自著を無断公開された著作権者2人がグーグルを刑事告訴

「グーグル ブック検索は“著作権の黒船”」


 ルポライター明石昇二郎氏と写真家の福田文昭氏は9月3日都内で記者会見を開催。グーグルブック検索(Google Book Search)上で著書を無断公開されたことは著作権法違反にあたるとして、グーグルの米国法人と日本法人を警視庁に刑事告訴したと発表した。

警視庁の所轄署に告訴状を提出「現在捜査中と聞いている」

ルポライターの明石昇二郎氏(左)と写真家の福田文昭氏(右)。それぞれ持っているのがグーグルに無断公開された著書だ

 ルポライターの明石昇二郎氏は、著作「一揆 青森の農民と核燃」(築地書館刊)がグーグルにより無断でデジタルスキャンされ、データベース化された上、著作の一部をインターネット上で公開されたとして、2009年6月1日にグーグルを著作権侵害で警視庁練馬署に刑事告訴した。

 写真家の福田文昭氏は、同じく著作「田中角栄張り込み撮影日誌」(1994年葦書房刊)のデジタルコピー作成と書籍の無断公開で、2009年6月26日に日米のグーグル法人を著作権法違反で警視庁目白署に刑事告訴した。

 明石氏によれば、明石氏が告訴状を提出した警視庁練馬署は告訴状の正式受理を拒んでいるという。しかし、「写しを渡して、それをもとにグーグル日本法人に担当官を派遣して捜査を進めていると聞いている。実行行為を行った場所がアメリカ国内のため、米国での捜査を視野に入れているとも聞いた」と述べた。

 警視庁が正式受理しない理由について明石氏は、「グーグルブック検索の和解案問題については、文化庁、文科省のほか、外務省なども絡んでくる可能性があり、関係する省庁が多岐に渡るため、警視庁単独で進めるのは困難だからではないか。いま正式に受理すると動きにくくなる、とそういうことではないか」とコメントした。

 ただし、「告訴状の写しとともに、陳述書もお渡ししているので、捜査には何の問題もないと(目白署の担当官から)言われている」(福田氏)という。

グーグル ブック検索問題の概要

Googleブック検索訴訟の和解管理サイト。申し立て手続きなどが行なえる。ただし、今回友人から知らされてはじめて知った福田氏のように、インターネットを利用していない著作権者の場合は、自分の著作物が対象となっていることを知る手段がない

 今回著作権侵害行為として刑事告訴される問題になっているのは、グーグルのサービス「グーグル ブック検索(Google Book Search)」。米グーグルが提携する図書館および出版社から提供された書籍をスキャンし、全文検索を可能とするサービスだ。

 米国では、この「グーグル ブック検索」に対して、米国の作家団体「Authors Guild(AG)」や「米国出版社協会(AAP)」などが、グーグルを相手取って訴訟を起こしていたが、2008年10月に和解案が成立。この和解案によれば、図書館との提携によってスキャンした書籍に関しては、著作権の保護期間内であっても、絶版または市販されていない状態の書籍であれば閲覧が可能になり、権利者に対してはこれらを通じて得られた収益の63%を支払うなどとしている。

 このサービスでは、スキャンの対象となる書籍は図書館などから提供されており、収蔵される書籍は米国で出版された英文の書籍だけではなく、日本で出版された日本語の書籍も含まれる。このため、日本でも出版流通対策協議会が9月2日に記者会見を開催し、会員企業の中小出版社49社が和解案に納得できないとして和解案離脱を表明するなど、日本の出版業界ならびに著作者も対応を迫られている。

明石氏「グーグル和解案は、米国人以外にはきわめて不公平なもの」

 明石氏は記者会見で、「インターネットに向けて、日本から誰でもが常時閲覧できる状態にあったのを確認している。この行為は、日本国の著作権法に違反していることは明白で、著作権法違反の罪で罰するよう刑事告訴した」と刑事告訴の理由を述べた。

 「今回のグーグル和解案は、日本人など、米国人以外の著作者にとってきわめて不公平なものであって、和解案は破棄されるべきだと考えている」。(明石氏)

 また明石氏は、「この和解案をクラスアクション(日本にはない集団訴訟手続きで、代表者による訴訟を提起し、消費者の権利を一括して行使する権限が認められる)として裁判所が認めることについて、非常に大きな疑義を抱いている。そもそもクラスアクションは被害者救済のための制度であり、今回のような使われ方は認められるべきではない」と述べた。

 明石氏は、日本国内の刑事告訴だけではなく、「被害者として、反対の意を明確に表わすために、米国の代理人の弁護士を通じて、(この和解案を管轄する)ニューヨーク南部地区連邦地裁に和解案に反対であるという意見書を送った」という。

 一方、写真家の福田氏は6月22日に、グーグルで著書が公開されていると友人が教えてくれたという。本文は、後書きの127ページが公開されていたが、125ページとして掲載されていたことで、内容のチェックについてもずさんな印象を受けたという。

 福田氏は、「グーグルに連絡するために104で調べたが、電話番号は非公開であると言われ、次にマスコミ電話帳で調べたら、住所も電話も出ていなかった」と述べ、不信感を持ったという。

 「著者に無断ですでに何百万冊もスキャンしているというのは、裏社会のやりかた。これは信用できない会社だという印象を持った」(福田氏)。

(注:なお、実際には、グーグルは連絡先として、世界各国のグーグル現地法人の連絡先住所および電話番号もインターネットサイト上で公開しており、検索すればすぐに見つけることが可能だ。しかし、福田氏はインターネットはあまり利用していないと会見でも述べており、インターネットを利用していない人には連絡先がわかりにくいというのは、ストリートビュー問題でも再三指摘されている点だ。)

和解案の問題点

 明石氏が指摘する和解案の問題点は、大きくは3つある。まず1つは、日本の著作権者に関しては、今回の和解案に対する告知はまったく徹底されていないという点だ。この和解案が、クラスアクションとして使われるなら、「オプトアウトの期限は撤廃されるべき」と言う。

 2つめが、世界中の著作物がスキャンの対象となっているにも関わらず、米国内での裁判が中心になっていることもあり、米国中心に調整が進められているという点だ。

 「(グーグルブック検索で登録作業を管理する)版権レジストリというのが、日本の著作権者の利害を代表していない点も問題」だと指摘。「この版権レジストリは米国の著作権者の代表4人、出版社の代表4人のすべてが米国人になる可能性が大きく、米国以外の権利者が守られるのかが非常に疑問視されている」。(明石氏)

 また、「和解案では、グーグルが10~20%の管理料金を差し引くことになっている。世界中のコンテンツを管理する、版権レジストリに落ちるお金も莫大なものになることは容易に想像がつきます」と述べ、米国内のみでの利害調整が行われている可能性を示唆した。

 明石氏はまた、「グーグルはGoogle Adsenseなどで、個々の企業と直接やりとりするシステムを築いている。これは、著作権者に直接お金を払うシステムと能力を持っていることを意味するのではないか。そうであれば、新たに版権レジストリを設立する必要もないし、版権レジストリに手数料を支払う必要もないはずだ」と指摘する。

 3つめは、著作物の内容から、人権侵害にあたるようなコンテンツが再販される可能性だ。「これまでに世界各国で出版された書籍では、人権侵害などの問題があり絶版になったものもある。これらがインターネットを通じてまた流通すると、再び人権侵害を起こすおそれがある」。

 「著作者は和解案に応じていないにも関わらず、無断でスキャンされたうえインターネット上で公開された結果、グーグル社ばかりかスキャンされた著書の版元である出版社と著作者が、再び被害者から訴えられる可能性もある。こうしたリスクについて、何の対応策も講じられていない」。(明石氏)

 「今回の和解案が認められれば、いわゆる剽窃(ひょうせつ)行為を咎めることができなくなる。著作権というものは、海賊版を作って儲けるような輩を取り締まるために先達が編み出した法律です。その考え方の基本は、ヴェルヌ条約が創設された時代から現代まで変わっていないと思う。その基本に照らして考えればグーグルの行った行為は、インターネットとデジタル技術を悪用した、海賊版に他ならない」。

明石氏「グーグル ブック検索は“著作権の黒船”」

 明石氏はまた、デジタル化と著作権についてどう考えるかとの質問に対して、「わたし自身にとってもそうだったが、今回のグーグル和解案が“黒船”のようにやってきて、はじめて著作権というものに向き合うことになった方も多いのではないかと思います」とコメント。

 「実際、日本の著作権法では著作権はなんら手続きをする必要もなく、著作物があれば自動的に著作権が発生することになっている。このため、慣習的に、出版社と著作者の間で契約書を交わすケースは少ない。わたしの10冊の著書のうち、契約書を交わしたのは1冊だけです」として、日本の出版などでは明確な契約により著作権が管理される習慣があまりなかったことを説明した。

 その上で、「日本国内だけなら、そういう形でやってきて問題はなかったのですが、グーグルの問題がおきたことで、もうちょっと整理した方がいい部分、逆に言うと、未整理だった部分を浮かび上がらせたという側面もあるんじゃないかと思います」として、日本では比較的ゆるやかだった著作物をめぐる権利管理も明確にする時期が来ているのではないかと示唆した。

 「未整理の部分は、著作権者だけでできることでなく、出版社の協力はもちろん、法整備なども必要になってくるかもしれない。関係省庁とも連携をとって、解決していくのが望ましいのではないかと考えている」と述べ、インターネットとデジタル時代に、新しい権利の管理が必要となってきていることを訴えて、会見を締めくくった。


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(工藤 ひろえ)

2009/9/3 18:42