特別企画
さくらインターネットは、なぜ野外音楽フェスに無料Wi-Fiを提供したのか?
(2014/8/29 06:00)
夏は野外音楽フェスティバルのシーズンだ。その中でも最大級の一つ、「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZO」(以下ライジング・サン)が、今年も8月15日~16日に石狩湾新港地域で開催された。超ベテランから最近ホットなアーティストまで約100組が出演し、観客も約6万人が来場。演奏時間は夜中に及び、16日には翌朝(17日)午前5時までステージが続くという、大盛り上がりのイベントとなった。
野外音楽フェスティバルでは、屋台村やテントスペースも設けられ、芝生に寝転がって演奏を聴く人も多くいるなど、ゆったりと過ごすことになる。このような場所では、昨今の来場者にとって、スマートフォンでタイムテーブルを確認したり、SNSに感想や写真を投稿したりといったことが欠かせない。ただし、特にライジング・サンの場合は、夜中までライブで盛り上がれるような土地であることから、モバイル回線や電源は心もとない。
今年のライジング・サンでは、同じ石狩湾新港地区に石狩データセンターを構えるさくらインターネット株式会社が、エリアの一つで無料Wi-Fiアクセスポイントを提供した。
豊富なバックボーン回線を持ち、インフラからサービスまで自分たちで作ってしまう自前主義のさくらインターネットが、どのようなシステムや体制でWi-Fiアクセスポイントを提供したのか。さくらインターネット 石狩データセンターの宮下頼央氏(センター長)と玉城智樹氏、屋外用Wi-Fiアクセスポイントの機材と管理で協力した株式会社ネクステックの伝法毅氏の3人に、石狩データセンターで話を聞いた。
「自分が毎年ライジング・サンに参加して困っていた」
「私自身がロックフェスが好きで、もともとライジング・サンに毎年参加していました」とセンター長の宮下氏は語る。実際に参加して、スマートフォンからWeb上のタイムテーブルを見たり、Twitterを使ったりするときにつながりにくいということを、自分で実感していた。
そうした中、さくらインターネットによる勉強会イベント「さくらの夕べ」を2013年に札幌で開いた。その懇親会の雑談の中で、参加者から「さくらインターネットがライジング・サンのWi-Fiをやってほしい」という声があったという。
やはりライジング・サンの来場者はスマートフォンで不便に感じているようだ。そこで、同じ石狩湾新港地区にいるものとして、得意な分野で地域に貢献するために、Wi-Fiの提供に乗り出した。
「さくらインターネットの社是にもあるように、『インターネットのインフラで貢献していくのがさくらインターネットらしいのではないか』と考えました」(宮下氏)。
ライジング・サンの広大な会場は、いくつかのエリアに分かれ、それぞれのステージが進行していく。東京スカパラダイスオーケストラやUNICORN、サカナクション、ONE OK ROCKなども出演するメインステージである「SUN STAGE」の近くに、1カ所だけオフィシャルのWi-Fiエリアが設けられていた。そのほか数カ所で、企業などがWi-Fiアクセスポイントを提供した。
さくらインターネットは、SUN STAGEから一番離れた「BOHEMIAN GARDEN」にブースを構えて、Wi-Fiアクセスポイントを提供した。「利用の手続きが複雑だと使われないので、パスワードなしで完全フリーにしました」と宮下氏。肝心の性能はというと、「会場で実測して、ほかのアクセスポイントより快適な回線を提供できていました」とのことで、実際に、下りの平均速度が4Mbps、最大8Mbpsと、ほかのアクセスポイントよりも良い数字を出していたという。
利用者数は、MACアドレス数(端末数に相当)で507人。ネクステックがほかのイベントでWi-Fiアクセスポイントを設置したときの実績と比較しても多い数字で、「演奏を見て『よかった』とSNSに書き込みたくなるイベントなので、Wi-Fiサービスとの親和性が高いのだろう」と宮下氏は分析する。
日別で見ると、15日が203人、16日が305人、17日が115人となっており、「イベントのプログラムの盛り上げ方どおりに推移していた」(宮下氏)。
同時接続数は、確認できた限りでは49接続。なお、最も多かったのが、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文によるソロプロジェクト「Gotch」のステージの時間だった。
太陽光発電により電力を自前で賄うアクセスポイント
Wi-Fiアクセスポイントとしては、ネクステックの電源自給型可搬無線データ通信装置「ポジモ」が2台設置された。太陽光発電パネルを備え、動作のための電力を自力で賄える機材だ。発電した電力はバッテリーに蓄え、発電できなくても最大5日間動作するという。
さらに今回は使わなかったが、中継器になる機能もあり、複数台を組み合わせて広いエリアをカバーすることもできる。なお、ポジモはネットワーク技術のイベント「Interop Tokyo 2012」のBest of Show Awardで、ベンチャー部門特別賞を受賞している。
「電力供給を気にしていたのですが、インターネットで良い製品がないか探してポジモを知りました。企業情報を見たら札幌の会社だったので、さっそくコンタクトしました」と宮下氏は振り返る。ちなみに、ポジモの製品紹介サイトも、偶然さくらインターネットのレンタルサーバーに置かれていたという。
自力で電力を賄えるもうひとつのメリットとして、電源ケーブルが不要であることを、ネクステックの伝法毅氏は挙げる。「オールナイトのイベントなので、暗いところにケーブルが這っていると、通った人が足を引っかけて転ぶ危険性があります。ケーブルを減らせれば、そのぶん安全になります」。
さらに「太陽光発電は、BOHEMIAN GARDENとの親和性も高かった」ことも、伝法氏はつけ加えた。BOHEMIAN GARDENでは、100%太陽光発電による野外音楽フェスティバル「中津川 THE SOLAR BUDOKAN」のチームにより、「THE SOLAR BUDOKAN IN EZO」として太陽光発電でライブが行われた。ちょうど太陽光発電ということで、ステージのテーマに沿った形となったわけだ。
2台の設置となったのは、ブースの制約だ。「最初は3台ぐらい設置して広くカバーしたかったのですが、ブースの占有区画をはみ出すのは認められないということで、1カ所に2台を置きました」と伝法氏。「1台でいいのではないか、2台にすると電波が干渉して1台より悪くなるのではないか、という考えもありました。しかし、バックアップなどを考えて2台にしたら、チャンネルを分けただけでうまく2台を有効利用できました」。さらに、モバイルルーターによるアクセスポイントも4~5台と少なく、電波状況がよかったのも幸いしたという。
「音楽イベントにWi-Fiアクセスポイントを設置するのは初めてで、利用数や利用パターン、トラブルの可能性など、どうなるかわからない状態でした。たまたま2台置いて接続をさばけて、安心しました」(伝法氏)。
会場との間を無線LANでブリッジ。さくらインターネット品質でサービス
Wi-Fiアクセスポイントからインターネットまでの間のインフラは、「DIYでコストを抑えてサービスしているさくらインターネットなので、やはりできるだけ自前で構築しました」と宮下氏は説明した。
今回のネットワークで特徴的なのが、石狩データセンターとライジング・サン会場との間を、Icom社の無線LANブリッジ「SB-520」で結んだことだ。SB-520は、ビル間を無線LANで接続するための装置で、最大伝送距離約4kmを結ぶ。会場と比較的近い地域にあることから、無線による接続を採用した。
「有線接続という案もありましたが、5日で300万円かかるということであきらめ、無線を採用しました」(宮下氏)。この無線LANブリッジのアンテナ設置についてだけは、高所作業となるため、業者に依頼したという。
それ以外は、自分たちで設置した。実際に作業したのは3人。「ネットワークケーブルを配線するのはデータセンター内でいつもやってることなので、そのノウハウを生かしました」とさくらインターネットの玉城氏は語る。「ただし、屋外になると大変でした。いつもは20mも配線すると『引いたなあ』と思うのですが、今回は屋上まで90m、垂直な部分も含めて配線することに。さらに屋外用のケーブルは固くて重いので、余計苦労しました」。
ネットワークや機器、監視ツールなどは、すべて通常のデータセンターのサービスで使っているものを活用した。それがよく表れているのが、DHCPサーバー兼ルーターのマシンだろう。ソフトウェアルーター「Vyatta」からフォークした「VyOS」を汎用サーバーに載せて利用した。「要求仕様ではメモリ512MBにCPU 1コアがあれば十分なのですが、ホスティング用のサーバーの在庫を利用したため、メモリ4GBにサーバー用CPUと、ぜいたくな構成になっています(笑)」(玉城氏)。
持ち込んだのはネットワークや機材だけではない。「品質にこだわらないといけない」という声を受けて、さくらインターネットの普段のサービスレベルを、そのままWi-Fiサービスに持ち込んだ。そのために、機材は壊れるものとして冗長化や障害対応を設計。障害時にエスカレーションフローも決めた。
「ひとつだけ、無線LANブリッジは代わりが効かないので、業者に24時間対応をお願いしました。実際には警告も上がらずに済みましたが」(宮下氏)。
Wi-Fiアクセスポイントのポジモについても、石狩データセンターから自動監視が実施された。「現場にいなくてもいいぐらいの状態でした」と伝法氏。とはいえ、何が起こるかわからないため、公共の乗り物のある時間は会場に常駐していたという。
さくらインターネットのメンバーも、ライジング・サンを楽しみつつ、合間にブースまで巡回したという。玉城氏は「来場者兼インフラ3割ぐらいの気持ちで参加したのですが、会場にいても『トラブルが起きたらどうしよう』と考えてしまいました」と苦笑まじりに語った。
こうしてライジング・サンを終えて、「手さぐりだったが一定の成功を収め、さくらインターネットらしい取り組みができた」と宮下氏は総括する。
来年以降について尋ねると、今後もWi-Fiを提供したい、できれば提供範囲を拡大していきたいと宮下氏は答えた。「通信インフラが整えば、eチケットや、Webでのタイムテーブル、アンケート、行動解析など、新しいことができるようになるかもしれない」。
伝法氏も、初めての音楽イベントで心配していたが成功したことを喜び、「エリアを広げるなら、ポジモの中継機能がうまく使えるのではないか」と語った。
おまけ:石狩データセンター2号棟の新仕様
今回のテーマであるライジング・サンでのWi-Fiサービスからは話題が外れるが、石狩データセンターを訪問したついでに、今年からサービスインした2号棟を見学した。おまけとして、簡単に紹介したい。
2号棟の新しい仕様としてまず紹介されたのが、サーバールームの扉の自動ドアと、段差軽減だ。火災時に窒素消火するための密閉性のため、建築業者から自動ドアは難しいと言われていたという。しかし、重い機材を台車で運ぶときなどのために、なんとか自動ドアにしたいと頼み、実現したとのことだった。同様に、密閉性のために設けられている扉下の段差も、台車を入れるために低くしたという。
また、空調ではラックの後ろから排気された熱い空気を閉じ込めて排出するホットアイルコンテインメント方式となった。熱い空気が吸気側に入らないようにして冷却効率を高める。「1号棟では当初、ハーフサイズのサーバーを想定して、ラック上に排気ダクトを設けていました。しかし実際にはフルサイズのサーバーばかりだったので、途中からホットアイルコンテインメント方式にしてコストを抑えました」(宮下氏)。
そのほか、ラックの幅が少し狭いラックを採用して1室あたりのラック数を増やした。狭いラックでは配線などがやりにくくなるが、狭くても枠がスリムで作業しやすいラックを採用したという。
そのほか、1号棟ではラックまで230Vと100VのAC電力を引けるようになっていたが、2号棟では原則的に230Vで統一した。どうしても100Vが必要なときには、分電盤から専用に引き込む必要があるという。