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日本産業発展の鍵は「情報」教科にあり――5月18日に「情報入試」の全国模試

「情報入試研究会」の植原啓介・慶應大准教授に聞く

 教科としての「情報」を大学の入試科目に導入しようという動きがあることをご存じだろうか。以前からもあったが、一度下火になっていた動きが再び盛り返そうとしている。5月18日には、大学教員らの有志をメンバーとする「情報入試研究会」が、高等学校の新教育指導要領に対応した大学入試「情報」科目の全国模擬試験を行う予定となっており、4月1日より受験者の申し込み受付が始まった。

 そもそも「情報入試」はなぜ必要なのだろうか? どういう力を見る試験であり、模試は何を目的に行うのか? これからの「情報」に期待されるものとは? 同研究会メンバーでもある慶應義塾大学環境情報学部准教授の植原啓介氏に聞いた。

「情報入試研究会」メンバーの慶應義塾大学環境情報学部准教授・植原啓介氏

「情報の科学」が日本の産業発展に必要

 教科としての「情報」は、2003年度より高等学校や特別支援学校高等部で必履修化された。それに伴い、いくつかの大学で「情報」による入試を行ってきたが、2013年度に入学する学生を対象として実施している大学は全国で21校のみ。「情報」は高校3年間でわずか2単位という扱いで、学習が十分でなく入試で扱うのは難しいという実態もあり、全体に下火傾向だ。

 2012年度までの「情報」教科は、「情報A」「情報B」「情報C」の3科目からなっていた。ところが2013年度からは新学習指導要領を受けて、「社会と情報」「情報の科学」の2科目となる。2013年度に入学する高校1年生から適用されるというわけだ。新学習指導要領では「社会と情報」と「情報の科学」から選択・履修する仕組みであり、いずれの科目も2単位となる。

再編された「情報」教科の内容(文部科学省「高等学校学習指導要領解説 情報編」より)

 これまでの傾向から、「情報と社会」を選ぶ割合が8割、「情報の科学」を選ぶ割合は2割と予想されている。それに対して植原氏は、「資源がなく高齢化が進んでいる日本において、これから『情報』は必須。情報の技術や理論、つまり『情報の科学』をもっと学んでいかなければ、産業の発展は危うい」と危ぐする。

 1年半ほど前、研究会の代表であり情報処理学会メンバーでもある慶應義塾大学環境情報学部学部長の村井純教授が講演をした。新学習指導要領で学んだ高校生たちが2016年度に卒業してくる。彼らが高校に入学する今こそ、学生に何を学んでほしいかを考えなければいけない時期ではないか――。その提案を受けて、情報入試を考える同研究会が発足となったわけだ。

「模試」は大学と高校とのコミュニケーション

 情報入試はこれまでも実施こそされてはいたが、大学によってやり方はまちまち。一般的に入試問題は受験生の6割前後が解ける問題が良問とされるが、受験生が少なく十分なデータがとれない状態だ。一口に「情報」と言っても範囲は広い。大学側は受験生のレベルが分からない、受験生も大学がどんな問題を出してくるかが分からないという現状。それを踏まえ、実施までの数年間で練習をした方がいいのではないかと考えて、「情報入試模試」を実施するに至ったのだ。

 模試によって大学側は問題の難易度や範囲を考えられるようになる。学生も問題のおよその傾向が分かり、対策できるようになる。予備校などの反応も期待する。「ある程度の『パターン』を作るのが大事。複数の大学が協力して、問題の出し方やバリエーションを工夫し、自分の学校に合う問題の出し方を工夫できるようにしたい」(植原氏)。現状、高校生が受験で「情報」を選べない理由の1つは、何が出るか分からないから不安ということが考えられる。そこで、模試によって不安を取り除くことで受験者が増えることも期待している。

 「模試は大学と高校とのコミュニケーション」と植原氏は語る。例えば、かつて東京農工大学や愛知教育大学も情報を入試科目としていたが、、同校も初めに模試をしてアドミッションポリシー(大学の入学者受け入れ方針)と出題する問題の方向性を示していた。受験生の点数が悪かったら「これでは解けない」というメッセージであり、大学側が翌年も同じ問題を出したら「これを学んできてほしい」という大学からのメッセージになるというわけだ。

 今回、模試を出すのは大学ではなく研究会のため、アドミッションポリシーは持たない。幅広い分野で出題するとしており、得点の分布を見たいというのが主な目的の1つでもある。今後、各大学で実施する場合は、それぞれのアドミッションポリシーに合わせてカスタマイズしていく必要がある。

 なお、植原氏が所属する慶應義塾大学では昨年12月、環境情報学部と総合政策学部の2学部で情報入試を導入することをアナウンスしている。2016年度からは、選択科目が現在の「数学」「外国語」「数学および外国語」という3つから、「数学」「外国語」「数学および外国語」「情報」という4つから1つを選択するかたちに変更するためだ。新たに「情報」で入試が受けられることになるというわけだ(このほかに必須の「小論文」がある)。

 高校では実情として、進学校ほど「情報」を重視しない傾向にある。「『受験科目ではないから』というのなら受験科目にしようということで、入試科目とした」(植原氏)。一般的に、大学入試の変更は実施の2年前にアナウンスすることとされている。本来は2014年にアナウンスすれば、2016年度の入試に間に合う計算だ。前倒しでアナウンスしたのは受験者の不利益を最小化するためだが、同大学が1年早く手を挙げたことで、同調して実施する大学が出る可能性もある。

本当に見たいのは「考える力」や「論理的思考」

 現在、情報入試研究会のウェブサイト上で、模試に先立って試作問題を公開中だ。難易度や範囲などについて意見をもらうためのたたき台としている。新学習指導要領を受けた正式な教科書ができる前に作成した問題のため、教科書を参考にしているわけではないが、新学習指導要領に基づいて作られたものだ。

 「社会と情報」と「情報の科学」のカバーする範囲を比べると、理想は双方が一部重なり、それぞれ違うものとなるのがいいのだが、実際は「『社会と情報』が『情報の科学』の中にすっぽりと入ってしまっている状態」(植原氏)。そこで今回の設問も、「情報の科学」を学んできた人なら全部解けるものを想定して作っているという。「『社会と情報』をないがしろにしていいわけではなく、『情報の科学』の比率も上げてほしいということ」。

 実際、高校の教員からは、「ちょっと『情報の科学』よりでは?」という指摘があったという。「学校現場における『情報』は、生徒にモラルや著作権などの問題を起こさせないために教えている指導的側面が強いので、厳しいかもしれない」とのことだったが、全体としては試作問題に対して否定的ではなかったという。

 「本当に見たいのは『考える力』や『論理的思考』」と植原氏は強調する。「今の学生は『データ』と『アルゴリズム』の違いが分からない。情報の整理の仕方や考え方が分かった状態で大学に入ってきてほしいという願いがある」。

 例えば、「乗り換え案内」のプログラムを作る場合、「時刻表」というデータと、乗り換えを決めるための「アルゴリズム」は別々に分けて考える必要がある。それが分かっていないと、時刻表のデータが変わったらプログラムの作り直しになってしまうという事態が起きる。試作問題の第3問には、そのような考えが反映されている。

試作問題の第3問

 前後するが、試作問題の第2問は、プログラミング問題だ。一般的にプログラミングの問題を出す場合、何もないところからプログラムを書くタイプか、穴埋めをするタイプが多い。しかし、何もないところから書く問題の場合、それだけ採点の人員を割く必要が出てくるため、現実問題として出題は難しい。一方、穴埋め問題にすると、一番考えさせたい部分であるループや条件分岐などは問題中に書かれてしまっている。そこで試作問題では、プログラムのすべての行をバラバラにし、それを必要に応じて並べる形式とした。採点は簡単だが、アルゴリズムを考える力を問える問題になるよう工夫している。

試作問題の第3問

 また、今回の試作問題には含まれていないが、情報の問題としては、グラフ表現や論理的な文章の組み立て方なども考えられる。「国語や社会の分野では?」という人もあるが、伝えたい情報が伝わるグラフや文章を書くことを求めるものだ。例えば、「折れ線グラフは時間経過による変化を見るためのもの」ということを理解しておらず、「きれいだから」という理由で折れ線グラフで書いてしまう学生がいるという。「どういう時に円グラフでどんな時に棒グラフを使うのかをきちんと理解しておくことが重要であり、その部分が分かっていたらきちんと解ける問題」(植原氏)。

 また、著作権法や個人情報保護法なども「法の精神として何を守りたいのかを理解させたい」という。「偶然ラッキーで解けるのではなく、考え方が分かっていれば間違いなく解けるし、分からないと解けない問題にしていきたい」。

 ただし、考え方の理解を見る問題を出す場合、1つの大学でさまざまな問題を作るのは難しいのが実情だろう。今回の情報入試模試はバリエーションがあるので、参考になるのではないだろうか。

「ボディ・オブ・ナレッジ」の理解を

 「ボディ・オブ・ナレッジ」をご存じだろうか。ある分野に必要な知識や技術、つまり「スキルセット」が羅列されているものだ。「情報」にもベーシックなスキルセットがあり、それを高校生に問うていくことが重要という。

 情報処理学会は、大学における情報技術教育のカリキュラム作成プロジェクト「J07」で、大学のIT関連学部・学科で教育すべき項目を規定した「ボディ・オブ・ナレッジ」を策定している。植原氏は、「そういう背景を分かって高校生が勉強していると、試作問題も解けるはず」という。

 前に述べたように「情報」は範囲が広く、教科書では分かりづらい状態だ。「『ボディ・オブ・ナレッジ』の情報処理学会版が公開されているので、一読すると理解の助けとなるかもしれない」と植原氏は語る。

広がる「情報入試」の可能性

 情報入試研究会のメンバーは、大学教員や高校教諭、企業・団体、大学生などからなる。3月3日に都内で開催したフォーラムには、慶應義塾大のほか、首都大学東京、帝京大、中央大、青山学院大、電通大、早稲田大、筑波大、愛知教育大、文教大、島根大、神奈川大、國學院大、獨協大、日大、同志社大、明治大、相模女子大、新潟大、長野大、島根大などから、教員や入試担当者などが参加した。今後、各地の大学に情報入試という流れが広がっていく可能性がある。

3月3日に開催された「情報入試フォーラム2013」には、大学の教職員、高校の教員、予備校関係者ら83名が参加。情報入試についての情報交換・意見交換がなされた

 「文系の大学が入試で数学の代わりに『情報』を出すというやり方もある」と植原氏は言う。文系大学の入試で物理などを出しているところがあるが、それよりは「情報」の方が合うかもしれない。一方、工学系、特に情報工学科は情報入試を導入したいというところは多い。しかし、受験生が来るかという不安があり、学内を説得できずに踏み切れない状態だという。

 そこで、関東の同じレベルの大学でアライアンスを組んで、センター試験のように大学アライアンス試験を作って実施するというアイデアが出ているという。情報入試模試を始めたからこそ、アライアンスというアイデアも出てきた。「少なくとも今年高校に入学した生徒が卒業するまでの3年間は情報入試模試を実施する」と植原氏。また、「(情報入試で)入学してきた学生を大学で育てて、高校の情報の教員として戻すというループも作らねばならない」と、情報教科の教員育成も大学の重要な役割だと植原氏は語った。

 5月18日に実施する「第1回大学情報入試全国模擬試験」は、東京・神奈川・愛知・大阪・福岡の5カ所を予定。定員は合計360名としているが、受験希望者が定員を超えた場合は会場を増やすことも検討している。本来、全国で実施したいと考えているため、他の地域での会場提供や試験運営での協力校も求めている。高校などが自校の生徒を対象に行う団体受験も同時に募集している。協力の輪が広がれば、年1回という回数も改め、複数回実施も考えていきたいという。

「第1回大学情報入試全国模擬試験」実施概要

日程

  • 実施日:2013年5月18日(土)
  • 入場:13:30〜13:45(13:45までに集合)
  • 試験時間:14:00〜15:30(90分)
  • 解散:16:00

会場・定員

  • 東京(早稲田大学西早稲田キャンパス) 50人
  • 神奈川(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス) 150人
  • 愛知(名古屋ビジネスセンター) 50人
  • 大阪(大阪電気通信大学寝屋川キャンパス) 80人
  • 福岡(九州工業大学kyutechプラザ) 30人

試験範囲

  • 高校教科「情報」における「情報の科学」「社会と情報」
  • 「情報の科学」「社会と情報」共通問題、「情報の科学」、「社会と情報」の3カテゴリから構成。すべて必答。情報入試研究会による試作問題を参照のこと

対象

  • 特に制限なし

受験料

  • 無料

申し込み

  • 申し込み方法:情報入試研究会のウェブサイトから申し込み
  • 申し込み期間 :2013年4月1日(月)〜2013年4月19日(金)
  • 各会場とも定員になり次第申し込み締め切り
  • 団体受験を検討している学校等は事務局まで連絡のこと

 「今後、IT企業人などにも研究会に入ってもらい、ともに若手の育成に携わってもらいたい」と植原氏は語る。企業がどんな人材を求めているかというメッセージを高校に対して発してほしいという。大学で「情報」教育を重視する理由は、日本の産業で不可欠になるからであり、産業界からの投げかけは必須だ。現在の研究会は任意団体という形式のために企業から寄付などを募るのは難しいが、今後、組織化することも検討するという。

 「情報」が入試科目となるための障害を取り除くことで、多くの大学で入試科目として導入されるようになれば、高校での情報教育も変わっていくだろう。高校での情報教育が変われば、日本の若者全体の「情報」力も上がっていく。それが未来の日本の産業を支える。小さな一歩が、大きな未来につながることを期待したい。

高橋 暁子

小学校教員、ウェブ編集者を経てITジャーナリストに。Facebook、Twitter、mixi などのSNSに詳しく、「Facebook×Twitterで儲かる会社に変わる本」(日本実業出版社)、「Facebook+Twitter販促の教科書」(翔泳社)など著作多数。PCとケータイを含めたウェブサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持ってる。http://akiakatsuki.com/