インタビュー

FinTechで金融サービスがこう変わる? 三菱UFJフィナンシャル・グループの先端技術への取り組み

 CEATEC JAPAN 2016の開幕まであと1週間となった。2016年10月4日~7日に、千葉市の幕張メッセで開催される今年の「CEATEC JAPAN 2016」は、従来の「最先端IT・エレクトロニクス総合展」から、「CPS/IoT Exhibition」へと生まれ変わることになる。その象徴的な展示が、主催者特別企画「IoTタウン」だ。

 ここには、IT・エレクトロニクス産業以外の企業が相次ぎ出展。CEATECに初めて参加する企業も目立つ。その1社として注目を集めているのが、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)である。

 関心の高いFinTechにも積極的に取り組む同社がCEATEC JAPAN 2016の「IoTタウン」において、なにを展示し、なにを訴求するのか。三菱UFJフィナンシャル・グループ デジタルイノベーション推進部の藤井達人シニアアナリストに話を聞いた。

MUFG デジタルイノベーション推進部の藤井達人シニアアナリスト

FinTechでは「これでうまく行くだろう」という考え方が通用しない

――昨今、金融とITを組み合わせた「FinTech」が注目を集めています。その動きをどうとらえていますか。

 ここ数年、金融機関を取り巻く競争環境は大きく変化をしています。従来は、金融機関同士の競争環境にとどまっていたものが、さまざまな業界のプレーヤーと競争していかなくてはならない時代が訪れています。その背景にあるのは、デジタル化の進展です。ITを活用して、さまざまな金融サービスを生み出す動きが世界中で見られており、それによって、仕事の仕方や、生活そのものが変化しようとしています。

 当然、メガバンクとしても、それを見過ごすわけにはいかない状況になっています。言い換えれば、デジタル化の進展によって、従来のような店舗を中心とした考え方から、店舗とモバイルが融和したような顧客サービスの創出が求められるようになってきたといえます。

 社内では、「FinTechに取り組む」という言い方をしているわけではありませんが、必然的に、やっていることの多くがFinTechと言われる領域のものになってきているのは明らかです。

――三菱UFJフィナンシャル・グループでは、具体的には、どんな領域でFinTechに取り組んでいますか。

 決済、融資、資産運用といった金融機関の基本領域が対象となり、そこにおいて、金融サービスにおける競争力を高める取り組みと位置づけています。ロボットやAIなどの新たな技術も活用していくことになります。

 我々が注意しているのは、FinTechは「これでうまく行くだろう」という考え方が通用しない世界だという点です。早く試行して、それがうまく行くのかどうかを見極めて、駄目であれば早めに方向転換し、別のことを始めなくてはいけない。いわば、「アジャイル」なスタイルを指向していく必要があります。

 これまでの金融機関のやり方は、しっかりと計画を立てて、失敗しないことを前提にプロジェクトを進行させるというものでしたが、このやり方では、サービスの開始が遅れるだけでなく、世間のニーズにミートしないものができあがってしまうリスクが生まれる。

 「これは有望だ」と感じたサービスは、できるだけ早く、PoC(Proof of Concept=概念実証)を始めていくことが重要です。

MUFGのウェブサイトでも、FinTechに関する取り組みを紹介している

グループ内でもユニークな組織がFinTechを推進

――三菱UFJフィナンシャル・グループにおいて、FinTechを推進する組織はどこになりますか。

 デジタルイノベーション推進部になります。この組織は、どこの事業部門にも属さない独立組織で、全体で約50人体制となっています。情報システム部門の役割とは異なり、いままでにない革新的な金融サービスを生み出すこと、行員の生産性向上、業務の正確性向上などに取り組んでいます。こうした組織は、いまでこそ多くの金融機関が設置していますが、三菱UFJフィナンシャル・グループでは、1990年代に、三菱東京UFJ銀行内にEC業務部を設置。その後、2000年以降に、IT事業部に名称を変更し、インターネットバンキングへの取り組みや、ATMでの静脈認証の導入、KDDIと共同で展開しているじぶん銀行などに取り組んできました。

 2015年5月には、IT事業部の名称を、デジタルイノベーション推進部に変更。同年7月には、この組織の社員が、三菱UFJフィナンシャル・グループと三菱東京UFJ銀行を兼務する形になりました。これは、デジタルイノベーションへの取り組みを三菱東京UFJ銀行だけにとどめるのではなく、三菱UFJフィナンシャル・グループ全体で推進していくためです。

 特徴的なのは、情報システム部門であるシステム部と兼務する社員はおらず、システム部経験者もたまに公募で採用するぐらいです。コーポレートサービスという同じ傘下にあるのですが、役割は全く異なり、求められるスキルも異なります。実際、デジタルイノベーション推進部には、外資系ITベンダーやITベンチャーなどからの中途採用の人材も多く所属しており、さらに、フィナンシャルプランナーや法人営業といった現場経験者も参加しています。中途採用が多いという点では、三菱UFJフィナンシャル・グループのなかでもユニークな組織だといえます。

 求められるスキルは、銀行業務がわかっていること、金融サービスの現状を理解していることに加えて、技術に明るく、トレンドにも敏感で、新たな技術の活用経験があるという点です。そして、新たなことに挑戦していく意識を持った人材であることも求められます。

求められるのは“前向きな思考”

――金融機関のサービスには、信用や安心といったことが前提となります。しかし、いち早く新たな技術を採用することは、相反する要素が生まれる場合も多いのではないのでしょうか。

 ご指摘のように、金融機関は信頼が最大のポイントですから、それを裏切るようなことはできません。しかし、だからといって新たな技術を使わないわけにはいかない。デジタルイノベーション推進部に求められるのは、新たな技術を使うためにはどうするのか、という前向きな思考です。

 使わないための理由はいくらでも挙げることはできますが、そうした考え方は、デジタルイノベーション推進部には必要ない。新たな技術やサービスが未成熟だから使えないという判断をしてしまうと、競争環境の激しい変化のなかに確実に遅れを取ることになります。金融機関も、もはや、そういう時代に入っています。

 まずは、新たな技術は使えるところで使い、その使い方を学習し、技術やサービスの成熟度が高まれば、もう一段上のサービスに活用していくといった考え方が大切です。システム部と別の組織としている意味もそこにあります。

日本では“共創”が求められる

――FinTechには、さまざまな業界からの参入や、ベンチャー企業の林立が見込まれます。これは、金融機関にとって、競合関係になるのですか、それとも協業関係になるのですか。

 日本はもともと金融サービスの品質が高く、多くの人が利用できる環境が整っています。銀行口座の開設も簡単にできますし、口座の維持費用も必要ない。信頼性の高いATMも利用できる。世界中を見渡すと、こうした環境にある国の方が少ないといえます。

 品質の高い金融サービスがそろっていない国においては、テクノロジーでこれを変えようという力が働きやすいのは事実です。だからこそ、従来型の金融機関が提供できていないもの、提供しているが使い勝手の悪いものをテクノロジーで置き換えていくというFinTechスタートアップの活躍が目立つという状況にあります。

 当初は、こうした動きが世界各地で活発に見られていたため、「FinTechスタートアップが金融機関を倒す」というような対決構図が生まれたわけです。この構図は確かに正しいものです。

 しかし日本においては、前述したように金融サービスの品質が高い環境であるため、「金融機関を倒す」というFintechサービスは、現時点では出てきていないと認識しています。それよりも、金融機関との協業を見据えた上で、FinTechに取り組んでいる企業が数も多く見られます。そして、金融機関もそうした企業を探しているというのが実態です。

 我々の立場としては、FinTechスタートアップと戦って顧客を奪い合うというよりは、協業あるいは共創するという立場で、一緒に理想の金融サービスを作っていきたいという姿勢を持っています。これが日本においては、主流になるのではないでしょうか。

 一方で三菱UFJフィナンシャル・グループは、アジアを中心としてグローバル市場で金融サービスを展開しているわけですが、それぞれの地域においても、新たな技術をどう活用していくのかといったことを考えていく必要があります。

CEATEC JAPAN 2016に出展する理由は?

――今回、三菱UFJフィナンシャル・グループがCEATEC JAPAN 2016に出展する狙いはどこにあるのでしょうか?

 こうした大規模なイベントに、三菱UFJフィナンシャル・グループとして出展するのは初めてのことです。我々にとっても、記念碑的な出来事だといえます。背景にはあるのは、やはり、我々とITとの関わりがこれまで以上深くなってきたという点です。

 金融機関とITとのかかわりは、これまでは、勘定系システムや情報系システムといったものが中心であったわけですが、ここ数年、お客さまと接する部分において、最先端の技術を活用するサービスが求められるようになってきました。

 これは金融機関にとっても、劇的な変化のひとつだといえます。三菱UFJフィナンシャル・グループは、金融とITとの新たな組み合わせに対しても、積極的に取り組んでおり、その活動についても、多くの方々に知っていただくことが、利用者の利便性を高めるとともに、テクノロジー、イノベーションに先鋭的に取り組んでいる企業イメージづくりにもつながると考えています。

 さらに、こうした活動を広く認知していただくことで、一緒に協業したいと思ってもらったり、新たなサービスを作りたいと考えてもらえたりするだろう、との期待もあります。

 金融業界では、FinTechという言葉はかなり浸透してきましたが、一般にはまだまだ広がっていません。三菱UFJフィナンシャル・グループの取り組みもまだまだ知られていない部分があります。CEATEC JAPAN 2016への出展は、三菱UFJフィナンシャル・グループにおけるFinTechの取り組みを知っていただくという点では、これ以上の場はないと思っています。

 例えば、三菱UFJフィナンシャル・グループでは、オープンイノベーションを積極的に推進していますが、メガバンクがオープンイノベーションに取り組んでいるということはあまり知られていません。

 オープンイノベーションで大切なのは、自分たちはこんなことをやっているということを強くアピールすることです。砂漠に落ちている指輪を自分たちから見つけるのでなく、指輪の方から寄ってきてもらいたい、と考えているわけです(笑)。

 実は私自身も、来場者の一人として、過去にCEATEC JAPANを訪れたことがありますが、その場でしか見られない新たな製品や技術が展示されていたり、普段はできない対話が生まれることもあります。さまざまな業界の方々、さまざまなポジョンの方々が来場し、そうした人たちとお話しをする機会が生まれるのがCEATEC JAPANです。

 そこでお互いが持っている技術を知り、それを持ちあえば、何か新たなことが生まれるといったこともあるでしょう。そうしたところに期待をして、今回、グループをあげて出展することにしました。

オープンイノベーションに取り組んでいることをぜひ周知したい、と語る藤井シニアアナリスト

――今回のCEATEC JAPANではどんな展示を行うのですか。

 三菱UFJフィナンシャル・グループとして、三菱東京UFJ銀行のほかに、三菱UFJ信託銀行、三菱UFJニコス、じぶん銀行、カブドットコム証券の4社が出展します。三菱東京UFJ銀行では、店頭でお客さまの案内を行う人型ロボット「NAO」や、スマホアプリによるバーチャルアシスタント「MAI」などを展示します。

 NAOは、高さ58cmの人型ロボットで、複数の言語を聞き分け、話す能力が特徴です。現段階では、成田空港支店に設置され、ATMへの案内や為替に関する情報提供などを行っていますが、AIとの連携により、学習しながら、高度な質問にも対応することが可能となります。日々、答えられる内容が増えています。

 NAOで利用するAIはひとつの技術に限定するのではなく、用途に応じて、さまざまなAIを使い分けることになります。また、音声認識や感情認識などの新たな技術にも挑戦しています。

 NAOは、成田空港支店以外では見ることができなかったロボットですし、今回は、ブースの一番目立つところに展示する予定です。ぜひ多くの方々に見ていただき、さらに話しかけていただきたいと思います。成田空港支店だけでは学べない対話なども学習できるものと期待していますし(笑)、いただいた声は、NAOにフィードバックしていきたいですね。ぜひ、こんな対応をしてほしい、こんな機能が欲しいという意見をいただきたいと思っています。

成田空港支店に導入されている「NAO」(MUFGのウェブサイトより)

 またMAIは、銀行業務に関するスマホを通じて、音声での問い合わせに回答するサービスで、これも今回の目玉展示のひとつです。ブースでは、タブレットを用いて対話ができるようにしています。将来的には、金融サービスのコンシェルジュ役が果たせるようなサービスへと発展させたいですね。

 さらに、オープンイノベーションの大きな試みのひとつとして、今年3~7月までの4カ月間、FintTechアクセラレータ・プログラムを実施しましたが、これに関する展示も行います。Fintechアクセラレータ・プログラムは、FinTechスタートアップを対象にした邦銀初の取り組みで、事業プランのブラッシュアップ、プロトタイプの構築支援、事業プランの方向性に合わせたパートナー選定、アライアンスなど、事業化に向けたステップを全面的に支援。参加した5社と、具体的な協業成果を発表することができました。可能なら、協業した企業にもブースに立ってもらいたいと思っています。

 FinTechアクセラレータ・プログラムは、次回の募集も計画しており、今回のブース展示を通じて、多くの企業にこの仕組みを知っていただき、参加していただきたいと思っています。

 さらに、銀行APIを利用したハッカソンも日本で初めて開催しましたが、この成果についても展示する予定です。

 また、三菱UFJニコスでは、クラウド型マルチ決済システム「J-Mups」の展示などを予定しています。

――ぜひ、ここは見てほしいという展示はありますか。

 三菱UFJフィナンシャル・グループ全体として、新たなテクノロジーに積極的に取り組んでいるというメッセージを出したいと思っています。

 ただ、新たなテクノロジーに取り組むことそのものに価値はありません。お客さまに対して、より便利で、快適なサービスを提供するという観点が重要です。我々も、新たなテクノロジーを使えばもっと利便性の高いものが実現できるということがわかってきました。そして、これらに取り組まないわけにはいかないという意識も浸透してきました。

 AIを活用すれば、24時間365日の応対が可能になり、銀行の営業時間に縛られずにサービスを提供できるようになる。そうした社会の利便性向上にも貢献できる道筋も見え始めています。

 今回のCEATEC JAPAN 2016の「IoTタウン」における三菱UFJフィナンシャル・グループのブースで、FinTechの片鱗を見ていただくことにより、「FinTechによって、金融サービスがこう変わっていくんだ」ということを感じていただきたいですね。

 なかには、すでに使えるようになっているサービスも展示していますから、これを利用することで自分の生活がどう変化するのかを、ぜひ体験してほしいと思っています。