第418回:AirPlayに対応した「Apple TV」を試す
アップルが一足先に実現した3スクリーン+クラウド


 11月23日、アップルが発売しているApple TV、およびiPhone/iPod Touch/iPad向けのアップデートが行われ、iPhoneなどに保存されている音楽や動画、写真をApple TVへとストリーム配信できる「AirPlay」が利用可能となった。いわばアップル流の「3スクリーン+クラウド」だ。その使い心地を実際に試してみた。

Apple TV+iPhone/iPad+PC+iTunes Storeの組み合わせで3スクリーン+クラウドを実現している

アップル流「3スクリーン+ウラウド」

 ここ数年、ホームネットワークやAVネットワークの分野を追っかけてきた筆者としては、今回登場したApple TVとAirPlayの組み合わせは「ちょっとズルい」と溜息を漏らしたくなる。

 なぜなら、いわゆる「3スクリーン+クラウド」という、PCメーカーや携帯電話メーカー、家電メーカーなどが苦労を重ねながら、今現在も目指している最中の相互連携の世界を、「閉じた世界」という限定された形ながら、一足先にユーザーに対して見せることに成功しているからだ。

 「閉じた世界なら……」とは思いつつも、現実に、この分野で先んじられてしまったことに対して、うらやましくも、くやしい思いをしている関係者も少なくないのではないだろうか。

 そもそも、この「3スクリーン+クラウド」というキーワードは、マイクロソフトの次世代戦略としてよく耳にする言葉だ。PC、携帯電話、家電(テレビ)というデジタルデバイスに加え、インターネット上のクラウドサービスを連携させることで、ユーザに新しい価値を提案する世界だ。

 もちろん、マイクロソフトが目指す世界は、エンタープライズの要素も取り込んだ広義の「3スクリーン+クラウド」であり、今回のアップルのソリューションは家庭内の映像、音楽配信という狭義の「3スクリーン+クラウド」と言えるが、PC+携帯電話+家電(テレビ)+クラウドという図式を、PC(iTunesクライアントソフト)+iPhone+Apple TV+iTunes Storeという現在のアップルの製品ラインナップで実現していることは事実だ。

 しかも、Apple TVの価格はわずか8800円。つまり、アップル流の「3スクリーン+クラウド」が、誰にでも手軽に手が届く形で、ここに実現されたというわけだ。

わかりやすくてわかりにくい

 では、実際に何ができるのかを見ていこう。

 Apple TV自体は、非常にシンプルな製品だ。手のひらサイズと言って良いコンパクトなSTBとなっており、同社ならではの曲線と平面を組み合わせたキレイな製品となっている。金属の質感が新鮮なリモコンも付属しており、「人目につくこと」を強く意識したデザインとなっている。

 正直、家庭で使うもののデザインに、こんなに凝らなくてもいいのではないか? と思えなくもないが、手元にあるブロードバンド映像配信サービスのSTBやネットワークメディアプレーヤーなどと見比べると、やはりApple TVの見栄えの良さに感心する。

 それでも、既存のSTBやネットワークメディアプレーヤーの操作性や使いやすさが優れていれば、外見より中身、さすが一日の長、などとも言えるのだが、残念ながら、そうとも言えないのも、ちょっと悔しい。

Apple TV。本体とリモコン、電源ケーブルが同梱される。本体もシンプルだが、取扱説明書も相変わらずシンプル付属のリモコン。ちょっと細すぎて操作しにくいのと、独特の金属の質感は好みが分かれるところ
平面と四隅のラウンドで構成されたシンプルなデザイン。背面にHDMI、USB、光オーディオ、LAN端子を搭載

 では、Apple TVがそれほどスバラシイものなのか? と言われると、これは良くも悪くもアップルらしい、と評するしかない。端的に言えば、こんなに「わかりやすくて、わかりにくい」製品はほかに見たことがない。

 たとえば、セットアップだが、Apple TVは、電源とHDMIをつなげばすぐに利用できる。特に有線LANなら、つなぐだけで即座に利用できる。こういう手軽さは評価できる。

 しかしながら、せっかくIEEE802.11n/a/b/g準拠の無線LANが搭載されているのに、その設定はいまだに手動だ。「AOSS」や「らくらく無線スタート」とは言わないが、WPSという汎用的な方式が登場して久しいのに、かたくなにこういった方式を採用しない。

 おそらく、Apple TVで、初心者層のユーザーがもっとも戸惑う設定は無線LANだ。ほかの設定は非常に簡単なのに、こういうピンポイントで設定に戸惑うような部分が残っているのは、きわめてアップル的だ。

起動して言語を選択するだけ。有線ならセットアップに数分もかからない他のアップル製品もそうだが、無線LANの設定は、かたくななまでに手動。ここは初心者にやさしくない

 また、そもそも何ができるのか? というのもわかりにくい。もちろん、単体で使うだけなら、さほど複雑ではない。iTunes Storeに接続し、先日国内での配信が開始された映画をレンタル、購入したり、YoutubeやPodcastなどのインターネット上のサービスを利用することができる。

 同様の機能はネットワーク対応の家庭向けテレビなどにも実装されているが、操作性は別として、単体の機能としてはこれと同じと考えて良い。

 しかしながら、ここにPCと携帯端末がからんでくると、もう複雑でわけがわからなくなる。特に、国内で11月23日に実施されたiPhone/iPod touch/iPad向けの最新OS「iOS 4.2」、およびApple TVのアップデートによって、「AirPlay」がサポートされたことで、便利になった一方で、より使い方が複雑になってしまった。

 そこで、現状をまとめてみたのが以下の図だ。PCへの音楽CDのリッピングなど、一部省略している部分もあるが、3スクリーン+クラウドの構成において、コンテンツをどこから入手し、どこで再生できるのかが、これでイメージできるだろう。

どの機器でどんなコンテンツを再生できるのかを図式化。同じ色の矢印でコンテンツの流れを表現している

 注目してほしいのは、青色の矢印だ。Apple TVでは単体でiTunes Storeから映画などをレンタル/購入できるが、このコンテンツはローカルでしか再生できない。機器間での転送やストリーム再生をしたい場合は、PCのiTunes、およびiPhone/iPadなどから購入する必要があるので注意しよう。

 ちなみに、この関係をDLNAで例えてみると、Apple TVはDMP(プレーヤー)兼DMR(レンダラー)となり、それぞれ他の役割も兼ねるが、PCは主にDMS(サーバー)、iPhone/iPadは主にDMC(コントローラー)として利用することになる。

 そう考えると、個人的にはDLNAで良かったんじゃないかとも思えるのだが、そこは独自方式へのこだわりを見せるアップルらしいところだ。

Apple TVのトップ画面。ここから映画などを購入できるが、Apple TVから購入・レンタルしたコンテンツは、Apple TVでしか再生できないPC上のiTunesのコンテンツを再生することも可能。DLNAで言うところのDMPとしても利用できる

 DLNAとつながるの? 何が違うの? と何度も問われそうな家電量販店の店員さんが気の毒だが、閉じた世界というのも、決して悪いものではない。

 実際、現状のDLNAの状況も決してほめられたものではない。規格として統一されているにもかかわらず、相性によってつながる、つながらないという状況になったり、機器ごとにサポートする映像フォーマットの違いで、つながっても見たいコンテンツは再生できないなどという状況も珍しくない。

 結局、DLNAも汎用的な規格と言いながら、自社製品への囲い込みが進んでいるのだから、アップル製品同士でしか使えないが、その代わりに、相性やフォーマット、著作権保護機能などを意識することなく使えるApple TV+AirPlayというソリューションの方が、ユーザーにとってはありがたいのかもしれない。

プライベートコンテンツが配慮されたAirPlay

 このように、Apple TV+AirPlayによるコンテンツの共有は、クローズドながら、いやクローズドだからこその魅力を持ったソリューションと言える。

 実際の使用感に関しても、軽快なUIが非常に好印象で、他のSTBやテレビ内蔵の映像配信機能のUIでうんざりするリモコンの操作と画面上の動きのラグなども、まったく感じられない。

【動画(Flash、クリックで再生)】
操作の様子。リモートでの操作、iPadからの動画、Youtubeのリモート再生の様子

 現状は、配信されている映像の数が少ないことなどもあり、見たいコンテンツを探すのにも苦労はない。今後、コンテンツが増えてくれば、一覧性や検索性が課題になりそうではあるが、いわゆる「ぬるぬる」動く、このUIなら、ユーザーがストレスを感じることもないだろう。

 唯一、お粗末なのは、付属のリモコンで検索から日本語が入力できないことだが、iPhone/iPadの「Remote」を利用すれば問題ない。

 では、Apple TVを使うために、iPhoneやiPadが必須になるのか? と、若干、押しつけがましさを感じるところではあるが、実際、付属のリモコンでの操作よりも、iPhone/iPadの「Remote」による操作の方が、なにかと便利だ。

リモコンからは日本語が入力できないが、iPhone/iPadを利用すれば日本語での検索などもできる

 画面上のメニュー選択などは、慣れないと動きが速すぎて操作しにくい場合もあるが、スライダーバーを操作することで再生位置を素早く選択できたり、音量なども簡単に調整できる。また、AirPlayを組み合わせることで、iPhone/iPad上の音楽や画像、映像をApple TVで再生することも可能だ。

 iTunes Storeから購入した映画などはもちろんだが、iPhone/iPad上で再生中のYoutubeの映像をApple TVに配信することもできるなど、なかなか面白い機能となっている。

 ここで1つ感心したのは、AirPlayは、あくまでもコンテンツを所有している人が自分の意志で他の機器での再生を許可するプッシュ配信の技術となっている点だ。

 以前、本コラムで紹介したTwonky MediaのTwonky Beamもそうだが、スマートフォンのようなプライベートなデータが保存されている端末をメディアサーバーとして動作させると、見られたくないデータが不用意に公開される可能性があるため好ましくない。

 しかし、AirPlayでは、端末上で再生しているコンテンツだけを、まさにTwonkyが名付けたビームのように、Apple TVへと転送することができる。

 このため、家族が集まったリビングで、見せたい写真、見せたい動画だけを再生して、みんなで楽しむといった使い方も可能だ。こういった実際の利用シーンを想定して機能を実装しているあたりは、さすがと感心するところだ。

要不要がハッキリ分かれる製品

 以上、AirPlayに対応したApple TVを実際に使ってみたが、これは評価が分かれる製品と言えそうだ。

 iPhone/iPad、iTunesと、Apple製品を日常的に使っているのであれば、たった8800円で、これらの世界にスクリーンが1つ追加されるのだから、お買い得であることは間違いない。しかし、そうでなければ、つまりWindowsやAndoroidが生活の中心にあるのであれば、単体で映画を購入、レンタルできるだけでは、あまり魅力を感じない製品かもしれない。

 このため、今後、Apple TVが普及するかどうか、そしてホームネットワークやコンテンツ配信の世界での標準としての地位を獲得できるかどうかは、サービスの充実が鍵をにぎると言えそうだ。

 個人的には、使った見た印象としては悪くないが、前述したように未だに無線LANの設定が手動である点、PC上のコンテンツを再生するためにiTunesを起動させておかなければならない点が、若干気になった。

 前者はもはや期待できそうにもないが、後者はサードパーティの対応に期待したいところだ。たとえば、現状、NAS製品やホームサーバー製品には、iTunesサーバー機能が搭載されているが、これが将来的に動画などにも対応してくれるようになると、購入した映画などを大容量のNASに保存して、さまざまな端末で見るといったことも可能になりそうだ。

 また、NASやホームサーバーが、DLNAとAirPlayの橋渡しをしたり、映像フォーマットの変換やトランスコードを自動的にしてくれれば、アップル製品とPCや家電の連携も実現できる可能性がある。こういった対応がなされるようになれば、ホームネットワークがより面白くなるはずだ。


関連情報


2010/11/30 06:00


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。