10代のネット利用を追う
“熟議”で分かるスマホ・SNS問題~「高校生ICT Conference」が目指すもの
(2013/11/1 15:00)
高校生が集まって“ネット熟議”をするために、2011年に大阪でスタートした「高校生熟議」。2012年は東京での開催を加え、計17校79人の高校生が参加し、身近なケータイやインターネットの問題をテーマに意見が交わされた。ここでまとめられた高校生の意見は、各地域の代表者が提言にまとめ、内閣府や総務省、文部科学省で発表している。
3年目となる今年は「高校生ICT Conference 2013」と名称を変更。今回のテーマは「考えてみよう! 情報モラル・情報リテラシー教育の5W1H」で、スマホやソーシャルメディア(SNS)のメリットと課題について考える。
開催地は東京、北海道、大阪、奈良、大分の5地域に拡大。9月7日に開催された東京会場の第1回イベントでは、参加した高校生は39人へと前回から倍増。さらに10月20日に開催された第2回イベントにも33人が参加。そして、11月3日には、5地域の代表の高校生が集まる「高校生ICT Conference 2013サミット」が東京で開催される。
高校生たちは、何を目的として、どのような“熟議”を行っているのか。東京で9月7日に行われた熟議の模様と高校生の意見をレポートするとともに、主催者に開催の意図などを聞いた。
そもそも“ネット熟議”とは?
“熟議”とは、文部科学省が提唱している協働を目指した対話のこと。具体的には次の5つのポイントを満たした、協働に向けた一連のプロセスを指す。
1)多くの当事者(保護者、教員、地域住民等)が集まって、
2)課題について学習・熟慮し、議論することにより、
3)互いの立場や果たすべき役割への理解が深まるとともに、
4)解決策が洗練され、
5)施策が決定されたり、個々人が納得して自分の役割を果たすようになる
それぞれの地域で教育現場にかかわっている人が実際に集まり、よりよい教育現場作りや教育政策などについて議論するものを“リアル熟議”、インターネットやスマホをテーマにした高校生の熟議を“ネット熟議”としている。
「高校生ICT Conference 2013」や前身の「高校生熟議」はネット熟議の一環であり、リアルな高校生の意見が聞ける貴重な場でもある。
情報の受け手のリテラシーが大切
当日はまず、文部科学省の関根章文氏(スポーツ・青少年局参事官付青少年有害環境対策専門官)が登壇。熟議の開催にあたり、直接コミュニケーションすることの大切さを述べて開会の言葉とした。
次いで第1部では、熟議を始める前に企業人からインターネットの問題点を説明。株式会社サイバーエージェント、デジタルアーツ株式会社、株式会社ミクシィが事業者として講演した。
「アメーバピグ」や「アメブロ」の運営で知られるサイバーエージェントからは、中村広毅氏が登壇。2ちゃんねるの創設者である西村博之氏の「嘘は嘘であると見抜ける人でないと掲示板を使うのは難しい」という言葉を取り上げ、「『情報』は『人』が作って『発信』」しており、「情報の受け手として情報のとらえ方が重要」とした。
例として、アメーバピグの中で行われたチャットでのアカウント乗っ取り事例を紹介。「ゲーム内で課金なしでポイントが得られる裏技」や「ブログのデコレーション」を餌に、パスワードを聞き出して乗っ取ったという例だ。これに対して中村氏は、「情報を受け取る側もリテラシーを高めなければならない。悪用する人が必ずいること前提でインターネットを使う必要がある」とした。
スマホ利用はリスクマネジメントを心がけて
フィルタリングソフト会社であるデジタルアーツからは工藤陽介氏が登壇。実話を元にしたスマホのトラブルに関する3つのストーリーを紹介した。
1つ目は、メッセンジャーアプリによる出会い系トラブルだ。女子高校生が「ID交換掲示板」で知り合った男性に会いに行った結果、乱暴されてしまうというもの。「こんなこと起きないと思うかもしれないが、2012年5月に大阪で実際に起きたこと。どうすれば回避できたかを考えてほしい」と工藤氏。
2つ目は、バイト先のレストランに来た有名人とその彼女の写真を撮影してSNSに投稿したことで、炎上トラブルになるストーリー。身元が特定されて個人情報を掲示板にさらされ、バイト先はクビ、学校は停学、大学への推薦もダメに。数年後、就職内定先の担当者がネット上でこの炎上事件のことを発見して内定は取り消し、さらにその後、同様に婚約も破棄になる。
3つ目は、メッセンジャーアプリによる仲間外しによるいじめの事例で、仲良し5人組でチャットをしていたが、あるメンバーをグループから外してしまう。しかしその後、今度は自分が外される側になっていた……というもの。
工藤氏は「リスクを回避・軽減するために、スマホ利用のリスクマネジメントを心がけてほしい」とまとめた。なお、これらのストーリーは、デジタルアーツが無料で提供している「スマホにひそむ危険 疑似体験アプリ」で疑似体験できる。
ソーシャルメディアとの正しい付き合い方
ミクシィからは井上真由美氏が登壇。ソーシャルメディアとの正しい付き合い方について説明した。
ソーシャルメディアの登場により、人とのつながりやコミュニケーションが変化した一方で、トラブルも起きている。いじめ動画や他人を盗み撮りした写真を公開したり、飲酒運転などの行為を告白してしまうなどの例だ。
従業員やバイトの不適切な投稿によって企業全体がダメージを被る“ローソンアイスケース写真事件”“ウェスティンホテル事件”“アディダス事件”などのような例もある。「友達に告げただけのつもりが、ネットを通して伝達されるリスクを意識しておらず、それが契約違反と認識していなかったところが問題」だと井上氏は言う。
ソーシャルメディアは公共の場であり、世界に向けて発信する力がある。同時に、ネットは匿名に見えるが、正体は隠せず、犯罪予告・法律違反などはログによって個人を特定できてしまう。「どの事件も自分の身に起きたらと考えてみてほしい」と井上氏はまとめた。
熟議では、意見が違うことが重要
スマホやSNSに関連したトラブル事例について話を聞いた後、第2部ではいよいよ高校生たちがグループに分かれて議論を深める熟議の始まりだ。熟議は、関東地方から集まった各校の高校生がそれぞれ他校の生徒とチームを組んで行われた。各チームには、ファシリテーターや書記役として先生や大学生が付いた。
参加者にはスマホユーザー/ガラケーユーザー、SNS利用者/非利用者が混じっており、それぞれの立場から自分が考えるスマホやSNSの良いところ、悪いところを挙げていった。
例えばあるスマホユーザーが「(スマホは)アプリが使えるのはいいが歯止めが利かない。ケータイ専用サイトが見られない点が困る」と言えば、ガラケーユーザーが「ネットなどその他の機能はパソコンで代用が利くので(ガラケーでは)メールしか使わない。スマホは依存性が高いから要らない」と言った具合だ。
複数の学校では、SNSの利用が禁止されているという。使っていることが発覚したら停学処分になるという厳しいものだ。これに対しては「悪い人がいて危険もあるし、友達間で起こるトラブルで学校を休んでしまう人もいるので、SNSがダメなのは分かる」「禁止されるより自分で調整しながら使いたい。ただし、利用法によっては自分が被害に巻き込まれるので一歩先を考えて使うべき」と意見が分かれた。
LINEに対する意見はさまざまだ。「既読」機能に関しても、ある生徒は「LINEで『既読無視』と言われたので『既読しなきゃ』と思ってしまう」と言う。一方、「待ち合わせをする時に、(日時・場所の連絡が)読まれたことが分かるので安心。(読んだと)返事をくれないやついるし」という生徒もいる。「開かなくても2行くらいなら見られるので、『暇??』とかは開かないこともある」「好きな人から既読が付かないと『終わったな』と思う」と、リアルな活用の姿も見られた。
彼らはSNSを介してトラブルも経験している。Twitterで何気なく書いたことをリツイートされ、それを見た知らない人にからまれたという例もある。「どういう交通手段で来るのか?」という意味で「何で来るの?」と聞いたのに、「どうして来るのか?」という意味だと思われてトラブルになった生徒もいた。
全体に、SNSを使ったコミュニケーションの難しさ、スマホやSNSに振り回される危険性を感じている生徒が多かった印象だ。
危険性を知り、対処法も知っている子供たち
ここで発表の一部を抜粋して紹介しよう。
「SNSを利用する際に気を付けていることは、出す個人情報は最小限にして責任を持つこと、ネット上で見られていい情報と見られていけない情報を区別すること。他人の個人情報を載せない、マイナスのことを書かない、挑発しない、知らない人とは会わない。これがみんなができるようになることが教育だと思う。」
「SNSには良い点と悪い点がある。だから、必ず対策をしなければいけない。例えば、使うことで付き合いの輪が広がるのがよいが、同時に個人情報の漏えいにつながる。出す情報は必要最低限にしたり、フォロワーを増やさないようにする必要がある。」
「得になる情報が手に入るが、情報の信憑性が薄い。1つの情報を鵜呑みにせず、一度疑いを持って情報を選別することが大切。」
「使っているとほめられることもあってうれしいが、相手の感情が分からずトラブルにつながることもある。感情移入をしすぎないようにすべき。」
「瞬時に連絡が取れるが、人間関係にトラブルが生じることがある。コミュニケーションをしっかりとることが大切。」
「既読などで安否確認ができるが、同時に不安になることがある。ほかの確認方法を決めておいたり、SNSに頼りすぎないこと。」
「魅力的で暇つぶしができるが、依存しやすく時間を忘れる。ほかの楽しみを作ったり、自分で制限できなかったら親に頼ったりするようにすること。」
「個人の意識に違いがあり、それぞれが感じるセーフ/アウトの差が大きい。大人と子供のネットに対する世代差が大きい。学校での情報モラル教育が足りていない。」
発表された意見はどれも、大人でも「あるある」と思うことばかりだ。聞いていて分かるのは、当たり前だが「高校生」というその年代特定の考え方や利用の仕方があるわけではないということだ。1つのチームでも、メンバーそれぞれで違う考え方・感じ方をしている。
「お互いは違う」ことを感じた高校生たち
議論の終了後に高校生たちに感想を聞いてみた。
「同年代の知らない人がこれだけ集まって意見交換できて刺激的だった。ケータイの問題については、自分は、自分が被害に遭うことを一番に考えたが、他のメンバーは家族に迷惑をかけることを一番に考えていて違いを感じた。」(群馬県立前橋南高等学校の生徒)
「自分と違う意見が聞けて楽しい。例えば自分にとってスマホは普通だが、そうじゃない人もいた。機能への意見とか意識、使い方も違っていた。」(神奈川県・鎌倉女学院高等学校の生徒)
「他県の生徒ともかかわれて良かった。県が違うと意見も違う気がする。県の条例とか県民性のせいか。」(東京都・自由学園高等部の生徒)
「いつも学校でネットは危険と講演などを聴いていたが、みんなの意識の高さを感じた。納得できたし、戻って学校に広めたい。」(茨城県・水城高等学校の生徒)
日ごろからの訓練が大切
閉会の言葉は、埼玉県越谷市教育委員会教育センター所長の大西久雄氏が述べた。イベントの少し前の9月上旬、越谷市では竜巻があったが、幸いなことに亡くなった人や大けがをした人はいなかった。日ごろの避難訓練によって今どうすべきかが分かり、無事に逃げることができたという。
「避難訓練はかったるいと思うが、訓練の積み重ねはいざという時に役に立つ。ネットやケータイも全く同じ」と大西氏。「分かっていること、分かったつもりになること、分かったと思っていたが実は違うことを整理してほしい。『モラル』は心の問題。『道徳』と同様、分かっていてもできないのはなぜかを考えることが対策になるのではないか」と語った。
「『ICT』になぞらえて、『いつでも、ちょこっと、使える』人になってほしい。『ちょこっと』とは、必要な時に抵抗なく普通に使えるということ。今後、『隣の友達に使ってもらうにはどうしたらいいのか』を考えたい」とまとめた。
スマホやSNSは、子供にとって身近で意見が出しやすいテーマ
「高校生ICT Conference」の主催者である一般社団法人モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)事務局長の吉岡良平氏に話を聞いた。
EMAが2年前、大阪私学教育情報化研究会や安心ネットづくり促進協議会から相談を受け、文部科学省が提唱する熟議を取り入れて生まれたのが「高校生熟議」だ。
ネットの話題の中でもスマホやSNSをテーマとしているのは、子供たちにとって身近で意見を出しやすく、共通するものがあるからだ。例えば「フィルタリングなんて要らない」という子もいれば「使っているけれど困らない」という子もいる。「そこで、なぜ要るのかを考えることが重要。人には人の意見があると気付くはず」(吉岡氏)。
スマホやネットにはプラスとマイナスの面があり、メリット/デメリットを理解しながら正しく使う必要がある。重要なのは自分で考えること、話すこと、話を聞くこと、気付きを得ること、それによって意見がどう変わるかということだ。ディベートには正解があるが、熟議は違う。自分は○○だがグループの人は××だから、何を妥協して結論をどう出すか――が大切となる。
このイベントの目標は、「話してより深く理解し行動できる子に」だ。
例えば「保護者が(スマホやSNSのことを)分かっていない」ことがよく話題になるが、保護者にも分かってもらうにはどうすればいいのだろうか。「参加者である高校生たちは次の世代の保護者。我々は、こういうことが分かる保護者を育てて行きたい。1人が分かっていたら地域も変わる。日本全国の底上げにもつながる」。
2年前に開催した初回イベントでの生徒たちのまとめは、「SNSは大人でいう名刺交換だね」だった。大人は名刺があるが、高校生たちにはないからSNSでつながる。「縁があって出会った人ともっと関係を深めるためにつながって使うのだろう」という結論が出た。SNSの真髄を表しているように思う。
多様性を知ることが大切
東京と北海道の高校生ではスマホやSNSの使い方が異なるという。吉岡氏は「(全国5地域から高校生が集まる)サミットの意義は、自分と違う子がいることを知ることにある。いろいろな違いを知ってほしい」と語る。また、今年度は全国5地域で行われたが、今後、さらに多様な人に集まってほしいと考え、もっと広い地域で行うことを検討中だ。
開催を重ねるごとに変化も生まれている。初年度は「利用する時に気を付けるべきこと」をテーマに3回かけて熟議を行った。その次の年は同じことを2回で行った。ところが今年は、1回目で同じ段階までたどり着けた。「学校教育の充実や啓発事業の成果などでの効果が現れたのではないか。僕ら主催者側はもっと深いテーマを用意しなければ」。
今年度の真のテーマは、いざという時に実行できるかどうか、つまり「実践」だ。今後は「理解と実践」をテーマにしていきたいという。「ここで話されたことを真摯に受け止め、彼らの思いや実態を知り、国にフィードバックして伝えて行きたい。内閣府には『青少年ネット環境整備法』があるが、その制定・見直しの場にに当事者である高校生たちが入っていない。『高校生ICT Conference』は、そこに持っていく意見を集めるのに重要な機会」と吉岡氏。
「時々『今時の高校生は……』と言われることがあるが、全くそんなことはない。みんなしっかり考えていて、とても良い子たちだ。安心して次の世代を任せられる。」(吉岡氏)。
「高校生ICT Conference」の参加者は深く話し合いの機会を持てるこのイベントに深く満足しているようで、2回目・3回目という参加者もいる。書記やファシリテーターで参加した大学生たちはOB・OGだという。筆者も取材を通して、思った以上にしっかりと考えている高校生ばかりであることに驚かされた。そして、吉岡氏と同じことを強く感じさせられた。