ウィキメディアンのイベント日本初開催、国会図書館長ら講演
WikipediaをはじめとしたWikimediaの参加者“ウィキメディアン”らの交流を目的としたイベント「Wikimedia Conference Japan 2009」が22日、東京大学工学部(東京都文京区)にて開催された。このイベントは有志のウィキメディアンおよび東京大学の「知の構造化センター」が主催したもので、スタッフはすべてボランティアで活動している。参加資格も特に限ってはおらず、誰でも参加・発表できる自由な集まりだ。
Wikimedia Foundation(ウィキメディア財団)の広報部長であるJay Walsh氏 |
当日は、まず基調講演としてWikimedia Foundation(ウィキメディア財団)の広報部長であるJay Walsh氏が登場し、WikipediaおよびWikimedia Foundationのこれまでの歴史を紹介した。同氏は「Wikipediaは世界中で5番目、日本で7番目のアクセス数を誇るサイトであり、日本では月間3050万のユニークビジター数となっている」と現状を解説。WikiはWikipediaだけにとどまらず、WikisourceやWikinews、MediaWikiなど、さまざまなプロジェクトが行われていると説明した。
また、これらの活動を支えているWikimedia Foundationについても説明した。同財団の組織図を紹介しながら、「Wikimedia Foundationはグローバルな会計管理を行っており、会計の透明性を確保している」と、財政と経営について説明。また、2009年9月には、8万5353名以上がWikipediaのプロジェクトで5回以上編集し、Wikipediaの発足以来、Wikimediaプロジェクト全体で3億5000万回を超える編集があったと解説した。
その上で、「メディアはいまだにWikipediaの質への疑問を投げかけており、この運動について人々が理解してもらえるようにもっと努力する必要がある」と語った。また、未来への課題としては、人々に継続的な参加を促すとともに、非営利活動の中で長期的な資金源をしっかり確保しつつ、インターネットの進化に対応していく必要があると締めくくった。
●見出し語の数や信頼性の確保がWikipediaの課題
続いての基調講演では、「岩波情報科学事典」の編集者の1人であり、国立国会図書館長である長尾真氏が登壇し、「辞書・事典とは何か―その体系性・網羅性・信頼性を求めて―」と題して講演した。
国立国会図書館長の長尾真氏 |
長尾氏は、「辞書学(lexicography)」や「語い論(lexicology)」といった学問を紹介した上で、伝統的な辞書や事典のあり方を解説。まず、事典には見出し項目の立て方によって、大項目主義と小項目主義があると説明した。さらに、さまざまな概念をどれくらいの大きさで取り出すか、つまり概念の“粒度”をどのように設定するかが問題であり、同時に、ある分野の中で1つの概念がその分野の概念体系の中のどこに位置付けられるかを明示すること、すなわちオントロジーの構築が大切であると語った。
Wikipediaについては、「すばらしい辞書であり、自分も活用している」と前置きした上で、その問題点として、用語選択において体系性があるかという点を指摘。同義語の中で最も妥当なものが見出しとして選ばれているかどうか、用語の“粒度”について配慮されているか――といったことを課題として取り上げた。また、数十万から100万語にも上るWikipediaの項目を、オントロジーの立場からクラスタリングして、手薄な分野を発見して補強することが必要だと語った。
また、見出し語の網羅性が確保されているかという問題にも言及。学問の専門分野では膨大な数の用語が存在するため、Wikipediaも見出し語を数百万から1000万語程度まで増やしていく努力が必要であるとした。
Wikipediaの信頼性については、多数の自由人の参加による用語解説では、学問的な正確性を保証することは難しく、編集者や利用者が事典や本、雑誌、新聞などほかのメディアと相互参照して、信頼性を確保する必要性を指摘した。また、ある問い合わせについて、どんな意見が分布しているのかを提示することも役に立つと語った。
さらに、新しい言葉や分野が毎月のように現れている現在、これらの新しい語を半自動的に取り入れることが必要で、新語の発見だけでなく、数カ月または数年で消えていく言葉についても追跡することが大切だと指摘。新しい分野の認定や用語の収集には、各分野の専門家の力が必要であるとした。
最後に、長尾氏自身が作りたい辞書として、易しくかみ砕いた言葉から堅い言葉を導き出せる「意味の逆引き辞書」と、ある単語から関連する言葉を見つけ出せる「言葉の連想辞書」の2つを挙げた。
●幅広いテーマに分かれて行われたセッション
基調講演の後は、「人文」「知の構造化(技術)」「Wikimedia」「ウィキメディアン」「ワークショップ・BoF・講習会」「参加者による発表」など、テーマごとに部屋に分かれてセッションが行われた。
「WikiReader」の英語版。日本での販売代理店は株式会社vevo |
「人文」では、津野海太郎氏による「百科事典とコンピュータ文化」、「知の構造化」では国立情報学研究所教授の武田英明氏による「Wikipediaと研究コミュニティ」、慶應義塾大学理工学部教授の山口高平氏による「Wikipediaからのオントロジー構築とその活用」などの講演が行われた。ワークショップでは、「ウィキペディア基本のキ」や「ウィキペディア翻訳ワークショップ」などを開催。
さらに、参加者による発表では、5分間で活動をアピールするライトニングトークに加えて、「中国語版ウィキペディアの紹介」「ウィキメディア・プロジェクトにおける多言語化と翻訳」「総合学術オントロジー」といった講演が行われた。
会場では、自由に利用できるマルチメディアを集積するプロジェクト「Wikimedia Commons」の写真展や、Wikipedia研究のポスターセッションなども行われた。また、Wikipediaの内容をオフラインで閲覧できる携帯端末「WikiReader」の英語版などの商品も展示しており、注目を集めていた。
当日は参加者が多数訪れ、開始時間が少し遅れるほどの盛況ぶりだった。このカンファレンスは日本で初めて開催されたイベントだが、日本でのWikimediaのさらなる普及に向けて、これからの発展が期待される。
関連情報
(碓氷 貫)
2009/11/24 12:16
-ページの先頭へ-