インタビュー
目指すのは老舗旅館のようなISP、「リムネット」が4TBのクラウドストレージ標準提供へ
イージェーワークスの佐伯誠社長に聞く
2016年8月9日 06:00
今年5月、老舗ISPの「ベッコアメ・インターネット」が新規受付を終了したとのニュースが一部メディアで報じられ、話題となった。そうなると気になるのは、ベッコアメと並ぶ日本の独立系ISPの草分け「リムネット」の動向だが……。
今回、「Impress Watch」20周年企画の一環として、リムネットの現在の運営会社である株式会社イージェーワークスの佐伯誠代表取締役社長に、同社のISP事業について話を聞いた。リムネットでは引き続き新規入会を受付中であり、さらに年内には、ブロードバンド会員向けに4TBのクラウドストレージを標準提供するサービス拡充を予定していることも分かった。
「PC DEPOT」の顧客向けISPからスタート
イージェーワークスは、2004年3月にリムネットを買収。そのほかにも「四国インターネット」「まねきねこインターネットプロバイダ」「Momoたろうインターネットクラブ」など、地域ISPの老舗を含む複数のISPの営業譲渡を受け、インターネット接続サービスを引き継いで運営している。しかし、もともとはPC専門店の「PC DEPOT」を運営する株式会社ピーシーデポコーポレーションがISPを立ち上げるために設立された会社で、2000年4月、PC DEPOTの店頭で入会を受け付けるISP「ejnet」としてダイヤルアップ接続サービスを開始したのが始まりだ。
「『インターネットが欲しい』と言って来店される方が多かった時代でした。そこでejnetは、PCを買って帰ればすぐにインターネットが使えるサービスを提供しました。当時、量販店ではせいぜいOCNのセットアップCD-ROMを付けるぐらいでしたが、ejnetは店頭でアカウントを発行し、セットアップまで完了するという点がお客様にとっては楽で便利でした。そのためのツールも開発しました。」
日本でインターネットが大きく普及した時期でもあり、ejnetはファミリー層・初心者層を中心に会員が急増。サービスを開始した年の年末、2000年12月時点で4万人を突破した。また、翌2001年にはADSLやFTTHのブロードバンド接続サービスも開始した。
とはいえ、「ejnetだけでは、単体の企業としてやっていくには弱い」と判断。2003年7月、OMCカード子会社から「e!コレ・インターネット」の営業権を譲り受けたのを皮切りに、前述のリムネットなど、計10社・16ブランドのISP事業を譲受。ejnetを含め、計17ブランドのISPを運営するに至った。
現在は個人向けISPのほか、法人向け回線にも事業領域を拡大。ある業種の店舗に敷設するインターネット回線では、大きなシェアを持っているという。このほか、店舗のノウハウを生かしたウェブサイト、基幹システムの開発、マルチデバイスアプリの開発など、グループのシナジー強化にも力を入れている。
引き継いだISPのサービスを変えず、バックエンドを作り直す
ISP事業でM&A戦略を取ってきたイージェーワークスだが、「どう転ぶか分からなかった」と佐伯社長は振り返る。
「大変なのは、もともとあるサービスをそのまま引き継ぐことです。中でもリムネットは、日本の個人向けISPの草分けだったこともあり、独自開発の部分が多く、いちばん大変でした。現場でももはやブラックボックスになっていたシステムを、弊社で巻き取りました。表面的には同じサービスを続けつつ、バックエンドは作り直すという形で、そこにかなりの投資をしました。」
その結果、メールアドレスはもちろん、リムネットで古くから開設されているホームページも、URLなどを変更することなくそのまま移行された。メールアドレスやホスト名に入った地方名など、「ステータスとしてリムネットのアカウントを持ち続ける人もいる」と佐伯社長は説明する。
「サーバーが老朽化してハードウェアごと移行するときには、新しく環境を作って、弊社でデータ移行をしました。ホームページサービスを使っている数千人のユーザーひとりひとりの使用状況を確認し、スクリプトを動かしているユーザーに対しては、ひとりひとりのスクリプトを解析して動くようにするお手伝いもしました。」
中には、プログラムをかなり作り込んでいたせいで、どのように移行したらいいか分からないというユーザーも20人ほどいた。通常ならば、少数ということで移行をあきらめてもらうところだが、そのようなことは絶対に考えなかったという。「お客様に迷惑をかけてはいけない」と、プログラムを動かせるようサーバー側を改修するなどして対応した。
その後に引き継いだISPでも、システムがブラックボックスと化して運用側がもはや把握できていなかった箇所を調べ上げ、サービスを止めることなく稼働させているという。複数ISPのサービスをそれぞれ提供しながらも、バックエンドのシステムは集約しており、そのためにISPをマルチブランドで展開するのに使えるシステムも自社開発した。
表には出ない、OEMとしてのISPサービス提供
「イージェーワークスはもともと、いわば横浜の地域密着型ISPです。メガプロバイダーのように全国で同じサービスを提供するというのとは違い、地域ごとのサービスを提供しています。そのノウハウを、同じような地域ISPや、独自性のあるISPの事業に横展開し、一括して弊社で運用しようというものです。地域ISPがメガプロバイダーに統合された場合、サービスメニューがメガプロバイダーのものに統合されてしまいがちです。それに対し、今までのサービスをそのまま提供したいという地域ISPのニーズに弊社は対応します。そのための仕組みも持っています。また、表には出ない、OEMとしてのISPサービスの提供も行なっています。」
2015年2月には、NTT東西の光回線を使ったブロードバンドサービスを企業などが自社ブランドで展開できる「光コラボレーション」(光回線卸販売)という枠組みがスタート。これを受けてイージェーワークスでは、自社でISP事業を始めたい、あるいは現在のISP事業のコストを削減したいと考える企業向けに、光コラボレーションを活用したISPサービスのOEM提供を多数実施している。17ブランドのISPを運営してきたノウハウから、企業がISP事業を開始するまでに必要になることや悩み、運用上で困ることを理解して、サービスやオペレーションを提案することができるという。
前述のようにISPをマルチブランド展開できる独自システムも持っているため、OEM先の企業は新たにシステム構築することなく、短期間でサービスを提供開始できるとともに、イージェーワークスからローミング接続を仕入れることで、コスト削減が可能になるとしている。
4TBのクラウドストレージ「ULTRA DRIVE」、年内に各ISPのサービスにバンドル
ISPの役割といえば、昔はインターネット接続がメインで、それにメールアドレスとホームページスペースが付くといった認識だったが、現在は「接続は水のようになっている」と佐伯社長は指摘する。
「ISPは接続だけじゃないということに、皆がようやく気付いたのではないかと思います。弊社は小売業が母体なので、当初から接続サービス一本というわけではなく、インターネットに関するあらゆるサービスを対象と見ていました。特にサポートを重視していて、インターネットで困ったことを解決し、ユーザーがしたいことに対してすぐ提案することが重要だと考えています。また、ユーザーがいちばん大事にしているのは、PCよりデータです。故障したとき、PCはお金を出せば買い直せますが、データはそうもいかない。思い出の写真など大切なデータが入っていて、『命』『自分の生き様』という言い方をしたお客様もいました。」
そこで、イージェーワークスが2016年に入って提供を開始したのがクラウドストレージサービス「ULTRA DRIVE」だ。4TBを月額800円(税別)で利用でき、Windows/Mac/iOS/Androidのほか、ウェブブラウザーからもアクセス可能。フォルダーの同期機能も備える。4TBといえばPC 2台分にも相当するため、容量を気にすることもない。ファイルやフォルダーの共有も可能だ。
佐伯社長によると、ULTRA DRIVEで使用しているクラウドインフラは、すでにOEMサービスの基盤として3年前から運用実績があるもの。それをイージェーワークスの自社サービスでも展開することになったかたちだ。また、ULTRA DRIVEの卸販売も行っており、現在、プロバイダー事業やパソコンサポート事業などを持つ企業から、自社サービスのオプションとして導入の引き合いも来ているという。
さらに、イージェーワークスが運営する一部のISPでは、ブロードバンド会員に対して標準でバンドル提供を開始した。現時点では、ejnetと、淡路の地域ISP「awaji-BB」の2つだけだが、他のISPでも順次バンドルを開始し、年内には運営するすべてのISPで標準サービスとして組み込む予定だ。
「顧客の好みなどをきちんと把握し、顧客が何か必要としているときに適切なタイミングでサポートする、老舗の旅館のような存在でありたいですね。目立った何かがあるわけではなく、きれいなうたい文句は言いにくいかもしれません。逆に気付かれないぐらいのサポートを提供するのが、日本に旧来からあるサービスの考え方です。老舗の旅館やホテル、百貨店もそうです。そういったフォローをISPもやっていくべきだと考えています。今いる顧客を大切にして、そこに継続的にサービスを提供していく。そういう見えないところにこだわっていきたいと考えています。」