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第28回:メール編(17)迷惑メールをめぐる法改正


 総務省が管轄する「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律(迷惑メール法)」の改正案が5月30日、参議院で全会一致で可決され、成立した。改正法の施行日はまだ決まっていないが、公布日である6月6日から6カ月以内に施行されることとなっている。

 本稿では、改正迷惑メール法の概要を説明するとともに、迷惑メールに関連するもう一つの法律で、迷惑メール法と同様に年内の改正が予定されている「特定商取引に関する法律(特商法)」についても触れたい。迷惑メールをめぐる法改正が読者にどのような影響を与えるかを考えることで、メール編を終了したい。


改正迷惑メール法でオプトアウトからオプトインへ大転換

日本データ通信協会のサイトでは、身に覚えのないメールに対して、配信停止を依頼するメールを送らないよう注意喚起している
 まず、改正迷惑メール法では、メール配信を希望したユーザー以外にはメールを配信できないようにする「オプトイン」方式を採用することが決まっている。これによって、ユーザーの同意がない広告・宣伝メールの送信は認められなくなる、というのが法改正のポイントのひとつだ。

 オプトイン方式では、事前に受信者のメールアドレスと送信許諾を得る必要がある。運用方法としては、Web広告から誘導したキャンペーンページや商品・サービスの購入・会員登録ページなどで許諾を取るといったケースが考えられる。なお、ユーザーのオプトインは、送信事業者側で保存することが義務づけられる予定だ。

 これに対して現行の迷惑メール法は、事前に許諾を得ないユーザーにも広告・宣伝メールの送信が可能で、メールの件名に「未承諾広告※」と入れることや、今後の受信を拒否できる手段を提供することなどを求める「オプトアウト」方式を採用している。

 オプトアウト方式では、身に覚えのないメールを受信したユーザーが、配信停止を依頼するメールを返信することができる。しかし、メール送信事業者から「現在も使われているアドレス」と見なされ、返信先の事業者からのメールは停止するものの、他の事業者からのメールが大量に届く恐れがある。この点については、日本データ通信協会もサイト上で、「不用意に送信すると、これまで以上に迷惑メールが届いてしまう場合もあります」と注意喚起している。


違反事業者への罰金は最高100万円から3000万円に

 改正後の迷惑メール法ではこのほか、違反した業者に対する罰則を強化し、罰金額を最高100万円から3000万円に引き上げる。

 また、行政には広告主やメール送信事業者だけでなく、広告主の依頼によってメール送信事業者にメールアドレスを伝える「電子メール広告受託事業者」にも立ち入り検査が可能な調査権が新たに加わり、違反事例に対して業務改善指示や業務停止命令を出せるようになる。

 なお、電子メール広告受託事業者とは、収集したメールアドレスを迷惑メールの送信に使うサイトを指している。一部の懸賞サイトや占いサイトなどで該当する事例があると思われるが、従来は、このような中間業者への調査権限がなかった。

 さらに、送信者情報を偽った電子メールに対しては、通信事業者が電子メールサービスの提供を拒否できる、としている。簡単に言えば、フィッシングに代表される騙しメールは送信者名が偽装されており、このようなメールに対してはメールサーバーが受信を拒否してもよいという意味だ。

 現行の迷惑メール法は2002年に施行され、2005年に改定されたが、過去に法律違反で措置命令を受けたのはわずか6件、刑事処分を受けたのは4件にすぎない。これは行政側に十分な調査権限がなかったためで、膨大な迷惑メールが送信されているにも関わらず、法律が十分に機能していなかったことを意味している。


特商法もオプトイン方式へ、違反者には行政命令経ずに罰則

 迷惑メール法だけでなく、経済産業省が管轄する「特定商取引に関する法律(特商法)」の改正案も6月11日、参議院で全会一致で可決され、成立した。こちらも改正法の施行日はまだ決まっていないが、公布日である6月18日から6カ月以内に施行されることとなっている。

 特商法は、訪問販売など消費者トラブルが生じやすい特定の取引を対象にトラブル防止のためのルールを定め、事業者による不公正な勧誘行為などを取り締まるための法律だ。迷惑メールに特化した法律ではないが、迷惑メールを「通信販売の広告」ととらえており、これを規制するルールを設けている。

 特商法の改正案でも、メール広告を従来のオプトアウトからオプトインで規制することが決まっており、行政の調査権限も増している。迷惑メール法と異なり罰金額は引き上げられない予定だが、通信販売業者のオプトイン違反については、行政命令を経ずに罰せられるようになるため(最高100万円の罰金刑)、抑止効果が期待できる。


この画像は「第5回 迷惑メール対策カンファレンス」での発表資料で、経済産業省の諏訪園貞明氏の発表から法改正のポイントのスライドを抜粋している 同じく諏訪園氏のスライドより抜粋。従来は任意捜査しか行えず、罰則もなかった。改正後は、広告委託業務を受けた業者も調査できる権限が行政に与えられる

この画像は、総務省の扇慎太郎氏の発表資料から。日本の迷惑メールはアダルト系が非常に多く、まずこれをなんとかしようという考えがあるように思える 同じく、扇氏のスライドより抜粋。各国の規制動向のタイムラインをまとめた資料。2002年の時点では規制する法律がなかったという説明だったが、各国の趨勢にあわせるという観点では2005年の改正時点にオプトイン規制へと踏み込んでもよかったのではないかと感じる

オプトイン方式で迷惑メールはなくなるのか

 それでは、迷惑メール法や特商法の改正でオプトイン方式が導入されれば、迷惑メールはなくなるだろうか。やや悲観的かもしれないが、筆者はなくならないと予想している。新規の迷惑メールを根絶するには、「シングルオプトイン」ではなく「ダブルオプトイン」を義務づける必要があると考えているためだが、現時点ではこうしたガイドラインは示されていない。

 ここで、シングルオプトインとダブルオプトインについて説明しておこう。オプトインは「メール送信希望」の意思を伝えることだが、シングルオプトインはその意思を伝えるだけ――具体的には、メールマガジンの配信申し込みを行うだけで、本人からの申し込みかどうかの確認なしに広告・宣伝メールの配信リストに加わるものだ。

 一方、ダブルオプトインは、メールマガジンなどに申し込んだユーザーに対して、まず事業者側が登録意思を確認するための返信メールが送る。ユーザーは、返信メール内に記載されたURLをクリックすることなどで、メルマガ登録が完了するという流れだ。大手企業の多くは、このダブルオプトインを採用している。

 ダブルオプトインに比べてシングルオプトインは、メール送信事業者側がユーザーの許諾を得やすく、メール受信者側の手間も少なく済む。しかし、シングルオプトインの運用では、第三者が勝手にオプトインを行う「なりすまし」が可能になるという落とし穴がある。この点が、迷惑メールはなくならないと懸念する理由だ。


シングルオプトインでは第三者によるオプトインが防げない

 「第三者による申し込み」とは次のようなケースが考えられる。例えば、INTERNET Watch編集部のメールアドレスは一般公開されているが、このアドレスをシングルオプトインを採用している広告メール送信サービス上で入力すれば、編集部の意思とは無関係に編集部のアドレスに広告メールが届くようになる。

 一方、ダブルオプトインが採用されていれば、編集部宛のメールを読むことができる人(編集部のスタッフ)が購読意思確認のメールに書かれている方法に従わなければ、それ以上のメールは届かないことになる。

 ここではメールアドレス入手が容易な編集部メールアドレスを例に挙げたが、以前も説明したようにメールアドレスは売買されており、これを使えばシングルオプトインの登録は比較的容易に行える。つまり、シングルオプトインでは第三者による配信登録が仕組み的に防げないのだ。

 繰り返しになるが、法規制によってダブルオプトインが義務化されるかどうかについては、現時点ではまだ確定していない。そのため、運用次第では骨抜きになってしまいかねないと考えている。


デフォルトオンでは申し込みの明確な意思か判断しにくい

 申込者の明確な意思が反映されにくいという観点では、ショッピングサイトの購入ページなどに設けられている「メールマガジンの送付を希望する」といったチェックボックスがデフォルトで有効になっている「デフォルトオン」の問題もある。

 一部のサービスでは、申込ページに「今後、メールマガジンを送付いたします」という文面が含まれており、申込時点では拒否できないものもある。

 また、会員登録規約に「提携サイトの広告メールを許諾する」といった規約を含みつつ、提携サイトが具体的に記載されていないケースも見受けられる。

 さらには、迷惑メールの本文中に「このメールは懸賞サイト等で受信許諾されています」とオプトイン済みであるようなあいまいな表記をしているものがあり、どのサイトで配信許諾の手続きをしたのかわからないというケースもある。


省令や施行規則によって実効性が左右される

総務省の迷惑メールへの対応の在り方に関する研究会「迷惑メールへの対応の在り方に関する研究会 最終とりまとめ(案)」より抜粋。役所用語でどちらに転ぶのか最終的に判断しにくいのだが、省令の考え方についてにはオプトインとしか記載されていないので、シングルオプトインでもよいと判断されるだろう
 総務省が管轄する迷惑メール法だけでなく、経産省が管轄する特商法も現時点では、法施行時の具体的なガイドラインとなる省令や施行規則をまだ公表していない。

 しかし、総務省の調査研究会や経済産業省の技術的論点WGの内容が公表されており、過去の議事要旨や配布資料を見ることによって大体の状況がわかる。

 総務省の資料(総務省の調査研究会の2008年6月27日の第10回会合で最終の取りまとめ案が資料として配布されている)の別紙2「省令の考え方について」を読む限り、オプトイン方式について「シングルオプトイン」か「ダブルオプトイン」を採用するかについては記載されていない。同じく「デフォルトオン」の扱いに関する規定も見られない。

 一方、経済産業省の技術的論点WGの資料(6月23日に開催された第5回迷惑メール規制に関する技術的論点WGの資料4「省令等を策定するにあたっての検討事項」)が公開されている。これも最終決定ではなく、省令を定めるためのたたき台の段階だ。

 この資料によれば、「デフォルトオン」を行う場合は、他の文字と同じ色にせず赤字で強調することや、商品購入やサービスなどの申し込みボタンのそばに配置することが指導されるようだ。また、提携サイトのように申し込みサイト以外のメール送信も同時に許諾させる場合は、具体的なサイト名を明示することが求められるようになりそうだ。

 また、資料の冒頭には「本年12月の施行よりも十分に前もって定めて、周知を図る必要がある」とある。


右上の画像と同じく、「迷惑メールへの対応の在り方に関する研究会 最終とりまとめ(案)」より抜粋。デフォルトオンに対する考え方が記されている 同じく「迷惑メールへの対応の在り方に関する研究会 最終とりまとめ(案)」より抜粋。名刺にメールアドレスが書いてある場合「電子メールの送信が行われる予見性がある」らしい。今後名刺交換で広告メールが届く可能性がある

経済産業省の技術的論点WGで配布された資料「省令等を策定するにあたっての検討事項」より抜粋。デフォルトオンに関しては、明瞭にわかりやすくすることが例示されている 同じく「省令等を策定するにあたっての検討事項」より抜粋。「提携サイトからのメール」も一覧を明示するようになっている。欲を言えばオプトアウト意思も提携先に伝えるようにしてほしい

 なお、8月末に行われた総務省の会合の詳細はまだ掲載されておらず、経済産業省の技術的論点WGの資料にも「次回のGWで検討」という表記があり、公開されている資料は最終決定の内容ではない。

 改正された法律によって迷惑メールの抑止効果が発揮されるかどうかは、近日中に公開されるであろうガイドラインと省令の内容と法律施行後の摘発・指導状況にかかってくるだろう。



2008/09/17 12:51
小林哲雄
中学合格で気を許して「マイコン」にのめりこんだのが人生の転機となり早ン十年のパソコン専業ライター。主にハードウェア全般が守備範囲だが、インターネットもWindows 3.1と黎明期から使っており、最近は「身近なセキュリティ」をテーマのひとつとしている。

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