清水理史の「イニシャルB」

最近のNASはビジネスチャットも使えちゃうんです ほぼSlackなSynology「Chat」アプリ

 Synologyから、同社製NAS向けのベータ版アプリ「Chat」の提供が開始された。Googleライクなカレンダーにも、Officeライクなオフィスアプリ(ドキュメントとスプレッドシート)にも驚かされたが、まさかSlackという選択があるとは思わなかった。その貪欲さにはただただ脱帽だ。

怒られないかが心配

 違うのは本家が対応しない日本語で使えることと、投稿の表現力がシンプルなこと、外部サービスとの連携が弱いことくらい。

 UIも似ているし、機能名もほぼ同じ。さらに、Slackと同様にインテグレーション機能も利用できる……。

SynologyのNAS向けにベータ版の提供が開始された「Chat」アプリ。Slackライクなビジネスチャットアプリとなっている
本家Slack。左側のメニューや機能名などがほぼ同じ感覚で利用できる

 なんたって、画面上の「知らせる」と翻訳された機能が何のことかよくわからず、Slackの画面を見て「たぶん、mentionのことだろうなぁ、やっぱりそうか!」と理解したくらいだし、不慣れだった「マイスペース」の使い方に至ってはSlackの解説ページを見て納得したほど。

 よくわからなければSlackのヘルプでも、Webでも見ればいいというのは、何とも複雑な気分だが、スマートフォン向けのアプリも含め、よくここまで作りこんだものだと感心させられる。

 Slackライクなオープンソースアプリはいくつか存在するので、まあその1つと考えればいいだけだが、あまり大々的に宣伝すると、本家から怒られるんじゃないかと少し心配になる。

 SynologyのNAS向けに新たに提供が開始された「Chat」は、ほぼSlackなチャットアプリだ。現在は評価目的のベータとして提供されているが、パッケージセンターからダウンロード可能になっており(ベータの許可が必要)、機能的にもほぼ完成している。

 同様に、SynologyのNAS向けのパッケージには、現状、カレンダーやオフィスアプリがベータ版として提供されているが、メジャーなクラウドサービスをどんどん飲み込もうとしている様は、なんだかもう、この製品をNASと呼んでいいのかどうかに迷ってしまうほどだ。

ベータ版のカレンダーアプリ。これとチャットがあればグループウェアなしでも社内コミュニケーションが可能
ドキュメントとスプレッドシートに対応したオフィスアプリ(ベータ)。Chatと連携も可能
ベータ版アプリはパッケージセンターでベータを許可するとダウンロード可能

メールの代わりにチャットを

 というわけで、「Chat」アプリを実際に使ってみたが、その完成度はなかなか悪くない。

 最近では、社内のコミュニケーションツールとしてチャットを活用する例も少なくないが、SynologyのChatは、これをNAS上で実現するアプリだ。自社専用のサービスとしてローカルで利用できるうえ、(現状のベータ版は)ユーザー数の制限や容量の制限にとらわれることなく利用できる。

 メールと異なり、リアルタイムにコミュニケーションができることから素早い意思決定に役立つうえ、特定の話題やプロジェクトごとの「チャンネル」を利用することで、複数人での打ち合わせのように利用することもできる。

Webベースのチャットアプリ。メンバーでリアルタイムに会話をしたり、ファイルを投稿することが可能。チャンネルを使って特定の話題やメンバーで打ち合わせも可能

 イメージとしてはLINEなどの個人向けのチャットを思い浮かべてもらうと手っ取り早いが、フロー一辺倒ではなく、ビジネスに必要なストック的な情報にも対応できる点が特徴だ。たとえば、過去の会話をブックマークとして保存しておくことができたり、会話を「投稿」として保存したり、投稿されたファイルやURLだけを一覧表示したり、検索機能を使って会話やファイルを探すことなどができる。

 メールにしろ、個人向けのチャットにしろ、「あの話ってどうなってたんだっけ?」「あのファイルどこにいったっけ?」ということがよくあるが、こういったシーンでブックマークや投稿への保存、一覧表示や検索などの機能を使うと、そのときの前後の会話も含め、サッと過去の情報にたどり着くことができるのは非常に便利だ。

 ある会話の中で、そこに参加していない第三者を「@ユーザー名」のメンションで指定して呼び出せるというのも、ビジネスシーンでは重宝する。メンション指定されたユーザーがスマートフォンにアプリをインストールしていれば、プッシュで通知が届くので、簡単な確認程度であれば、画面上のチャットの中で完結させることができる。

メッセージやファイルを検索可能
重要なメッセージをブックマークとして保存したり、自分宛のメンションのみを抽出することも可能

 投稿した写真がサムネイル表示されるのもわかりやすいし、写真にコメントを追加しておくことで検索しやすくできるの便利だ。投稿に対して、絵文字ベースの反応(いわゆる「いいね!」的なもの)を追加できるのも手軽だ。

 もちろん、「#」でハッシュタグを指定して情報を分類することもできるので、チャンネルとは別に、会話をまたがった横断的な情報検索にも活用できる。

投稿にアイコンで反応を返すことも可能。ハッシュタグなども設定できる

 このほか、一般的なチャットアプリと異なるSlack的な特徴としては、「マイ スペース」の存在がある。

 簡単に説明すると、下書きやメモなどを保管しておくための自分専用のスペースだ。ここに書き込んだ情報、投稿したファイルは、ほかのユーザーに公開されず、自分しか閲覧することができない。

 相手の問いかけにどう答えようか、いろいろ書き直しているうちに間違って投稿してしまった……、なんてことはビジネスシーンでは、とても笑い話にならない場合もある。そんなときに備えて、マイスペース上でアイデアを練ることができる。

 もちろん、気に名なった情報のURLを投稿したり、思いついたアイデアを書き留めておくという使い方もできる。TwitterやFacebookをアイデアツールとして使うと、周りにうるさがられる可能性があるが、こちらは完全に自分専用の領域だ。

マイスペースをメモや下書き用に使うことも可能

 Slackに比べて弱いの表現力の部分だろうか。メッセージに「*強調*」のようなMarkdownを利用することは可能だが、Slackのようにコードを入力したり、Postを利用して長めの文章やリストを投稿することはできない。

 一応、「投稿」で、文書の途中で改行するようなマルチラインのテキストを投稿することもできるが、Slackほどリッチなテキストは作成できない。

 Slackが開発者に支持されてきたことを考えると、現状のChatはあくまでも一般ユーザーのコミュニケーションツールという印象だ。

インテグレーションも可能

 Slackの魅力は、何といっても強力な外部連携機能にあり、外部サービスと連携させたり、サーバーやIoTの管理などに活用したりできるが、本家には遠く及ばないものの、Chatもその一端を備えている。

 具体的には、外部連携の核となる「Webhook」を利用できる。インテグレーション画面を表示すると、「着信Webhook」、「送信Webhook」(このあたりは無理に翻訳するとかえってわかりにくい…)を利用できる。

 Slackの場合であれば、アプリの一覧から選択して最低限の設定のみで外部連携が可能だが、さすがにそこまでの機能は備えていない。Webhookを利用して、チャットのデータを外部を送信。外部のコードで何か処理をさせてから、再び受信することなどができる。

 試しに、Slack向けに公開されていた勤怠管理(みやもとさん)を利用してみたが、ユーザー情報の取得がうまくできなかったものの、一応、稼働させることはできた(ユーザーがUndefinesになってしまうので実際に使うにはコードの変更が必要)。

 現状のままでは、ややハードルが高いが、自社のサーバー管理や機器管理などに活用することもできそうだ。

送信、着信それぞれのWebhookを利用可能。外部サービスへのデータ送信や外部からの受信が可能
勤怠管理の「みやもとさん」を導入してみた。「おはようございます」と入力すると、GoogleDrive上のシートに出勤時間として自動的に日時が記録される。とりあえず動作したが、ユーザー名をうまく取得できていない。コードをChatアプリ向けに変更する必要がありそう

いいぞもっとやれ!

 以上、SynologyのNAS向けに提供が開始された「Chat」アプリを実際に使ってみたが、本家に比べると、若干、機能的に物足りないうえ、Slackが支持されている理由の1つでもある開発者向けの機能がまだ発展途上であるものの、コミュニケーションツールとしては実用に耐えうる製品と言えそうだ。

 企業によっては、コンシューマー向けのLINEやFacebook Messengerなどを業務に活用している場合もあるかもしれないが、扱う情報を考えると閉じた環境で使えるChatに移行するメリットはありそうだ。

 Slackのデータをインポートする機能も搭載しているので、機能的に劣る部分を承知して使えるのであれば、Slackからの移行も可能となっている。

 1つ気になるのはNASを利用するような中小環境のユーザー層が、果たしてSlack的な機能にどこまで興味を示すかという点だ。単純なファイルサーバーを求めるユーザー層には、だいぶ敷居が高いかもしれない。こういった層に必要なのは機能的なメリットというより、日常業務の中で、その機能をどこで利用し、具体的にどのように役立つのかというストーリーだ。NASに限らず、海外製の製品は全体的にこういったストーリー性に欠ける。

 Synologyとしては、同じ中小でも開発やWeb系にセグメンテーションされた環境をターゲットにしているのかもしれないが、Webサービスや開発系のユーザーから見ると、日々進化を続けるクラウド上のサービスと比べると物足りなさを感じるかもしれない。

 こういったあたりが、実際の利用者にどのように受け入れられるのかが興味深いところだが、個人的には、開発者が興味のある機能や面白いと思った機能をガンガン載せてくるSynologyの姿勢は嫌いじゃない。というか、市場の反応など気にせず、我が道を進んでいく同社の姿をもっと見たいところだ。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できる Windows 10 活用編」ほか多数の著書がある。