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昭文社の地図出版物はこうして作られる 「まっぷるマガジン」&観光ガイドデータベース編
2016年7月21日 06:00
「まっぷる」「ことりっぷ」「山と高原地図」など、さまざまな出版物および地図・位置情報データを提供している株式会社昭文社。同社が提供する製品の中でも長い歴史を持ち、幅広い年齢層に支持されているのが「山と高原地図」および観光ガイドの「まっぷるマガジン」だ。両媒体ともに近年はスマートフォンアプリなどの電子媒体と連携した使い方が可能なほか、地図やデータなどを他サービスに利用する取り組みも始まっている。今回はこの2大コンテンツについて、その作成・管理の担当者に話を聞く機会を得たので、そのレポートを2回に分けてお送りする。
- 昭文社の地図出版物はこうして作られる 「山と高原地図」編
- 昭文社の地図出版物はこうして作られる 「まっぷるマガジン」&観光ガイドデータベース編(この記事)
観光ガイドの施設情報をデータベース化
昭文社が旅行ガイドブック分野に参入したのは1978年。同年、『ミニミニガイド文庫』という文庫サイズの旅行ガイドブックシリーズを創刊、1980年にはB6判の「エアリアガイド」という旅行ガイドブックシリーズを創刊した。さらに1989年には「マップルマガジン」シリーズ(※現「まっぷるマガジン」シリーズ)を創刊しており、主要エリアについては年1回のペースで改訂を行っている。
近年では、紙媒体と連携して使えるiPhone/Androidアプリ「まっぷるリンク」もデジタル付録として提供している。同アプリでは、ガイドブックと同じページがまるごと見られる無料の電子書籍や、掲載されている地図をそのまま見ることが可能。地図上で現在地を確認したり、周辺検索をすることもできる。
また、昭文社では「まっぷるマガジン」に掲載されたスポット情報をもとに、観光情報データベース(ガイドDB)もパッケージとして用意しており、さまざまな企業のカーナビやウェブのポータルサイトなどに使用されている。
ガイドDBの大もととなる「まっぷるマガジン」の観光データは、いったいどのようなプロセスを経て作成されているのだろうか。昭文社の白木信彦氏(メディアコミュニケーション本部旅行書編集部旅行書編集二課課長)によると、「まっぷるマガジン」の制作期間は、1冊につきおよそ半年だという。そのうち、取材にかかる時間は約2カ月で、この期間に、掲載する施設に対して取材や電話・メールによる確認などを行う。まっぷる編集部が、全国各地の編集プロダクションとの連携のもと、各エリアの観光情報やタウン情報に精通したスタッフが取材を行う。取材する内容は施設によって異なるが、基本的に住所・電話番号に加えて営業時間や定休日などを必ずチェックする。さらに、その店の概要や特徴を取材するとともに、店舗や商品、料理などの撮影も行う。
「雑誌作りのための調査期間は基本的に1~2カ月ですが、それ以外の時期は全く調査を行わないというわけではなく、恒常的に街にどのような変化が起きているかをチェックしており、それは1年中ずっと継続しています。また、例えばコンビニや飲食店などのチェーン店の場合は、本社に直接問い合わせて新規にオープンする店や閉店の情報を入手しますし、情報が直接当社の編集部に届くこともあります。さらに、編集部が東京にあることを生かして、都内にある各地の観光協会の事務所から情報を得ることもあります。海外ガイドの場合についても、各国の政府観光局と連絡を密にして情報を得ています。」
「まっぷるマガジン」にはタイトルによっては500件近い観光スポットを収録しているので、すべての店や施設に確認を取るのは大変な作業だが、だからこそ誌面に掲載する情報の正確性はかなり高い。営業時間や定休日などの細かいデータは、実際に現地に行ったときに大きく役立つだろう。
ガイドDBのデータを生かして地図を作成
このような各スポットの詳細情報に加えて、ガイドブックに欠かせないのが地図だ。「まっぷるマガジン」に収録されている地図は、昭文社の地図データベースシステム「SiMAP」から地図を切り出して編集したものだ。編集スタッフはこれらの地図を作る際に、「SiMAP」の地図データの上に、ガイドDBを読み込み、地図上にスポットの位置を展開する。地図は前年度のものを流用して前回出版から変更になった経年情報(道路情報や施設情報)を更新する場合もあれば、地図の掲載範囲やデザインなどすべてを新しく作り替える場合もある。
「例えば『まっぷる 仙台・松島 宮城 '17』では、仙台市の地図を、地図の掲載範囲やデザイン含めてすべて新しいものに作り替えました。これは、新しい地下鉄が開通し街の中で新しく栄えてきた地域が出てきたためです。駅などが新しく出来ると、その周囲がにぎやかになったりと、さまざまな要因で街の状況は変わりますので、それに合わせて地図の構成を作り替えることにしています。前年度版から街の状況に大きな変化がない場合は、現状のものを生かしてブラッシュアップすることになります。」
このような観光ガイド用の地図を作る上で、白木氏はどんな点にこだわっているのだろうか。
「『まっぷるマガジン』に掲載する地図は、旅行に行く人が使う地図ですから、それがどのように使用されるかを考えて地図を作る必要があります。読者はまず、現地に行く前に、どのようなところに行くかを検討するため、つまりプランニングを行うために旅行ガイドを読みます。次に、目的地にたどり着くためにアクセス方法を調べるために使用し、最後は実際に現地を散策する際に使います。旅行ガイドには、このようにさまざまな使い方があるため、プランニングとアクセス、散策のそれぞれの段階でどのような情報が必要なのかを考えながら地図の上に載せる情報を考える必要があります。」
「また、用途に応じて縮尺を変える必要もあります。詳細地図では、『買い物をするならこのエリア』といったエリアごとの特色が分かるように作る必要があるし、広域地図では、細かい情報よりも、高速道路や鉄道などのネットワークを見やすく作ったほうが分かりやすくなります。」
スマートフォン上で電子書籍版と地図を閲覧可能
「まっぷるマガジン」では数年前から、デジタル付録としてスマートフォンアプリ「まっぷるリンク」と連携している。「まっぷるマガジン」に袋とじで収録されているQRコードを読み込むと、「まっぷるリンク」上でガイドブックに掲載されているものと同じ地図がダウンロード可能となる機能がある。ダウンロードが完了すると、地図上で現在地を確認することが可能となるほか、周辺検索などの機能も利用できる。検索した施設について、住所や電話番号、営業時間や定休日などガイド誌面と同様の情報も見られる。
この機能を使えば、アプリ上で誌面と同じ情報を見ることが可能となるため、例えば自宅で旅行のプランニングをするときは紙媒体の「まっぷるマガジン」を見る、旅行中はアプリで現在地を確認したり目的地との位置関係を知る――といったことが可能となる。
アプリ「まっぷるリンク」で見られる地図は、まっぷるマガジン内に収録されている地図をほぼそのままの絵でラスターデータとして収録しており、目的地を指定した上で、現在地を起点として目的地がどの方向にあるかを線で指し示す「ウインカーマップ」機能も搭載している。また、地図だけでなく、「まっぷるマガジン」と同じ誌面を電子書籍で読むことができるのも特徴だ。
「まっぷるリンクとの連携機能を提供開始した当時は、地図の色使いやディスプレイの大きさの制限を考えて紙媒体の地図も作らなくては、と意識したこともありますが、アプリ上での使い勝手だけを考えて、もともとの見せ方を制限してしまうのも良くないという考えに至り、今ではそれほどアプリを意識した作り方はしていません。あくまでも紙面で見やすいように、というのを第一に考えて作るようにしています。」
例えば『まっぷる 仙台・松島 宮城 '17』において、仙台の中心部の地図では、地図の地の色に黄色を使っているが、スマートフォン用の地図アプリは近年、全体的に色が薄くなっている傾向にあるため、このような傾向からは外れている。ガイドブック用の地図は、各観光地の特色などによって、明るめの色を使うこともある。
「旅行というのは非日常的な行動なわけですから、そのテンションに見合った色にするべきであると考えています。ただ、紙媒体とはいえど、色が濃すぎると見づらくなりので、読みやすさとの兼ね合いでうまくバランスを取る必要はあります。」
エリア区分や店の重要度などの“重み付けデータ”を提供
昭文社は、このような観光ガイド誌の取材によって得られた情報をデータベース製品として他社に提供している。データベースの管理を担当している昭文社の大島淳氏(メディアコミュニケーション本部観光情報部部長)によると、ガイドDBに収録されるデータの件数は全国で約8万件を超えるという。昭文社独自の情報が収録されたこれらのPOI(Point of Interest)のことを、同社ではマップル(MAPPLE)の頭文字である“M”を先頭に付けて「MPOI」と呼んでおり、これらをGISソフトやウェブの地図サービスで読み込むだけで、観光施設の位置を地図上に表示させることが可能となる。
ガイドDBは、カーナビやウェブのポータルサイト、グルメサイトなどさまざまなサービスで活用されているが、このようにガイドブックの情報をデジタル化して提供するという昭文社の取り組みは、1990年代までさかのぼる。きっかけは携帯電話だ。携帯電話上でタウン情報を調べられるようにすることを目指して施設情報のデジタル化を図ったという。
ガイドDBのデータ作成については、「まっぷるマガジン」の雑誌の取材やデータ確認などを行う編集プロダクションが行う。つまり編集プロダクションのスタッフは、1回の取材につき、紙媒体とデジタルデータの両方を更新することになる。なお、大型店や博物館などの大規模な施設のオープンについては、データベースにもすぐに反映する必要があるため、雑誌の取材とは別に取材を行うこともあるという。
また、単なる施設データだけではなく、これまでの経験に基づく“重み付け”のデータなどもオプションで提供している。マップル観光データは、例えば「旧軽井沢」というエリアがある場合、どこからどこまでが“旧軽井沢”なのかということは地元の人ですら明確でないことがあるが、このデータがあれば、そのようなエリア分けも簡単に行える。
さらに、すべての観光情報データは出版時に検討した重要度により独自のランク付けをしてこのデータを見れば、その街の定番スポットや見逃せない店などが分かるため、その街の実情に基づいた観光ガイドコンテンツを作ることが可能となる。
「SiMAP」のデータベースの更新にも活用
さらに、このようなガイドDBのデータは、昭文社が提供する地図製品のベースとなるSiMAPの更新にも利用されている。昭文社の社内では、SiMAPの更新を行うためのスタッフもいるが、そこではフォローできないような各地の細かい更新情報は、ガイドDBをもとに変更を行っている。
このようにさまざまに活用されている観光ガイドの情報およびガイドDBについて、今後どのような展開を図っていく方針なのだろうか。
「紙媒体の出版物は決して右肩上がりの市場ではありません。だからこそ、紙媒体ならではの分かりやすさや適確な情報セレクト、信頼性などをより一層高めていくことが大事だと考えています。さらに、昭文社のコンテンツの柱である“地図”や、『まっぷるリンク』など新しいメディアと組み合わせた複数の媒体による見せ方を追究しながら、読者が知らない地域の情報を確実に詳しくお伝えしていきたいと考えています。また、地図としては、読者の用途に応じて、何を強調するかといった味付けを考えながら編集するなど、いろいろな表現方法を探っていきたいと考えています。」(白木氏)
「ガイドDBについては、今後はインバウンド対応が求められていくと考えています。情報そのものを多言語化する必要もありますが、国ごとに好まれるスポットを割り出しておすすめランクを作るといった取り組みも必要になると思います。ガイドDBのデータ件数は膨大なので、新しい属性を1つ付け足すだけでも大変な手間ですが、そのような取り組みをいかに効率的に実現するかが課題ですね。」(大島氏)