【特集】

知っておこう!決して他人事ではないメディア規制3法案

 個人情報の取り扱い、人権擁護、そして青少年の健全育成。これらは、とても重要な問題であり、真剣に取り組まなくてはならない。立法府でも、それぞれ「個人情報保護法案」「人権擁護法案」「青少年有害社会環境対策基本法案」として、立法化しようとしている。この3法案が、いわゆる「メディア規制3法案」だ。

 今回は、「なぜ3法案がメディア規制につながるのか」という疑問も含めて3法案の概要を紹介するとともに、米国のインターネット規制事情も踏まえながら「青少年有害社会環境対策基本法案」を検証してみたい。

●個人情報保護法案とは


http://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/ (個人情報保護法制化委員会)
http://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/hourituan/327houan.html (法案)

 個人情報保護法案は、2001年3月27日に閣議決定され、すでに国会に提出されている。この目的とは、第1条に示されている通り、個人情報取り扱いの基本原則を定め、国や地方公共団体の責務と個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務を定めるものだ。取り扱い事業者といってもその適用範囲は広く、また同法案にも「高度情報化社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大されている」と謳っていることからも、インターネット上での個人情報の扱いも含まれる。

 すでにインターネット上で個人情報を扱っている企業の多くは、自主的にプライベートポリシーを設定している。例えば本誌の発行元である株式会社インプレスの場合、「プライバシーについて」というページで、個人情報の取り扱いについて定めている。この法案では、これら自主的な取組みの上に、罰則規定も含めた法律を適用しようというものだ。

 同法案が抱えている問題の一つとして指摘されているのが、「個人情報取り扱い事業者」の定義だ。朝日新聞が立案責任者の藤井昭夫内閣官房内閣審議官に対して行なったインタビューでは、「事業者は営利・非営利を問わない」としている。また、5,000人程度の個人情報を扱っているならば、個人でも取り扱い事業者になりうるという。つまり、人気メールマガジンの発行者や、巨大掲示板の運営者にとっては、他人事ではないのだ。

 もともとこの法案は、収集された個人情報が悪用されないようにするという前提で作られたものだ。また、「住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)」運用に向けた布石だったという意見もある。ところがなぜ、メディア規制法案として、反対運動が起こっているのか。それは、個人情報を集める時には、「その利用の目的が明確にされるとともに、当該目的の達成に必要な範囲内で取り扱わなければならない」(第4条)からだ。

 つまり、メディアが何らかの疑惑に対して取材を行なう場合、当事者に対して利用目的を明確に提示し、同意を得なくてはならない。また、情報提供者は、取得している個人情報を収集時の目的に反した形で第三者に提供したとして罰せられる可能性もある。いわゆる“匿名でのタレコミ”ができなくなるのだ。

 また、法案では、報道目的、学術研究目的、宗教活動、および政治団体活動に関しては、6ヶ月以下または30万円以下の罰金が科せられる義務規定の適用外になる。しかし、この点に関しても、「どこまでが報道目的になるのか不明瞭」という問題が残されている。

 個人情報保護法案は、国会に提出されて1年以上経っているということもあり、ジャーナリストや作家を中心にさまざまな反対運動が実施されている。2002年4月5日には、社団法人日本新聞協会、社団法人日本民間放送連盟(民放連)、および日本放送協会がシンポジウム「個人情報保護と表現の自由」を共催した。また、4月12日には、「AERA」「ASAHIパソコン」「噂の眞相」「サイゾー」「ダ・カーポ」「FRIDAY」「FLASH」など多種に渡る34雑誌の編集長が共同で「個人情報保護法案の廃案を求める編集長声明」を提出した。翌13日には、ノンフィクション作家の吉岡忍氏らが結成した「個人情報保護法案拒否!共同アピールの会」が「悪法の枢軸を撃て」と題して反対デモパレードを行なっている。

■個人情報保護法案拒否!共同アピールの会
http://homepage1.nifty.com/flash230/
http://www.interq.or.jp/japan/s9d/ (ミラーサイト)
■社団法人日本新聞協会
http://www.pressnet.or.jp/
■社団法人日本民間放送連盟
http://www.nab.or.jp/

●人権擁護法案とは


http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g15405056.htm (法案)

 人権擁護法案は、2002年3月8日に閣議決定され、国会に提案された。連休明けにも参議院にて先議される見通しだ。この法案は、差別や虐待などの人権侵害を防止するために、法務局の外局として人権委員会を設置することを定めている。

 この法案に対しても関連団体から反対の声があがっている。NGOの人権フォーラム21では、4月8日に「人権擁護法案への見解(改訂版)」を公表している。この見解によると、大きく7つの問題点があるという。まず、「人権」の定義が曖昧で「人権の範囲が恣意的に矮小化される」可能性があるという。また、人権委員会に人権問題の専門家の参加の有無や、当事者の意見の反映されるような仕組みがなく、当事者の視線に欠けるという。さらに、法務省人権擁護局が人権委員会の事務局に改組されるなど、独立性が不安視されている。

 この人権擁護法案もメディア規制とされる理由は、特別救済の対象に報道による人権侵害が含まれたからだ(第42条第4項)。この条項では、犯罪行為によって被害を受けた者や、犯罪行為を行なった少年、およびその家族に対する“過剰な取材”を規制している。民放連などは、「どの程度繰り返せば『過剰な取材』となるのか」と反発し、「政府機関による報道への不当な干渉につながりかねず、国民の知る権利に応えるための『熱心な取材』『粘り強い報道』にブレーキをかける」とコメントしている。

 その他にも、法案にある「つきまとい、待ち伏せをし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又はこれらの場所に押し掛けること」「電話をかけ、又はファクシミリ装置を用いて送信すること」などが、ストーカー対策法と同様の文面であり、取材者をストーカーと同様に見なしているという意見もある。

 各団体は、シンポジウムを開催するなど積極的なアピールを繰り返しているが、ほかの2法案に比べて国民的関心が低いことは否めない。

■人権フォーラム21
http://www.mars.sphere.ne.jp/jhrf21/

●青少年有害社会環境対策基本法案とは


http://www.mainichi.co.jp/digital/yuugai/01.html (法案)

 青少年有害社会環境対策基本法案は、田中直紀代議士が委員長を務める自民党の「青少年を取り巻く有害な環境対策の推進に関する小委員会」がまとめた法案だ。先の2法案と合わせて、今国会に提出される予定だったが、どうやら見送られる見通しとなった。しかし、次回以降の国会に提出される可能性は残されている。

この法案は、「急激な情報化が進展」した結果、「青少年有害社会環境のもたらす弊害が深刻化」している現状に対して、青少年を保護し健全育成を目指すものだ。ここでいう「有害社会環境」とは、「青少年の性若しくは暴力に関する価値観形成に悪影響を及ぼし、又は性的な逸脱行為、暴力的な逸脱行為若しくは残虐な行為を誘発し、若しくは助長する等青少年の健全な育成を阻害するおそれがある社会環境」となっている。

 このため、新聞・放送・出版などのあらゆるメディアは、自主規制を行なうための団体「青少年有害社会環境対策協会」を設立することが推奨される。この団体を統括する主務大臣や都道府県知事が、あるコンテンツに対して「有害だ」と判断すれば、この協会に対して指導・勧告・公表を行なう。インターネット上のコンテンツに関しては、総務大臣が担当するほか、自主規制団体に加盟しない事業者に対して「青少年有害社会環境対策センター」が指導にあたるという。なお、国民は、国や地方公共団体が実施する青少年有害社会環境対策に協力しなくてはならない。

 もともとこの法案は、2000年4月21日に「青少年有害環境対策法案(素案骨子)」として立案され、関連省庁との調整を経て5月11日に「青少年有害環境対策基本法案(素案)」がまとめられた。この法案は、ほとんど青少年有害社会環境対策基本法案と変わらないものだったが、有害かどうかの判断をするのは総理大臣で、事業者に直接勧告・公表を行なうものだった。また、事業者からの反論の機会は与えられなかった。

 メディアや関連団体は、これに対して即座に反対アピールを行なう。2000年秋には、法案名から“有害”の文字が取れ、「青少年社会環境対策基本法案」として議員立法が目指された。映画「バトル・ロワイヤル」が公開され、暴力表現への規制が話題になったのはこの頃だ。

 1年以上にわたり激しい議論がされたが、2001年11月21日に、修正案として再び“有害”の文字が復活した「青少年有害社会環境対策基本法案」が提案された。この修正で、総理大臣が違反事業者に直接勧告を行なう形態から、主務大臣が関連団体に勧告し、その団体が自主的に該当コンテンツに対処する形になった。また、勧告・公表の前に団体から意見を聞く機会も設けられた。

 この法案は、先述の2法案に比べて、一段とメディア規制の色が強い。反対意見の拠所は、憲法21条「集会・結社・表現の自由、検閲の禁止、通信の秘密」だ。また、法案のさまざまな部分が曖昧という問題がある。例えば、有害か無害かという判断の基準は主務大臣の判断に任されている。また、対象となるコンテンツも事業者が「供給する商品又は役務」としか定められておらず、そもそも事業者の定義も法人だけなのか、個人も含まれるのかという点で曖昧だ。

 民放連では、法案に対して有識者5人の論考を掲載したパンフレットを作成している。この中でジャーナリストの原寿雄氏は「政府が人々の価値観のあり方に干渉することなど、許されてはならない」と反対しているほか、憲法学者の奥平康弘氏は、法案名からして、青少年有害社会環境というものが、あたかも存在しているかのような印象を国民に与えているとコメントしている。

 さらに、“有害”コンテンツが青少年に悪影響を与えるという因果関係そのものが証明されていないという意見もある。社会学者の宮台真司氏などは、暴力コンテンツが暴力少年を生み出し、性的コンテンツが性犯罪に結びつくと考えられているような悪影響論(強力効果論)に対して異論を唱えている。

 マスコミ効果研究の分野では、米国の学者クラッパーが実証した「限定効果論」が有力だ。限定効果論とは、もともと暴力的な気質がある人間が、多くのトリガーの中で、暴力的なメディアによって引き金を引かれているに過ぎないという理論だ。また、「受容文脈論」という理論もある。“有害”なコンテンツを、どのような環境で受容したかによって、その後の影響が異なってくるという理論だ。この理論では、一人でコンテンツに触れる時よりも、家族や友人などと一緒に暴力番組を見た後で、「これは酷いコンテンツだ」という感想が交わされることで、メディアに飲み込まれなくなるという。

 この他にも、子どもの権利条約第13条「表現・情報の自由」の存在もある。これは、「この権利は、国境にかかわりなく、口頭、手書きもしくは印刷、芸術の形態または子どもが選択する他のあらゆる方法により、あらゆる種類の情報および考えを求め、受け、かつ伝える自由を含む」というものだ。反対運動が触れる反対運動の多くは、情報発信者側の視点に立つものが多いが、情報を遮断される青少年側にも「見る権利」が与えられているということも忘れてはならないだろう。

■自由民主党
http://www.jimin.jp/
■「有害」規制監視隊
http://www.win.ne.jp/~straycat/watch/top.htm
■民放連:パンフレット「『青少年有害社会環境対策基本法案』の問題点~有識者5人の論考を中心に」http://www.nab.or.jp/htm/press/panf.pdf
■MIYADAI.com
http://www.miyadai.com/
■子どもの権利条約ネットワーク:子どもの権利条約全文(日本語訳)
http://www6.ocn.ne.jp/~ncrc/crc_1_1.htm

●米国のインターネットコンテンツ規制事情


 メディア規制3法案の中で、一番インターネットユーザーに直接的に降りかかってくるのは、「青少年有害社会環境対策基本法案」ではないだろうか。同様の対策は、すでに米国でいくつか試みられている。

 まず、1996年2月8日には、インターネット上で未成年者に対するわいせつな表現を禁止した「通信品位法(Communications Decency Act:CDA)」は、1997年6月26日に米最高裁判所により「言論の自由を保障する憲法に反する」という判決が下された。その理由は、“わいせつ”や“下品”といった言葉の定義が曖昧すぎるというものだった。

 CDAの修正版として1998年10月に登場したのが「児童オンライン保護法(Child Online Protection Act:COPA)」だ。これは未成年にとって有害な情報に子供がアクセスできないように、Webサイトの年齢確認などの対策を求める法律だった。しかし、COPAもコンテンツを有害かどうかを判断する基準が問題となり、一審、二審ともに施行延期の判決が下されており、現在、最高裁判所で審議中となっている。

 さらに、2000年12月に成立した「児童インターネット保護法(Children's Internet Protection Act:CIPA)」に対しても違憲性訴訟が展開されている。この法律は、公立図書館にインターネットのフィルタリングソフト導入を義務付けたものだ。

 米国のインターネットコンテンツ規制法のうち、青少年有害社会環境対策基本法案に近いものはCDAだろう。為政者によって“有害”と判断されたコンテンツを殲滅し、青少年を純粋培養しようとするものだ。これに対して、COPAやCIPAはゾーニング(住み分け)に近い考え方を持っている。青少年にとって“有害”と判断されたコンテンツでも、青少年以外ならば一定の手続きを経ることでアクセスする余地が残されている。両親が子どもに見せたくないテレビ番組をあらかじめ設定できる「Vチップ」などもゾーニングだ。技術的な問題が残されていることは確かだが、現時点では有効的な考え方だろう。

■わいせつ画像等の流布などを禁ずる「通信品位法」に米最高裁が違憲判決
/www/article/970627/cda.htm
■Clinton米大統領が通信品位法への違憲判決にコメントを発表
/www/article/970630/law.htm
■「未成年にとって有害な情報」とは? 市民団体が新法にまた反対
/www/article/981023/copa.htm
■連邦地裁による執行延期命令で「COPA」は名実ともに「CDA II」の道へ?
/www/article/981124/copa.htm
■インターネットの有害情報を規制する法律「COPA」がまた敗訴
/www/article/1999/0202/copa.htm
■米児童オンライン保護法の違憲性訴訟、最高裁での審理へ
/www/article/2001/0522/copa.htm
■米国で「児童インターネット保護法」の違憲性訴訟~25日に審理開始
/www/article/2002/0325/cipa.htm

●まとめにかえて


 インターネット上の“有害”コンテンツ規制が不必要というわけではないが、メディア規制と表現の自由の問題は非常に微妙なバランスを保つ必要がある。しかし、今回紹介したメディア規制3法案に対して、国民の認知度は低い。「自分にはあまり関係ない話」と傍観しないで、自分なりに考えてみるべきではないだろうか。

(2002/4/22)

[Reported by okada-d@impress.co.jp]

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