イベントレポート

トキワ荘プロジェクト10周年記念フォーラム

クリエイターに必要なのは技術? 才能? 努力? 締切? 若手マンガ家を支援する「トキワ荘プロジェクト」が10周年

トキワ荘プロジェクト10周年記念フォーラム

 若手マンガ家を支援する「トキワ荘プロジェクト」の10周年記念フォーラム「クリエイター支援の課題と可能性」を、NPO法人NEWVERYが7月9日に開催した。

銀座のキャバクラで聞いた「人生はVSOP」

 NEWVERY理事長の山本繁氏はあいさつで、トキワ荘プロジェクトが始まる前の5年間について振り返った。山本氏は学生時代に金融工学を専攻しており、在学中に不動産投資コンサルを起業。その一方で、プライベートでは演劇をやっていたそうだ。

 ところが、金融は「金持ちがさらに金持ちになることにどんな意味が?」と疑問に思ってしまい、演劇は「自分に向いていない」と思ってしまう。しかし、中高生対象の演劇クラブのコーチを経験、アートを教育に活用することへの魅力を感じたという。

NPO法人NEWVERY理事長の山本繁氏

 そこで大学卒業式の翌日、アート教育NPO「コトバノアトリエ」を設立。プロになる素養を持った人、クリエイティビティを持った人の支援事業を始める。15年前に設立したこの団体が、NEWVERYの前身だ。やがてアート教育の事業化は困難と判断、アートと教育を分離しそれぞれ別事業として成長を目指すことになる。

 山本氏は、銀座のキャバクラで聞いた「人生はVSOP」という言葉を、いまだに鮮明に覚えているという。20代はバイタリティ(なんでもやれ)、30代はスペシャリティ(専門性を持て)、40代はオリジナリティ(専門性を突き詰めた先にある)、50代はプライオリティ(やり残したことに優先順位を)だ、と。

 トキワ荘プロジェクトは10年が過ぎたので、20代=なんでもやってみる時期が終わったところ。次は30代なので、クリエイター支援の専門性を持って働きたいという。また、専門性があるから連携(アライアンス)も可能だと語った。

「あなたの才能に必要なのは、〆切です。」

 続いてトキワ荘プロジェクト菊池健氏が、これまでの10年について報告。トキワ荘プロジェクトの事業は「マンガ家の卵に東京でシェアハウスを提供する」というもの。マンガに関するビジネスを行っている出版社のほとんどは東京に拠点があるため、マンガ家としてデビューするには東京へ出てくるのが必須に近い状態になっているからだ。現在、トキワ荘プロジェクトでは140部屋を提供、通算でのマンガ家デビューは61名という素晴らしい実績を上げている。

トキワ荘プロジェクトの菊池健氏

 ところが開始当初は、部屋を貸してもなかなか持ち込み用の原稿を書かないため、どうしようと悩むことが多かったという。入居者をファミレスで叱り「明日、出版社に電話して、いつ持ち込むか決めてください」「もし電話もせず、1カ月以内に原稿も完成しなかったら、申し訳ないけど田舎へ帰ってください」などと尻を叩くようなこともあったそうだ。

 5年ほど前まで、会議で話題になるのは毎回、家賃滞納者対応をどうするか。最高滞納額は、なんと1人で105万5734円。結局、無事に某誌で連載が決まったそうだ(名前は伏せられた)。こうした苦労を重ね、6年目に「3カ月家賃を滞納したら追い出す」というルールを設定。それまでの5年間でマンガ家デビューは20名ほどだったのが、ルールを決めてから月に1人くらいのペースになったという。そこで生まれたキャッチコピーが「あなたの才能に必要なのは、〆切です。」だ。

創作力と制作力を磨くには

 トキワ荘プロジェクトでは、マンガ家がプロになっていく過程を定量化した『漫画家白書』や、『マンガでメシを食っていく!』『マンガで食えない人の壁』といった本も出している。『漫画家白書』では、プロのマンガ家に手当たり次第アンケートを依頼した。デビューまでに描いた原稿は、平均で240ページだったという。もちろん新人が240ページ描くのは大変だが、そういったデータを新人に伝えていくことで、さらにデビュー人数が増えたそうだ。

「マンガ家志望者」志望者からプロ作家までのピラミッド

 トキワ荘プロジェクトから60名以上のマンガ家がデビューしているとはいえ、通算での入居者は360名。つまり裏を返せば、マンガ家を目指して入居した人のうち、8割強がプロにはなれなかったというのが現実だ。そこには厳然たるピラミッド構造が存在する。マンガ家志望者は、どうやって創作力(面白く綺麗に描く力)と制作力(量産する力)を強化するか?が課題となる。

 そこでトキワ荘プロジェクトでは、プロスクール「MANZEMI」で体系的に技術を身に付けられる講座を開いている。8歳の子がお父さんと一緒に受講して、2年後にマンガコンテストで最優秀賞を獲って雑誌に読み切り掲載されたような事例もあるという。積み重ねて努力すれば身に付く技術もあるが、それを体系的に教える場というのはなかなか少ないそうだ。

 また、京都はマンガ学部のある京都精華大学があるなど、マンガ教育の集積地になっているため、2012年から京都版トキワ荘事業を開始。「京都国際マンガ・アニメフェア」では、出版社の編集部を集めた「出張編集部@京まふ」で、マンガ家志望者とのマッチングの場を設けたりしている。他にも、マンガ家の甲斐谷忍さんと樹崎聖さんが入居者に指導する「メンター荘」という取り組みも行っている。

大盛況の出張編集部@京まふ

 なお、菊池氏はこれまでトキワ荘プロジェクトの事業責任者だったが、2016月からは新事業「マンナビ」の編集長に就任している。これは、マンガ家志望者のためのポータルサイトになる予定で、新人発掘と育成に熱心な出版社がアカウントを持ち、新人賞や編集部のPR情報などを発信できる仕組みを構築していくという。なお、この「マンナビ」は現在、クラウドファンディング「CAMPFIRE」にてプロジェクト支援のパトロンを募集中だ(8月1日まで)。

クリエイターの創作力向上支援活動

 第2部はトークセッション。前半は「クリエイターの創作力向上のための支援」がテーマ。登壇者は、ツクループラス代表の後藤あゆみ氏、マンガ家/京都精華大学教授のすがやみつる氏、文化庁芸術文化課研究補佐員の戸田康太氏、公益財団法人セゾン文化財団事務局長兼プログラム・ディレクターの久野敦子氏。モデレーターはNEWVERYの伊藤俊徳氏。

ツクループラス代表の後藤あゆみ氏

 ツクループラスの後藤氏は、大分県出身。近くに美大がないため、関西か関東へ行くしかなかった。学生時代を京都で過ごしたが、周囲のアンテナの張り方や意識の高さがぜんぜん違うと感じたそうだ。しかし、いまはクラウドソーシングやソーシャルメディアでの伝播力など、場所にこだわらず活躍できる可能性があるという。

マンガ家/京都精華大学教授のすがやみつる氏

 すがや氏は、高卒で上京、マンガ家アシスタントや編プロ勤務を経て、石森プロ所属中に『仮面ライダー』でマンガ家デビュー。独立後、『ゲームセンターあらし』がヒット。その後、大人向け学習マンガの執筆や、小説家として再デビューして64冊を上梓している。

 2005年には54歳で早稲田大学へ入学。教育工学を学び、修士課程を修了。現在は京都精華大学マンガ学部教授という、さまざまな経歴の持ち主。教育工学では、「才能」とは「かけた時間の差」だけで先天的なものではないとされているので、「才能」や「センス」といった言葉は使わないようにしているそうだ。京都の学生はみんなのんきなので、本当にプロになって食べていきたいなら東京へ行きなさい、という話をしているという。

文化庁芸術文化課研究補佐員の戸田康太氏

 文化庁の戸田氏は、文化庁メディア芸術祭の企画運営などを行っている。前職は、川崎市市民ミュージアム学芸員をやっていて、東京や横浜に人が流れてしまうのをどう引き留めるか、常設展を模索していたという。メディア芸術祭の地方祭では、広島、新潟、高知、鳥取、岩手などが、マンガを町おこしに利用しており、潜在的なものは地方に眠っていると感じているそうだ。

公益財団法人セゾン文化財団事務局長兼プログラム・ディレクターの久野敦子氏

 久野氏は、セゾン文化財団について説明、現代演劇・舞踊を対象とした資金援助や、稽古場・宿泊施設などを提供している助成財団だ。最近はマンガと演劇のコラボも盛んで、歌舞伎『ワンピース』など二次元を三次元にする試みが行われている。ジュニア向けとシニア向けの、段階的な成長プロセス支援プログラムがあり、計9年間で卒業。その後もバーンアウト(燃え尽き症候群)しないよう、サバティカル(休暇・充電)制度なども設けているという。

クリエイターは守られるべき存在ではなく、刺激される存在であるべき

 トークセッション後半は「クリエイティブ産業の新しいビジネスモデルを見据えた支援」がテーマ。登壇者は三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社主席研究員の太下義之氏と、株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏。

 太下氏は、これから数年は日本の文化にとって面白いタイミングだという。オリンピックはスポーツの祭典であると同時に、文化の祭典でもある。開催地には、文化プログラムの実施が義務付けられているのだ。ロンドンオリンピックでは4万人/17万件の文化プログラムが行われており、2020年の東京オリンピックでは5万人/20万件を目指すと文化庁が発表している。

 また、2017年は日本のアニメーション100周年記念なので、アニメ業界がこれに向けてさまざまな戦略的動きをしている。文化庁「東アジア文化都市」には京都市が候補になっている。マンガ・アニメ議連の「MANGAナショナル・センター」構想も動いている。地域もマンガ/アニメに注目・利用して活性化しようとしている。これから日本中でいろんな動きが起こっていくだろうと太下氏。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社主席研究員の太下義之氏

 佐渡島氏は2012年に講談社から独立し、トップクリエイターのエージェント会社であるコルクを起業。現在は17名のマンガ家と契約している。雑誌は「この作品をこの雑誌でヒットさせる!」という考えだが、作家は目の前のことに集中しており「作家を続けていく戦略」がなかなか立てられない。コルクが支援しているのは、そこだという。

 「本」は誰もが確実に触れるメディアだが、小説やマンガは読まない人もいる。いまはスマートフォンが、誰もが触れるメディアになってきた。ところが出版社はまだほとんど対応できていないのが現状だという。50万部売れた作品でも、読んだ全員が同じように理解しているわけではない。これを創りだすのがどれだけ難しいことなのか、どれだけ人生に影響を受けたのかは千差万別。「もっと払いたい」と思ってくれた読者の思いを、スマートフォンであればすくい取っていけるのではないかと考えているそうだ。

株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏

 また、佐渡島氏は、民間企業が競争の中でクリエイターを支援するのが健全な形だと考えているという。国による支援を否定はしないけど、文化として認定された瞬間に守りに入ってしまい、進化しなくなってしまうというのだ。マンガの神様と呼ばれた手塚治虫は、テンポ、コマ割り、フキダシ、テーマなど、生涯ずっとマンガの表現をアップデートし続けていた。最近そういう変化はあっただろうか? 新時代を創るという気概はあるだろうか? と疑問を投げ掛ける。

 ハリウッドは最近「こういう作品じゃないと投資を回収できない」と、守りに入ってしまっているという。クリエイターの能力は高いが、ビジネスマン側が守りに入ってしまっているというのだ。むしろNetflixなど新興企業のほうが、何が成功するか分からないところにお金をはっている。クリエイターは守られるべき存在ではなく、刺激される存在であるべきだと佐渡島氏は語る。

トークセッションの最後は活発な質疑応答

 トークセッションの最後は登壇者が全員集合し、活発な質疑応答が行われた。「なぜクリエイター支援が大事だと思う? 支援すべき対象とそうじゃない対象の線引きは?」という質問に対し、「率直に言うと、クリエイター支援が重要とは思っていません。楽しいからやってるだけ。サポートしたいと思った対象を支援するだけです」と語った佐渡島氏と、「学校という立場だと、全員が支援対象です。この子は向いてないと思ったら、じゃあ何が向いてるか相談に乗る支援をします。学生はお金を払ってもらってるお客さんでもありますから」と語ったすがや氏の回答が非常に印象的であった。