イベントレポート

第22回東京国際ブックフェア

インターネット時代における新人の発掘・育成方法とは?

 NPO法人本の学校が7月4日、東京ビッグサイトで行われた「第22回東京国際ブックフェア」の会場内で、「出版産業シンポジウム 2015 in 東京」を開催した。本記事では第1分科会『「著者の発掘・育成・発表」の新たな形』をレポートする。パネリストは、トキワ荘プロジェクトのディレクターである菊池健氏と、株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏。コーディネーターは、NPO法人本の学校理事の梶原治樹氏(株式会社扶桑社)。

(右から)株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏、トキワ荘プロジェクトのディレクター・菊池健氏、NPO法人本の学校理事の梶原治樹氏(株式会社扶桑社)

トキワ荘プロジェクトとは

 まず菊池氏から、トキワ荘プロジェクトの現況について。これは、NPO法人NEWVERYが運営している、プロのマンガ家を目指している人向けに安価な住居を提供する事業で、2006年にスタートしている。現在、144部屋あり、延べ360人に貸している。メジャーデビューは50人。テレビドラマ化が1本。残念ながら、まだアニメ化作品は生まれていない。

 菊池氏はトキワ荘プロジェクトのディレクターをやっている関係で、特にデジタルコミックビジネスの関係者から「作家をどう確保すればいいか」という相談を受けることが多いそうで、気が付いたら講演までお願いされるようになったという。

トキワ荘プロジェクトのディレクター・菊池健氏

マンガ産業の現況

 続いて、マンガ産業の現況について。出版科学研究所『出版指標年報』によると、コミックス(単行本)+コミック誌の市場規模は、1995年には5864億円あったが、2013年には3669億円まで下がっている。ただ、コミック誌の売上は下がっているが、単行本売上はそれほど下がっていない。

 ところが、単行本の発売数は1995年に6721アイテムだったのが、2014年には1万2700アイテムまで増えている。マンガ家の人数も、3250人から5976人に増えている。つまり、マンガ家1人あたりの取り分は少なくなっているのが現状だ。

アイテム数とマンガ家数は増えている

 もっとも、最近は明るい兆しも見えてきたと菊池氏。というのは、出版科学研究所『出版指標年報』の数字には、電子書籍が含まれていないからだ。インプレス総合研究所『電子書籍ビジネス調査報告書2015』によると、2014年の電子出版市場は1411億円。うち1266億円が書籍。

 市場の8割をコミックが占めていると推測されているため、電子コミック売上はおそらく1000億円を超えただろうと菊池氏は試算する。つまり、2014年のマンガ市場は紙+電子でおそらく4581億円と、すでに上昇傾向にあるというのだ。

紙+電子なら売上は上昇傾向

コミック誌とコミックアプリの現状

 また、社団法人日本雑誌協会が公表しているコミック誌の印刷証明付き発行部数トップ10は、7年前と顔ぶれが全く同じ。部数が増えているのは『妖怪ウォッチ』がヒットした『コロコロコミック』だけ。「もしかしたら同じ人が買い続けているだけで、新しい読者が増えていないのではないだろうか」と菊池氏は危惧する。

2008年のトップ10と顔ぶれは同じ

 対照的に、2013年秋ごろから急激に勢力を伸ばしているのが、スマートフォンのマンガアプリ。それも、「comico」「マンガボックス」といった基本的に無料で読めるアプリが強い。ダウンロード数1000万を超えたアプリも登場しており、単純に比較すると雑誌の印刷数をはるかに超えている。ただし、どのアプリもMAU(Monthly Active Users:月間利用者数)が非公開であり、実態としてはおそらく3〜4割がアクティブではないだろうかとの推測だ。

「comico」「マンガボックス」などのダウンロード数推移

マンガで食べている人々の居場所

 次に菊池氏は、マンガで食べている人々の居場所が多様化していることを指摘。以前はマンガ誌デビュー→単行本化→アニメ化→大ヒット!というのが王道だった。マンガ誌の世界では、持ち込みや新人賞投稿からのデビューが4分の3くらい、残りはコミックマーケットやコミティアなどの同人誌販売からのスカウトや、アシスタントからのデビューだという。

 ところが今は、「同人作家」がコミックマーケットで1日1000万円稼ぐような事例や、原作がある作品の「コミカライズ」や「広告マンガ」、そしてデジタルコミックで稼ぐ人もいる。例えば、comicoで連載し月20万円〜の原稿料をもらっている「公式作家」は100人以上(通算では150人)いるが、もともとマンガ家だった人は半分もいないそうだ。

マンガで食べている人々の居場所はさまざま

 他にも「マンガボックス インディーズ」「少年ジャンプルーキー」「LINEマンガ インディーズ」など、投稿からデビューを目指す道も増えている。小説投稿サイト「E★エブリスタ」は、マンガ原作者を生み出すプラットフォームにもなっているそうだ。セルフパブリッシングプラットフォームの「Kindle ダイレクト・パブリッシング」は、小説の新人は藤井太洋氏などの事例があるが、マンガは鈴木みそ氏など、もともとプロで活動していた方が中心で、まだ新人発掘事例が少ないとのこと。

 菊池氏は、投稿サイトのマンガの多くは「従来のマンガを読んでる人からすると、あまり面白くない」と指摘。読んでいるのは中高生が中心だが、彼らには評価されているという。従来は、作品を面白くする「創作力」をまず身に付け、それから原稿を早く継続的に書く訓練をするのがスタンダードなルートだった。これが、投稿サイト経由の場合は逆で、まず継続的に作品を生み出す「制作力」を身に付け、連載する体力を持っている人が読者に鍛えられ「創作力」を上げていく、という形になっているそうだ。

投稿サイトの隆盛により、まず「制作力」というルートが生まれた

自分がいま新人作家だったら、出版社に持ち込むかな?と思った

 佐渡島氏は、2002年に講談社へ入社した。『週刊少年マガジン』が『週刊少年ジャンプ』の発行部数を超え、業界ナンバーワンになっていたころだ。「自分が新人作家だったら、講談社に持ち込むだろう」と思ったのが志望動機という。『モーニング』編集部に配属され、1年目・2年目で「いいな!」と思った新人に3人出会えたという。そのうちの1人が『宇宙兄弟』の小山宙哉氏で、今でも担当している。

 ところがその後ずっと、いい新人に出会っていないという。そして、5〜6年くらい前から「自分がいま新人作家だったら、出版社に持ち込むかな?」と疑問に思うようになったそうだ。持ち込みでは、たまたま担当した編集者に運命を握られてしまう。ところが、インターネット上ですでに人気がありファンがいる状態なら、自然と「ウチで出版してください!」となるだろう、と。

株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏

 そこで、『宇宙兄弟』のムックを増刊で出す時に、周囲の編集者に声をかけて作家を探してもらう一般的な手法ではなく、Twitterで小説やマンガが書けそうな人を探してみよう!とトライしたそうだ。オープンな場で「『宇宙兄弟』の担当編集者ですが、小説書きませんか?」などと声をかけ、直木賞候補になった小説家や、インダストリアルデザイナーの山中俊二氏などに書いてもらったという。

 その時書いてもらったダ・ヴィンチ・恐山氏は、ちゃんと締め切り守って書ける人だと分かったので、それからずっと「小説書きなよ!」と佐渡島氏が口説き続け、つい先日、品田遊名義で『止まりだしたら走らない』(リトルモア)が刊行された。電子版や二次利用はコルクが持つ形。発売日に重版が決まるなど、好評のようだ。

いまの出版は本を売るけど才能を売っていない

 クリエイターのエージェント企業であるコルクの立ち上げは、2012年。佐渡島氏は、「僕らがやってる商売って何なのか?」と問い掛ける。本を出す商売なのか、才能がある人のマネジメント業なのかで、とる行動が大きく変わるという。例えばジャニーズの新人は、人気をためてファンクラブを組織し飢餓感を煽ってから、ようやくCDデビューでいきなりオリコン1位を獲らせるという形。

 いまの出版は本を売るけど、才能を売っていないと佐渡島氏。コルクは、ひとまず本は抜きにして、IT技術を使い作家の才能を支え、収入の手段の1つとして本があればいい、という考え方でやっているという。例えば5年前にモーニング新人賞で出会った羽賀翔一氏は、5年間で1000万円くらいの赤字を覚悟した上で育てているそうだ。

無料配布された羽賀翔一氏の『ケシゴムライフ』

 当セミナー参加者には、羽賀翔一氏の単行本『ケシゴムライフ』(徳間書店)が無料配布された。これは、いまは認知度を上げればいいという考え方に基づいている。配ってしまっても、後から回収すればいい。Facebookの秘密グループにファンを集めており、それが1万人くらいになったら出版社に「本だけお願いします」と売り込みに行けばいい、と。

 なお、『ケシゴムライフ』の印刷・製本・倉庫代などは、クラウドファンディング的な手法でファンに投資してもらっており、発行元の徳間書店にリスクはないそうだ。インターネットであれば、リスクを極端に細分化して個人に負ってもらうことが可能で、ファンが「分担したい!」というムーブメントも起きやすいという。

編集者として今後必要なスキルはSNSの運用能力

 梶原氏は、編集者によって才能を見いだされる従来の世界と、作品をいきなりインターネットへ公開しその場で多くのユーザーから評価されランク付けされる新しい世界とが、今後どうなっていくかを質問した。佐渡島氏は、組み合わせだと答える。というのは、ユーザーは、今あるものの延長を求めがちだからだ。

 マンガ家は成長したいので、連載が終わったら新しいことをやりたい。例えば、曽田正人氏がファンタジー作品『テンプリズム』の連載を開始した時、ユーザーの反発は大きかったそうだ。井上雄彦氏が『バガボンド』の連載を開始した時、ファンから「『スラムダンク』の続きを描けよ!」と言われ傷ついていたという。

 マンガ誌の連載は全体のバランスなので、さまざまなジャンルが混在できる。ところがユーザーの声だけを聞いていると、妹との関係を描いた作品や異世界ファンタジー作品だらけになってしまう可能性がある、と。だからそこに編集者やエージェントがついて、SNSの使い方などについてしっかり会話していくことが重要だと語る。

 菊池氏は、Twitterなどでウケるのはだいたい1コマのマンガで、長くてもせいぜい4コマ。ストーリーマンガを描くスキルが育たず、持ち込みに行っても「面白くない」と突き返される事例が多くなっていると危惧する。つまり、どんどん短いコンテンツばかりが好まれるようになっているというのだ。

 佐渡島氏は、マンガは典型的な「時間消費」するモノだが、インターネットの世界はこれまで「時間節約」的なモノが多かったという。いまは90秒くらいで消費できるコンテンツじゃないとシェアされず、90分消費するモノがまだ開発できていない、と。もっとも、人間は短いコンテンツだけでは満足できないから、いずれ揺り戻しがきて長時間を費やすコンテンツも受け入れられるだろうと予測を述べた。

 会場から「本を作っていくにあたって、編集者として今後どんなスキルが必要になるか?」という質問があり、佐渡島氏は「SNSの運用能力」と答えた。日本中の人が共感できる本を作ることと、SNSで興味を持たせる能力は同じだ、と。菊池氏は「プロデュース力」だという。出版社にはいろいろな機能があるが、作家が何もかもすべてやらなければいけないのはおかしい。プロデュースする人が必須だ、と。

 何もかも1人でできる超人でも、費やすことのできる時間は限られている。作品を生み出すことに長けている人は、本来なら作品を生み出すことに集中させた方がいい。インターネット時代は、才能が発見されやすくなった。あとはその才能を、世に広めていく役割が必要だということなのだろう。

(鷹野 凌)