インタビュー

新人マンガ家の発掘育成エージェント「電脳マヴォ」と『良い祖母と孫の話』

『良い祖母と孫の話』特設ページ(小学館クリエイティブ)

 オンラインマガジンで2000万ページビュー超の話題作『良い祖母と孫の話』が、9月10日に単行本化された。紙版は小学館クリエイティブ、電子版は双葉社と、別の出版社から同時に発行されるという少し珍しい契約になっている。作者の加藤片(かとう・かた)氏を見いだし世に送り出した「電脳マヴォ」編集長の竹熊健太郎(たけくま・けんたろう)氏と、流通面や販売戦略などを担当した小形克宏(おがた・かつひろ)氏に、なぜこういう形での出版になったのか? そもそも「電脳マヴォ」の狙いは何か? などの裏側について話をうかがった。

短編作家がデビューしづらくなっている

 現在、マンガの商業出版は、マンガ雑誌に長期連載し、単行本によってリクープするモデルが一般的だ。これはビジネスとしては固いが、作品性の高い短編型の作家がデビューしづらくなっていると竹熊氏は指摘する。ユニークな短編を中心に掲載する雑誌が次々と休刊してしまい、多様性がなくなってきているというのだ。

 商業媒体が短編作品の受け皿として機能しなくなってきた結果、例えば『AKIRA』の大友克洋氏のようなニューウェーブ的な作家が作品を発表する場所は、「コミティア」のようなオリジナル同人誌即売会や、「pixiv」のような投稿サイトへと移っていった。

「電脳マヴォ」編集長の竹熊健太郎氏

 竹熊氏は「エポックメイキングは短編から生まれる」と考えているが、出版社はマネタイズしやすい長編を求めているため、短編を持ち込んでも落とされてしまうことが多い。竹熊氏が見込んだ作家に限ってデビューできないのは、そこに理由があるという。

新人発掘育成メディア「電脳マヴォ」

 竹熊氏は大学で、マンガ文化論を教えている。毎年600人くらいの学生全員に、作品を描かせている。いきなり商業レベルに達しているような作品を描いてくる子もいれば、磨けば光る作品もある。秀逸な作品を発表する場所として、2012年にオンラインマガジン「電脳マヴォ」を作った。当初、マネタイズのことは全く考えていなかったそうだ。

 韓国のウェブトゥーンのような、ユーザーの集合知が編集者の役割を果たすモデルに対し、竹熊氏は「少なくとも私はやりたくない」と否定的だ。そういったシステムから大友克洋氏が生まれることはないだろう、というのだ。だから「電脳マヴォ」は、日本式の編集システムで運営しているという。

オンラインマガジン「電脳マヴォ」

 「電脳マヴォ」は、かつての「ガロ」のような、個性的な作品を評価する枠組みでありたいという。このような新人の発掘養成メディアを持った上で、佐渡島庸平氏の「コルク」のような作家のエージェントとして、出版社へ作品を売り込む役割を果たしていきたいという。

新人だけどプロフェッショナルな打ち合わせができた

 『良い祖母と孫の話』も、竹熊氏がそういった流れの中で見いだした作品だ。元は加藤片氏が大学3年生のときに初めて描いた作品(オリジナル版は加藤氏のpixivで公開されている)だが、あまりのレベルの高さに竹熊氏はびっくりしたという。

 ただ、オリジナル版はリメイク版の第1話にあたるパートだけだったので、祖母と孫の結着が付いていないから続編を描くべきだ!とアドバイスをしたそうだ。竹熊氏は大学で毎年、さまざまなアドバイスを何人にもしているが、「分かりました、描きます!」と答えて、実際に描き上げる人のほうが少ないという。

 加藤氏は、数少ない「描ききった」作家の1人だ。ネームを積極的に見せてきて、客観的な意見を求め、真剣に人の話を聞くという、プロフェッショナルな打ち合わせができたそうだ。ただ、祖母の認知症というテーマや、ラストシーンの祖母のセリフなど、話の重要なポイントはすべて加藤氏が自分で考えたのだという。

 この作品は、類型的には「主人公の成長物語」だが、この難しいテーマでその物語を描ききったところがすごいと竹熊氏。なお、続編を描くべきだというアドバイスから、ネームのやり取りを重ね、最後の第4話は完成するまで3年が経過している。

津波のようなアクセスが押し寄せてきた

 2016年2月末に、第4話を「電脳マヴォ」で公開。数日後、ニュースメディア「withnews(ウィズニュース)」の記者から「感動したので紹介記事を書きたい」と問い合わせがあったという。同時に進めていた外部提携メディアである主婦の友社の「コミカワ」で配信が開始された直後にその記事が公開され、Yahoo!ニュースなどにも載ったことでブレイク。「コミカワ」にも「電脳マヴォ」にも、津波のようなアクセスが押し寄せてきたそうだ。

 その後、数日間で5社から「ウチで出版させて欲しい」と問い合わせがあり、以降はエージェントとして作家の利益の最大化を考えて動くことになった。もちろんこれは、エージェントとしての「電脳マヴォ」の生存戦略でもある。この辺りの動きからは、小形氏がかかわっている。印税率、初版部数、単価、ページ数、発表時期、造本などの条件を提示してもらい、コンペを行った。結果、加藤氏が選んだのが小学館クリエイティブだ。

「電脳マヴォ」小形克宏氏

 ところが、コンペで次点だった双葉社にあいさつへ行ったら「電子書籍はどうします?」と切り出されたそうだ。双葉社は、バナー広告の展開など、しっかりとした電子の販売戦略を持っているという。逆に、小学館クリエイティブは、書店への営業展開など、紙の販売戦略は強い。

 2015年1月から施行された改正著作権法では、紙と電子を別々に出版権設定できる。「作家の利益の最大化」を考えると、紙は小学館クリエイティブ、電子は双葉社が最適だということになった。紙と電子の販売戦略を連携させるため、小学館クリエイティブと双葉社の合同打ち合わせも行っているという。

エージェントの仕事は作家の利益の最大化

 実は「津波のようなアクセス」が押し寄せた「コミカワ」の主婦の友社も、出版コンペには参加していたそうだ。心情的には主婦の友社で出版も手掛けてもらいたかったのだが、他社とあまりに条件面で差がありすぎて、どうしても選ぶことができなかったのだという。

 エージェントの仕事は、作家の利益の最大化だ。サラリーマン編集者は、どうしても会社の利益を優先しがちである。「電脳マヴォ」は、従来の出版社が果たしてきた新人発掘育成機能に加え、作家の利益の最大化のために動くエージェントとして機能し始めている。今後、こういったアプローチの、新時代の編集者と呼ぶべき存在が増えていくのではないだろうか。