イベントレポート
Interop Tokyo 2016
W3Cアジア地区ホスト誕生から20年、慶應大・村井純教授らが「ウェブの将来」を討論
2016年6月13日 13:13
「Interop Tokyo 2016」に併催される形で、W3C/Keioの主催によるイベント「W3C20 ASIA」が開催された。6月9日には、慶應義塾大学環境情報学部学部長である村井純教授をモデレーターとする基調講演を実施。「インターネットとウェブのグランドデザイン」と題し、香港・韓国・中国から招かれた3名のパネリストともに、アジア圏におけるのウェブの将来像を語った。
多様なアジア文化を、英語中心のウェブで表現するために
基調講演に参加したのは、香港VeriFi社のピンダー・ウォング氏(チェアマン)、韓国電子通信研究院(ETRI)のスンユン・リー氏(サービススタンダードリサーチ局ディレクター)、北京航空航天大学のチュンミン・フー氏(コンピュータサイエンス学部副学部長)。モデレーターの村井氏を含め、4名全員がW3C(World Wide Web Consortium)の活動に携わっている。
W3Cはウェブの技術標準策定を行う民間団体として知られるが、慶應義塾大学SFC研究所がアジア地区初のホストとして活動を開始してから20年を迎えた。今回の講演は、これを記念して行われた。
村井氏はウェブ技術の進化を振り返る上で、1995年がターニングポイントだったと指摘する。Windows 95の登場に前後する形で、インターネットおよびウェブが人々にとって身近な存在となり、それと同時に「すべての人がウェブのアーキテクチャーを使えるようにする」という壮大な目標が生まれたという。
香港から参加したウォング氏は、アジアが極めて大きな文化圏であることを改めて強調。日本はもとより、中国、さらにはインドまで含まれるため、人口の面で世界トップの文化圏でありながら、それでいて言語や生活習慣は細分化されている。
しかし、インターネットの世界における絶対的な共通言語は英語である。村井氏は「(インターネットを作り出した初期の人々は)世界中の人が英語を話すと思っていた。それを改善してきた」と、W3Cの活動を振り返った。縦書きやルビ(読み仮名)の実装は、その代表的な例である。
アジアのような多様性を英語中心のウェブにどう取り込んでいくか。その1つのヒントになりそうなのが、電子書籍フォーマット「EPUB」の開発組織であるIDPF(International Digital Publishing Forum)とW3Cの統合計画である。各国の文化の集積体とも言える紙書籍を電子化し、さらにはウェブで表示しようとする際、技術的制約によって何らかの表現も失われてはならない(例えば日本ならば、縦書きできない電子書籍などナンセンスだろう)。一見、当たり前すぎる前提条件だが、これを実現するには地道な活動が必要となる。ピンダー氏は「自分たちの文化を守れるのは、自分たちだけ」と、さまざまな国・立場の人間がW3Cの活動に参加する意義を説明した。
次の産業革命の鍵は「データ」にあり?
講演では、ドイツ政府が進める「インダストリー4.0」についても話が及んだ。産官学が連携し、中でも製造業をIoTやビッグデータなどのフル活用によって革新させる、つまり“第4次産業革命”を起こそうという取り組みだ。
インダストリー4.0の理念を仮にアジアで推し進めるとして、韓国から参加したリー氏が特に重要と指摘するのはソフトウェア技術だ。センサーなどで収集した膨大なデータを適切にさばくには、何よりソフトウェアが欠かせない。そして、集積したデータを誰もが利用できるよう、アクセシビリティを確保することもまた重要である。アジアでは、インフラ整備の遅れやコストを理由にウェブを利用できない層がまだまだ多く、産業の革新を起こそうにもまずはインターネットの環境作りからはじめなければならない。
村井氏も、英国などで進む公共データ活用、つまり政府・行政機関の「オープンデータ」を誰でも参照できるようにすることで、イノベーションが一層進むだろうと期待する。
ウェブ技術はフィンテックの世界にも
中国から講演のために来日したフー氏は、実際の食事を例にフィンテックの動向を解説した。「昨晩、私は日本でラーメンを食べましたが、券売機ではお金しか通用しませんでした。一方、中国では、小さな店でも『Alipay(アリペイ)』がかなり普及しています。ご飯を食べに行くとき、もはや財布やクレジットカードを持っているかは気にしません。携帯電話が1台あれば大丈夫なんです。テンセントの『WeChat Pay』もかなり増えました」。
リー氏は「韓国では、PCでのネット決済に今でも必ずActiveXプラグインを利用しなければならず、とても不便。でもモバイル決済ではそんなこともなく、『Samsung Pay』が使えるようになってきました」と説明。国によって決済事情が全く異なることを伺わせた。
これらの決済は、ブラウザーにバーコードを表示させる仕組みを利用しており、ウェブ技術との繋がりも深い。村井氏は「将来はW3Cも決済に本格的に携わるようになるだろう」と展望していた。なお、2015年10月にはW3C内に「Web Paymentsワーキンンググループ」がすでに設立されている。
規制を守りながらイノベーション――この矛盾を打破するには?
講演の終盤では、急速に台頭するウェブ決済技術を引き合いに出しながら、技術革新と法規制の関係についての議論がなされた。例えば、Alipayを日本国内へ展開するには、法的問題があるとされる(筆者注:日本ではPayPalが資金決済法への対応から個人間送金を停止した例がある)。
規制は国民生活を守るためにある。しかし、過度な規制は技術進歩を遅らせるとの指摘もまた、繰り返しなされてきた。ウォング氏は「私はビットコインが好き(笑)。ただ、昔はモデムを外国に持っていく事も規制されていた」と、時代と法の関係性の難しさを指摘する。
その上でウォング氏は、規制があるからといって、国際金融危機やFIFAの汚職などを防げなかったとも発言。さらに「成長しているうちはいいが、これが横ばいだと『規制しよう』みたいな話になってくる。それに、いくら技術が進んだからといって、高カロリーの食事を食べたから自動的に健康保険料アップするのがいい社会なのだろうか? 皆で考えていかねば」と、議論の重要性に触れた。
最後に村井氏は、香港・韓国・中国から来日した3氏を前に「以前、米国との遠隔授業を定期的に行ったが、時差の問題があって非常に苦労した。しかし、隣接するアジアの国同士であれば、その問題も少ない」と発言。文化の親和性、そして地理的な面からも、アジア各国同士協力しようと呼び掛け、講演を終えた。