インタビュー

老舗警備会社はどうインターネットに向き合ってきたのか? セコムが考えるIoT時代とは

 10月4日~7日に千葉・幕張メッセで開催される「CEATEC JAPAN 2016」に向けて、各社が出展の準備を急いでいる。

 これまでのCEATECと言えば、家電やその構成部材のメーカーが出展する「最先端IT・エレクトロニクス総合展」との色合いが強かった。しかし2016年からは「CPS/IoT Exhibition」というテーマを新たに打ち出し、実世界とサイバー空間の連携をより意識した展示会への衣替えが図られる。

 その一端が垣間見える企画となりそうなのが、主催者特別展示である「IoTタウン」だ。金融・観光・スポーツなど、IT以外の分野での活躍する企業が集結し、“未来の街”をデモンストレーションするという。

 そこで今回は、IoTタウンに出展するセコム株式会社の常務執行役員で、同IS研究所の所長を務める小松崎常夫氏に話を伺った。

セコム株式会社 常務執行役員でIS研究所所長の小松崎常夫氏

個別の技術よりも、サービスとしてどう仕上げるかが重要

──まずはセコムとインターネットの関わりについて教えてください。

 セコムではちょうど30年前に研究所(セコムIS研究所)を設立して、さまざまな事象を研究しているのですが、実はその当初からインターネットにも注目していました。それこそ、インターネットの前身であるARPANETの時代も含めてですね。

 セコムにとっては、インターネットは商品ではなく、世に広まっているベーシックな技術の1つ過ぎません。それを上手く使って、社会サービスとして提供していく。必ずしも最先端の中の最先端技術を全面に出すようなことはしていません。そこがメーカーとは立場がちょっと違うところですね。

 これは個人的な意見なのですが、「沢山ある技術の中でどれが一番重要なのか」という観点よりも、個々の技術同士がどう関わり合っていくか、つまり“連環”にこそ重きを置くべきではないかと考えています。最先端のデバイスがあり、その一方で、ベーシックな物性を追求する研究者もいらっしゃる。こういった諸々の技術をセコムのような立場の会社がアッセンブルし、最終的なサービスにアレンジする。

 ですから我々セコムとしては、あらゆる技術に通じていなければならない。当然、最先端技術への理解もなければ、その研究者の方々とも上手くつながれません。それこそ(警備業のセコムとは一見関係のない)ナノテクや分子生物学の研究者の方ともお付き合いがあります。中には話が難しすぎて100%理解できないこともありますが(笑)、それでも非常に面白いですね。

 社会が非常に複雑化していく中で、個々の技術同士がどう影響し合っていくか、その点において予断をもってはいけないと感じています。

 例えば、先ほど述べたナノテク。今後「軽くて丈夫なモノ」の誕生にはナノテクが欠かせない技術になってくると思います。その時、警備・プロテクションの領域がどう変わっていくのか。それをいち早く知るためにも、研究を疎かにはできません。

セコムIS研究所のウェブサイト

──その発想でいくと、IoTはまさに技術連環の集積体とも言えますね。

 セコムのオンラインセキュリティサービスは、2016年3月末時点で家庭・法人合わせて214万9000件のお客さまにご利用いただいています。そして契約先では窓やドアなどにセンサーが設置されていて、その合計数は約6000万個に上ります。これらのセンサーは当然すべてオンラインでつながっていますから、これはもうIoTそのものと言えますよね?

 ただ、セコム社内ではこれらをIoTやセンサーネットワークとは表現していません。厳密な意味でのインターネットプロトコルを使っているかどうかと言う問題もありますが、そこはむしろ本質ではなくて、「シンプルなセンサーで遠隔地のドアが開いているかどうか分かる」ことが最も重要です。技術体系をアカデミックに整理するのとはまた別に、実務の中で徹底的にサービスを磨いていく。この結果として、IoT的なサービスをすでに提供しているのがセコムだと考えています。

 とはいえ、これはあくまでも結果です。1970年代初頭でしょうか。それこそまだ電電公社の時代、後の「通信の自由化」を巡る動きが少しずつ出てきた中で、セコムの創業者である飯田亮が通信を警備に活かせないかと発想しました。この時使っていたのは電電公社の専用回線で、センサーもそれに合わせて開発した。もちろん回線品質などは後から向上していきますが、「離れた場所を警備する」という本質は全く変わっていないんですね。

 例えば、ある施設に警備員を24時間体制で常に2名置きたいとします。すると、8時間3交代といった勤務時間や有休休暇などを考慮すると、10名の人員を確保しなければなりません。仮にセコムの全てのお客さまに対してこれを実現しようとすると、2000万人以上の警備員が必要になってしまいます。人の省力化──というより、人間の力の増幅、アンプリファイという表現がより適切かと思いますが、機械警備はそれを実現できたわけです。

人口減社会を乗り越える策として

 古くで言えば、狼煙(のろし)も意思伝達手段でした。それが今や、インターネットやIoTを使えば、私がいくら大声で叫んでも半径100メートルほどしか届かない声を、全世界へと発信することができる。人間の力をどれだけ何倍にも増幅できるか。この観点は非常に重要だと思います。

 それと、日本はもう少子化が現実に始まっています。人口が増加傾向にある時代では、“人の力の増幅”はあまり重視されませんでした。ところが現に減っている現在は、(景気の良さゆえに人手が足りなかった)高度成長期以上に意味をもってきます。さらに言えば、1990年代を頂点に生産年齢人口は減っています。

 今までの考え方からいけば、人口は国力そのものです。しかし、人口が減る中でもICTを駆使すれば、それを覆すことができる。

 良い例が北欧の3国ですね。スウェーデンで1000万人に届くかどうか、他の2国は500~600万人。それでいて国土面積はどれも日本と同じくらい。その人口密度だと、一般的には生産性は低いはずなんです。しかし、そんな中でノキアのような会社が生まれました。無線通信の重要性は日本以上でしょうし、生産性を向上させるには人々のシンクロナイズが重要なはずです。モバイル通信手段に投資する意味合いは、日本とは全く違ったでしょう。

 対して日本は人口減の中で豊かさが少しずつ落ちていき、今までできたことができない、豊かさが“剥がしとられていく”のが最も悲惨な未来です。それを防ぐためには、ディフェンシブな領域での生産性向上が欠かせません。

 どういうことかというと、仮に認知症患者1000万人の介護に500万人の要員が必要だとして、これをICTの力で50万人に抑えられたとしましょう。すると差引450万人がオフェンシブ、直接的な生産活動の領域にとどまれる訳です。

 やはり生産活動に携わる人がいなければ、国はどんどん貧しくなっていってしまう。そこでセコムは遠隔医療をはじめとした技術で人の力を増幅していく。メーカーならばロボット化などをさらに推進し、生産性を上げていくことが重要になるでしょう。

 さらに言えば、東南アジア諸国は日本が豊かになっていった軌跡をトレースしています。つまり、これらの国々では日本と同じ社会問題が発生しうる。その時に、日本がそれらの問題への対策となるシステムを生み出せていれば、広い意味でのサービスの輸出にもつながると思います。

IoTは「小さな変化を見つけるための手段」

──警備以外にも、セコムではさまざまな事業に取り組んでいますね。

 はい。警備以外には医療、さらには防火を主軸とした防災の事業も展開しています。能美防災やニッタンがグループ会社になっていますので、自動火災報知機のシェアは約6割に達しています。セキュリティ、防災、高齢医療の3つが社としての大きなビジネスドメインですね。

 ただ、より広範な自然災害については、まだまだサービスが足りていないのが実情です。ここで、先ほど申しあげた“人の力の増幅”によって何とか対処していきたいと考えています。

 もう1つ、IS研究所としては「安心のための基幹プロセス」という概念を掲げています。3つの要素から成り立っていて、まずは「発見」。何か小さな変化を見つけるということです。次が「理解」で、発見した変化の意味を理解すること。そして最後に「対応」。意味の理解に基づいて、なんらかの対処を迅速に行う。これによって、安心が成立するという考え方です。

 これを地震災害に当てはめるとして、まず地震発生のメカニズムは相当解析されてきました。プレート型地震で言えば、アスペリティという突起物の崩壊が大きく関係しているとされます。このアスペリティ崩壊を研究すべく、地震や火山関連の学者の皆さんは、GPSセンサーによる観測──、まさにIoTを活用している訳です。

 地震とアスペリティのように、物事に対する何か小さな変化を見つけること。これがIoTの最大の価値ではないでしょうか。

 その次には、プロによる知見が意味をもってきます。医師、心理学者、マーケティング専門家など、いろいろな領域がありますが、こういった方々にIoTで集めた膨大なビッグデータを活用してもらう。

 今分かっているデータを元に別の情報を集めようとしても、新しい事実は発見しにくい。海のものとも山のものともつかない膨大なデータがあってこそ、そこに人間の知性や閃きが加わって何らかの進展が見える。そして対処策も考えられる。

──万能的なイメージのあるIoTですが、それをあえて「小さな変化の発見」に絞り込むという発想なのですね。

 もちろん、定義的にはいろいろと細かい違いはありますが、あえて単純化することによるメリットもあると思います。

 一方で気を付けたいところもあります。飲み薬にセンサーを仕込んで、本当に飲んだか調べることも理論上はできますが、それはやはり患者さんを人間扱いしていないようで、個人的には大反対。「何故飲まないのか」「どうすれば飲んでくれるか」をICTの力で解決すべきでしょう。

──AIについてはどうお考えですか?

 あくまでも「人間が幸せになるための道具」ですね。(プロ棋士に勝った囲碁AIとして知られる)AlphaGoに対しては「なぜその手を指したか分からないから怖い」といった声もありますが、それだと電卓すら使えなくなってしまう。1+1はともかく、猛烈に複雑な割り算の答えを毎回毎回誰が証明できるのか(笑)。スマートフォンにしても、なぜ動いているのか大半の人は分からないまま使っていますよね。

 ですから、AIが将来使われない、ということは恐らくないでしょう。もちろん、A社が作ったAIだから、B社が作ったAIだから安心という要素は入ってくるとは思います。地道な基礎研究から生まれた技術を、セコムのようなサービスプロバイダー企業が現実的なものに落とし込む。これが基本的な発想ではないでしょうか。

基礎研究から生まれた技術をセコムのような企業が現実に落とし込む、と話す小松崎常務執行役員

CEATEC初出展に向けて

──CEATECにはセコムとして今回が初の出展となります。

 (CEATEC主催3団体の1つである)JEITA(一般社団法人 電子情報技術産業協会)は今回、IoTタウンという特別出展を企画されました。

 セコムでは創業時から「ソーシャルデザイン」「ビジネスデザイン」という2つの考え方を大切にしています。例えば住宅事情はソーシャルデザインの領域です。戦後、経済的にどんどん豊かになっていく中、団地が憧れの存在になったかと思えば、あまりにも判で押したように同じデザインばかりでは、次第に物足りなくなっていく。ここは政府の意向であったり、国民の嗜好が働く部分ですね。

 それに対して、我々セコムのような企業が、社会事情に合わせたビジネスデザインをしていくわけです。

 今回のIoTタウンという企画は、まさにソーシャルデザインだと思います。(未来の街の在り方に対し)セコムがどのようなビジネスデザインを行うか、お目にかけられると考えています。

 展示内容についてはまだまだ未定の部分がありますが、プロダクトベースにはならないようにしたい。「何か分からないけど、新しい技術が集積されると、人ってこんな快適に生活できるんだ」、そんなコンセプトが出せると面白いと思います。

 セコムはそれこそ鵜の目鷹の目で、世に出る技術を探し続けています。しかし、すべての人や企業がそれを実践できるわけではありません。さまざまなレイヤーでの連環が、日本のIoTの活路になってくるはずですので、IoTタウンがメーカーとサービス業者双方から見た“発見”の機会になることを期待しています。