俺たちのIoT

第10回

自転車のIoT化がサイクルコンピューターと少し異なるところ

 前回は、筆者が所属するCerevoが開発したスノーボードバインディング「SNOW-1」をテーマに、スポーツをデータで可視化することの魅力についてご説明しました。今回も引き続き自社の製品ではありますが、自転車用デバイス「RIDE-1」を題材として、スポーツのIoT化によってデータを共有することのメリットについてお話しします。

「RIDE-1」

自転車を取り巻くさまざまな情報を取得・共有

 RIDE-1は、ロードバイクやクロスバイクといった自転車に装着し、走行データを記録できるデバイスです。9軸センサーを搭載し、BLEでスマートフォンと接続できるという点は前回のSNOW-1と共通ですが、RIDE-1はさらにGPSや温度センサー、気圧センサー、照度センサーなどさまざまなセンサーを搭載。また、フィットネスの分野で広く使われている無線方式である「ANT+」にも対応しており、他社製の心拍センサーやスピードセンサー、ケイデンス(ペダルの回転数)センサーで取得したデータを取り込むこともできます。

 とはいえ、前回紹介したSNOW-1に比べると、自転車の走行データを取得する製品は珍しいものではありません。というより、ロードバイクやクロスバイクでは走行スピードや走行距離などを測定する低価格なものから、カラー液晶を搭載して地図も表示できる高性能なものまで、“サイクルコンピューター”というジャンルの製品が数多く存在しています。街乗りのクロスバイクはもちろん、本格派のロードバイクに乗っている人なら、何かしらサイクルコンピューターを持っている、といっても過言ではないでしょう。

 こうしたサイクルコンピューターと比べてRIDE-1が異なるのは、自転車のスピードや走行ルートといった自転車そのもののデータはもちろんのこと、自転車を取り巻くさまざまな情報を取得し、それをインターネットで共有するという点に重きを置いているところにあります。

スポーツIoTデータの活用は技術上達だけにあらず

 前回紹介したSNOW-1は、人によって感覚的に捉えていたスポーツのデータを可視化することで共有できることにありました。RIDE-1も同様にデータの可視化が可能ですが、それをクラウドで共有することで、スポーツの上達とは別の形で取得したデータを活用することができます。

 その1つの例が、RIDE-1が搭載するグループ機能です。複数のRIDE-1を持っている場合に限られますが、友達同士でRIDE-1をグループ登録しておき、自転車で走行中にスマートフォンの回線を利用してデータを共有することで、仲間の走行位置や走行状況などをスマートフォンで確認することができます。

 自転車が趣味の方であればお分かりと思いますが、ロードバイクやクロスバイクでのサイクリングは非常にスピードが出ることもあり、仲間とサイクリングしていると信号のタイミングで離ればなれになってしまったり、前方がスピードを出しすぎたために気が付くと後続が見えなくなっている、ということも多々あります。そのため複数人でのサイクリングはこまめに後ろの様子を確認しながら走る、という配慮が必要ですが、車のようにバックミラーを標準で備えているわけではない自転車の場合、こまめな後方確認は慣れるまでなかなか大変なものだったりします。

 位置の確認を目視ではなくデバイスに任せると、こうしたこまめな確認をせず、スマートフォンから仲間の位置を手軽にチェックできるようになります。気が付くと後続がいないけれど、地図上で確認すると少し離れたところを走っているので安心して先に進む、もしくはコンビニで待つといった判断も気軽にできるようになります。

 位置情報を共有することはスマートフォンのアプリだけでも実現できますが、第3回でも紹介した通り、スマートフォンで当たり前にできることをハードウェアで実現することもIoTのメリットです。スマートフォンの場合、アプリを自分で操作する必要がありますし、バッテリーの面でも長時間使い続けるのは負担ですが、専用デバイスは事前の設定は必要なものの、本体を取り付けてておくだけで居場所を共有できますし、スマートフォン単体よりも長時間使うことができます。

 厳密に言えば、RIDE-1ではスマートフォンの回線を利用するためスマートフォンのバッテリーも消費するのですが、スマートフォンのみで通信するよりも消費は抑えることができます。また、こうしたデバイスそのものに通信回線を搭載して直接通信を行う、スマートフォンのバッテリー消費を更に抑えることができるでしょう。

道路状況のデータを蓄積、自転車向け地図データの作成も

 さらに、センサーで取得したデータをクラウドで収集することで、走行データの確認や前述のような仲間との機能とは違った、新たな使い方も可能になります。

 9軸センサーを搭載したRIDE-1は、自転車が地面に対して垂直なのか、それとも斜めなのかといった自転車の姿勢をデータとして取得することができます。また、同様に9軸センサーの動きをデータとして取得することで、自転車の揺れもデータとして取得することができます。

 自転車を運転している本人には当たり前に思える自転車の動きも、データとして取得すると違った活用方法が生まれます。例えば自転車の傾きが地面に対して著しく水平に近づき、さらに大きく揺れたというデータが取得できた場合、「走行中に転んだ」という状況をデータから分析することができます。前述のグループ機能を使えば落車の状況を仲間に知らせることができ、万が一大きな怪我をして本人が連絡を取れない……という危険な状況でも、仲間が察知して助けることも可能になるでしょう。こうした機能はRIDE-1でも今後対応を予定している機能の1つです。

 さらには、走行している道路のデータを取得する、という使い方もできます。例えば同じ道でも、きちんと舗装された道と、工事中で砂利の多い道では走行中の振動が大きく、結果として走行データは全く違ったものになります。または、真っ直ぐ走っている時間が長いか、蛇行する時間が多いかを見ることで、障害物の多い道路を特定する、ということもできるでしょう。

 こうしたデータをクラウドで収集・分析することで、自転車にとって走りやすいルート、距離は同じだけれど走行時間が短いルート、といった自転車向けの地図データを作ることができます。さらには急ブレーキが多い地点、転倒が発生しやすい地点を自動で検出して、「自転車走行中の危険箇所」を特定する、なんていう活用方法も可能です。

 こうした試みはすでに自動車の世界では行われており、パイオニアのカーナビ「カロッツェリア」も自動車の走行データを用いて道路交通情報を提供する「プローブ交通情報」の仕組みを使った「スマートループ」という機能を提供していますし、Googleのカーナビも、アプリ利用者のデータを収集することで渋滞データなどの予測に役立てています。

 自転車や自動車以外の乗り物でも、同様の仕組みは実現できますし、さらには乗り物ではなく人間そのもののデータを役立てる、ということもできます。フィギュアスケートの技は難易度が高ければ高いほど目視での判断はスキルが要求されますが、センサーで回転を検出すれば自動的に点数を検出できるようになるかもしれません。また、センサーを体の不自由な方や高齢者に装着しておけば、知らないところで転倒したり、倒れたままになってしまった、という不測の事態を検知し、すぐに助けに向かう、という介護の仕組みで利用することもできるでしょう。

スポーツのIoT化によってデータを取得・共有することの可能性

 センサーで取得したデータを共有することの可能性が少しずつお分かりいただけたでしょうか。前述の通り、こうした技術は自転車や乗り物に限らずさまざまなシーンで活用することができます。ただ単に装着する、身に付けるだけで本人は意識していないデータを収集・共有することで、いままでにない使い方が可能になります。日常で使っている当たり前のものも、センサーで情報を集めたら何かできるのではないか、そんなことを頭の体操的に考えてみるのも面白いのではないでしょうか。

甲斐 祐樹

Impress Watch記者からフリーランスを経て現在はハードウェアスタートアップの株式会社Cerevoに勤務。広報・マーケティングを担当する傍ら、フリーランスライターとしても活動中。個人ブログは「カイ士伝」