「説明のつかないもの」に勝機、ドワンゴ川上会長が語るニコ動誕生秘話


ドワンゴ川上会長

 ドワンゴ代表取締役会長の川上量生氏が、TechChrunch Japan主催の大規模カンファレンス「TechCrunch Tokyo 2011」で11月29日、ゲスト講演として登壇した。

 最近、ジブリスタジオに入社し、鈴木敏夫プロデューサーに弟子入りしたという川上氏。冒頭で「鈴木敏夫さんは話がうまい。即興で資料なんて使わない。今日はそれを練習しようと思う」と話し、ニコニコ動画というヒットサービスを生み出した裏話を中心に、約30分間つらつらとトークを披露した。

 ドワンゴはパソコン通信の仲間が集まって作った会社だが、初期のビジネスはゲーム開発の下請けだった。続いて着メロ事業で大きく業績を伸ばす。そして再びインターネットの世界に戻って、ニコニコ動画を始めた。川上氏はニコニコ動画をオープンした当時、3つのチャンスがあると感じたそうだ。

 「ビジネスとは、他の人がやらないところにこそチャンスがある。そこで僕は日本のネット企業がやっていないことは何だろうかと考えた」と語る川上氏。その発言を以下にまとめた。

ビジネス視点をやめる

 1つ目は、「みんな、ユーザー視点ではないな」と気付いたこと。パソコン通信は20年前に始まったが、そこにビジネスチャンスはなかった。夢みたいな話はされていたが、リアルではなかった。ネット住民が生まれたのはパソコン通信からで、初めてバーチャルの世界で人生の一部を送る人が出てきた。それがインターネットになって広がっていったかというと、そうではなかった。ネットビジネスが入ってきたことで、コミュニティはいったん破壊された。TechCrunchみたいに「どうやって儲けようか」という視点でネットに関わろうという人が増えたのは、ビットバレーとかベンチャーブームが起きたあたりからだ。そのころからネットの中でモノを作る人達が、だんだんビジネス視点になってきた。

 モノ作りをするときに最終的な着地点が、ユーザーにどういうサービスを提供するかではなく、エグジット(主にサービスの売却)になってきた。これはユーザーにサービスを提供するロジックではなく、資本のロジック。ビジネスをやる以上は最終的にはお金に変えなければいけないけれど、それを資本として得ようという流れが支配的だった。だから、「その逆にチャンスがあるのではないか」というのが、ネットをいろいろ調べて最初に思ったことだ。

機械に従うのをやめる

 2つ目は、そもそもサービスを作るときもユーザーじゃなくて、コンピューターの方を見ているのがいまのネットサービス。SEOは衝撃だった。ユーザーがどう行動するかではなく、Googleのボットが見たらどう思うかという観点でサイトを作るという。そういう考えを持っているのが100人に1人だったらすごくかっこいいが、そういう人たちの方がどうも多いと知ってさらに衝撃だった。それが大きな流れを作っていると感じた。機械に支配されつつあるネットの中で、逆に機械の影響を一切考えないような視点があるのではないかというのが、ニコニコ動画の大きな着眼点だった。

 ニコニコ動画を設計するとき、いかにSEOやネット業界の常識を無視してサイトを作るかに命をかけた。その当時僕が思っていたのは、「Google」がキーワードだということ。社内には「Google機械帝国に対抗する」という標語があった。別にGoogleに恨みがあったわけじゃないが、ニコニコ動画というサイトのコンセプトとして、それが一番わかりやすかった。今後は機械じゃなくて人間を中心としたサービスが来る。なぜならいまは機械のことしか考えていないサービスが多すぎるから。これからはソーシャルだと思っていたら、実際にFacebookが出てきた。

 だが、Facebookもソーシャルゲームも全部係数で完結する世界で、SEOが進化しただけ。結局同じことをしている。人間をどんどん機械のように扱って、パラメーター化していく流れは避けられない。ただ、人間はそこまで単純じゃないと思う。いまのネットビジネスが捉えようとしているほど単純ではない。実際の単純さとの間にはギャップがある。そのギャップでなんとか一泡吹かせたいと思っている。

理屈で考えるのをやめる

ラピュタのバックプリントが入った上着を着こなすドワンゴ川上会長

 3つ目は、世の中全体がそうだが、みんな理屈で考えている。正しくないことはやらない、説明のつかないことはやらないというムードだ。「これはやるべき」「これはやるべきではない」という決めつけをする風潮がネットの中には非常に多い。

 逆に「わけのわからないもの」「説明のつかないもの」「どう考えてもいらないもの」を作ることに非常にチャンスがあると思った。

 この3つのことを考えてニコニコ動画を設計した。ニコニコ動画には、役に立たないし、なぜあるのか説明がつかない「時報サービス」というものがある。ユーザーがどんな動画を見ていても、深夜0時には動画がいったん止まり、ドワンゴが0時をお知らせする。これはすごく評判が悪くて、ユーザーから何年も「これだけはやめてくれ」と言われている。でも我々はこれだけはやめるつもりはなくて、ずっと続けている。なぜやっているのかは説明がつかない。ただ、説明がつかないものをやるのが最初のコンセプトだった。理由がないというのが理由だった。

 もちろん多少の効果も狙っていた。何かバイラルが起きればいいとは思った。ニコニコ動画のユーザー同士が街で会ったときに、何か話すネタがあればいい。人間の心はいやしいので、悪口の方が好き。むしろ褒め合うことに気持ち悪さを感じる。日本人の特性かもしれないが、ケチをつけるのが楽しい。ニコニコ動画に対して、誰もが納得できる悪口が1つあるのがいい。それが時報。無駄なサービスがあることによって、「なんで時報あるんだろうね」「ひどいよね」という話で盛り上がれる。それが唯一の存在意義。

説明のつかないことをやる

 ニコファーレを今年作った。「なんで作ったんだ」「俺らが払っている会費を無駄使いするな」と言われたが、これは「無駄使いすること」自体が目的だった。かけた金額が高額すぎてこれまで公開していなかったが、実は12億円もかかった。小さなライブハウスに12億円。どんなにシミュレーションをしても、絶対に元が取れないという計算結果が出たので、「これは行こう!」と。それがニコファーレを作ることを決定したときの我々の気分だった。

 あの舞台に立った人は「こんな設備、こんなハコは見たことがない」と喜ぶ。それは当たり前。まったく経済合理性が合わないからだ。あんなものが今後できることはない。いろいろな技術が進化したら、5年後くらいには現れるかもしれない。それでも今後5年くらいは我々が無駄なハコ、無駄な設備を独占できるというのが、我々の目論見だ。

 もう1つ、「ニコニコ超会議」という評判の悪いイベントを幕張メッセでやる計画がある。1ホールから8ホールまで全ホールを借り切る。幕張メッセの全ホールを借り切っているイベントは東京ゲームショウとジャンプフェスタくらい。うちのイベントはそれにプラスして、イベントホールも借りる。そうすると東京ゲームショウより大きな、幕張メッセ最大のイベントになる。そこがスタート。出し物はいま考えている最中。そういう説明のつかないことをやる会社は、日本全体で非常に減っているので、ニッチな存在だと思ってやっている。

アングラなネット文化にチャンス

 海外展開でもチャンスはある。日本には「2ちゃんねる」という極めてアングラなメディアがあるが、ビジネス的には注目されていない。だが、ネット世論やネット文化にはいまだに大きな影響を与えている。ビジネスとしては難しく、あまり挑戦はされていないが、こういった底辺のネット文化は日本だけでなく、世界中でもその素地が広がりつつあると思っている。いま大変注目しているのは、米国の「4ちゃん」。いかにも2ちゃんにそっくりなサイトがある。

 ニコニコ動画もビジネスサイドからではなく、ユーザーのアングラな文化から誕生したネットサービス。そういうネットサービスは日本の中でもかなり特殊で、世界を見渡してもあまりない。アングラから育てる方法もあると僕は考えていて、いま、ひろゆきが中心になってやってくれているところ。そこから海外に進出できればいいなと思っている。


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(武田 京子)

2011/11/30 12:15