イベントレポート

第21回東京国際ブックフェア

紙と電子の相互補完──三省堂書店が電子書籍を販売するわけ

 「第21回東京国際ブックフェア」で7月2日、「なぜリアル書店が電子を売るのか?」と題した書店員向け専門セミナーが行われた。講師は、株式会社三省堂書店の秋山弘毅氏(企画事業本部新業態事業室室長)。以前は、三省堂書店大宮店店長を務めていた。

 三省堂書店は電子書店「BookLive!」と提携し、2012年8月からリアル書店の店頭で電子書籍を販売している。本セミナーではこの2年間を振り返り、リアル書店にはどんなメリットがあるのか、ユーザーからはどんな声が挙がっているのかなどについての説明が行われた。

株式会社三省堂書店の秋山弘毅氏(企画事業本部新業態事業室室長)

電子書籍は来店誘致のための手段のひとつ

 秋山氏は、これまで電子書籍に積極的に取り組んできたことは、確実に来店誘致へつながっていると述べた。三省堂書店の電子事業方針は、まず「本好き」な読者が満足できるようなサービスであること、そして顧客にこれからも来店し続けてもらうこと、電子書籍の普及で紙の本が売れなくなり自らの首を絞めることがないようにすることの3点だ。

 BookLive!と連携することで、「クラブ三省堂」とのポイント連携による相互の会員登録促進や、電子と紙の購入履歴を一元管理できるソーシャル本棚「読むコレ」の提供など、まずは「相互送客」を目的としたサービス提供を行った。

 次に、電子書籍を来店誘致へつなげるため、店頭決済できるレジシステムを整えた。店頭の在庫検索端末で紙と電子を同時に検索結果が表示されるようにし、その場で決済用バーコードを発行、レジで読み込み支払いすることで、チケットコードを発行する「デジ本」だ。BookLive!のサイトでそのコードを入力すれば、電子書籍を入手できる。もし紙の本が在庫切れでも、電子の本で補完できるというわけだ。

電子書籍を見える形で表現する「デジ本」

 しかし、それだけでは店頭端末を利用する人以外に、電子書籍のことを知ってもらうためのきっかけがない。そこで、電子書籍を見える形で表現しようと、購入用カードを用意し、電子書籍専用カウンターや、柱など開いたスペースにも展示してアピールを行った。

 また、紙の本のカバーやPOPで、「電子の本あります」「この棚の本は電子化されています」といった訴求も行っている。ARマーカーへスマートフォンのカメラをかざすと、その本の電子版が検索できる「ヨミCam」アプリも提供している。

手書きPOPで電子書籍を訴求する「ヨミCam」

 三省堂書店の電子書籍専用カウンターは、BookLive!専用の紹介カウンターではない。電子書籍のことならどんなことでも答えられるように、専門スタッフを常住させている。カウンターができた2年前に初めて訪れたのは、電子書籍を読むために初代iPadを買ったはいいけど、よく分からないので教えて欲しいという年配の方。最初の仕事は、Apple IDの設定だったそうだ。それ以来、今でも頻繁に来店いただく常連になったという。まさに「電子書籍が来店誘致」につなががった事例と言えるだろう。

三省堂書店の電子書籍専用カウンター

 ただ、これらの取り組みは現時点ではまだ「リアル書店で電子書籍が買える」ことのアピールにとどまっており、電子書籍の「販売促進」は創意工夫を重ねているところだという。紙の本ならではの販促と、電子の本ならではの販促の間に、新たな「書店」の販売手法を創出したいと秋山氏は語った。

紙媒体の売上向上にもつなげられる

 また最近では、紙媒体の売上向上につなげられる施策として、対象誌を店頭で購入すると電子版を無料ダウンロードできるクーポンが発券されるサービス「デジ本プラス」の展開を開始している。筆者も三省堂書店神保町本店で試したが、普通にレジで雑誌を買うと、レシートを渡されるのと同じ流れで、ごく自然に電子版クーポンが渡される。これならば、無料付録を目的として買った人以外にも、存在をしっかり認識してもらえるだろう。

紙の雑誌を買うと電子版が付録で付いてくる「デジ本プラス」

 例えば無料付録ではなく、少額の追加によるセット販売という可能性も考えられる。現時点ではまだ一部の雑誌に限っているが、仕組みとしては書籍にも展開可能とのこと。対応する雑誌や書籍が増えてくれば、もっと多くの人に受け入れられるようになるだろう。なお、秋山氏によると、文教堂の「空飛ぶ本棚」も同じような仕組みで、支持を広げているそうだ。

なぜ三省堂書店は「電子書籍」を扱うのか?

 秋山氏は、三省堂書店は電子書籍を「敵対業種」ではなく、読書体験の手段のひとつとして捉えていると語った。「電子書籍だからネットで売るもの」とか、「読書端末だから家電量販店で売るもの」といった、先入観にとらわれる必要はないというのだ。

 「電子書籍にはメリットがあり、今後必ず普及する」と、秋山氏は断言する。そういった時代の変化の中で、リアル書店が自ら電子書籍を紹介すれば、ユーザーをつなぎ止めておくことも可能。しかし、何もしなければ電子書店へ流れてしまう。また、そもそも読書環境を提供しなければ、読書をする時間が減ってしまう。読書以外の娯楽に、可処分時間を奪われてしまうのだ。

リアル書店が対面接客で顧客へ提供できる価値

 秋山氏はリアル書店のデメリットとして、在庫の制約や、購入が開店時間に縛られること、入手までにある程度時間を要する点を挙げる。電子書店なら、在庫切れはないし、夜中でも買えるし、読みたい時に家にいたまま即座に買える。逆に電子書店のデメリットは、検索ありきであること、ある程度IT知識を要すること、クレジット決済が基本であることを挙げた。

 電子書店で「村上春樹」や「東野圭吾」で検索しても、まだ電子化されていないので「該当する作品はありません」と出てしまう。リアル書店へ本を探しに来たはいいがタイトルがパッと出てこない人は意外と多く、対面接客だからこそ目的の本を見つけ出すことができるケースも多いという。また、現金支払いなどさまざまな決済手段に対応できるのも、リアル書店ならではだ。電子書店ではアプローチできない顧客層がある。そして、そういう層は対面接客だからこそ顧客になり得るのだ。

 対面だからこそ与えられる安心感や、責任の所在の明確化、入門者にもやさしいとか、個別の状況に応じた説明などの、リアル書店が顧客へ提供できる価値。例えば「本当にパソコンへつながなくても使えるの?」という質問に自信を持って答えることで、背中を押され安心して買っていくような顧客も多いそうだ。

電子書店とリアル書店が相互補完の関係に

 また、電子書籍専用端末「BookLive! Reader Lideo」の三省堂書店での販売は、単なる小売以上のメリットが得られているという。専門部署だけで知識を抱えてやっていくのは難しい。端末を販売することでスタッフにも責任を求められるようになり、端末を紹介しながらスタッフを教育していくことができたそうだ。「売る」となると、メリットを説明できなければならない。家電量販店はどうしてもスペック紹介が中心だが、購入を検討している人が知りたいのはむしろ「この端末でどんな本が読めるの?」という話。それが説明できるのは、書店員ならではだという。

 実際に端末を使ってみたユーザーからは、「思ったより簡単」とか「思ったよりコンテンツが多い」といった声が多いそうだ。また、使う前と後で大きく意見が変わるのは、本の金額だという。使い始める前は金額のことを気にする人が多く、「紙の本と同額かやや安い程度」と答えると、「1冊100円くらいじゃないの?」と言われることもあるそうだ。ところが実際に使い始めてみると、金額のことは気にしなくなるどころか、紙の本と同額でも安いと感じる方もいるようだ。欲しい本がその場で買えて、すぐに読み始められるメリットが大きいということだろう。

 最後に秋山氏は、電子を敵だと捉えるのではなく、それぞれのメリット/デメリットを理解して相互補完できればいいと語った。紙であれ電子であれ、いつでも、どこでも、だれでも、読書を楽しむことできる環境を提供し、読書人口のすそ野を広げていくことこそが重要なのだ。

(鷹野 凌)