「U-NEXT」に聞く映像配信サービスの現状と今後
~スマホ対応の拡大、対競合サービス戦略は


 5月24日、U-NEXTは、同社の映像配信サービス「U-NEXT」のPC向け配信を開始した。これまで家庭用テレビの一部機種でのみ提供していた同社のサービスをPCからも利用可能にしたことになる。海外からの競合の登場や激化するスマートフォン向けサービスとの競争について、株式会社U-NEXT 代表取締役社長宇野康秀氏に話を聞いた。


混沌としてきた映像配信サービス業界

 「はて、さて、一体、どのサービスを選ぶべきか?」。

 次から次へと新たな映像配信サービスが登場しつつある現在、数あるサービスの中から、お得で、好みに合った映像配信サービスを選ぶことは、なかなか難しい状況になりつつある。

 海外から新たな事業者が参入してきたかと思えば、携帯電話事業者がスマートフォン向けの映像配信サービスを新たに開始したり、STBを利用した家庭用テレビ向けのサービスを中心に展開してきた事業者がそのプラットフォームをPCやスマートフォンにまで広げつつある。

 これまでの映像配信サービスは、利用するインフラや提供先の機器(プラットフォーム)の違いによって、それぞれの企業ごとに、何となく棲み分けができていたうえ、我々消費者も現在利用しているインフラや機器などから半ば自動的にサービスを選んできたが、この図式はすっかり様変わりしつつある印象だ。

 もちろん、選択肢が増えたり、コストが下がることは一ユーザーとして歓迎したいところだが、冒頭で触れたようにどのサービスを選べば良いのかが逆に迷う結果となってしまっているのが残念なうえ、サービスを提供する事業者側にとっても、競争の激化によって、コンテンツの充実や新たなサービスの投入、コストダウンを迫られている状況だ。


これまでにない利用シーンの提案

株式会社U-NEXT 代表取締役社長宇野康秀氏

 そんな中、U-NEXTが従来のテレビ向けのサービスに加えて、5月24日からPC向けのサービスを開始、さらに今年の夏を目処にスマートフォン、タブレット向けのサービスの開始予定を発表した。このようなサービスを今のタイミングで投入した意図はどこにあるのだろうか?

 株式会社U-NEXT 代表取締役社長 宇野康秀氏によると、「弊社はこれまでテレビ向けのサービスを中心に展開してきましたが、もともと複数の端末にサービスを提供するマルチプラットフォームという構想を持っていました。そのための開発を進めてきた結果、今回PC向けのサービスを開始し、この夏からスマートフォンやタブレット向けのサービスを展開することができるようになりました」と語り、その意図として大きく2つの理由を挙げた。

 「プラットフォームを拡大した意図の1つは、利用者の利便性を向上させることにあります。たとえば、家族で映像を楽しむにはテレビが適していますが、プライベートで映画やドラマなどを楽しむのであればPCやスマートフォンといったデバイスが適しています。また、視聴する場所も縛られませんし、それぞれの機器を連携させてテレビの続きをスマートフォンで見るといったように使い方を拡張していくこともできます(宇野氏)」という。

 ユーザーにとって、マルチプラットフォームのメリットは、個人が複数のデバイスでサービスを利用できること(つまり場所を選ばないこと)と、家族など複数の人がそれぞれ個別のデバイスで1つのサービスを利用できること(同じく人を選ばないこと)にあるが、同社はこの2点を考慮してプラットフォームの拡大を目指したことになる。

 個人的には、家族で使うというのであれば、契約アカウントに加えて、家族それぞれに個別にアカウントを発行可能にし、それぞれマイリストや視聴履歴などを自分自身で管理できるようにするなど、もう一歩工夫がほしいと感じるところではあるが、実際の機能の過不足は別として、マルチユーザー的な利用方法が想定されていることは高く評価したいところだ。

 実際、他の事業者では利用端末ごとに課金されるなど、ユーザーのニーズとマッチしていないサービスも少なからず存在する。Huluの登場で、1アカウントで複数端末という考え方も定着しつつあるが、U-NEXTも、今の時代にマッチした考え方のサービスと言って良さそうだ。


U-NEXTトップページ
http://unext.jp/
1つのIDで、パソコン、テレビに対応。今後スマートフォン、タブレットに対応し、4つのデバイスでの視聴が可能に

 続いてプラットフォーム拡大のもう1つの意図について考えてみよう。宇野氏によると、「もう1つの意図は、チャネルを増やすことです。これまでのテレビを中心としたサービスの場合、対応テレビを使っていて、そのテレビをネットワークにつないでいないと利用できませんでしたが、PCであればネットにつながっている可能性が高いうえ、ウェブブラウザー経由でどの機種からも利用できます」とのことだ。

 これは、同社にとって、加入者を増やすための入り口を増やせるというメリットがあるのはもちろんだが、どちらかというと、ユーザーにとって、サービスを使うための敷居を低くしたいという意味だろう。

 前に触れたように、今までの国内の映像配信サービスは、インフラやハードウェアとセットで提供するという色合いが強かった。このため、サービスを使いたいと思っても、その前にインフラやハードウェアを導入しなければならないといったハードルがいくつも存在した。これの問題をマルチプラットフォーム化によって避けられるようにしたというわけだ。

 オープンなマルチプラットフォームのサービスという意味では、Huluが現状先行していると言って良いが、これに劣らぬ積極的な展開と言って良いだろう。


ライバルとの違いはどこにあるのか?

 とはいえ、同様のマルチプラットフォーム化は、他の映像配信事業者でも積極的に展開されている。

 たとえば、NTTぷららは、専用アプリの利用ながらPC向けのサービスを展開しているうえ、2011年8月からはひかりTVのスマートフォン向けサービスもすでに展開している。また、auが同社のスマートフォン向けにサービスを開始した「ビデオパス」も、先日、PC向けのサービスの提供を開始した。

動画配信サービスの“黒船”、米国で生まれた見放題サービス「Hulu」6月1日から、従来のスマートフォンに加えPC向け配信も開始した、auの「Video Pass」NTTぷららの「ひかりTV」。「ひかりTVリンク」ホームサーバー機能なども提供する

 こういったマルチプラットフォーム化が進む中で、U-NEXTは、他の事業者との違いをどのような点で打ち出しているのだろうか?

 この点について、宇野氏はコンテンツ面での優位性を挙げる。「最終的にお客様が選ぶのは、観たいコンテンツがあるかどうかになります。そのために、コンテンツの数はもちろんのこと、広い範囲のコンテンツを、なるべく早いタイミングで提供できるように努力しています(宇野氏)」という。

 U-NEXTの配信コンテンツ数は2012年6月11日時点で5万8347本と、競合他社と比べて数が多いのが特長となる。単純に数が多いだけでなく、宇野氏が語るように、広い範囲のコンテンツが提供されているのも特長だ。映画、ドラマ、アニメ、バラエティ、テレビ番組など、ジャンルが多いのはもちろんだが、1980年代、1990年代の旧作や、趣味や教養コンテンツなどのニッチなコンテンツも揃っている。

 宇野氏は、このラインナップへのこだわりを「ロングテール」と表現していたが、店頭やレンタルショップなどでは棚に並ばないコンテンツが視聴できるのがネット配信の特長だ。実際、PC用サイトのトップページに並ぶ視聴ランキングを見ると、古いドラマやアニメが並んでいることに気がつく。

 宇野氏によると、「映像配信サービスというと最新作を見るのが一般的なように思えますが、実際の見方は、たまたま見つけた作品、見たいと思っていたけど見る機会がなかった作品を視聴する方が多い傾向にあります」とのことだ。確かに、こういった作品を視聴するという使い方を考えると、U-NEXTのラインナップは魅力的と言えるだろう。

 また、ジャンルという点では、アダルトコンテンツも提供され、しかもその視聴料金が標準の月額料金(1990円)に含まれているのも他の映像配信サービスとの大きな違いとなる。もちろん、U-NEXTのサービスでも新作などは有料のPPVとして提供されるが、映像配信事業者にとってドル箱とも言えるアダルトコンテンツが見放題対象のコンテンツとして提供されるのは、ある意味衝撃的だ。

 ちなみに、新作がPPVとして提供されるのは、映画やアニメなど、すべてのコンテンツに共通だ。このため、「見放題と言っても、結局、観たいコンテンツは有料ではないか……」と感じてしまう人もいるかもしれないが、この点については、先ほどの宇野氏の「なるべく早いタイミングで提供できるように努力している」という言葉が大きく関係する。

6月11日時点の総合ランキング。ランキング上位は必ずしも新作というわけではないジャンルの「その他」から、年齢確認ページを経てアダルトコンテンツ専用サイトに遷移する。見放題コンテンツにアダルトを含むサービスは珍しい

 当然だが、U-NEXTは、コンテンツホルダーから配信の権利を取得して作品を提供している。もしも「最新作はPPVとして配信したい」というコンテンツホルダーの要望があれば、それを無視することはできない。見放題プランでは、ユーザーが今見たいと思うコンテンツが視聴できない状況になるくらいなら、PPVであっても、なるべく早いタイミングで最新作を提供するという方針を採っているわけだ。

 基本的には、有料でも観たい最新作のみをPPVで楽しみ、急いで観なくてもいいコンテンツは見放題で提供されるようになるまで待って観るという使い方をすると良さそうだ。


注目のスマートフォン/タブレット対応

 続いて、夏に対応が予定されているスマートフォン/タブレット向けの機能について聞いてみた。

 現状、他の事業者のサービスは、スマートフォン向けといっても対応機種が限られている場合がある。これはバージョンや機種ごとの違いをチェックして、動作するかどうかを検証するのに時間や手間がかかるためだ。

 このため、U-NEXTでも同様のことが考えられるのではないかと質問したところ、もちろん例外的に対応できない機種もあるかもしれないが、基本的にiPhone/iPadはiOS4以降、Androidでは2.3以降の機種で対応可能のことであった。

 なお、スマートフォン向けのサービスについては、AV Watchのこちらの記事(http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120516_533360.html)にも掲載されているが、パケットビデオのTwonky Beamの技術を利用されることになっている。このため、Twonky Beamが動作すればU-NEXTのサービスも使えると考えても差し支えないだろう。

 具体的な機能については、本リリース後に詳細が明らかになるが、スマートフォンでの映像再生に加え、映像をDLNA対応のテレビに転送して表示したり、PCとスマートフォンの間でのマイリストの共有などの機能が予定されているとのことだ。そういった意味では、やはりスマートフォン、タブレット向けの機能が登場してからが、U-NEXTの本番になりそうだ。

 このほか、同社ならではの特長として、宇野氏はポイント制度を挙げた。同社のサービスでは月額1990円の「ビデオ見放題プラン」に加え、見放題プランとカラオケサービスがセットでさらに毎月繰り越せる630ptのPPV用ポイントが付属する2980円の「新バリュープラン」が存在する。これにより、ポイント内での利用に限られるものの、ユーザーは余計な費用負担なしにPPV作品を楽しめることになる。

 宇野氏によると、「直接比較することはできませんが、このポイント制度のおかげで、PPVの有料コンテンツの購入率は他の事業者と比べてかなり高い値となっています」とのことだ。

 これは同社の売り上げに貢献するという意味だけでなく、コンテンツホルダーにとってもメリットがあることを意味する。有料のコンテンツを高い率で販売することができる配信事業者というのは、コンテンツホルダーにとって魅力的なプラットフォームであり、そこに新しいコンテンツを提供していくことにも積極的になれる。つまり、コンテンツがきちんと売れるから、優良なコンテンツを仕入れられ、最新のコンテンツをユーザーが楽しめるという良いエコシステムが成立していることになる。これはなかなか興味深い点だ。


競争が激化する中での存在感は十分にある

「各プラットフォーム対応はもちろん、ユーザーのレビュー機能などコンテンツ発見に役立つ機能も拡充したい」という宇野氏

 以上、U-NEXTが開始したPC向けサービスと、今後の展開について同社の宇野氏に話を伺ったが、今後、大きな存在感を示しそうなサービスであるという印象を受けた。

 正直、これまでの同社のサービスは、映像配信サービスを古くから知っている人には馴染みがあるものの、広く一般に知られるほどメジャーなものとは言えなかったが、今回からこの夏にかけてのマルチプラットフォーム化が実現すれば、インフラやプラットフォームを問わず使える充実した映像配信サービスとして、十分に競合他社と渡り合っていくことができそうだ。

 また、宇野氏によると、今後、作品の評価や共有など、ソーシャルサービスとの連携機能を充実させていくことなども想定していると言う。

 個人的には、GyaOの時代のように、独自コンテンツを制作するという方向性にも期待したかったが、「当時は広告モデルで、映像を提供しようにも、提供するコンテンツがなかなか入手できなかったために自分たちで映像を制作するしかありませんでした。将来的にはライブ配信なども含め、オリジナルのコンテンツを提供する方向性も否定するわけではありませんが、当面は今ある豊富なコンテンツを、さまざまなプラットフォームで提供することを目標にしていきます(宇野氏)」とのことで、今のところはオリジナルのコンテンツという方向性はなさそうだ。

 この点は少し残念だが、映像配信サービスとしての発展は十分に期待できそうなので、今後も、ぜひ面白い仕掛けをしていってほしいところだ。



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2012/6/12 06:00


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。