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日本未上陸、Appleのクラウド音楽サービス「iTunes Match」を試す


 iOS5のリリース、iPhone 4S発売、スティーブ・ジョブズの死――と、2011年後半は立て続けに大きなニュースがあったApple。すでに全米で最大の音楽販売業者にもなっている同社が、11月よりスタートした新しい音楽サービスが「iTunes Match」だ。

 これまでユーザーのパソコンにあった音楽ファイルを、クラウド(iCloud)上に保存し、いつでもどこでも自分の音楽を聴くことができるサービスだが、現在では米国でのみ提供されている。サービスの登録には米国発行のクレジットカードと、米国のApple IDが必要となり、日本国内での利用が難しい(米国で販売されているiTunesのプリペイドカードでも決済はできない)。幸い、筆者は米国に本拠を置いているため、使用することができた。その概要と感想をレポートしたい。

iTunes Matchでクラウド上に保存した音楽ファイルは、PCからはストリーミング再生もダウンロードも可能。iPhone/iPadからは現状、ローカルにダウンロードした上で再生可能

画期的な“マッチ”の仕組みとは

 このサービスを簡単に言うと、Appleの持つサーバーに音楽ファイルを預け、パソコンやiPhone、iPadなどのデバイスから自在にアクセスできる、というものなのだが、ただのオンラインストレージや、ストリーミング型の音楽配信サービスとは一味も二味も違う。

 一般的なこうしたサービスでは、ユーザーが持っている音楽ファイルそのものを「すべて」サーバー上にアップロードしていく。だが、iTunes Matchは、事前にユーザーのライブラリをスキャンし、ユーザーの持っている音楽ファイルのうち、iTunes Storeで販売されている曲と、そうでないものを判別する。販売されている曲は、自分のファイルをアップロードする代わりに、iTunesで販売されているファイルをダウンロードする権利が与えられる。一方、iTunes Storeで販売されていないものだけを、クラウド上にアップロードする。

iTunes Matchのマッチングの仕組み

 自分のライブラリと、iTunes Storeのライブラリを付き合わせて、“マッチ”したものはStoreのものを使う。ゆえにiTunes Matchというサービス名になっている。

 このマッチングの仕組みこそが画期的かつ破壊的だ。

 なにしろ、自分が持っているCDであろうが、レンタルしたCDをリッピングして生成した音楽ファイルであろうが、違法にダウンロードしたものであろうが、システム的には一切区別しない。データベースにさえ合致すれば、iTunes Storeで買っていない音楽まで、iTunes Storeが用意する256kbps、DRMフリーの音楽ファイルのダウンロード権を与えてしまうのである。

 違法に取得された可能性があるファイルまで「合法ファイル化」してしまう、いわば「違法ファイルロンダリング」の可能性については、サービス発表時から指摘されており、米国でも議論を呼んだ。Appleがレコード会社と条件をめぐって相当、熾烈な交渉をしていたことは想像に難くない。いずれにしても、このサービス開始以前にAppleが「最大の音楽販売業者」になっていた事実がなければ、これほどまで大胆な制度設計はできなかっただろう。

 権利関係の話はさておき、このマッチングの仕組みは、ユーザー側にもApple側にもメリットがある。ユーザー側は、ファイルをアップロードする時間を節約できるし、Apple側も、ユーザーからのアップロードを少なくし、iTunes Storeへのファイルへ分散させることで、ネットワーク負荷もクラウドの容量も削減できる。ユーザー、Apple双方に理にかなった仕組みなのである。

 サービス利用料は年間24.99ドル(約1950円)。Appleの利用規約によれば、クラウド上で所有できる曲は、iTunes Storeで買った曲、およびiTunes Storeのライブラリとマッチした曲は無制限、アップロードの上限が2万5000曲となっている。

 競合する「Google Music」の「すべての持っているファイルをアップロードし、2万曲まで」という制限と比べると、「マッチした曲無制限+2万5000曲アップロード」がいかに圧倒的であるかわかるだろう。

 仮に1曲4MBとして、2万5000曲で100GB。現実的に、iTunes Storeのライブラリにない曲を2万5000曲アップロード、となると、少なく見積もってアルバム単位で1000枚以上を持つかなり音楽マニアでないと考えにくい。よほどのマニアでなければ、2万5000曲の上限に苦しめられることはないだろう。

 仕様についてざっとおさらいしたところで、さっそく使ってみよう。

邦楽もマッチする不思議

 サービスの登録は簡単だ。iTunesを起動し、米国のApple IDでログインすると、iTunesのメニュー上にiTunes Matchの項目が表れる。ここからサインアップをする。サインアップが終わると、すぐにパソコンのiTunesライブラリの検索が始まる。

 その後、マッチング作業、マッチしなかったファイルのアップロードという手順になる。筆者のライブラリは音楽ファイルがおよそ1万曲、100GBほど。すべての作業におよそ30時間ほどかかっている。1日、放っておく覚悟が必要だ。これは致し方ない。

ライブラリの情報を集め、マッチングとアップロードが行なわれる

30時間かかって終了。約1万曲がクラウドに置かれた

 さすがと舌を巻いたのはマッチング率。欧州の自主制作盤など、相当、マニアックな音源も多く含んでいる筆者のライブラリで、およそ4割程度がiTunes Storeのライブラリとマッチした。曲数にすると4000曲弱である。

 さすが、2000万曲( http://www.apple.com/icloud/features/ )のライブラリを誇るだけはある。マッチした4000曲の中には10年以上前に128kbpsでエンコードしたものもあり、これも一気に256kbpsにアップグレードされると思うとすごい時代になったものだと感じる。そんなわけで今回、アップロードしたのは約6000曲。上限の4分の1程度である。

 新たにCDからiTunes Matchのライブラリに取り込む場合だが、CDからリッピングして、データとして取り込んだあとに、マッチングが自動で行なわれる。本来ならば、リッピングの前にマッチングして、マッチするものはサーバーからダウンロード、マッチしなかったものだけをリッピングしアップロード、というフローのほうが合理的にも思えるが、そうはなっていない。あくまでクラウドを意識させず、「これまでの使い方や体験と同じ」であることを重視しているためだろう。

 マッチングは、曲の波形ベースで行なわれているようだ。曲名やアーティスト名が記されたID3タグは関係がないようで、タグが全く入っていない曲でも、きちんとマッチングする。

 ところで、筆者のライブラリの8割方はジャズ、クラシックの輸入盤(米国盤)だが、中には、米国のiTunes Storeでは売っていない、邦楽のファイルも含まれている。使い始める以前は、これらのファイルはマッチしないだろうと考えていた。

 ところが驚いたことに、30時間のマッチング作業のあと、iTunesでステータスを見てみると、けっこうな数の邦楽のファイルがマッチしている。調べてみると、日本のiTunes Storeで販売されていても、マッチしないものもある。

 マッチングのデータベース自体はiTunes Storeの国ごとで分離しているわけではないようだ。ここから推測するに、ワールドワイドで包括契約を結んでいるか、国ごと個別に契約するか、といったビジネススキームが影響して、マッチするものと、しないものが分かれていると予想される。

邦楽でも一部、マッチングする

過去に購入した曲もクラウド上に表示される

 このマッチングに関しては、2カ月使った今でも、謎が多い。

 たとえば、米国のiTunes Storeで販売されているアルバムなのに、アルバムの1曲だけマッチングせずアップロードされたりする。きちんとCDをiTunesでリッピングしなおすと、マッチングできることもあるが、やっぱりうまくいかないこともある。このあたりは、ビットレートを変えたり、そもそも非圧縮(AIFFやWAVE)でリッピングしたりもしたが、結果が安定しなかった。傾向らしいことが言えるのは、「iTunesで、高いビットレートで取り込んでおいたほうがおそらくマッチングしやすい」ということくらいだ。

 アルバム単位ではマッチするはずなのに、なぜかマッチしない曲がある問題は、曲の波形ベースで見ているという前提で予想すると、ジャズやクラシックの古い音源は、幾度にも渡ってリマスタリングが行なわれたり、ノイズが除去されたりと、音源として複数のバージョンがある場合が多い。iTunes Storeで売っているバージョンと、手持ちのCDのバージョンが違う場合、作品として全く同じアルバム、楽曲でも一致しない可能性は大いにある。

ローカル/クラウドを意識せず使える便利さ

 マッチング後の操作感は、実にAppleらしく、ほとんどクラウド/ローカルを意識させない作りになっている。

 マッチングとアップロードの作業後も、もともとローカルにあったファイルはそのままライブラリに保持される。この状態にしておけば、いつでもオフラインでライブラリすべてにアクセスできる。

 一方で、ローカルのファイルを削除し、完全にクラウドベースで運用も可能だ。ローカルのファイルを削除しようとすると、クラウド上のマッチング情報、またはアップロードしたファイルも同時に削除するかどうか聞かれる。

 ここで、クラウド上に残しておく設定にしておけば、ローカルにファイルはなくとも、iTunesのライブラリに「見えている」状態として残る。その曲をダブルクリックすればストリーミング再生になるし、雲のアイコンをクリックすれば、再びローカルにダウンロードもできる。

クラウドのみにファイルがある曲の横には雲のアイコンが出る。ローカルにもファイルがある曲にアイコンは付かない

これは、ローカルにもともとあったビットレートの低い音楽ファイルだが、iTunes Storeでも販売されているため、クラウド上でマッチ(一致)したと表示される

マッチした曲のローカルのファイルを削除すると……

その曲は、クラウド上でiTunes Storeから提供される256kbpsの高音質ファイルに置き換わる

高音質になったクラウド上のファイルをダウンロードすれば、結果的にローカル側も高音質ファイルに入れ替わったかたちになる。雲のアイコンも消える

 通信環境さえ整っていれば、アルバムやプレイリスト内でローカル/クラウドの曲が混在していても、iTunes Match移行前と全く同じように、シームレスに演奏される。アルバムやプレイリスト単位で、それらに含まれる曲をまとめてダウンロードすることも可能だ。


アルバムをまとめてダウンロードしているときの画面。進行が円グラフで表示される

プレイリストの横の雲をクリックすると、プレイリストに含まれる曲をすべてまとめてダウンロードできる

 また、全く別のパソコンからログインしても、クラウド上のライブラリがあたかもローカルにあるかのように表示され、ストリーミング再生やダウンロードができる。オフラインの時はクラウド上にある曲がグレーアウトして表示され、アクセスできないことがひと目でわかるようになっている。

オフラインの状態。ローカルにない曲はグレーアウトする

 細かい点だが感心したのは、タグの扱いだ。たとえマッチングして、iTunes Storeのファイルをダウンロードしたとしても、ユーザーが編集したタグが残る仕様になっている。販売されているファイルに入ってるタグは、アーティスト欄に複数のアーティストが入っていたり、たとえばクラシックの場合、楽団名しか入っていなかったりと、実用上、不十分なことがある。こういったとき、整理しやすくするために自分で入力したものが残るのは嬉しい。アートワークも同様に、ユーザーが手動で貼り付けたものがある場合、マッチしたかどうかにかかわらず、そのままクラウド上でも引き継がれる。

 アートワークに関しては、難しい部分もある。iTunesの自動ダウンロード機能で貼り付けた場合、たとえローカルでアートワークが表示されていても、クラウド上には反映されない。反映させるには、ダウンロードしたアートワークを、曲の情報ウィンドウからコピーしたのち、手動で貼り直し、iTunesのStoreメニューから「iTunes Matchをアップデート」を選べばよい。

マッチした曲であっても、ダウンロードした曲について、再度、タグ情報を取得することができない

タグやアートワークを編集したり、曲をローカルに追加した場合は「Store」メニューからアップデートする

 こうしたクラウド、ローカル、デバイスを問わない環境は、MacBook AirのようなSSD搭載マシンで有利なだけでなく、iPhone、iPadのみで運用する、来たるべく「PCレス」の時代を見据えたものだろう。iOS5から、母艦のパソコンなしでアップデートできる仕様になったことからも、AppleがPCレスを強く意識していることは間違いない。

まだまだ完成度が低い、iPhoneからのインターフェイス

 実に作り込まれたパソコンサイドのインターフェイスに比べ、iPhoneから利用した場合は、まだまだ完成度が低い印象だ。

 iPhoneからiTunes Matchのクラウド環境を利用する場合は、米国のApple IDでログインしたのち、「設定→ミュージック」から「iTunes Match」をオンにすればよい。オンにした瞬間、今までの母艦パソコンとのリンクが切れ、iPhone内の既存ライブラリの音源はすべて削除、クラウド側のライブラリに置き換わるので注意が必要だ。

iPhoneでクラウド上の音楽にアクセスするには、母艦と同期している既存のライブラリとまるごと置き換えなければならない iTunes Matchを契約しているApple IDでログインして、「設定」→「ミュージック」から機能をオンにする

 パソコンからのアクセスと最も違うのは、iPhoneからのストリーミング再生には対応していない点だ。ゆえに、ライブラリが置き換わった瞬間、クラウド側の楽曲一覧、アーティスト一覧が見えるだけで、そこから音楽を再生するには、まずファイルをダウンロードしなければならない。

 iPhoneのライブラリ管理を、iTunes Matchに置き換えた瞬間、母艦からケーブル経由の転送ができなくなるので、たとえば64GBのiPhoneを使っているとすれば、すべての音楽を自分のクラウド上のライブラリからダウンロードしなければならない。これはかなりつらい。ちなみにダウンロードには、無線LANが必須である(現在開発者向けに配布されているiOS 5.1βでは、3Gでのダウンロードも可能になるようだ)。

曲一覧。クラウドにしかないものは雲のマークが出る ライブラリを読み込み中は、雲が画面全体に現れる

 このほか、iPhone上でアーティスト欄が「不明」と表示されたり、全く別の作品のアートワークが表示されたりと不具合が多い。そんなわけで、筆者はiPhone側から直接、クラウドにアクセスするのをあきらめ、今は母艦経由で同期している。

 なお、iTunes Matchを使わず、母艦と同期する場合、iPhoneに転送したい音楽ファイルは事前に母艦側でダウンロードしておかなければならない。iPhoneに転送する分のストレージ容量は確保しておこう。

アルバムアーティストが入っていないと、「不明」になってしまう不具合がある 曲単位でアーティストが入っていても「不明」になってしまう

 現状、細かい不具合が多いので使ってはいないが、未来を見据えたとき、iPhone、iPadからのアクセスは最も重要なポイントだろう。不具合を解消し、ストリーミングに対応すれば、いつでも自分のすべてのライブラリにアクセスできる夢が広がる。こうなれば、高価な64GBモデルのiPhoneは不要になりそうだ。このあたりについては、iOS側のアップデートに期待したいところだ。

再び、Appleが音楽のある生活を変えてくれた。

 筆者がiTunes Matchを使い始めてすでに2カ月が経つ。iPhoneからの直接アクセスはあきらめたものの、このサービスを手放す気にはなれない。今まで使用していたGoogle Musicの使用頻度も一気に下がった。やはり、普段から使っているiTunesで管理できるため、クラウド/ローカル間がシームレスにやりとりできることの意義は大きい。

 自分の音楽を、すべて預けられる点も最高だ。今まで、音楽ファイルを格納する母艦のパソコンには、いつも悩まされてきた。MacBook Airをメインマシンにしているため、とにかくストレージ容量が足りない。さらに100GBの音楽ファイルのバックアップも頭が痛い問題だった。Appleのクラウドの信頼性をどれだけ評価するかという問題点はとりあえず置いておくとして、パソコンを買い換えるたびに一晩かけて音楽ファイルを移行したり、マメにバックアップを取ったり、こういった面倒なことからたった年間2000円程度ですべて解放されるのは爽快だ。この、「貴重だが重いデータを持たない気軽さ」は、一度体験してしまうと二度と元には戻れない。あとは、iPhoneからのストリーミング再生さえ可能になれば、言うことはない。

 再び、Appleが音楽のある生活を変えてくれた。


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(若林 勝志)

2011/12/27 06:00