インタビュー

ウェアラブルの伝道師 塚本昌彦教授に聞く、「ウェアラブルを使いこなすために必要なことは?」

CEATECで産業側と使う側、両側面からの普及に取り組む

 2016年10月4日~7日に、千葉市の幕張メッセで開催される「CEATEC JAPAN 2016」は、従来の「最先端IT・エレクトロニクス総合展」から、「CPS/IoT Exhibition」へと生まれ変わることになる。

 そのなかで、目玉展示のひとつと目されているのが、主催者特別企画「IoTタウン」だ。すでに、セコム、三菱UFJフィナンシャル・グループ、JTB、タカラトミーなど、初出展の企業をはじめ、10社の企業、団体が出展を発表。CPS(Cyber-Physical System)/IoT(Internet of Things)によってつながりが深まる社会や、新たにもたらされる未来を創り出す場になるという。

 IoTタウンに出展する団体のひとつに、NPO法人 ウェアラブルコンピュータ研究開発機構(チームつかもと)およびNPO法人 日本ウェアラブルデバイスユーザー会がある。最近話題の「ウェアラブル」の普及活動を行っている団体であり、2つの団体のチームリーダーを務めているのが神戸大学大学院工学研究科教授である塚本昌彦氏だ。

 塚本教授に、出展の狙いや、新たなCEATECへの期待について聞いた。

神戸大学大学院工学研究科 教授の塚本昌彦氏

今のウェアラブルデバイスはまだ“本質的に難しいもの”

――昨今のウェアラブルデバイスを取り巻く環境をどう見ていますか。

 ここ2、3年、ウェアラブルは高い関心を集めていますが、なかなか普及には至らない状況が続いています。私が、「来年には、街を歩いている人の半分が、ウェアラブルデバイスを身につけている」と言い始めて、すでに15年が経過していますが(笑)、いまだに、そこまでには至っていません。むしろ、ウェアラブルのブームや勢いは、今年に入ってから、「IoT」や「AI(人工知能)」に追い抜かれたという感じすらありますね(笑)。

 ウェアラブルデバイスは、その名の通り、身につけるデバイスであり、眼鏡型のものや、腕時計型のものなどがあります。いずれにも共通しているのは、より簡単に、より素早く、さまざまな情報にアクセスする手段を提供するデバイスだという点です。

 しかしウェアラブルデバイスは、あのGoogleでさえも、あのAppleでさえもうまくいっていない。雲行きが怪しいとまで言われている。それはなぜか。いくつか理由はありますが、そのひとつとして挙げられるが、デバイスそのものの完成度が低いという点です。決定的ともいえるアプリを示せていないといえます。

 もうひとつは、多くの人が、ウェアラブルデバイスを「軽く見ている」点です。ウェアラブルデバイスは、本質的に難しいものであるということを理解すべきです。初心者でも簡単に使えるモノではなく、むしろ、その対極にあるぐらいの理解をしておくべきなのです。

 Apple Watchは、ちょっと使っただけで諦めてしまうという人が多い。画面をタップすれば、40個ぐらいアイコンが出てきます。使いこなせば、そこそこ使えるのにも関わらず、1カ月使ってみただけで、価値がなかった、価値が見いだせなかったいう声が挙がる。私の個人的な感覚ですが、Apple Watchを購入した人のうち、いまだに利用している人はかなり少ないのではないでしょうか。

塚本教授自身が熱心なユーザーだからこそ、問題点を指摘できるのだろう

――確かにApple Watchを付けている人の数は、発売時よりも減りましたね。

 ウェアラブルデバイスは、使う人の努力が必要であるという点で、これまでのコンピュータ機器とは異なります。従来のコンピュータ機器と同じ感覚で捉えると間違った評価しか下せません。

 ウェアラブルデバイスには、画面のサイズ、インターフェイス、バッテリ駆動時間などの数々の制約があります。それだけでも、一般的なデジタルデバイスに比べて使いにくいのは明らかです。

 そして、ウェアラブルデバイスは、使いたい時にだけ使うものではないという点にも考慮する必要があります。1年中ずっと使い続けることが前提です。1年続けて使った人だけが、便利に使うことができる。Apple Watchもそういうデザインになっているのです。ですから、1カ月使っただけで「良くなかった」という人は、ウェアラブルデバイスの本質を理解していないまま、そうした感想をもらしているだけなのです。

 もうひとつ注意しなくてはならないことは、ウェアラブルデバイスを使い込むには、経験が必要だという点です。料理人が包丁を使いこなすまでに時間がかかるように、ウェアラブルデバイスも使いこなすまでには、同じように時間と経験が必要であることを知るべきです。

 たとえば、工場のラインで作業をしている人に、眼鏡型のウェアラブルデバイスを装着させて作業をしてもらうと、3時間で気分が悪くなるという人が続出します。使い慣れていないため、身体への負担が増えるのです。

 しかし、仕事として使う前に別の用途で使用してみるといったように、使う側が訓練してから導入すれば、こうしたことは減ります。練習が足りていないのに、結果だけを求めるから、「ウェアラブルデバイスは使えない」という結果になってしまう。

 極端にいえば、初心者には使いこなすことができないデバイスであるというぐらいの認識が必要です。プロが使う道具というのは、練習しないと使えないものばかりです。それと同じです。

 練習が必要ということについては、先日、研究室の学生にビデオシースルー卓球を開発してみてくれといったんです。

――ビデオシースルー卓球とはどんなものなのですか。

 ヘッドマウントディスプレイにカメラをつけて、そのカメラを見ながら、リアルの卓球をするというものなんです。また普通に打つだけではなく、例えば、ラケットのある部分に当たったら、相手の画像が左右反転して、打ちにくくなるハンデがつくというものを考案しました。

 ところがそれを作った学生が、ハンデを付けるまでもなく、ラリーどころか、サーブもできないと言ってきたのです。

 実際に、学生に卓球をやらせてみると、確かにサーブもできない。相手の画面を反転させるどころの話ではないのです(笑)。これはカメラで見える視野角が狭いこと、表示される画像に遅延が起きることなどが原因です。そこで、学生は卓球台のネットを外して、ボールを転がしながらやれば、ゲームになるといってきました。

 しかし、それでは卓球ではありません。私が学生に言ったのは、一晩でも、二晩でも練習して、ラリーができるようになってほしいということでした。ウェアラブルデバイスは難しいのだから、最初からできないのは当たり前なのです。もし、これでラリーができるようになったら、きっとおもしろい新たなスポーツが生まれることになる。あらゆるスポーツは、練習を重ねることで、楽しくなってくる。そう学生に言ったのです。

習熟すれば使いこなせるが…

 こうした事例はいくつもあります。私は、ここ2年ほど、大阪マラソンにウェアラブルデバイスを装着して参加しているのですが、一緒に走った女性タレントは、眼鏡型のウェアラブルデバイスは、明るいところでは見にくいという感想を述べました。

 しかし、私はそんなことをまったく感じなかったのです。よくよく考えてみれば、私はいつもウェアラブルデバイスを装着していますから、明るいところでもどの方向に向けば表示が見えるかということを理解しているわけです。自然とそういう動きができるようになると、明るいところでも的確に情報を得ることができます。

 また、3時間台で走る学生に装着させてみたのですが、慣れていないものを装着したために、体調を崩してしまい、タイムを大きく落としてしまったという例がありました。

 私は、大阪マラソンのときも、普段と同じく、5つぐらいのウェアラブルデバイスを装着しているのですが、まったく大丈夫です。ただ、マラソンに不慣れなので、足がつってしまい(笑)。それでも毎回完走していますよ。足がつらないようにウェアラブルデバイスがサポートしてくれるといいのですが、まだそこまでは行っていませんね。

 もちろんウェアラブルデバイスは、簡単に利用できるに越したことはありません。しかし、いまのウェアラブルデバイスには制限があるということを考えれば、使いこなすには経験が必要であり、使い込むのは難しいということを前提にしておくことが大切だといえます。習熟することで楽しむことができるのが、いまのウェアラブルデバイスの特徴です。

インタビュー中も、常に複数のウェアラブルデバイスを身につけている塚本教授

IoTやAIに話題を取られる?

――IoTやAIが注目を集めるなかで、ウェアラブルデバイスへの関心が薄まってくるということはないのではないでしょうか。

 確かにウェアラブルデバイスというとらえ方だけをすれば、そうかもしれません。しかし、ウェアラブルデバイスは、IoTとも、AIとも密接に関係をしているものであり、IoTの文節のひとつとして語ることもできますし、AIの使い方のひとつとして、ウェアラブルをとらえることもできます。IoTやAIとの組み合わせによって、ウェアラブルデバイスの新たな提案ができるようになるという期待があります。

 私は、IoTとは、「コンピュータを小さくして、実世界において、活用していくもの」というように広義に捉えています。そういう観点でみれば、ウェアラブルはIoTだといえます。

 一方でIoTの反対には、IoH(Internet of Human)という言い方があります。従来型のコンピュータや、インターネットの使い方はIoHだといっていいでしょう。こうした観点からみると、ウェアラブルデバイスには、IoTの側面もあり、IoHの側面もあるのです。

 ヘッドマウントディスプレイによる表示や、ウォッチに搭載されているディスプレイは、IoHの役目を果たします。しかし、ウェアラブルデバイスに搭載されているセンサーやカメラなどは、まさにIoTとして使われるわけです。センサーやカメラなどから情報発信をするという狭義のIoTにおいても、ウェアラブルデバイスは重要な役割を担います。

――ウェアラブルデバイスは、今後、どんなシーンで利用されることになるでしょうか。

 ウェアラブルデバイスが活用されるシーンは、業務用、民生用と大きく2つに分かれます。業務用として、一番効果が発揮しやすいのは、遠隔利用支援としての使い方です。ウェアラブルデバイスを装着した現場の人と、コントロールセンターにいる人が連絡を取りながら、作業の指示を行うといったものです。

 コンピュータと人とのインタラクションがあまり重要ではなく、どちらかというと、人と人のインタラクションの上で利用できます。これは比較的簡単に導入が可能であり、有用性も高いといえます。

 一方で難しいのが、コンピュータとのインタラクションが入るものです。利用者が動くと表示する情報が変わって、それをもとに作業するといったものは、現時点では、かなり使いにくい場合が多いですね。コンピュータと人とのインタラクションが増えるほど使いにくくなるという状況にあります。

 逆に民生用途としては、ヘッドマウントディスプレイにおいて、いくつかの可能性が出てきました。スマホと連携したり、なにかしらのアラートを出すというだけでなく、ARを活用して、街中の情報を見える化するといった使い方も具体化するようになってきました。

 ただしこれを実現するには、サービス連携など、まだいくつかステップが必要です。また、ウォッチの用途はスマホ連携が中心ですが、ここにきて、健康管理における使い方も増えてきました。今後、ウォッチに搭載される決済機能や、街角サービスや交通情報との連携が加速すれば、幅広いシーンでの利用が想定されます。

 ウェアラブルは一気に広がるものではなく、ステップを踏みながら普及していくものだといえます。ウェアラブルデバイスの発展、普及によって、日常生活や産業などにおける情報活用において、新しい道が拓かれると期待しています。

産業側とユーザー側の双方の切り口からウェアラブルの訴求を

――今回のCEATEC JAPAN 2016の展示では、どんな点に力を注ぎますか。

 今回は、“チームつかもと”と呼ばれるNPO ウェアラブルコンピュータ研究開発機構と、新たに昨年設立したNPO 日本ウェアラブルデバイスユーザー会の2つの団体として出展します。「IoTタウン」ということですから、街のなかで、ウェアラブルデバイスをどう使うのかということを提案していきたいと考えています。

 ウェアラブルコンピュータ研究開発機構は、デバイスを開発する企業やサービスを提供する企業など、ウェアラブルを取り巻く産業側の人たちを集めて、エコシステムを作る狙いがあります。

 もうひとつの日本ウェアラブルデバイスユーザー会は、ユーザーコミュニティであり、ユーザー同士が情報交換を行う場です。先にも触れたように、ウェアラブルデバイスはちょっと使っただけではその良さが理解できません。使いこなしているユーザーから、「こんな使い方があるよ」と教えてもらいながら、ウェアラブルデバイスの活用を広めていくことが必要です。

 振り返ってみれば、iPhoneも、こんな使い方があるということを周りの人から教えてもらうことで、広がっていきました。それと同じことがウェアラブルデバイスにも求められているわけです。

 デバイスが未成熟であり、使う側も未成熟という点が、ウェアラブルデバイスの広がりを妨げているといえます。デバイスが進化していくと、使う側も進化し、それがまたデバイスの進化につながります。2つの団体は、産業側と使う側という、両側面からウェアラブルデバイスの普及に取り組んでいくという意味で重要なのです。

 今回の展示では、産業側とユーザー側の双方の切り口から、いかにウェアラブルを活用するかということだけに留まらず、いかに便利か、いかに楽しいのかといったことを見せる展示にしたいですね。

――具体的にはどんな展示になりますか。

 ヘッドマウントディスプレイの展示を通じて、どんなことができるのかといった提案や、街角でウェアラブルデバイスを使っているシーンを、マネキンを使って見せるといったことを考えています。

 業務用途においては、レストランの店員や、工事をしている人たち、警備をしている人たちなど、手を離せない仕事をしている人たちや、身体全体を使って仕事をしている人たちにとって、自分の視線の一部に情報が見えていることで業務効率が高まること、サービス品質を高めていくことが可能ですから、そうした具体的なシーンでのメリットを訴求したいですね。

 また民生用途では、一般の人たちがウェアラブルデバイスを装着することで、個人的な行動の支援を行ったり、スケジュールにあった指示を出したり、お勧めのショップが近くにあるといった情報を提供するなど、具体的なシーンを示したいと思っています。

 街を歩いていると、もっと個人に特化した形で情報が提供されることで、個人に対するメリットに加えて、企業にとっても新たなビジネスチャンスを創出したり、効率のいいマーケティングツールとして活用したりできます。

 赤信号なのに道路に飛び出してしまったときには、危険を回避するための指示を出したりといったこともできるようになるでしょう。個人が情報の開示さえ許せば、生態情報をもとにして、心拍数や体温、血糖値の上昇などをとらえ、日陰に誘導したり、水を飲むように指示したりといった、安全に、無理をせずに街歩きができるような支援も可能です。

 このように、IoTタウンにおいては、業務用途と民生用途という2つの側面から、展示をしたいと考えています。

おっ、という驚きを期待

――今年のCEATEC JAPAN 2016は、「CPS/IoT Exhibition」へと生まれ変わります。どんな点に期待しますか。

 IoT、人工知能、ロボティクスという大きな流れがありますが、いずれも、実世界がサイバー化していくという点で同じ方向を向いています。これはウェアラブルも一緒です。今回のCEATEC JAPAN 2016の変化は、こうした流れをうまくとらえたものだといえます。企画展示だけでなく、各企業のブースも新たな潮流にあわせた展示が増えてくるものと期待しています。新たな情報機器、家電、コンピュータシステムの方向性が示されるのではないでしょうか。新たな産業を創出するきっかけになることにも期待しています。

CEATEC JAPAN 2016サイトのトップページ

 私は、CPS/IoTは、人間の生活や仕事を新たなクリエイションするものだと思っています。そのためには様々な発想が必要であり、センスが必要です。そして、これらを実現するためには、まずはBtoCの部分にこそ、あらゆる角度から、ユニークな発想を取り入れていく必要があると思います。日常生活のすべてを変えることで、楽しくなったり、安全になったり、健康になったりといったことが起きるのではないでしょうか。そうしたポテンシャルを持っているのがCPS/IoTです。今年のCEATECでは、用途を限定した特化型の面白い製品や技術も、数多く登場しそうな気がします。

 「えっ」とか、「あっ」とか、あるいは「おっ」(笑)、というような展示に加えて、「いよいよ、これが来たか」と思えるような展示が、たくさん出てくることを私も期待したいですね。そういう驚きがあちこちで見られる展示会になればいいと思っています。

 マスコミの方々にも、しっかりとブースを見て、面白いものを発見してもらい、それをレポートしてほしいですね(笑)。

 そして、CEATEC JAPAN 2016が開催される10月は、新たなウェアラブルデバイスの発表が期待されるタイミングに入ってきますから、それにあわせて、ウェアラブルデバイスの市場を盛り上げていきたいですね。

 CPS/IoTは、日本企業の得意分野であり、そこから何かが生まれるという点においても、今年のCEATECには大変期待しています。