イベントレポート

プログラミング教育必修化の本質を考えるシンポジウム

小学校で“プログラミング教育”を始めるには……現場の教員らが実践例やツールについて情報交換

 文部科学省(文科省)は2020年から小学校でのプログラミング教育を必修化する方針だ。それに向けて、現場の教員や教育委員会委員などの教育関係者を対象に、「プログラミング教育必修化の本質を考えるシンポジウム」が8月27日に開催された。主催は一般社団法人みんなのコード。文科省の方針の解説や、小学校での実践例の紹介、プログラミング教材の体験、グループディスカッションなどが行なわれた。

有識者会議の議論と取りまとめ内容を解説

 まず、みんなのコード代表理事の利根川裕太氏が、有識者会議の“議論の取りまとめ”について解説した。

 有識者会議の正式名称は「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」。幅広い分野から16名が集まり、各分野の知見を持ち寄り、「人工知能で社会がどう変わるのでしょうか」といった議論がなされたという。「“東ロボくん”プロジェクトリーダーの新井紀子教授から『プログラミングよりむしろ論理指向を教えるべきでは』という意見が出たように、推進一本やりではななかった」と利根川氏は言う。

 利根川氏は、文科省のサイトで公開されている“議論の取りまとめ”を引用しながら、その内容を解説した。

 必要性の背景をまとめると、「社会のあり方が変わるので、学校教育も変える必要がある」「プログラミングを『魔法の箱』ではなく科学技術として理解することが必要」「特定のプログラミング言語でのコーディングを覚えることを目的とししない」の3点となる。3点目については「『コーディングしない』ではない」ことを利根川氏は補足した。

 具体的に教えることは、「プログラミングを体験」することと、「プログラミング的思考を育成」することだ。プログラミング的思考は「論理的に考えていく力」であり、そのために「コンピューターの働きを理解し、問題解決にどのように活用できるかをイメージし、意図する処理がどのようにすればコンピューターに伝えられるか、コンピューターを介してどのように現実世界に働きかけることができるのかを考える」という。それを、「働きを理解し、自分が設定した目的のために使いこなし、よりよい人生や社会づくりに生かしていく」「どのような職業に就いてもにこれからの時代に共通に求められる力」として生かしていく。

 実施は次期指導要領(2020年全面施行)から。単元(教科・時間数・実施学年)は各学校が決める。これは、「その次の2030年までの全国一律の基準を、いま策定するのは非現実的」という理由からだ。

 利根川氏は最後に、「まずはプログラミング教育を始めてみましょう」として、事前知識なく始められる教材(みんなのコードによる「Hour of Code」など)を自分で試し、次に児童たちと試してみることを参加者に勧めた。

一般社団法人みんなのコード代表理事の利根川裕太氏
有識者会議の概要
プログラミング教育必修化の背景
プログラミング教育の実施方法

古河市の自治体を挙げての事例

 続いて、茨城県古河市の自治体を挙げての取り組みについて、古河市教育委員会指導課長の平井聡一郎氏が紹介した。

 平井氏はまず、「プログラミング必修化は、先生が習ったことのないものが入ってくるという大きな変化。それに学校が耐えられるか」と、教育委員会としての課題を語った。

 その上で、古河市での事例をビデオで紹介した。平井氏は、その取り組みを「“プログラミングを学ぶ”ではなく“プログラミングで学ぶ”」と説明した。絵本を作る課題では、最初に設計図として紙で原稿を作り、キャラクターを画面の中で動かし、「考えた動きをどんなプログラムで実現するか」を学んだ。また、算数の問題を出すプログラムの課題では、自分で問題を理解していないと出題できないことや、タイミングの調整などに児童が頭をひねったという。

 ボール型ロボット「SPHERO」を使ってムービングイルミネーションを作る試みも紹介した。体育館を会場として、タブレットで設計図を描いたり、巻尺で床を測ったり、シミュレーションをしたり、「Garage Band」で音楽を作ったりと、児童たちは算数から音楽まで知識を総動員して取り組んだ。

 これらを踏まえて平井氏は、「学校教育で全部やるのは無理だし、学校でやること以上にやりたい児童も出てくる。地域全体が受け皿となり、学校と地域と両方でやっていくのが重要だ」と語った。

古河市教育委員会指導課長の平井聡一郎氏
ボール型ロボット「SPHERO」を使ってムービングイルミネーションを作る

4校がプログラミング体験ワークショップ事例を報告

 みんなのコードが提唱した「Hour of Code 夏休み全国100校1万人プログラミング」では、全国の小学校で児童向けにプログラミング体験ワークショップを実施した。「先行実践校教員の生の声を聞く」というセッションでは、これに参加した中から4つの学校の事例が、実際に携った校長や教諭により報告された。

 茨城県古河市立中央小学校では、全校500名弱から希望者35名(男子25名・女子10名)を募って、夏休みに120分で開催した。教材は、教育用のビジュアルプログラミング環境のHour of Codeを使用。動きを組み合わせてゲームをクリアするプログラミングを学んだ。実施後の児童へのアンケートでは「もっと勉強してみたい」が89%となったとのことで、比企明郎校長は「職員研修を2学期に開きたいと考えている」と語った。

茨城県古河市立中央小学校の比企明郎校長
中央小学校の実施概要
実施後の児童へのアンケートの結果

 石川県加賀市では、夏休みの特別授業として、市内各小学校の4~6年生から希望者25名を集めて、40分×5コマで実施した。Hour of Codeでビジュアルプログラミングを体験したほか、「ルビィのぼうけん」を使ってコンピューターを使わずにプログラミングの考え方を体験。「もし~なら」という論理思考を学んだほか、人間は疲れるし間違えるがコンピューターは疲れないということも皆で実感したという。

 開催にあたっては、みんなのコードによる指導者研修会を受けた。「指導計画が適切で、教えるほうが初歩的な知識しかなくても教えられた」と、加賀市立作見小学校の山井聡教諭は語った。ただし、知識があったほうがより教えられるため、指導者の知識や技能の向上が課題だという。課題としてはほかに、児童が1台ずつ使える環境の整備などが挙げられた。

石川県加賀市立作見小学校の山井聡教諭
加賀市の実施概要
教えた側の感想

 東京都杉並区立杉並第四小学校では、6年生22名を対象に、「生き方を学ぶ」(総合的な学習の時間)を使って、プログラミングの授業を開いた。狙いとしては、「身のまわりでコンピューターがどう使われているか」を考え、コンピューターの利便性を感じるために、簡単なゲームのプログラミングを体験させたという。

 栗山崇志教諭は所感として、児童たちはコンピューターの利便性は理解しているが、機能しなかった場合の理解に乏しく、それをプログラミングを体験することにより理解できるだろうと語った。また、論理的思考としては、動きを分解して考えることできた児童が多かったとし、ドリル型の教材に助けられたと語った。

東京都杉並区立杉並第四小学校の栗山崇志教諭
杉並第四小学校の実施概要
授業の展開と児童の感想
教えた側の所感

 学校法人神奈川学園精華小学校は、4校の中で唯一の私立小学校だ。同校では1年生から英語の授業を取り入れており、プログラミングについても保護者の要望を受けていたと綿引一夫教諭は言う。そこで、英語の授業の時間を使ってプログラミング授業を実施した。

 6年生の40名×2クラスを対象に、45分の授業4コマで実施した。Hour of Codeと、自前のPowerPointスライドを使用。英語の授業なのでHour of Codeを英語に設定した。「40台をまとめて英語に設定する方法がないか利根川氏に相談したが、なかったので、1台ずつ設定した」のを苦労した点として綿引氏は語った。なお、授業では、自分で日本語に設定してしまう児童も2~3名いたという。

学校法人神奈川学園精華小学校の綿引一夫教諭
精華小学校の実施概要
感想

プログラミング教材のデモ

 講演のあと、参加者は別室に移って4つの教材の説明とデモを見た。

4つの教材の説明とデモを見る

 「Hour of Code」は米国の非営利団体Code.orgが運営するウェブ上のプログラミング学習ツールだ。対象年齢4歳以上で、テキストでコードを書く代わりに「前に動く」「繰り返し~回」などのブロックをつなげてプログラミングする。また、「アナと雪の女王」「マインクラフト」「アングリーバード」など人気のキャラクターを使ったチュートリアルも特徴だ。

「Hour of Code」の説明とデモ

 「ルビィのぼうけん」は、5歳以上を対象にした絵本だ。プログラミングの考え方をストーリーで学ぶほか、「服を着せ替えるにはどのような順番ですればいいか」といった練習問題を、コンピューターなしで、ときには体を動かしながら体験していく。

「ルビィのぼうけん」の説明とデモ

 「CodeMonkey」は、イスラエルで生まれたウェブ上のプログラミング学習ツールだ。さるのモンタを主人公にしたゲーム感覚のストーリーで、障害物を避けたり川を渡ったりといった問題をコードで解決しながら旅をしてバナナをゲットしていく。対象は9歳以上を想定し、配列やオブジェクトなどの概念を含むコードを学ぶ。

「CodeMonkey」の説明とデモ

 「レゴ WeDo 2.0」は、レゴブロックを組み立てて動かすことで、プログラミングとものづくりを体験する小学生向けの教材だ。ムービーで与えられた課題をもとに、自分で考えて部品を組み合わせてモデルを組み立て、プログラミングして動かす。

レゴ WeDo 2.0の説明とデモ

 最後に、参加者がグループに分かれて、授業での実践についてグループディスカッションを行なった。

授業での実践についてグループディスカッション