イベントレポート

i和design-Programming Festival

教材にはマイクラやレゴも――プログラミング教育を通じ、問題解決能力の育成を目指す多摩市立愛和小学校

 東京都多摩市立愛和小学校(松田孝校長)はコンピューターに関する教育へ積極的に取り組む小学校として、教育関係者の間でよく知られている。昨年度から、総務省の「先導的教育システム実証事業」協力校としての教育を実践している。さらに、本年度からは3~6年生の総合的な学習の時間(各学年70時間)のうち、15時間ずつをプログラミング教育に充てている(1~2年生は教育課程外として実施している)。

 同校のプログラミング教育の活動成果を全国の教員、教育関係者のみならず、保護者やプログラミング教育に関心ある人に公開し、さらには一緒に体験してもらうことで、より理解を深めてもらうことと、本年度の中間報告としての意味も兼ね、去る10月31日に「i和design-Programming Festival(愛和デザインプログラミングフェスティバル)」が開催された。

朝礼で今日の授業の狙いについて児童に話す松田孝校長

 このイベントでは、愛和小学校の校舎で、午前中に1年生から6年生までの各クラスで通常通り行われる45分の授業2コマを公開し、参加者は見学することができた。そして、午後からは参加者も同じプログラムを体験できるワークショップを開催し、最後には同校が使っているプログラミングツールを提供する企業と講師の方々によるパネルディスカッションが行われた。

学年に応じたビジュアルプログラミング

 愛和小学校では1年生から6年生まで、それぞれ「発達段階に適したと考えられる」プログラミングツールが使用されている。「適したと考えられる」と表現しているのは、すでに定まった何らかの基準があるわけではなく、この実証プロジェクトを推進する松田校長が自らの経験によって選定をしたものだからである。小学生はコンピューターに関しての吸収が早く、当初、想定していたよりもはるかに早く操作に習熟してしまい、難度を上げたというエピソードも披露された。こうしたことからも、トライアンドエラーで行なわれている壮大な実証プロジェクトだということが分かる。

 具体的に各学年が使用しているプログラミングツールは次のようなものだ。一部はフリーでダウンロードし、誰でも試せるものもある。参考までに、それぞれのツールのURLを付記した。

1年生が使用する教材「ScratchJr(スクラッチジュニア)」

http://www.scratchjr.org/
 あらかじめ用意された背景にキャラクターを配置し、その動きのコマンド(授業ではワザと呼んでいる)を与えて、“動く絵本”を作る。(使用機材:iPad)

ScratchJr(出典:ScratchJrのウェブサイトより引用)
1年生の授業風景

2年生が使用する教材「Viscuit(ビスケット)」

http://www.viscuit.com/
 自分で書いたキャラクターに動きを与える。単に動きを定義するだけでなく、キャラクター同士の衝突など、条件分岐などの要素が含まれている。(使用機材:dynabook Tab)

Viscuit
2年生の授業風景

3年生が使用する教材「Scratch(スクラッチ)」

https://scratch.mit.edu/
 1年生が使っていたScratchJrよりも複雑な制御ができる上位バージョン。(使用機材:Chromebook)

Scratch
3年生の授業風景

4年生が使用する教材「Tickle」

https://tickleapp.com/en-us/
 BB-8というリモコン操作可能なボールをタブレットでプログラミングして操作する。BB-8以外にもドローンなども制御可能。(使用機材:iPad)

Tickle
ワークショップでTickleとBB-8を使って遊ぶ児童

5年生が使用する教材「MinecraftEdu(マインクラフトエデュ)」

http://minecraftedu.com/
 3D仮想空間の中で、“タートル(亀)”と呼ばれるオブジェクトに動きを与える。(使用機材:Windows PC)

仮想空間
プログラミング画面
5年生の授業風景

6年生が使用する教材「LEGO MindStorms EV3(レゴマインドストーム)」

https://education.lego.com/ja-jp/preschool-and-school/secondary/mindstorms-education-ev3
 LEGOのリモコン車をタブレットでプログラミングして、あらかじめ指定された幾何学的な経路を動かす。(使用機材:iPad)

LEGO MindStorms EV3
ワークショップでレゴとMindStormsを使って遊ぶ児童

 いずれのツールも、キャラクターやロボットなどのオブジェクトに対して、順次実行、条件分岐、繰り返しなどのプログラミングの基本的な考え方をアイコンベースで記述するビジュアルプログラミング環境である。小学生の場合、まだ、キーボードが打てなかったり、英語の文字が読めなかったりするため、テキスト型プログラミングで使われるように関数の名前を入力できない。そこで、こうしたビジュアルプログラミングを採用しているわけだが、本質的な理解には十分である。特に、Minecraftではテキスト型プログラミング言語と要素が対応しているので、表示を切り替えによってどちらでも利用することができるようになっている。

 授業は担任の教師やツールを提供している事業者の講師が児童に課題を与えて、90分のうちに完成をさせるというやり方だ。また、よくできた作品については授業の最後に発表するチャンスを与えている。

 パネルディスカッションでも指摘がされていたが、通常の授業では低学年の児童が90分間集中をするということは難しいことだという。しかし、タブレットやPCを使った授業では90分間、トイレにも行かずに熱中をしていることに驚くという。

20年後にはコンピューターを使うのはもちろん、ロボットと共存する時代

 松田校長はなぜここまで積極的にプログラミング教育に取り組むのだろか。「子供たちが社会で活躍するようになる20年後は、今よりももっとコンピューターの能力を利用するようになっていて、コンピューターが人間の能力を超えるといういわゆる“シンギュラリティー”が実現したり、さまざまな形態のロボットとも社会で共存したりする時代になると考えられる。そうした時代のためにも、どうしたらコンピューターと“仲良く”なれるかということを体験することは重要なことだ」という。

 コンピューター教育というと、教材の電子化を指すこともあれば、電子メール、ウェブ、ワープロ、表計算などのアプリケーションの使い方を学ぶという方法もある。とりわけ、プログラミングを体験するというプロセスからは、コンピューターとは何か、つまり、論理的思考能力や問題解決能力などの育成にもつながっていくというのがその狙いだということだ。

 この1年を通じて、プログラミング教育を受けた児童が想定したような成果を得ることができたかどうかは、今後の期末に向けて検証すべき課題となる。例えば、1日の出来事を時系列にまとめたり、最適な移動系路を答えたりするような簡単なテストを今春に実施していて、1年が終わった来年3月には同じテストを再び行い、どのように結果が変化するかを測定することが計画されている。

プログラミング教育の意義について語る松田孝校長

プログラミングを通じて学べるのは「協働」

 授業の中でも、ビジュアルプログラミングをするコマンドを「ワザ(技)」と呼んでいて、順次実行、条件分岐、繰り返しなどのプログラミングの基本的なエッセンスが含まれていることはすぐに分かる。ゲーム感覚でそうした考え方に触れることで、知らず知らずのうちに問題を分解し、整理し、解決策を見つけていけるようになることが仕込まれているわけだ。

 もちろん、すべての児童が同じようにコンピューターに関心を持ち、同じようなスキルを持つわけではない。ましてや、現場の担任の先生もプログラミングの専門知識を持つわけではない。しかし、児童同士で分からないことについて教えあったり、場合によっては先生にまで教えたりすることもあり、従来のように何でも知っている先生が、一方向的に知識を教えるのではない新しい関係もできるという。松田校長によれば、当初目指していた論理的思考方法の習得ということよりも、共に教えあう“協働”を体験し、それがむしろ成果に結び付いているということだ。

 松田校長は「これからの教師はよきファシリテーターになるべきではないか」という。ファシリテーターとは、その場を取り仕切って、クラスやチームが最大の結果を出せるようにするガイド役をすることだ。従来の学校教育の場面では、教師は何でも知っていて、何でもできて、児童には一方的に与える役割だったが、さまざまな経験の場を作り出し、その場の中で熱中できるような課題を設定し、教師と児童が共に楽しむことが求められるというわけだ。仮に、教師自身ができなかったとしても、それができるスペシャリストを連れてきたり、参考になる資料(動画やツールなど)を提供したりして、児童と共にどうしたらできるようになるかを考える。決して、プログラミングに限った話ではなく、他の教科にも通用する考え方と言えるだろう。

課題と今後の展望

 愛和小学校では学年に応じて、1人1台の何らかのコンピューターが提供されている。また、その上で動くプログラミングツール、そしてレゴのような遠隔操作できる機器なども必要となる。

 愛和小学校の場合、これらのツールの多くは協力している事業者などから提供を受けているものだという。公立小学校でありながら、こうした先鋭的なカリキュラムに取り組むためには、すべてを公的な予算措置によって賄うことはまだまだ困難である。また、今後、コンピューター教育のカリキュラムを作成するにあたっても、現在のこうした実証の結果が大きな意味を持つことになるだろう。もちろん、協力をしている各事業者にとっては、先進的な教育現場にツールと講師を派遣することで、ショーケースとすることができ、また、現場からのフィードバックを受けることができるという意味がある。

 しかし、愛和小学校の場合、来年度からは近隣小学校の統廃合などが計画されていて、児童の数が100人以上が増加することが見込まれているという。そのとき、いかに同じような環境を提供し続けていけるかという事業継続性が現在の最大の課題だという。十分な成果が見えてきていても、現在のようなスポンサー型の運営だけでは困難も予想される。

 また、プログラミングを教えるということは、教師にとっても決して軽い負担ではない。昨年度、初めてプログラミングを題材として取り入れたときには反対する教師もいたという。決して最初から一致して取り組めていたわけではないようだ。また、保護者の中にも、プログラミング教育に理解を示してくれる人もいれば、もっと別のことを教えてほしいという意見を持つ人もいるという。こうしたことは今後も多かれ少なかれ起こることで、そのためにも成功事例を導く必要があるだろう。

 さらに、パネルディスカッションでも指摘されていたが、教師が定期的な人事異動でその学校を離れたりすることで、コンピューターやリモコン車などの貴重なツールだけがその学校に置き去りにされ、プログラミング教育に熱意のある教師の移動先にはなんのツールもそろっていないというようなことも起こりがちだという。どの学校でも均質な教材がそろえば、このような問題は解決するが、それまではまだまだ時間もかかるし、長期的な課題の1つとして考える必要もあるだろう。

 このように学校の経済的な問題、教師のスキル、保護者の理解など、難問の数々を解決しながら、そしてさまざまなスポンサーを巻き込んで、積極的な事業展開できているのはひとえに松田校長の情熱によるところだろう。

パネルディスカッションの登壇者。(右から)多摩市立愛和小学校の松田孝校長、ヴィリングの中村一彰氏、デジタルポケットの渡辺勇士氏、CoderDojo Japanの安川要平氏、高橋淳氏、TENTOの竹林暁氏、神奈川工科大学の吉野和芳氏

教育は20年先の先行投資

 今回の取材を通じ、教育とは20年先を見据えた先行投資だという考えを強くした。松田校長が指摘するように、小学生が社会の第一線で活躍する20年後は、我々の想像も及ばないような社会になっているだろう。それは我々の先輩の世代が今の時代を予見するのが難しかったことと同じだ。ひょっとすると、20年後の社会で必要とされる技能はもちろんのこと、求められる人間力すらも違うかもしれない。今、大人にできることは、多少でも見えてきている将来に対応できる力を付けるチャンスを用意することだろう。

 そのために、教育現場におけるデジタル化の議論は活発になっているが、ハードウエア、アプリケーション、そしてサービスなどのツールが主語になりがちで、なぜデジタル教材が必要なのか、プログラミングを学ぶ必要はどこになるのか、その方法はどうあるべきかという現場主義に立ち返って考える必要があると感じた。

 もちろん、児童の全員がITエンジニアを目指すわけではない。しかし、柔軟な思考のできる一時期に熱中したことが、将来の関心や進路を選択するときには、何かのきっかけになるに違いない。熱中できる体験こそが重要で、それが将来の可能性につながるという指摘もパネルディスカッションでされていた。

 このように考えると、プログラミング教育はITリテラシーの習得というだけでなく、20年先の人材への先行投資といる。今回のパネルディスカッションではあまり触れられていないが、技術だけでなく、協働、問題解決能力というような広い観点から教える=ファシリテーターとなり得る人材の確保や育成の問題も大きいと思うが、ぜひともこうした取り組みがさらに全国にも広がり、次の世代を支える人材の育成に役立ってほしいと感じる。

参考文献:子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く(できるビジネス、インプレス、http://book.impress.co.jp/books/1114101123

(中島 由弘)