イベントレポート
Internet Week 2013
ネットの歴史を記録し、後世に残す――今こそ「○○の歴史プロジェクト」を
JPNIC歴史年表は全長18メートルの巻物
(2013/11/29 06:00)
東京・秋葉原の富士ソフトアキバプラザで開催中の「Internet Week 2013」において26日、「『○○の歴史プロジェクト』を進める人たちのBoF」が開催された。主催は、tech@サイボウズ式編集部と日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)。今回は、このBoFの中からいくつかの話題を紹介する。
みんなの力を結集して歴史を残したい
プログラムのタイトルとして、「○○の」と付くのは珍しい。冒頭において、このBoFの発案者であるtech@サイボウズ式編集部の風穴江氏から、このようなタイトルとした経緯が説明された。
「きっかけとなったのは3、4年前のこと。日本UNIXユーザ会(jus)の中で、日本のUNIXの発展に寄与された方々の功績をきちんと後世に残しておこうという話で盛り上がりがあった。すでに鬼籍に入られた方もいることから、今のうちにきちんと記録していかないといけないよねという流れになり、やりましょうということになった。しかし、実際には何も進まないまま月日は流れ、再開しようという中でいろいろやっていたところ、JPNICの方でインターネットの歴史をまとめているという話が入ってきた。それぞれのプロジェクトはそれぞれで進めることになると思うが、連携というか、他のプロジェクトと情報交換しながら一緒にできることがあるのではないかということでBoFをまとめることになった。」(風穴氏)
現在は、過去の上に成り立っている。したがって、過去から現在までどのような流れで来たかを知ることは、その将来を考える上でとても重要である。しかしながら、その歴史の多くは記録として残っておらず、関係者の記憶として存在するのみというのが実情だろう。紙は捨てられやすく、電子的なデータも失われやすい。現在ではインターネット上に流れたデジタルデータを消すことの難しさが問題となったりもしているが、昔はそうではなかったのである。例えば、コンピューター自体が高価で貴重なものであったため、すでに使っているコンピューターを他の目的で使用する際にその中身をバックアップもせずいきなりフォーマットから始めてしまったという話は珍しくなかった。また、バックアップがあったとしても、その記録メディアからデータをきちんと読み出せないという場合も多い。そのようなことが起こった場合、デジタルデータといえども情報は何も残らない。
風穴氏は、そうした状況をなんとかしたい、多くの人々の力を結集してITにまつわる「歴史」を記録し、後世に残すことを目標としたいと語り、「歴史に興味がある方のためのBoFではなく、歴史を記録していくプロジェクトをこれからやりましょうということに共感する、もしくは興味ある方のためのBoFということで始めます」と宣言してBoFを開始した。
海外でも歴史は関心事のひとつ
最初に、JPNICの根津智子氏からインターネットイニシアティブ(IIJ)の加藤雅彦氏が行っているコレクションの紹介があり、続いて、日本レジストリサービス(JPRS)の森下泰宏氏から「ネットワーキングの歴史(Networking History BOF@ IETF)」が発表された。
森下氏の発表は、2013年3月に行われたIETF 86においてBOFとして開催された「Networking History BOF」の模様を紹介するものである。IETF(Internet Engineering Task Force)とはインターネット技術の標準化を推進する任意団体であり、「現在のインターネットを形作るさまざまなことがIETFの参加者によって作られてきたという背景から、これまでの歴史をまとめる場としてふさわしいだろうという発表があった」(森下氏)とのことだ。
森下氏によると、IETFにおいてそのような話題が出たのは、(SRI-NICにおいて)インターネット資源管理の初代責任者であったElizabeth “Jake” Feinler氏の私蔵コレクションとして、段ボール350箱分の資料がComputer History Museumに寄贈されたことが大きなきっかけとなっているという。「THE NIC COLLECTION」と名付けられたこれらの資料は、Jake氏の在任期間中(1972~1989年)に集まった報告書や内部資料であった。それらの資料には、1から1500までのRFC、ネットワークのマップ、NIC Project Reports、Postel correspondence(往復文書)など、歴史的にきわめて重要なものが数多く含まれている。しかし、驚くべきことは、当時のSRIの人々はこうした資料を重要なものとは考えず、すべての書類を処分しようとしたという点である。その場面にたまたまJake氏が出くわしたことで資料の喪失が防がれた格好になったわけだが、このような形で難を逃れた資料は幸運であろう。
続いて、JPNICの前村昌紀氏から、APNICが作られた1993年から20周年を迎えることから彼らも歴史編纂を「APNIC History Project」として進めていることが紹介された。
URL
- APNIC History Project
- http://www.apnic.net/about-APNIC/organization/history-of-apnic/apnic-history-project
資料を残すということの議論
JPRSの森下氏の発表の中の「なぜネットワークの歴史を保存すべきなのか」という部分では、会場からいろいろと割り込みが入った。例えば、「五つの神話(Five Common Myths)」として紹介されたものはIETF 86のNetworking History BOFでチェアを務めたMarc Weber氏が語ったものであるということだが、その話に関連して昔のテープとかカートリッジ、Zipディスクといったものは読めない可能性があるという点には会場からコメントが多数寄せられた。
例えば、磁気テープに関しては、状態の悪いものだと読み取り装置にかけた際に磁性体がテープから剥がれてしまうことや、その可能性があるために、古いテープの読み取りは一度で成功させることを前提としなければいけないことなどが述べられている。また、Zipディスクはもちろんのこと、古いSCSIデバイスも場合によっては危ないなど、笑いを交えながらのやりとりが活発に行われた。
前村氏の後は、会場から手を挙げた複数の方々による話が行われている。多くが口頭であったために資料などのスライドは少ないが、中でも特にオーラルヒストリーに関する手法と実際については、重要な話題として盛り上がりを見せた。オーラルヒストリーはテープ起こしにお金がかかるといった現実的な話から、ある話題について必ず複数の証言を得ることや、主観的な評価を入れずに淡々と取材結果を公表したほうがよいといった意見など、歴史を取りまとめる際の手法論なども含めて意見が交わされた。
JPNIC歴史年表の巻物は大ウケ
BoF終盤では、JPNICの是枝祐氏によるJPNICの歴史編纂についての説明が行われた。是枝氏は、一番情報が残っているのは今日であること、昔がどうであったかは大切で、これからを考えるために今の人に経緯を伝え、未来の人のために情報の保存と整理をすることが重要であるとした。また、JPNICで行っている歴史編纂については、単なる自組織の沿革とするのではなく、後世の検証に耐える付加価値の高い資料となることを目指すことや、実際の作業をするにあたってどのような課題があり、どのような対応をしているかについても述べている。
少し余談めくが、BoF開始時からテーブルの上にあった巻物は会場の注目を浴びていた。それがJPNICの歴史年表であったことは会場に展示されていたことからも明らかであったが、JPNICの根津氏より説明があり、その内容を開いて見せてくれた。全長18メートル、室内の幅では歴史年表の一部しか見ることができない。この年表を見ながら話に花が咲き、盛り上がりの中でBoFは終了した。
日本におけるITは、短期間のうちに大きな変貌を遂げてきた。今や水や空気のように、あるのが当たり前と思えるようになったインターネットにしろ、その原形とされるARPANETの完成が1969年であるから、そこから数えても44年。日本で本格的な普及期に入ったのは1995年以降であるから、そこではたかだか20年程度の歴史しか無いのである。歴史の記録を残していくという作業にはとてつもない労力がかかる。冒頭で風穴氏が述べたように、そうしたことにかかわる人々が協力し合い、できることを確実に進めていくことは重要であろう。後世のためにも、そうした歴史プロジェクトに協力する人々が増えてほしいと感じたBoFであった。