前回は権利者側とメーカーの考えを簡単に見てきた。著作権者側の主張は、現在私的録音補償金の対象外であるiPodなどのハードディスクもしくはフラッシュメモリ内蔵型デジタルオーディオプレーヤーの利用が拡大して私的録音の主流になりつつあり、早急に対象にすべきというものだ。日本音楽著作権協会(JASRAC)では「このままでは、いずれは収入が事実上ゼロになってしまう可能性がある」と危惧する。
こうした権利者団体の主張に対してユーザーからは疑問の声が上がっている。そこで、さらに詳しく問題を見ていくために現状の問題点などについて、JASRACの泉川昇樹常務理事に伺った。
● iPodの次は汎用機も!?
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JASRACの泉川昇樹常務理事
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――まず、iPodを政令指定する要望を出した理由を教えていただけますか。
泉川氏
デジタルオーディオプレーヤーによる私的録音は、MDをはるかに上回る実態があります。現在の補償金制度の対象に加えていただくということは、制度の拡大ではなく単なる運用上の問題で、新たにPCや汎用機器を対象にしてほしいという問題ではありません。追加で指定された音楽用CD-Rなどと同じく法律上の要件を備えており、政令指定をいただきたいというお願いをしています。
2004年6月から7月にかけて実態調査を行なったところ、指定ありの機器で私的録音された割合は49%でした。一方、指定なしの機器による録音は51%を占めました。実態調査の直後にiPod miniやiPod Shuffle、ネットワークウォークマンなども発売され、これらの機器の割合がさらに高まっていると考えられます。もはや一刻の猶予もならない状況です。
デジタル録音機器にはボイスレコーダーなどの汎用機もありますが、「主たる利用目的」で切り分けて要望しています。iPodなどはまさに音楽を録音する、聴くことが「主たる利用目的」ですよね。「Good Bye MD」などのキャッチコピーを見れば一目瞭然です。仮にデジタルオーディオプレーヤーでも、もっぱら会議の記録などに利用しているということであれば、証明のうえ返還を請求することができます。
――そのほかの汎用機も私的録音補償金の対象に指定する要望を出していると言われていますが。ディスクとメモリがある機器は全部対象になるのでしょうか。
iPodなどのほかにPCのHDDやデータ用のCD-Rも私的録音に利用されている実態を踏まえ要望しましたが、これらを対象とするには法改正が必要とされていることから、まずは、iPodなどのデジタルオーディオプレーヤーを現行の法制度の枠組みの中で追加していただきたいと考えています。PCやカーナビのミュージックサーバーなど、いわゆる汎用機については今後引き続き検討していただきたいと思っています。
――将来的に記録装置のないネットワーク対応のiPodなどが出現した場合、そうした機器も私的録音補償金制度の対象になるのでしょうか。
ダイレクトにデータを受けて端末の中でのみ再生する場合は、JASRACが定める複製・蓄積行為の許諾範囲に収まります。例えば携帯電話で着うたをダウンロードして楽しむ限りはその端末内での利用行為ですから、当然補償金の対象にはなりません。
外部、つまりダウンロードした機器以外の機器やメディアに複製行為を行なわない場合は、私的録音補償金制度の対象外となるわけです。そういう機器が主流になれば制度をめぐる状況が大きく変わることになりますね。
ただし、現状を考えると、いずれ私的録音補償金制度によるMDの徴収はゼロに近づいてしまいます。CD-Rについても、長期的には次世代DVDなどより大容量なメディアに置き換わっていくでしょう。そうなると、補償金制度は空洞化してしまう。著作権法第30条第1項は、限られた条件下で私的複製を認めていますが、第2項において、著作権の国際条約との整合性を諮る観点から著作権者の経済的利益を不当に害しないため補償金の支払いを義務づけています。
従って、これらの機器・記録媒体が補償金の対象にならないのであれば2項はまさに形骸化したと言わざるを得ません。こうした事態に立ち入った場合は30条1項の制限規定自体の見直しに向かわざるを得ないと思います。
● DRMは実効性のある技術ではない
――30条そのものの見直しが必要とはどういうことですか。
30条を見直すということであれば、私的録音も許諾を必要とする利用行為となり、補償金制度も必要なくなりますが、それがメーカーやユーザーにとっていいことなのでしょうか。
コピーを許諾する場合、個別に対価の支払いが必要になりますが、現在の記録媒体1枚の補償金額4円程度ではすまなくなると思います。なお、DRMによる個別徴収の提案がありますが、国際的にみてもこのような技術は普及段階にはありません。また、コスト面など今後の検討すべき問題が残されているのではないかと思います。
――「購入したCDやレンタルしたCDには著作権料が含まれているはずで、私的録音補償金を別途課すのは著作権料の二重取りだ」との意見がありますが。
購入価格に私的録音補償金が含まれていると解釈するのは誤解です。JASRACでは、レンタルCD、ネット配信、市販用CDなど利用行為に応じて許諾範囲を決めています。
レンタルCDの場合、レンタルという行為に対し貸与権に基づく権利行使をレンタル店の事業者に対し行なっています。ユーザーがプライベートな領域でレンタルCDから複製する行為はまさに30条で示す私的複製にあたります。
JASRACはレコード製作会社に複製の許諾を出しますが、この許諾の範囲は市販用の複製物の製作・頒布に限定されており、購入者が個人的にデジタル複製する場合は30条2項の適用を受け、補償金を別途支払うことになります。
インターネット上の音楽配信は、JASRACでは「インタラクティブ配信」として「公衆送信およびそれにともなう複製により著作物を利用する場合」と規定しています。ダウンロード方式の場合は、受信先の記憶装置に記録・蓄積するまでが許諾範囲となるわけです。
つまり、デジタル録音の場合、私的な利用範囲における複製すなわち私的録音は、JASRACの定める許諾の範囲外の行為にあたり、著作権法第30条の第2項により補償金を支払わなければならず、著作権料の二重取りには該当しません。
● なぜデジタル時代の私的録音が“自由かつ有償”なのか
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「補償金を払ったから無制限にコピーができるというわけではないんです」と泉川氏
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――「アナログ時代の私的録音は“自由かつ無償”だった。デジタル機器を対象にした私的録音補償金制度以降は“自由かつ有償”に変わってしまった。デジタルで便利になると思っていたら、アナログよりも不便になってしまった」という声がありますが。
1970年に旧著作権法が全面改正されました。旧法時代は器械的、化学的方法による複製は著作権侵害行為とされ、テープレコーダーに録音することも法律に反する行為でした。しかし、技術の発展によって「テープレコーダーなどに録音するな」ということは無理な話だということになりました。
そこで、当時のテープレコーダーによる家庭内録音は比較的小規模であり、著作権者の経済的不利益も少ないとの判断から著作権法30条で「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において」などの制約下で私的録音が可能になったのです。
その後、録音録画技術はめざましい発展を遂げまして、デジタル化の時代になりました。アナログであれば使用を重ねるにつれ劣化しますが、デジタルは劣化しません。オリジナルと同様のコピーが家庭内でできる。大量にコピーされた場合は、著作物の有力な利用形態になり著作権者が経済的な不利益を被ることになります。
もちろん、著作物の使用ということではアナログもデジタルも私的録音には変わりありません。ですが、アナログはすでに社会的に普及しており、混乱を避ける必要があったことや性能面などを考慮して日本においてはデジタル機器のみを対象としました。
なお、いち早く導入したドイツ(当時西ドイツ)やオランダ、フランスなどはアナログも対象範囲です。日本の導入直前に、米国がデジタル機器のみの私的録音補償金制度を導入した影響もあったのでしょう。もし、アナログとデジタルともに補償金制度の対象にし、それぞれの補償金額を変えるといった方法を採っていれば、一貫性もあり、「アナログは“自由かつ無償”、デジタルは“自由かつ有償”だ」なんて指摘も受けなかったかもしれませんね。
また、補償金を払えばすべてコピーフリーだというわけではありません。CDやMDなどに搭載されたSCMS(Serial Copy Management System)というコピーコントロール技術では、1世代までのコピーは可能ですが、孫の世代のコピーはできません。日本の補償金制度は、このSCMSの搭載を前提としたもので、補償金を払ったから無制限にコピーができるというわけではないんです。コピーフリーはまったくの誤解です。
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東京都渋谷区のJASRAC本部
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――私的録音補償金制度による分配がユーザーから見て「不透明」との指摘もありますが。
JASRACの場合は、私的録音補償金の管理団体である「sarah」から権利者分配全体の36%が分配されています。2004年度の実績では分配額は約6億2,000万円になりました。分配された36%のうち1.5%が日本脚本家連盟を通じて、言語に関わる著作者――例えばラジオのトーク番組や台本、脚本に関する著作者に分配されます。
JASRACでは2004年度に41万8,285作品に対して1作品あたり平均1,482円の補償金を分配しました。最低分配額は1円ですが、その場合でも明細を付けて分配します。なお、最高分配額は1作品につき約130万円でした。
JASRACは分配にあたり、sarahが3年毎に実施する録音ソースの調査に基づく録音、CDレンタル、放送の各分野の利用実績に基づき各権利者に年2回分配を行なっています。もちろん、すべてのユーザーの個々の利用実態まではわかりません。もし、100%を求めた調査を行なうことになれば、補償金額以上のコストがかかることになるでしょう。
この分配方法は、私的録音の実態反映率とすれば80%程度と見ています。利用されているにも関わらず、分配されない権利者も存在します。このため、全補償金の20%は共通目的基金として、すべての権利者のための事業に充てています。2004年度では共通目的基金は約4億4,500万円で103事業に活用されました。
――共通目的基金の具体的使途はどうなっていますか。
例えば、著作権を学校教育の現場で学ぶことも大事です。そのための生徒向け資料の作成・配付や、中学校新聞にわかりやすい解説記事を掲載したり、専用の冊子などを配布しました。教師を対象にした冊子も15,000部を配っています。また、著作権情報センター(CRIC)にも委託し、広く一般にも理解を求めており、同様の冊子を50,000部発行しました。このほか海賊版対策などにも活用されています。
● 米国でiPodが対象になっていない理由
――iTunesなどインターネット上の音楽配信がいち早く始まった米国ではどういう状況でしょうか。
米国のすべての収入は年間2億数千万円程度です。DATが主な収入源ですが、あまり普及していませんから収入は限られます。パソコンは補償金の対象とならず、iPodはPCの周辺機器と見なされており、補償金はかけられていいません。
また、米国では日本以上にファイル交換やインターネット上の非合法なダウンロードが広まっています。それに対してiTunesを代表とする音楽配信サービスは合法的なビジネス。音楽業界や権利者達は、まずこの合法ビジネスの普及を促進することで、非合法な状況を改善したいという気持ちがあるようで、対象機器を広げる活動は今のところないようです。
――他国との違いとしては、エンドユーザーに支払い責任を求めているのは日本だけですが。
ドイツをはじめ私的録音補償金制度のある国はすべて製造者責任です。メーカーを悪者にするわけではないですが、ドイツの場合、連邦通常裁判所は「メーカーは著作者の利益の侵害に補助的立場にある」との判断を示し、これが製造者責任として1965年に制度が導入されました。これがいわゆる西ドイツ方式です。
これに対して日本の場合は、そもそも著作物の利用者はエンドユーザーであるという著作権法の原則通りの扱いになりました。しかし、実際に個別に徴収する実効的な手段はないため、メーカーに補償金の請求と受領に関し協力義務を負わせています。
JASRACでは、今後の制度のあり方については検討し、適正に運用したいと考えています。そもそもこの制度は、芸術・文化と科学技術の調和をどう図るか、権利保護と消費者の利便性をどうバランスをとるかに着目し導入されたもので、この制度の有用性はあるものと考えます。現在問題となっている新しいデジタル機器が速やかに制度の対象となることを強く要望します。
次回はメーカー側を代表して電子情報技術産業協会(JEITA)のインタビューをお送りします。
関連情報
■URL
日本音楽著作権協会(JASRAC)
http://www.jasrac.or.jp/
私的録音補償金管理協会(sarah)
http://www.sarah.or.jp/
■関連記事
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( 鷹木 創 )
2005/08/24 11:23
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