イベントレポート

アーカイブサミット2016

本当に使えるアーカイブに必要なことは? 権利者・実務者による活発な議論

 アーカイブサミット組織委員会は6月3日、千代田区立日比谷図書文化館にて「アーカイブサミット2016」を開催した。当サミットの開催は昨年に続く2回目。本稿では、サミットの最後に行われたシンポジウム『アーカイブ資本論:「本当に使えるアーカイブ」を求めて』をレポートさせていただく。登壇者は、漫画家で株式会社Jコミックステラス取締役会長でもある赤松健氏、一般社団法人日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一氏、ヤフー株式会社映像エグゼクティブ・プロデューサーの宮本聖二氏。司会進行は、知財を専門とする弁護士の福井健策氏。

(右から)ヤフー株式会社映像エグゼクティブ・プロデューサーの宮本聖二氏、一般社団法人日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一氏、漫画家/株式会社Jコミックステラス取締役会長の赤松健氏、弁護士の福井健策氏

 なお、本サミットの基調となる「アーカイブ立国宣言」では、以下の4つの提言がなされている。

提言1:国立デジタルアーカイブ・センター(NDAC)の設立
提言2:デジタルアーカイブを支える人材の育成
提言3:文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化
提言4:抜本的な孤児作品対策

アーカイブは構築して終わりではダメ

 シンポジウムはまず、現状のアーカイブの問題点についての指摘から始まった。現在ヤフーに勤める宮本氏は、昨年までNHKでデジタルアーカイブの構築にかかわっていた。その経験から、デジタルアーカイブを立ち上げるのはいいが、利用されるか、されないかが大きな問題になると指摘。利用されなければ、結局、閉鎖に追い込まれてしまうというのだ。

ヤフー株式会社映像エグゼクティブ・プロデューサーの宮本聖二氏

 NHKは番組制作が業務の中心だが、放送時間の関係で番組では使われなかったインタビューなど、膨大なオーラルヒストリーを保有している。そういった映像などを、「NHKデジタルアーカイブス」でインターネット公開している。例えば「東日本大震災アーカイブス」では、650人の証言映像が公開されている。また、震災前の映像を発掘・保管したり、ニュース映像もアーカイブ化している。

 また、「戦争証言アーカイブス」では、未放送の戦争体験証言映像を公開したり、太平洋戦争直前から戦後にかけて制作されたニュース映画「日本ニュース」256号すべてを見られるようにしている。ところが震災も戦争も決して明るい話題ではないため、せっかくアーカイブを構築しても人が集まらず、研究者など一部の人にしか使われない可能性があることが考えられた。

キュレーションによる利用者確保

 そこでNHKでは、キュレーションによって利用者を確保しようと試みた。例えば、映像を地図から検索できるようにしたり、教育利用コンテンツとして短く編集した動画集を用意したり、授業で使用された事例の紹介をしたり、「太平洋戦争と空襲」「女子学徒たちの沖縄戦」といった集ページを用意したり、マンガでコマをクリックすると証言映像が見られるようにしたり……などなど、さまざまな仕d掛けを用意している。

 しかし、これだけいろいろなことをやったにもかかわらず、閲覧数は公開時からの横ばいをなんとか保っているのが現状だという。アーカイブは構築して終わりではなく、いかに継続して利用してもらうかが課題だと宮本氏は強調する。

日本を席巻するコンプライアンス至上主義

 続いて、漫画家の赤松氏は「コンプライアンス至上主義」を問題点として挙げた。すなわち、善意に基づく検閲者や、正義を振りかざす無関係な人、1%の間違いも認めない完全主義者たち。そういう人々が、日本のコンテンツ力や可能性、実験的な試みを潰しているという。

 ではどうすればいいか? 柔軟性の高い権利制限規定や円滑なライセンス体制なども重要だが、多少グレーであっても名目より「実益」を取る覚悟と、その常識化が必要だという。例えば、作者が亡くなった作品をどう扱うかだ。

漫画家/株式会社Jコミックステラス取締役会長の赤松健氏

 「爆骨少女ギリギリぷりん」などの著作がある漫画家の柴山薫氏は、2007年に急性心不全で亡くなっている。しかし、ご両親もすでに亡くなっており、弟がいるという噂があるが見つけ出すことができない。権利継承者が見つからないため、現在その作品は、古本か海賊版でしか読めない状態になってしまっている。

 そこで赤松氏は、権利者不明の場合でも作品の利用が可能となる、文化庁裁定制度の利用を検討してみたという。これは「相当な努力」を払っても権利者と連絡することができない場合に、「通常の使用料額に相当する補償金を供託」することで、その著作物が利用可能になる制度だ。

2007年に亡くなった柴山薫氏の権利継承者が見つからない

 しかし、「相当な努力」や「補償金の供託」などの手続きを数カ月がかりで行ったとしても、裁定後に権利者が現れ補償金の額に不満がある場合は利用者を訴えることができ、文化庁は仲裁してくれるわけではない。6カ月間は「後出しジャンケン」ができてしまうというのだ。これは使い勝手の悪い制度だと赤松氏。

 もしこういったケースで勝手に「マンガ図書館Z」へ掲載し、収益は柴山薫先生の亡くなられた原因である「心不全」の治療研究機関へ全額寄付するような「美談」だったら、誰か訴えてくるだろうか?という仮説を赤松氏は投げ掛けた。

「拡大集中処理」と「拡大裁定制度」

 続いて日本写真著作権協会の瀬尾氏は、アーカイブ活用にとって最大の問題点は、オーファンワークス(孤児著作物)であると指摘。いま方向性の判断を誤ったら、アナログでしか存在しない作品資産を殺してしまうかもしれないと危機感をつのらせる。ただ、うまくいけば問題の6~7割は解決するだろう、という。

 というのは、瀬尾氏が常務理事を務める日本写真著作権協会や日本文藝家協会など8つの権利者団体は、このオーファンワークス問題に対し「権利者による権利者不明作品問題を考える勉強会」を立ち上げ検討を重ね、この3月に文化庁へ円滑な利用へ向けた提言を行っているからだ。世界的にはこういった動きに対し権利者団体が反対するのが常なのに、日本では権利者団体が率先して「やろうよ!」と言っているのだと強調する。

一般社団法人日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一氏

 この勉強会が提言しているのが、「拡大集中処理」と「拡大裁定制度」だ。音楽など権利の管理率が高い分野はオーファンワークスが比較的少ないため、文化庁が認可した著作権管理団体が許諾を出せるようにする制度が「拡大集中処理」。

 逆に、あまり権利の管理ができていない写真や文芸といった分野は、現状の文化庁裁定制度でも「相当の探索」を行ったかどうかの判断の大部分は権利者団体がやっているので、正式に探索業務の一部を指定団体に委託してしまえばいい、というのが「拡大裁定制度」だ。

現状の文化庁裁定制度と、新制度案のイメージ

 この提言のポイントは、法改正が要らない点だと瀬尾氏。法律上「相当の探索」は、誰がやっても構わない形になっているから、とのこと。これにより、みんなが困っているオーファンワークス問題を、いまの制度を利用しながら抜本的な解決が図れるという。

利用のネックとなる補償金の事前供託

 司会進行役で弁護士の福井氏は、現状の裁定制度の課題として、補償金の事前供託を挙げる。現状の制度は、文化庁の裁定後に権利者が現れたとき支払う金額を、事前に証明しなければならないことになっている。これがかなり大変だというのだ。

 例えば「国立国会図書館デジタルコレクション」では書籍を電子化してインターネット配信しているが、これは一般的な電子書店と類似するとみなされる。供託金の計算式は定価×印税率×これまでの年間閲覧数×配信する年数×配信冊数となる。仮に定価400円、印税率5%、年間閲覧数200回なら、1冊あたり4000円。1万冊を5年間配信しようと思うと、2億円供託する必要がある。

弁護士の福井健策氏

 実際には、国立国会図書館での供託金は当初1冊あたりわずか51円、その後少し高くなって83円だったという。それは、過去の年間閲覧数が1冊あたり数回と極めて少なかったため、大きな額にならずに済んだだけなのだ。まっとうに読まれるアーカイブを構築するほど、巨額な供託金が必要になってしまう。

 さらに、裁定後に権利者が現れる率は0.6%程度だという。つまり、ほとんど現れない権利者のために、膨大な補償金を積み立てておく必要があるわけだ。そういう状態は「無駄」ではないだろうか?と、現状の制度の問題点について福井氏は指摘する。

今後の4年間で実施すべき施策は?

 東京オリンピックまでの4年間で行うべき施策は? という問いに、宮本氏は「まずはデジタルアーカイブの思想と価値を広く共有すること」だと答える。今回のサミットの参加者や「ニコニコ生放送」の視聴者はアーカイブに関心がある人ばかりだが、なかなかそれが一般には共有されていないのが現状だというのだ。

 また、「囲われた文化資源」という問題点も指摘。文化財を持つ寺社から「所蔵権」などという、存在しない権利を主張されてしまうことがあるという。撮影許諾を得て放送まではなんとかこぎつけても、それをデジタル配信しようとすると、かなり高額な「使用料」を求められるそうだ。

 有料サービスでレベニューシェアなら許諾すると言われたり、1年ごとの契約更新を条件とされたり。改修前の姿は公開してはならないとか、建造物の外観に権利を主張される場合もある。本来、建築の著作物は著作権法第46条により、原則無断で利用できるにもかかわらず、だ。

法隆寺はデジタルアーカイブ化に理解を示してくれた

 もちろん、文化資産を長期にわたって保管、保全、改修してきた施設側の努力は尊重しなければならないので、アーカイブの公開にはクリエイティブ・コモンズ・ライセンスなどを活用し、商業利用に限っては課金をするなどの方策も考えられるだろうという。

 そういった中で、デジタルに対しアレルギー反応のあった法隆寺が、話し合いによって協力してくれるようになったそうだ。ハイビジョン特集番組「法隆寺」の中から、テーマごとに3分30秒の動画を6本切り出しNHKデジタルアーカイブスで配信している。こういった事例を積み重ねていくしかない、と宮本氏。

 赤松氏は、自民党がすでに知的財産戦略調査会で「柔軟な権利制限規定」導入に向けて動いていることを指摘。コンテンツ小委員会の事務局長である福田峰之衆議院議員が、ブログに「具体的な法案作成作業は秋となり、通常国会で法改正をしたいと考えています」と書いているという。

 つまり、権利者団体はいつまでも権利制限導入に抵抗して「守る」のではなく、これからは知的財産を活用するための「攻め」の著作権へ転換していくべきではないだろうか、というわけだ。

 これに対し瀬尾氏は、法改正を待たずとも「拡大集中処理」や「拡張裁定制度」はもう来年には動く予定であり、世界的にも例のない実用的なオーファンの解決方法になるはずだと胸を張る。そして、4年間で実施すべきなのは、アーカイブの中心となる組織を設置することだという。例えば「文化省」や「情報アーカイブ庁」の設置だ。

 これら登壇者の提案に対し、会場からも活発な質問や意見があった。例えば、供託金は積み立てではなく保険制度にしてはどうか、柔軟な権利制限規定がすでにある米国にサーバーを置けばどうか、権利の上に眠れるものは保護しないとすべきだ、などだ。

 福井氏は、本来はアカデミックな議論をする場だが、それにとどまらず、プロデューサーやクリエイターなど実務者を交えた議論が行えたこと、それがアーカイブサミットの最後を飾ったのは喜ばしいことだと締めくくった。

 なお、アーカイブサミット組織委員長の長尾真氏は閉会挨拶で、文化庁が京都へ移転する予定について触れ、第3回のサミットはできれば京都で開催したいとの意向が示された。