22日、NPO法人ブロードバンド・アソシエーションの主催により「ブロードバンド特別シンポジウム~インターネットのP2Pに関連する技術的・社会的諸問題を考える」が開催され、P2P技術によるコンテンツ配信の有効性に関する講演があった。P2Pによるファイル共有がISPのトラフィックを圧迫しているというこれまでの考えを否定する一方で、P2Pによるコンテンツ配信はISPに負担を与える可能性があることも報告された。
● 現在のトラフィック増大は、P2Pではなく、海外からのダウンロード
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東京大学大学院情報理工学系研究科教授の江崎浩氏
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家庭向けブロードバンド回線のトラフィック総数の推移。左上が2004年9月から2008年5月までの動き、右下がトラフィックの動きを回線別に分けたもの。三角のポイント付き紫の線が、海外から日本に向かうトラフィック。急激に増加している
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東京大学大学院情報理工学系研究科教授の江崎浩氏は、「トラフィックの状況とP2Pの効果」と題して講演。「P2Pでトラフィックが増えて困る、ではなく、トラフィックを下げる」と、P2P技術によるコンテンツ配信の有効性を強調した。
江崎氏はまず、現在はP2Pによるファイル共有によるトラフィックの増大は少ないとして、それを裏付ける家庭向けブロードバンド回線における総トラフィックのグラフを示した。これは、江崎氏が各ISPの協力を得てブロードバンド回線の通信量を調査したものだ。「2004年はWinnyが全盛で、インターネットからのダウンロードとアップロードが同じだった。しかし、2005年からダウンロードが増えつつある」。P2Pアプリケーション特有の上りのトラフィックの伸びは、下りよりも緩やかだ。そのため、P2Pアプリケーションがトラフィックを圧迫しているわけではないと指摘する。
実はトラフィックが急増しているのは海外からのダウンロードであり、「国際線は容量を増やすのは大変な投資で、かなり厳しい状態という話を聞く」とした。
総トラフィック量に関しては、1週間の動きがわかるグラフも提示。これによると、2005年はダウンロードのピークは200Gbps、ボトムは100Gbps、アップロードのピークは150Gbps、ボトムは100Gbps程度だ。これが2008年になると、ダウンロードのピークは500Gbps、ボトムは200Gbps、アップロードはピークは350Gbps、ボトムは200Gbpsとなっている。2005年と比べて2008年はピークとボトムの差が大きい。
この差は「人の活動に依存しているインタラクティブなトラフィック」だという。まだ検証をしていないためあくまでも推測というが、「海外にある容量が大きいストリーミングやダウンロードのサービスを利用しているのではないか。P2PのトラフィックがISPをいじめているかというとそうではない。P2Pよりもインタラクティブ系のトラフィックはコントロールできない」というやっかいな問題だ。
江崎氏は、このトラフィックの増大を解決するための1つの手段としてP2P技術を取り入れることを提案している。
具体的な例として、2006年10月に行われた北海道日本ハムファイターズ対福岡ソフトバンクホークスのインターネット中継を挙げた。この中継では、ピーク時に4万8454人が接続。ビットレートが268kbpsであるため、ユニキャストだとサーバーに約37Gbpsの回線が必要となる。「従来のユニキャスト型だとサーバー側は10Gbpsを4本束ねる必要があったが、P2P技術を用いたことで7Gbpsで済んだ。サーバー側の負荷をP2Pで削減することに成功している」と評価した。
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トラフィックの1週間の動き。2005年/2008年の5月をサンプルとしている。青が2005年、赤が2008年。ダウンロード、アップロードともに2005年よりも2008年の方が、ピークとボトムの差が大きくなっている
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北海道日本ハムファイターズ対福岡ソフトバンクホークスの中継におけるトラフィックの動き。緑の線は、実際に配信元のサーバーが送信したトラフィックで、ピークは6.97Gbps。紫の線は、P2P技術を用いなかった場合のトラフィックの推定量(接続数を基に算出)で、ピークは37.3Gbps。配信元のトラフィックは81.3%も削減できたことになる
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● P2Pでもエンドユーザーが受信するトラフィックの総量は同じ
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P2Pネットワーク効率的利用実証実験WGの山下達也氏
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P2Pネットワーク実験協議会は、「P2P実験協議会からの報告」と題してP2P技術の現状と実証実験の結果を報告した。
同協議会は、2007年8月に設立。東京大学大学院教授の浅見徹氏を会長としており、P2P技術を用いたコンテンツ配信の実証実験を行う。協議会にはコンテンツホルダー、通信事業者、大学や自治体が名を連ねている。
P2Pネットワーク効率的利用実証実験WGの山下達也氏(NTTコミュニケーションズ)は、P2P技術の利点として、ネットワーク状況への高い適応性、高い耐障害性、低い運用コスト、配信元でのトラフィック削減の4点を挙げた。ネットワーク状況の適応性と高い耐障害性は、条件のいいピアが選べることによるものだ。
配信元でのトラフィック削減と運用コストは直結する。ウタゴエが2007年11月に配信を行った「accessのtalk about生中継」では91~93%、Yahoo!動画が2006年9月に行った北海道日本ハムファイターズの新庄剛志選手の引退試合では75%のトラフィックが削減できたとの実績を挙げた。
このように、配信元でのトラフィックが確実に削減でき、その分コスト削減の効果が期待できる。しかし、「どの立場の人が安くなるのか慎重な議論が必要」だという。というのも、配信元から送信するトラフィックは例に挙げたように確実に削減ができるが、エンドユーザーが受信するトラフィックの総量は同じだからだ。「1Mbpsを1000人が受信したら1Gbpsが必要。P2Pはマルチキャストではなくユニキャストなので、配信側のトラフィックが減った分、誰かに押し付けていないだろうか」という疑問が出てくる。
「視聴者から見ると、品質が良くてタイムリーに見られる。コンテンツを送る人たちはトラフィック削減の効果がある。しかし、トラフィックを運ぶ通信会社やISPから見ると、押し付けられているのではないかと疑ってしまう。これをはっきりとしようというのも実証実験のテーマ」だとする。
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P2Pネットワーク実験協議会の会員。コンテンツホルダーやP2Pアプリケーション開発ベンダーなどの「送る人たち」、通信業者の「運ぶ人たち」、視聴者の「受け取る人たち」の3つの分類できる
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サーバー/クライアント型、CDN型、P2P型とも受信トラフィックの総量は同じ。ただ、配信元のトラフィックはそれぞれ異なる
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● 他のノードへのデータ中継でISPに負担がかかる可能性も指摘
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P2Pネットワーク実証実験協議会の亀井聡氏
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P2Pトラフィックの構造。アプリケーションレイヤーで見ると効率的だが、通信回線のレイヤーを見ると非効率的な可能性がある
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この問題について同協会の亀井聡氏(NTTサービスインテグレーション基礎研究所)が具体的に説明した。
P2Pは、サーバーから受け取ったデータをほかのノードに中継することを繰り返すことでデータを配信する技術だ。理論的にはサーバーからデータを1回だけ送信することで、無限のノードにコンテンツが配信できる。そのため、サーバー側のネットワーク負担が大幅に軽減できる。
しかし、ノードがあるネットワークはどうだろうか。ノードはISPの外から受信したデータを再びISPの外に送信する可能性もある。インターネットとノードの間をトラフィックが往復してしまい、ノードがあるISPに負担がかかるのではないかというのだ。「アプリケーションレイヤーで見ると効率的になっているが、下のレイヤー(通信回線)も考慮をしないとトラフィックの効率が良くなったと言えない」。
亀井氏は「ISPがネットワークの情報を開示したら問題は解決できる。研究も進んでおり、ISP側の意志を反映した経路選択が行える」とする。現在のP2Pソフトウェアでも、スループットや遅延を測定し、接続先のノードを自動的に選択する機能があり、「すでに効果は実証されている」という。各P2Pソフトウェアには、相手のIPアドレスやAS番号をもとにした自動接続機能もあるが、こちらは「効果が実証されているとは言い難い」。そのため、ネットワーク構成を考慮したピアの自動選択は、実現されていないのが現状だ。
この問題は海外でも検討が進んでおり、オーストラリアのP2P業界団体であるDCIAの「P4P WG」では、P2Pのトラフィック制御をISPが行うという技術を検討している。
● P2Pトラフィックの地産地消に、地域IXの再登板も
国内における実証実験の状況については、山下氏が説明した。実証実験では、BitTorrent DNA、SkeedCast、ShareCast2、D-Stream、BBブロードキャストなどのP2Pソフトを用いた動画配信を行った。ネットワークは、コンテンツホルダーが大手ISPと接続し、その下に地域ISPが接続するという構成。一部の地域ISPは、相互接続している。このネットワークにコンテンツを受信する39台のダミーノードを設置した。
この実証実験でわかったことは、「札幌のISPに設置したP2Pノードであっても、通信相手は東名阪が多い。地域内での通信は少ない」ということ。OCNのネットワークを例にとると、2回の実証実験でOCN内のピアを選択したのは22%と29%、OCN内の同一地域のピアを選択したのは19%と23%、OCN以外の同一地域のピアを選択した割合は5%と7%となった。
P2P技術によるコンテンツ配信は、全国規模のISPを利用して全国のノードにコンテンツをキャッシュし、次に同じ地域のノードに配信するという順番が理想的だ。その上で「地域IXの“再登板”の可能性もある。トラフィックの地産地消が実現できる」との見解も示した。
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実証実験で用いたネットワークの概念図。コンテンツホルダーが大手ISPに接続し、そこに地域ISPがぶら下がっている。地域ISP同士の相互接続もある
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ダミーノードの設置状況。9月22日現在で全国に39台を設置している
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関連情報
■URL
ブロードバンド特別シンポジウム
http://www.npo-ba.org/symposium200809.html
P2Pネットワーク実験協議会
http://www.fmmc.or.jp/p2p_web/
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( 安達崇徳 )
2008/09/24 14:56
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