプログラミングの取り入れ方をアドバイスする。「専門家が担当すべきなのは(プログラミングの)取り入れ方に対するアドバイス。どの教科のどの単元で何を学ぶかは教員がいちばん分かっている」。このような一連のやりとりを繰り返すことで、次第に先生もプログラミングが有効な場面を理解して提案が出るようになるという。

 京陽小学校でも、当初は先生が教材を作るという発想しかなかったという。例えば、質問に対して4択で答えるプログラムを教員が作り、子どもが回答をクリックするだけのような授業もあった。子どもたちがいかに豊かに発想を出して想像を超えるものを作り出すかが分かるまでに3年かかったのだ。現在、同校の事例はウェブサイトに出ている。しかし「『この事例通りにやればいい』と思われてしまうことが心配」と阿部氏は危惧している。

品川区立京陽小学校の「プログラミング学習実践事例集」は同校のウェブサイトで公開されている

 中学校では、技術・家庭科の「プログラムによる計測・制御」の時間にすでにプログラミング学習は導入されている。確かに、自分で考えて工夫して導入できている教員もいる。しかし、教材屋が持ってきたパッケージを使うだけで終わらせるなど、大部分は既存カリキュラムをそのまま取り入れてしまっている状態だ。

 「各学校で先生たちがカリキュラムを考えてやってほしい」と阿部氏は考える。「ただし、先生に高度なプログラミング技術は必要ない。Scratchで言えば、最初はキャラクターを歩かせられるくらいでいい」。教員に大切なことは、子どもがやっていることを褒めたり、発展させたりする部分だ。教員が「プログラミングを頑張って勉強しなきゃ」と考える必要はないのだ。

 阿部氏は先生向けセミナーをやっているが、先生の不安を多く耳にしている。「(プログラミング学習を)やることに決まってしまったが、何をどのようにやったらいいのか皆目検討がつかないとか、何を目的としているのかも分からない状態。我々専門家が先生たちの不安をどう取り除いて、どのように手伝えるかが成功するためのポイント」。

パソコン教室の開放が第一歩

 「自分はBYOD(Bring Your Own Device/私物スマートデバイス利用)賛成派」と阿部氏。「第1段階としてパソコン教室の開放は可能と考える。『子どもに勝手に使わせると何をするか分からない』とパソコン教室に鍵をかけてしまうのは良くない」。

 小学校でパソコン教室を開放しているところは少ない。「教員からの反発がすごかった。教員はそのような事態にどう向き合っていいかが分からない」。

 開放のために阿部氏は、「パソコン関係でトラブルが起きたら自分たちの問題と考えてください」と教員に伝えている。例えば、京陽小学校ではパソコンが動かなくなったら状況を紙に書いて壁に貼り、原因が分かった人や直し方が分かる人は書く仕組みにした。それにつれてトラブル事例が増え、解決策も増えていくことになる。「学校でうさぎを飼っていて病気っぽいのにそのままにしておいたりはしないのと同じ。業者にすべて任せるのではなく、自分のものとしてパソコンのメンテナンスをしてほしい」。

プログラミングとは「物事の本質を見極めどう対処するか」

 阿部氏はScratchの日本語版を担当している。Scratchは、「もし~なら」「ずっと~する」などの日本語で書かれた命令ブロックを組み合わせることでプログラミングができるプログラミング言語だ。MITメディアラボが開発した初心者向けの言語であり、小学生を中心に世界中で高い人気を誇る。

 「マウス操作だけでできることは大前提」と阿部氏は強調する。小学5年生が1分間に入力できる文字数は平均5.9文字であり、直接入力させていたらタイピング練習で終わってしまう。「授業の目的が作る過程で学ぶことなら、タイピング技術は別の次元のもの」というわけだ。「まず最初に面白いとか自分で何か作れたという体験をさせるなら、タイピング練習は後回しでもいい」。

 「新学習指導要領の総則では『コンピューターに意図した処理を行わせる』と書かれているが、プログラミングはコンピューターには限っていない。問題の本質をどう見極めてどう対処するかがプログラミング。料理を作るときは順番や段取りを考えて作るものだが、それと同じ」と阿部氏は主張する。「プログラミング教育は非常に普遍的なもの」。

関心を活かし、学習に意味を与えるのが「Scratch」

 Scratchでは、プログラミングによってキャラクターを動かしたり、ゲームを作ったり、音楽を演奏したりできる。「子どもの関心はゲーム、アニメ、音楽。子どもが知的に何かを活動するのは自分が興味を持ったものだけだから、Scratchもそうなっている」という。ミッチェル・レズニック氏がMITメディアラボの「ライフロング・キンダーガーデン(生涯幼稚園)」という研究グループで、ボストンの低所得層の子どもたちを対象にした実践を観察・分析して還元したのが、現在のScratchだ。

 Scratchを使わせると、「遊んでいるだけ。学校は勉強するところ」と反対する先生もいる。しかし、阿部氏が子どもにワークショップをすると、「変数を教えて」「三角関数を教えて」と言ってくるという。そうしないとゲームが作れないからだ。子どもたちが変数や三角関数を意味があるものとしてとらえているということになる。「数学に意味を与えるのがプログラミング。Scratchをやっている子は、数学を無駄なものと思わない」。数学に限らず、物語を作りたい子には国語が要るし、RPGを作りたいなら背景となる歴史や地理が必要となる。音楽を付けるなら音楽が必要となるのだ。

 また、「Scratchは現実のプログラムと違いすぎる。iPhoneアプリは作れない」と批判されることもある。しかし、Scratchで学んだ子どもたちは、「次はUnityやってみる」とか、「やっぱりJavaScriptが分かってないとウェブアプリは作れないよね」「Androidで動かすならどの言語で書けばいいの」と話すようになる。「先に言語や環境があるのではない。やりたいことがあれば子どもは自ら先のことを学んでいく」と阿部氏は語る。

 「コンピューターはどんなものにも化ける。人は何にでも化けるものを今までの歴史の中で手に入れたことがなかった。プログラミング教育が単なる職業訓練になっては面白くない。これまで持ち得なかった表現手段、学習手段を手に入れたと感じてほしい」。

自発的に生まれる協働学習・チーム運営、リテラシーを学ぶ場にも

 Scratchのウェブサイトでは、チーム開発が日常的に起こっている。グラフィック担当、プログラミング担当などが集まってチームを組むのだ。周囲に意見を聞きながら作っており、協働学習は自発的に起こる。「英語が得意だから訳すのを手伝ってあげる」「キャラを作ってあげる」という子もいるし、その場をよくするにはどうしたらいいか、荒らし対策はどうすればいいかと考えている子が多いのだ。

 一方で、子どもたちは著作権に関心はあるものの、その理解はいい加減だ。また、13歳未満は大人のメールアドレスを使って登録しなければいけないのに、勝手にフリーアドレスをとって登録している子もいる。発達障害の子や学校に通わない子もいる。相手を攻撃することでしかコミュニケーションできない子もいる。

 「Scratchの世界は決して理想郷ではないが、みんなが良くしていこうと思っているインクルーシブな場。みんなが問題をどうしていくべきかと考えている。パソコンはむき身のナイフ。鉛筆削り機は鉛筆しか削れないが、ナイフならいろいろな使い方ができる。ただし、危険もある。自由と責任はセットだということを伝えていきたい」。

 Scratchにはこのようなオンラインコミュニティがあり、体験を通しながら情報リテラシーを学べる機会もある。「そもそも、目的のないリテラシーはない。例えば、プログラミングをしていると分からないことが出てくるが、ネットに行けば知っている人がいて聞くことができる。どういうことに気を付けなければいけないかは、そのときに学べばいい」というのが阿部氏の考えだ。

 作品を見てもらいたいと思ったとき、日本語だけだと日本人にしか見てもらえないため、子どもたちは英語のコミュニケーションを学ぶようになる。中には英語でいきなり悪口を言われることもあるが、なんとかやりとりをしている。

 Scratchのオンラインコミュニティは比較的安全であり、荒れていない空間だ。個人メッセージすら公開される仕組みなので、秘密で何かできない。さらに、機械的巡回や報告システムもあるが、子どもによる自治があり、子どもたち自身に考えさせているのだという。

 「プログラミングは失敗が前提であり、いきなり正解は出ない。試行錯誤しながらだんだん正解に近づくのは、他のすべてにおいて同じ。それが『主体的・対話的で深い学び』につながるのでは」。

保護者は学ぶ機会を与えてほしい

 一般的に、大人になればなるほど実際に試すことを恐れる傾向が強いという。阿部氏は大学生にも教えているが、大学生に「キャラクターをここからここまで歩かせるにはどうすればいい?」と聞いたら、「やり方を教えてください」と言われたという。自由制作にすると、「何を作るか言ってください。言ってくれれば作ります」と言われてしまう。

 「大学生たちは、学校で習ったことと社会で問われていることがつながっていることを理解できていない。小学校中学年くらいまでは自由に作るのに、年齢が上がるにつれてだんだん先生に正解を聞くようになる。大学で学び直しをしなければならない状態なので、その原因を解消したい」。もちろん、Scratchだけをやっていればいいというわけではない。「受験や就職に最適化された現在の教育の仕組みをどうすべきか、皆で考える必要がある」と言う。

 「保護者は子どもたちにプログラミングを学ぶ機会を与えてほしい」と阿部氏は願う。子どもが面白がっているなら、やれば視点や可能性が広がる。「ただし、押し付けはやめてほしい。多面性は重要。この世にはプログラミングに限らずいろいろなものがあり、それらに触れておく必要がある。多様な視点を持てば持つほど可能性は足し算で増えていく」。

 いわゆる“プログラミング的思考”は、今の時代に必要とされるものだ。子どもが体験する機会を持たせることは大切だ。正式導入が決まった今、学校現場にはぜひ、適切な導入を試行錯誤してもらいたいと思う。

高橋 暁子

ITジャーナリスト。 LINE・Twitter・Facebook・InstagramをはじめとしたSNSなどのウェブサービスや、情報リテラシー教育などについて詳しい。元小学校教員。「ソーシャルメディア中毒 つな がりに溺れる人たち」(幻冬舎エデュケーション新書)ほか著書多数。書籍、雑誌、ウェブメディアなどの記事の執筆、監修、講演、セミナーなどを手がける。http://akiakatsuki.com/