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10代のネット利用を追う

杉並区立和田中学校、携帯所持禁止条例の是非など授業で議論

“答え”のない体験型授業「よのなか科NEXT」


 東京都杉並区立和田中学校の「よのなか科」という授業をご存じだろうか。さまざまな分野の社会人の講義を聞いて世の中について学習する体験型授業で、東京都初の民間人校長・藤原和博氏が始めた。現在、同校の校長は2代目民間人校長の代田昭久氏に代替わりし、同授業も「よのなか科NEXT」としてバージョンアップしている。

 「よのなか科NEXT」の2学期の授業で、1〜3年生を対象に、携帯電話の情報リテラシーをテーマとした授業が行われた。学校裏サイト/ネットいじめ対策のネットパトロールサービスなどを手がける株式会社ガイアックスの蔵田三沙代氏がゲスト講師だ。

 現在、和田中学校の1年生では約半数が携帯電話を所持しているが、3年前に3割だったのに比べるとかなり増えている。代田校長は「携帯電話は諸刃の剣。便利さと危険性が隣り合わせ」と語る。今回は、同授業の様子をレポートするとともに、携帯電話リテラシーの授業を「よのなか科NEXT」に組み込んだ理由についても話を聞いた。

個人情報を気軽に載せる危険性、再現ビデオで考える

 1年生2クラス合同で行われた授業ではまず、講師の蔵田氏が「プロフ」とはプロフィールを紹介する自己紹介サイトのことであると説明した後、文部科学省の作成している「ちょっと待って、ケータイ」から、問題のあるプロフの使い方をしたことで起きた事件の再現ビデオを流した。

1年生の授業で使われたワークシート

 主人公ゆきはプロフに顔写真を載せており、見知らぬ男の子からの書き込みにレスをしてしまう。兄や母親に注意されるものの、相手に聞かれるままにメールアドレスまで交換する。さらにゆきは、「迎えに行くから試合の応援に来ないか」という誘いに乗り、その男の子に会いに行く。待ち合わせ場所に、その男の子の兄だという中年男性が迎えに来たところでビデオは終わる。

 生徒たちは、プロフや携帯電話の使い方を中心に、ゆきのとった行動の問題点を書き出していった。「顔写真を載せたり、メアド交換をしたこと」「知らない人とやりとりしたり、会ったこと」「『個人情報は載せるな』と兄に言われたのに、顔写真、名前、学年などを載せたこと」「勉強の最中や歩きながら携帯電話をいじっていたこと」などだ。

 次に、グループごとにゆきに対するアドバイスを考えた。「個人情報は出さない」「(知らない人と)メアド交換はしない」「知らない人と会わない」「家族の言うことを聞く」などが挙がった。蔵田氏は「必要以上の個人情報は載せないことが大事。知らない人に会わないようにと家族にアドバイスをもらっていたのに、相談もせず会いに行ってしまったことも問題」とまとめた。

悪気のない噂話から誹謗中傷に、スマイリーキクチさんの事例も

 「ネットは匿名だからと安易に書いてしまう傾向にある」と指摘する蔵田氏。過去に実際にあったトラブルとして、「○○中学校でかっこいい人、かわいい人は誰?」というトピックが立った例を紹介した。「△△君だよ」などと名前が出ること自体が個人情報であり、もともとは悪口を書くことが目的ではないのに、「いや、△△はきもい」「二股をしている」など悪口に発展してしまったという。悪気のない噂話が、思わぬ誹謗中傷につながる可能性があるというわけだ。

 蔵田氏は、悪口を書くことが名誉毀損罪や侮辱罪に該当したり、プライバシーの侵害として損害賠償請求を受ける可能性もあると注意を促した。

 さらに実際にあった事件として、タレントのスマイリーキクチさんのブログ炎上事件が紹介された。キクチさんのブログに「死ね」などの誹謗中傷の書き込みをした疑いで、2009年2月、17歳から45歳の男女18名が書類送検された事件だ。

 そこで、「実はキクチさんは教え子」という末吉雄二副校長が登場。末吉副校長が初めて教師になった時、キクチさんが生徒だったのだという。

 末吉副校長によると、卒業から十数年も経ったある日、キクチさんから「相談がある」という電話がかかってきた。キクチさんは副校長の自宅を訪れ、「自分は何もしていないのに『殺人犯』という噂が広がってしまい、夜も薬を飲まないと眠れない。自殺するかもしれない」と話したという。末吉副校長は「そんな思いまでさせた、そういった書き込みは許せない」と訴えた。

 書類送検された18名はいずれも容疑を認め、中には「まわりの書き込みを本当と思って書き込んだ。嘘だとしたら申し訳ない」と言っている者もいたという。これを受けて代田校長は、「口頭で死ねと言っても逮捕されないかもしれないが、ネットで誹謗中傷すると逮捕される可能性がある。刑法では14歳から逮捕の対象となり、中学生でも悪気なく書いた悪口で逮捕されることがある」とした。さらに蔵田氏が、「ネットは便利で必要不可欠」としながらも、「ネットでの誹謗中傷はいろいろな人に見られており、証拠も残る。ネットは匿名ではなく、技術的に書いた人を特定できる」とまとめた。

 生徒たちは、身近なネットトラブルの恐ろしい例を知り、一様に深刻な顔をしていた。

携帯電話のトラブルは、自分が被害者になりうる身近な問題

 授業を終えた蔵田氏は、「生徒たちは携帯電話に対する興味・関心が強く、きちんと考えており、話もしっかり聞いていた」と感想を語る。「携帯電話を持っている子と持っていない子で差が大きいところが難しかった」というが、同時に、クラスでネット関連の問題が起きている場合、「携帯電話を持っていなかったりネットを利用しなかったりする子も、友達の苦しみを感じたり、いつか自分が被害者になりうる怖さを感じているようだ」ともいう。

 ガイアックスによる携帯電話リテラシーの授業は、内容を変えて2年生、3年生でも行われた。

株式会社ガイアックスの蔵田三沙代氏が

 1年生においては、携帯電話に関するトラブルで生徒指導を行うまで発展した事例がまだない状態であり、「問題を耳にしても、あくまで他人ごと。SF映画を見ているみたいな反応だった」。

 一方、2年生では、ネットによるトラブルが顕在化しており、それが今回の授業の実施につながったという背景がある。ネットによる嫌な思いをした生徒が、2年生の携帯電話を持っている子のうち半数に及んでいたのだ。これまでも道徳や生徒指導の時間、学年集会などで取り上げていたが、今回の授業では特に「ネットでの発信にはもっと注意すべきだ」というメッセージ性を強く出した内容にした。

 具体的には、まず、石川県が条例で小・中学生の携帯電話所持を禁止したことに関する記事を読んだ上で賛成か反対かを事前に作文し、その上で授業中にディスカッションした。結果は、賛成1、反対2と、反対が多数を占めたが、賛成も多かった。反対とした子は「家族との連絡に便利だから」など、賛成の子は「ネットトラブルが減るから」「トラブルに巻き込まれないから」「事件に遭う人が減るから」などと答えたという。

 「ネットで嫌な思いを経験したことのあるクラスの子たちは、他のクラスに比べて発言がとても慎重で、同時にみな真剣に問題をとらえていた」と蔵田氏は振り返る。

 3年生の授業内容は、1、2年生よりさらに突っ込んだものとなっている。子どもたちは、授業の中で携帯電話のメリットとデメリットについて考えた。メリットは、「いつでも連絡が取れる」「友達とメールできる」「時間割が聞ける」というもの。逆にデメリットは、「トラブルに巻き込まれる」「依存する」などのほか、「実際のコミュニケーションがとれない」「(絵文字がなくて)かん違いする」など、よく考えられた意見が多かったという。

 ちなみに、1年生と同様、3年生もプロフに関連する事件の再現映像を見ている。最後に中年男性が現れたシーンでは、1年生は「キャー!」「キモイー!」という反応が多かったが、3年生は逆に静まりかえっていたという。3年生の担任の先生いわく、「自分や友達に明日にでも起きうる話でリアルすぎたから、何も言えなかったのではないか」。

 1〜3年生全体を通して、「ネットに誹謗中傷を書くことが犯罪行為にもなりうる」「ネットのパトロールという仕事があるということを初めて知った」「気を付けたいと思う」といった感想が多かった。テーマが携帯電話という身近なものだったためか、子どもたちはいつも以上に積極的に議論に参加していたようだ。

学校の現場において「常に目の前にある、解決しないといけない問題」

 「よのなか科NEXT」は、子どもたちが大人になった10年後に必ずぶちあたるテーマを取り上げる現代社会の問題を考える授業だと、代田校長は説明する。1、2年生は年に12回、3年生は25回実施しており、取り上げるテーマは代理出産、赤ちゃんポスト、オリンピックなど、時事的で広範囲に及ぶ。テーマを選ぶのは代田校長だ。

東京都杉並区立和田中学校・校長の代田昭久氏

 「よのなか科NEXT」には、基本的に“答え”はない。「携帯電話で誹謗中傷してはいけない」のは決まっていることだが、石川県の条例のように携帯電話の所持を規制することには正解も不正解もない。「情報リテラシーはやらなければならないテーマなので、続編として、マスメディアの問題や情報の受け取り方などの授業も実施したい」と代田校長は語る。

 携帯電話の問題は、たった1人から問題が波及することもあり、顔が見えないだけに対処しづらいが、すでに学校の先生たちにとって「常に目の前にある、解決しないといけない問題」となっている。まだこれといった解決法はないが、「携帯電話だけを特別視しているわけではないし、対処療法的に指導しているわけではない」とも。

 同時に、「学校だけで指導してもダメなので、家庭との連携が大事と考えている。保護者会などで学校での取り組みをメッセージとして発信し、危機意識を高めてもらっている」。しかし、連携は難しいのが実状だという。問題のある家庭ほど、学校側が発信する情報の受け取り手がいないからだ。「『携帯電話の問題は早期解決しなければならない』という全体の雰囲気を作る意味で、今後も取り組んでいかなければいけない」。

 今回の授業を見て、子ども間の携帯電話の問題に対して、教育現場でも危機意識が以前よりも高まりつつあることを実感した。携帯電話を持ち始める時期に適切な教育をすることは、今後さらに重要になるだろう。外部の専門家をうまく利用することや、子どもたち当人と保護者の危機意識を高めていくことの重要性を強く感じた。


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2010/2/10 06:00


高橋 暁子
小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三 笠書房)などの著作が多数ある。PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人” が関わるネット全般に興味を持っている。