趣味のインターネット地図ウォッチ
春の地図まつり特別編2
道の形、家の形、駐車場入口の正確な位置……最新地図を支える日々の情報収集とトレースの日々
地図会社を訪ねて~インクリメントP株式会社<後編>
(2015/4/2 10:00)
カーナビ、スマートフォンのナビアプリ、インターネットの地図サイトやさまざまな位置情報サービスで今や我々の生活に欠かせない“デジタル地図”。こうした製品・サービスで使われている地図データはいったい誰が、どのようにして制作しているのかご存知だろうか?
実は“地図会社”と呼ばれる民間企業がそれぞれ街の移り変わりの情報を独自に入手し、それをもとに地図データを更新している。日本にはいくつかの地図会社が存在するが、今回はパイオニアのグループ会社であるインクリメントP株式会社(iPC)を訪ねた。実際にその制作現場を目の当たりにすると、テクノロジーを活用して最大限に効率化・ペーパーレス化を図りつつも、地図データを整備するということは依然として大変手間のかかる作業であることを思い知った次第だ。そんな同社の地図作りについて、3回にわたってレポートする。
- カーナビの地図データはこうして作られていた! 点と線の地図「道路ネットワーク」とは
- 道の形、家の形、駐車場入口の正確な位置……最新地図を支える日々の情報収集とトレースの日々(この記事)
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前回は、iPCの地図制作拠点である東北開発センター(TDC)と、同社の地図編集管理システム「SiNDY」の概要、そしてナビゲーションを行うために重要な地図データ「道路ネットワーク」について解説した。今回は、地図データ制作の前段階で必要となる情報収集の取り組みと、道路ネットワーク以外の地図データについて詳しく紹介する。
さまざまなメディアをチェックして最新情報を収集
前回説明した通り、地図データには「道路ネットワーク」「背景」「家形」「注記」「POI」などさまざまなデータがあるが、これらのデータを正しく整備するために欠かせないのが日々の情報収集だ。地図制作の流れとしては、まず新しい施設や道路の情報などを収集し、それをもとに各種データの整備(入力・編集)を行うことになる。
収集する情報は、背景や注記、道路情報、住所情報と幅広く、これらの新規(完成・開設・開通)情報や変更情報、廃止情報などを収集するため、TDCの「情報収集部」のスタッフは常にアンテナを張っておく必要がある。
情報ソースとして使っているのは、ウェブサイト、新聞記事、官報・公報や議会資料、開示資料、広報誌など。ただし、新聞記事や官報には施設の開設・開通情報は掲載されるものの、閉店情報などはまず載っていない。それを補うのが、投稿情報だ。iPCが運営する地図サイト「MapFan Web」の投稿コーナー「地図の素」に、月に約1000件の情報が寄せられるという。
もちろんここに挙げた各情報ソースについて、記事や投稿内容を鵜呑みにするわけではなく、その情報が正しいかどうか裏を取る作業も行う。内容に応じて電話調査や訪問、資料請求、現地調査など、情報の裏取りにはさまざまな方法が用いられる。現地への訪問などは協力会社に依頼する場合も多いが、iPCの社員が自ら現地に行くこともある。各都道府県庁には毎年あいさつに行き、電話だけで資料を送ってもらえるように信頼関係を構築しておくことも欠かせない。
鉄道関連の情報については、情報収集部の中でもベテランスタッフが担当することが多いという。セキュリティ上の問題もあるため図面を提供してもらえないこともあるほか、高架化事業の場合は範囲が広く、調査・編集対象も多くなる。問い合わせ先が鉄道事業者だけとも限らない。さらに地上と地下にまたがるため、詳細地図の背景形状や鉄道線形を読み取るのも大変で、鉄道事業者などに問い合わせながら編集箇所を特定していくことになるという。このように編集箇所が多く、長期にわたって事業が段階的に進んでいくため、複雑な調査と編集が必要になるためだ。
このほか、カーナビの実車走行軌跡データ(プローブ情報)から収集した位置情報を解析して、道路形状補修箇所や道路未整備箇所の照合資料として活用している。仮に既存の道路から外れた位置情報の塊が存在する場合は、そこに新しい道路が存在する可能性があるなど、既存の道路データと実際が異なっている地点について改めて調査を行うというわけだ。
航空写真から道路や家屋の形状をトレースして背景データを作成
このようにして収集された情報をもとに、地図データが整備される。前回は、道路ネットワークの整備について解説したので、今回は「表示用地図」の要素である背景と家形について解説しよう。
地図データにおける背景とは、道路や鉄道、水系、山林、宅地、施設などの形状を表したもので、家形とは「家屋形状」を表したものだ。iPCでは、これらの形状がポイント(点)・ライン(線)・ポリゴン(面)で表現される「ベクター形式」で地図データを整備している。
道路ネットワークのデータはすべての縮尺で共通なのに対して、背景や家形は地図の見やすさやデータ容量などを考慮し、「トップ」「ミドル」「中縮」「都市地図」という4種類の縮尺でデータを整備。また、背景や家形はレイヤー別に制作されており、各レイヤー内には「土地レイヤー」「建物レイヤー」など情報分類を属性として付加。13段階の表示・非表示を設定して、情報量を調整する。
背景や家形のデータは、基本的には航空写真などの参照素材を重ねてトレース(形をなぞって線を描くこと)し、形を整えて仕上げる。例えば四角形のビルならば四隅をクリックしていくことでラインを引いて形を作る。ひとつひとつトレースしていく手間は大変だが、これらの作業は主に、上海にある子会社「インクリメントP上海(iPS)」において行われている。
トレースした結果はすぐに正式データとして地図に反映されるわけではなく、入力したデータが正しいかどうか、線などがはみ出ていないかどうか、形が整っているかどうかといったチェックを行う工程もあり、その作業は主にTDCの「地図DB制作部」に所属するスタッフの手によって行われている。誰が編集し、誰がチェックしたかという履歴はすべてSiNDYで一元管理されており、作業の重複や漏れを防いでいる。
チェック項目は、航空写真から見た形状が正しく入力されているか、属性が正しいかといった内容に対してツールでチェックをかけるほか、目視でも確認する。ジャンル分けなど日本人にしか分からないものもあるので、そのような場合は上海で入力されたデータを修正する必要がある。
背景や家形をトレースするために参照するのは、航空写真のほか、国土地理院や自治体が刊行する地図、都市計画図・建築図面などがある。日本全域をカバーしているような公式な背景・家形データというものは存在しないため、場所に応じてさまざまなソースをもとに背景・家形データを整備している。白紙の状態から地図データを作成するのは初回のみだが、日々変化する街の情報を、こうしたソースをもとに更新を加え、全国の地図データを最新の地図に仕上げている。
320ジャンルをカバーする「POI」データの制作
次に「POI」データについて見てみよう。POIとは「Point Of Interest」の略で、ユーザーが興味・関心のある地点情報、つまりカーナビなどで目的地として設定されるような施設の情報のことを意味する。iPCは、「タウンページ」のデータベースとは別に独自のPOIデータを約58万件保有しており、その対象ジャンルは交通機関、公共施設、文化施設、商業施設をはじめ約320ジャンルをカバーする。
整備の行程としては、情報収集部が得た情報をもとに地図DB制作部のスタッフが情報の追加・更新を行い、検証・検査を行った上でリリースする。整備項目としては、名称や読み、住所、電話番号、施設座標、詳細情報(営業時間、休業日、料金)などのほか、駐車場の出入口などルート探索用の「誘導ポイント」も含まれる。
特に駐車場の出入口については、現地調査画像などを参照して誘導ポイントを整備している。このようにピンポイントに出入口を探せるようにしておくことで、カーナビなどで目的地のすぐ近くまで確実に誘導することが可能となる。駐車場の出入口については、パイオニアから提供されるプローブ情報の解析で得られる情報もある。
iPCならではのPOI情報として、多言語地図が挙げられる。現在、日本語による注記のほかに英語、中国語、韓国語の注記も用意しており、表記だけでなく音声案内についても多言語で再生できるようにガイダンスデータを収録している。これらは将来、訪日外国人観光客向けレンタカーに搭載するカーナビ用として活用できる。
POIデータの整備については、コンビニエンスストアなどチェーン展開している店などの場合、企業から店の所在地のリストを提供してもらうこともあるが、位置情報については住所しか掲載されていない場合が多く、その場合はジオコーディングして緯度・経度座標を割り出さなければならない。もちろん、このようなデータが本当に正しいかどうかは、現地調査の画像や電話取材などによって裏を取っている。
情報収集から地図データ整備までの流れ:仙台市立病院移転の事例
それでは、背景や家形、POIの地図データの整備行程を、仙台市立病院の移転の例で見ていこう。
2)情報管理システムに登録
情報管理システム「SiNDY-i」に情報登録し、登録フォーマットに従って必要項目を記入する。ここで地図上に所定の地物位置がポイントされることにより、資料の情報と地図位置がリンクされる。
3)調査・取材
情報源で得た資料から、形状や名称(地図表記、場合により検索データまで)が明確になるまで調査を行う。調査は、公式な資料(該当地物の公式サイト、開示請求資料など)、航空写真、自社走行調査画像データなどから必要情報を取得するのとあわせて、当該施設へ電話調査も行い、同意を得て図面の提供を受けるなど情報収集を行う。オープンの日に合わせて編集すべきデータベースを決定する。
開通前の情報を事前に地図データ商品へ格納
整備する地図データの中には、完成するのが何年も先というケースもあり、iPCはそのような先行情報についても積極的に収集・調査を行い、地図データの整備を行っている。
例えば、前回も整備事例で取り上げた首都圏中央連絡自動車道(圏央道)・寒川北IC~海老名JCTの場合、SiNDY-iに初めて情報が登録されたのが2008年で、図面を入手したのは2012年だ。道路の図面は開通の1~2年前に入手できるケースが多く、入手した図面はスキャンして、地図編集画面上でずれないように位置合わせして保存される。この図面をもとに、供用開始時期やJCT・出入口名称などを問い合わせて確認する。この時、図面の更新の有無や、図面には掲載されていても実際には使われない出入口がないかといった情報についても確認をしている。
取材内容は調査結果としてSiNDY-iに記録され、地図整備部門に反映しなければならない内容を伝える。地図整備部門は調査結果に基づいて地図データの整備を行い、道路ネットワークデータもこの時に埋め込む。圏央道・寒川北IC~海老名JCTの場合、2014年11月上旬にデータ整備を行ったが、整備後も開通日が確定するまで追跡調査を行う。この路線の場合、2015年2月6日に「開通日時が2015年3月8日」と発表された。この時点で、整備データが道路管理者の発表内容と違いがないか最終確認を行う。
このようにして整備された地図データは、開通日まで提供されないかというと、実はそうではない。例えば2015年4月以降に発売されるカーナビ向け地図データ商品(DVDやSDなど)の中には、前年の2014年11月に情報更新を締め切るが、その後に開通する道路についても一応データとしては格納しておいて、開通してから、ユーザーがカーナビに携帯電話を接続して信号を送ったり、SDカードを入れたりすることによってデータが表示されるようにしている機種もある。これにより、多量のデータを更新することなく、簡単な作業で最新の地図が利用可能となるわけだ。もちろんこのほかにも定期的にデータを更新する方法も用意されている。このような開通前にデータを先取りして格納している件数は、全国で約30カ所あるという。新規開通だけでなく、廃道の場合にも同じような処理を行う場合もある。
SiNDYのデータベースに蓄積された地図データは、そのデータを直接、顧客企業に販売する場合もあれば、データ編集(オーサリング)を経た上で提供する場合もある。オーサリング後のデータは、カーナビやスマートフォンアプリ、地図サイト、パッケージ製品などさまざまなサービスへと提供している。例えば、ヤフーが提供するiOS/Android向け無料カーナビアプリ「Yahoo!カーナビ」でも道路データが使われているという。
もちろん、iPC自身が提供しているiOS向け地図・ナビアプリ「MapFan+」やAndroid向けの「MapFan 2014」に使われている地図データも、TDCが整備したものだ。
少し変わったプロダクトとしては、ウェブ地図API「MapFan API」で提供している「RPG風マップ」「古地図風マップ」というものがある。表示する地図のデザインをアレンジすることでRPG風・古地図風に見せているものだが、地図データじたいはTDCが整備した最新データであり、ルート探索機能なども備えている。
iPCの地図制作の現場を2回にわたって見てきたが、どの部署でも必ず目にしたのが、自動車視点で街並みを撮影した画像だ(この記事の中ほどにある「POIデータの制作スタッフ」の写真を参照)。スタッフが操作しているPCのディスプレイを見ると、編集ウィンドウの横に、そうした画像を表示するウインドウが並べられており、スタッフはそれを見ながら作業をしていた。
この時に使われる画像を提供しているのが、iPCの子会社であり、車両による走行調査を行っている「グローバル・サーベイ株式会社(GLC)」だ。次回は、この走行調査がどのように行われているか、埼玉県さいたま市にあるGLCからレポートする。