清水理史の「イニシャルB」

通信機器に新たな価値基準を持ち込んだASRock Gamingルーター「G10」開発の経緯を聞く

 自作ユーザーの間では、その製品の尖り具合から、しばしば「変態」と愛を込めて呼ばれることも多いASRock。そんな同社から、「ゲーマー」向けと称される無線LANルーター「G10」が発売された。その実力が気になるところだが、実際の製品レビューに先立って、同社に開発の経緯と製品の概要を聞いた。

無線LANルーター市場の戦国時代到来

 「ゲームに最適化された無線LANルーター」。

 ASRockから発売されたG10を説明するとすれば、確かに、そう表現するのが的確なのかもしれない。しかし、それだけで済ませてしまうのは実にもったいない――。

 ASRockが今年6月のCOMPUTEX TAIPEI 2015で初めて披露して大きな話題を集めたIEEE 802.11ac対応のGaming Router「G10」。

 その発売を数日後に控えた11月某日、同社の副社長であるJames Lee氏、G10のプロダクト・マネージャーであるKen Lee氏、マーケティングを担当するChris Lee氏の3名に、G10についての話を聞いたが、同社の新製品が単なるキワモノではなく、実に緻密な考えによって誕生し、ユーザーの使用環境やニーズを考えて細部までしっかりと作り込まれているあたりに、正直、驚かされた。

 これまで国内メーカーが主導権を握っていた日本の無線LANルーター市場は、ここ1~2年で、急激に混沌としてきた。これまで様子を見ていた海外メーカーが、続々と、しかもハイエンド向けの特徴的な製品を国内に投入するようになり、いつの間にか無視できないほどの存在感を示すようになってきたからだ。

 そんな海外勢に、また1つASRockという新たな勢力が、しかもこれまで以上に特徴的な製品をひっさげて参入しようというのだから、話が盛り上がらないわけがない。

 ニッチな市場で名を上げながら、いつの間にか大きな勢力になっていく様は、ちょっとした歴史絵巻を見せられるようで、見ているこちらとしては、いつもワクワクさせられる。

 果たして、今回のASRockが、どんな戦い方を見せてくれるのか、実に楽しみなところだ。

G10

「ゲーマー向け」そのココロは?

 そもそもマザーボードメーカーのASRockが、なぜ通信機器に手を出したのか?

 自作ユーザーならずとも気になるところだが、この点についてJames氏は次のように語った。

 「私たちはもともとマザーボードを開発してきたメーカーですが、そのマザーボード市場も最近ではいくつかのセグメントに製品が分かれるようになってきました。ゲーマー向け、オーバークロック向け、一体型の組み込み向けなど、現在ではさまざまなセグメントがあります。このうち、私たちASRockが特に注力してきたのがゲーマー向けですが、このセグメントのお客さまに、もっと何かができることはないか? と考えた結果、開発したのが今回のG10になります」。

 James氏は続ける。「かつてゲームというと、デスクトップPCでプレイすることが一般的でしたが、最近ではノートPCを使うことも多く、また、タブレットやスマートフォンなどプレイするデバイスも増えてきました。このようなデバイスでは、有線LANではなく、無線LANでネットワークに接続するのが一般的です。このため、ゲームを楽しむための性能や機能をきちんと備えた無線LANルーターを開発しようと考えたのがきっかけです」。

ASRock 副社長のJames Lee氏

 もちろん、既存の無線LANルーターでもゲームをプレイするという目的が達成できないわけではない。同社が目指すのは、ゲームを「快適に」プレイできる環境だ。これを踏まえ、同社では4つのポイントに注目してG10を開発したと言う。

 1つめはデザインだ。CONPUTEX TAIPEIでは赤だったカラーが製品版ではブラックになり、若干、落ち着いたイメージになった印象はあるが、それでも表面に施されたカット加工など、通信機器らしくないデザインを採用している。

 James氏は、このデザインを「Beauty&Beast(美女と野獣)」と例える。「これまでの無線LANルーターは、業務用の通信機器イメージがあり、あまり見た目は重要視されてきませんでした。しかし、ゲーマーのような先進的で、コダワリの強いユーザーは、無線LANルーターにも、見た目にカッコイイ、スタイリッシュなデザインを求めています。最近ではPS4やXBOX Oneなどのゲーム機の外観もスタイリッシュになってきました。それと同じようにG10もスタイリッシュなデザインを採用しています。中身がスゴイ(野獣)く、見た目も美しい(美女)というイメージです」。

 物語の「Beauty&Beast」を想像してしまうと、少々、意味合いが違ってしまうので、どちらかというと、「Beauty」でしかも「Beast」という、2つの要素が一体化している例えと判断するとしっくりくるだろう。

スタイリッシュなデザインを採用しているG10

 2つめは「Gaming Boost」という機能の搭載だ。「これまでの無線LANルーターにも、QoSによって通信を最適化する機能は搭載されていました。しかし、設定が難しく、ゲーマーの多くは、その機能を実際に活用する機会がほとんどありませんでした。そこで、通信内容を自動的に判断して通信を最適化する機能を搭載しました。車に例えれば、マニュアルで変速していたのをオートマチックに変速できるようにしたようなものです」(James氏)という。

 詳しくは後述するが、確かにQoSを手軽に、しかもゲーム向けに使えるようになるメリットは大きい。現状、リアルタイムの対戦ゲームなどでは、通信の品質がゲームそのものの品質に与える影響が大きい。この機能は、Gaming Routerの核とも言えるポイントだ。

 3つめは、最新の通信規格の採用だ。本製品は、IEEE 802.11acに対応した製品だが、その中でも、送受信とも4本のアンテナを採用した4ストリームMIMOの最大1733Mbpsに対応した製品となっている。

 James氏によると、「現状、ハイエンドの無線LANルーターの中にはAC3200(1300Mbps+1300Mbps+600Mbpsのトライバンド)に対応した製品もありますが、AC3200はSU-MIMO(シングルユーザーMIMO)にしか対応していません。これに対して、G10はMU-MIMO(マルチユーザーMIMO)に対応しているため、たくさんの機器を同時に接続できます」とのことだ。

 MU-MIMOは、MIMOの各ストリームを個別のクライアントに対して割り当てることで、複数クライアントの同時通信を実現する技術だ。SU-MIMOでは、同時接続ができないため、複数クライアントが存在する場合、非常に短いタイムスロットで通信を見たときに時分割となるが、MU-MIMOであれば複数同時通信が可能なため、時分割のようなタイムロスがない。通信の遅れがラグなどのゲームの品質につながるケースでは有効な機能だ。

 もちろん、MU-MIMOにはクライアント側の対応も必要になるため、今すぐゲーム機などで有効な機能ではないが、将来的にPCやタブレット端末などで使えるようになれば、ゲームでの活路が見えてくるだろう。

 最後のポイントは、サプライズの提供だ。「G10では、マザーボードなどにも搭載してきたM2Mの技術(詳しくは後述)をルーターに初めて搭載したほか、これはいわばデザートと言えますが、H2RというHDMIドングルとトラベルルーターを一体型したデバイスを、G10に収納できるようにしました。ASRock独自の機能にこだわり、それをサプライズとして搭載しています。とにかく、製品を通して、お客さまが何か楽しんでいただけることを、ASRockとしては常に考えて製品を開発しています」とJames氏は言う。

 キワモノ的な製品の場合、ついつい思いついたものをとにかく詰め込んだようなイメージ受けてしまうものだが、G10の場合、きちんと同社がターゲットとする顧客層が見えており、そのユーザーが求める機能をきちんと分析して、搭載しているというわけだ。意外にと言っては失礼だが、よく考えられて開発された製品だ。

苦労したポイントはM2MとH2R

 続いて、特徴的な数々の機能の詳細に迫っていこう。同社でG10の開発の中心となったKen氏は、G10の開発で苦労したポイントとしてM2Mの実装とH2Rの開発の2点を挙げた。

 「M2Mの技術は、ASRock Cloudと関連して、外出先からPCにアクセスできるようにするための技術です。これまで、PC(マザーボード)向けに提供してきた機能ですが、x86の技術をルータープラットフォーム向けに移植しなければならなかったので、その点で苦労しました」(Ken氏)という。

ASRockでG10のプロダクト・マネージャーを務めているKen Lee氏

 G10では、本体のUSB 3.0ポートにHDDやUSBメモリなどを装着することで、簡易的なNASとして利用することができる。LAN上のPCからアクセスすることはもちろんのこと、スマートフォン向けのアプリを利用して外出先からストレージにアクセスすることができるが、その際に、このM2Mの技術が利用される。

 「通常、外出先からLAN内のリソースにアクセスできるようにするには、IPアドレスを固定したり、ファイアウォールやポートフォワードの設定をしたり、ダイナミックDNSサービスを利用したりと、いろいろな設定が必要になります。しかし、G10のM2M技術を使えば、こういった面倒な設定をしなくても、モノとモノを接続することができます」とKen氏は語る。

 この技術を使うメリットは速度の点にもあると、同社でマーケティングを担当するChris氏は付け加えた。

 「同様に外出先からルーターやNASにアクセスする技術はありますが、ASRockのM2M技術は、クラウドサービスを経由することなく直接機器とG10を接続することができます。クラウドサービスで中継するサービスでは、ファイルの転送などで外部を経由することで速度が低下することがありますが、G10では、まさにM2M、P2Pでつながるので高速にファイルをやり取りできます」(Chris氏)とのことだ。

ASRock マーケティング担当のChris Lee氏

 一方、H2Rについては、何と言ってもハードウェアの開発に苦労したとKen氏は言う。「HDMIドングル+トラベルルーターという前例のない製品でしたので、その両方をサポートするチップセットがなかったことが最大の課題でした。そのため、チップセットの段階から自社で開発し、ようやく形にすることができました」と、Ken氏は開発の苦労を語った。

 このH2Rは、実にユニークな製品で、ユーザーのニーズをうまくとらえている製品だ。そのコンセプトをJames氏は、こう語った。

 「H2Rは、トラベルルーター+HDMIドングルという2つのコンセプトを一体化した世界初の製品です。トラベルルーターとして外出先でWi-Fiを使ったり、スマートフォンの画面をディスプレイやテレビに表示することでプレゼンに活用したりできます」。

HDMIドングルとトラベルルーターの機能を備えるH2R

 確かに、現状、出張などで両方の製品を持ち歩く場合があるが、それが手のひらサイズの1台のデバイスで実現するメリットは大きい。しかも、ルーターとHDMIドングルの機能は同時に使えるようになっているので、スマートフォンの画面を映しながら、PCを無線LANで接続して通信するというように同時に使うこともできるという。これは大きなメリットだ。

 「HDMIドングルとしても、MiracastとAirPlayの両方をサポートしているので、Android端末、iOS端末のどちらを利用している場合でも、これ1台で対応できます」(James氏)という。

 もともとG10自体、なんでもアリのてんこ盛り製品だが、その付属品の1つと言えるH2Rでさえ、ここまで機能が詰め込まれているあたりは、さすがの一言に尽きる。

ゲームの通信を自動的に分析する「Gaming Boost」

 続いて、ゲーマー向けという特徴の核となる「Gaming Boost」の機能について迫っていこう。

 Ken氏は、この機能について次のように説明した。「Gaming Boostは、先ほど申し上げた通り、QoS(Quality of Service)の機能です。G10を通してやり取りされる通信(パケット)を自動的にチェックして、ゲームの通信であることを判断すると、そのBandwidth(帯域)を上げたり、通信の優先度を高くしたりします。Qualcomm Atherosと共同で開発した技術となります」。

 Ken氏はもう少し具体的に説明してくれた。「例えば、ビデオ再生とゲームの通信が同時に発生したとしましょう。ビデオ再生は大容量の通信が必要なので、この通信には帯域を多く割り当てます。一方、ゲームは、(プレイ中は)さほど帯域は必要なく、むしろレスポンスが重要になります。このため、むしろ帯域は狭くして、優先度を上げて通信するようにします」という。

 ポイントは、これを何の設定もなしに、自動的にコントロールしてくれる点だ。ゲームのタイトルに関しても、各国の主要なタイトルに対応しており、新しいゲームが登場されてもクラウド経由で自動的にアップデートされて対応できるようになっている。

 最近では、ゲーム機の対戦などにモバイルルーターを使うケースもあり、そんな話を聞くと「むちゃな……」と思うこともある。やはり、帯域や遅延を考えると、高速なブロードバンド回線とG10のようなゲームに最適化されたルーターを組み合わせて利用することをおすすめしたいところだ。

 このほか、G10にはIoT時代を見据えたIRコントロール機能も搭載されており、スマートフォン向けの専用アプリからG10に搭載されたIRポートを制御し、照明やテレビ、エアコンなどをコントロールすることができる。各種リモコンも簡単に学習させることができるので、意外に重宝しそうだ。

自動再起動でルーターを安定動作させる「Self Healing」

 また、なぜ今までなかったのかと感心してしまう「Self Healing」という機能も搭載されている。

 「ルーターは、基本的に24時間常に稼働していますが、つけっぱなしで運用すると、PCと同じように、だんだん不安定になってくることがあります。もちろん、製品自体の信頼性には万全を期していますが、それでも一定期間でリセットすることで、安定性を向上させたり、製品そのものの寿命を延ばすことができます。このため、2週間に1回など、設定したスケジュールで自動的に再起動できるようにしました」とKen氏はSelf Healingの機能を紹介した。

 無線LANルーターが不安定になるので、定期的に電源をオン/オフしている、などという話は、実はよく聞く話だ。特定の機種の場合もあるが、個人的にも特に理由がなくても月に何度かはルーターの電源を入れ直すこともある。

 これを自動的に実行してくるというのは、運用の実情をよく理解しているということで、高く評価したいポイントだ。かゆいところに手が届くというか、細かな配慮もできるんだと感心させられところだ。

日本との連携も万全

 以上、新発売のGAMING ROUTER G10について、ASRockの担当者に話を聞いたが、自分たちが欲しいと思えるだけでなく、きちんとユーザーのニーズも考えて設計された製品であることに感心した。実際の評価は、機器をテストしてみないと何とも言えないが、かなり期待できる製品と言ってよさそうだ。

 「ゲーマー向け」と聞くと、もしかすると「自分には関係ない」と考えてしまいがちだが、ゲームは現状のアプリケーションやサービスの中で、もっとも通信に対してシビアな要求をするものと言える。それが快適に使えるということは、一般的な利用も快適ということにほかならない。

 実際、IoT向けの機能やSelf Healingなどの安定性を保つ工夫などは、本製品ならではの大きな魅力と言えるだろう。

 なお、海外製品にありがちな日本向け対応の不備に関しても心配はなさそうだ。国内代理店となるCFD販売株式会社 事業推進部 リテールマーケティンググループ グループリーダーの三宅康裕氏によると、「今回のG10は、少々、高額な製品ですが、ルーターとしての基本機能をすべて備えながら、IoT対応など実際の生活が豊かになる提案ができる実利のある製品に仕上がっています。国内での販売に当たって、事前にASRockとも協議を重ね、VPN機能で、PPTPに加え国内で需要が高いL2TPにも対応してもらいました。また、日本語のマニュアルについても、私どもで校正を重ね、かなり高いクオリティで仕上げることができました。彼らはG10でルーター市場に初参入しますが、代理店として日本の事情も積極的に伝え、一緒に市場を開拓するチャレンジをしているところです」と話す。

 また、ASRockの日本市場担当営業マネージャーとして日本側の対応を担当するKaren Lai氏の存在も大きい。日本に駐在し、日本のユー ザーの声をダイレクトに台湾本社に届けるなど、本社と日本の架け橋として、積極的に活動を進めている。

 何より、感心したのは、三宅氏もLai氏も、実際に自宅でG10を使うユーザーであるということだ。ユーザー自身が製品の販売を担当し、それをフィードバックしているのだから、その声が正確に本社に届くことは間違いない。経営層、開発陣、国内体制、そしてそれを支持するファンのユーザーと、人にも恵まれた製品と言えそうだ。

CFD販売株式会社 事業推進部 リテールマーケティンググループ グループリーダーの三宅康裕氏
ASRockの日本市場担当営業マネージャー、Karen Lai氏

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。