期待のネット新技術
「Wi-Fi 8」はピーク性能よりも“実効スループット”を重視、2028年5月の承認を目指し作業が進む
Wi-Fi 7の現状とWi-Fi 8(2)
2026年3月3日 06:00
前回に続いて、今回からはWi-Fi 8の話を。Wi-Fi 8はIEEE P802.11bnとして現在も標準化作業が進行中である。
はじめに進行状況について説明しておくと、2025年6月にDraft 1.0がリリースされ、WG Letter Ballotに掛けられている状況である。2026年1月20日現在におけるTimelineによればDraft 2.0が2026年5月、Draft 3.0が2027年1月にそれぞれWG Letter Ballotに掛けられ、Draft 4.0をSA Ballotに掛けるのが2027年5月。
最終的にWGおよびEC(Executive Committee)の承認が2028年3月、RevCom(Standard Review Committee)およびSASB(Standards Board)の承認は2028年5月を予定している。つまり仕様が最終的に確定するまで、あと2年以上必要な状況である。とはいえDraft 1.0が出ている時点で基本的なシステムの構成に大きな変化はなく、おおむねDraft 3.0が出る来年1月には技術的な変更もほぼ出尽くすはずだ。逆に言えばあと1年程度は、まだ技術的に変更が出る可能性は残されていることになる。
「高信頼性基準規格」であることを目指して検討を開始
そのIEEE P802.11bn、2022年9月にUHR SG(Ultra High Reliability Study Group)がまず発足。ここでPARやCSDの策定が行われ、2023年11月にTGbn(Task Group bn)としてTask Groupが形成された。
名前のUltra High Reliabilityからも分かる通り、主眼となるのは信頼性を大幅に高めることだ。これはIEEE 802.11beがEHT(Extremely High Throughput)としてスタートしたのと好対照である。
IEEE P802.11bnのPAR(ダウンロードにはIEEE Accountが必要)を見ると、例えば5.5のNeed for Projectでは以下のコメントを残している。
WLAN devices that support data rates in the range of a few gigabits per second (Gb/s) are already available.The technology needs to further evolve to increase throughput at different SINR levels.Use of WLAN P2P communications is increasing in a wide range of deployment scenarios, which are competing with infrastructure WLAN usage for the same medium resources. This requires better coordination between neighboring APs and between P2P networks.
すでに数GbpsのWireless LANは利用可能だが、異なるSINR(Signal to Interference and Noise Ratioレベル)でのスループット向上のために技術進化が必要である。またWLAN P2P通信は多様なシナリオで利用が増加しており、同じメディアリソースを巡ってインフラWLANと競合を起こしている。このため、隣接AP間およびP2Pネットワーク間の、より良い調整が求められる。
また、8.1の"8.1 Additional Explanatory Notes"では2.1(Project Title)への補足として以下を述べた。
In the context of this PAR, reliability focuses on MPDU transfer and is comprised of throughput, latency and MPDU loss (see 5.2b).
For a given scenario, implementations of the IEEE 802.11 standard today achieve multi-Gbps throughout, sub-10 ms latency and packet losses lower than 0.1%. Per our definition of reliability, we consider this as high reliability.The term Ultra High indicates the improvement quantified in 5.2b over the current high reliability baseline standard.
このPARにおいて、信頼性とはMPDU転送に焦点を当て、スループット、遅延、MPDU損失で構成される。特定のシナリオにおいて、現在のIEEE 802.11の実装は数Gbpsのスループット、10ミリ秒未満の遅延、0.1%未満のパケット損失を達成している。信頼性の定義にもとづき、これを高信頼性とみなす。『超高(Ultra High)』という用語は、現行の高信頼性基準規格に対して5.2bで定量化された改善を示すものである。
これは、ピークスループットよりも信頼性を向上させ、結果的に実効スループットを改善するといったものになっている。実際、Draft 1.0段階の仕様で言えば、IEEE 802.11beとIEEE P802.11bnのスペック上の最大スループットは23.1Gbpsと同じ数字である。要するに、Wi-Fi 7→Wi-Fi 8でも、ピーク性能の向上は一切ないことになる。
IEEE 802.11beとの主な違いはDRUの追加
ではどんな点が変わったのかを、現状のレベルでまとめたのが下表だ。
| IEEE 802.11ax | IEEE 802.11be | IEEE P802.11bn | |
| 利用周波数帯 | 1.0GHz~7.250GHz | ← | ← |
| チャネル幅 | 20MHz~160MHz | 20MHz~320MHz | ← |
| OFDMA RU(Resource Unit) | RRU(Regular RU) | MRU(Multiple RU)、RRU(Regular RU) | DRU(Distributed-tone RU)、MRU(Multiple RU)、RRU(Regular RU) |
| サブキャリア間隔 | 78.125kHz | ← | ← |
| シンボル時間 | 12.8μs | ← | ← |
| GI(Guard Interval) | 0.8/1.6/3.2μs | ← | ← |
| 変調 | 最大1024QAM | 最大4096QAM | ← |
| 空間Stream | 最大8 | ← | ← |
| 最大PHYデータレート | 9.6Gbps | 23.1Gbps | ← |
実のところ、利用できる周波数帯とかチャネル幅、変調方式などはIEEE 802.11beと全く変わっておらず、唯一の違いはOFDMAを利用する際のRU(Resource Unit)に新たにDRU(Distributed-tone RU)という方式が追加されただけである。もっとも、上の表は多少簡単化して示したものであり、実際にはその信頼性確保に向けて、いくつかの追加機能が用意されている。まずPHYに関して言えばDRU以外に、以下の事柄が送信レート向上の方策として追加されている。
- ELR(Enhanced long range)PDDU:特定の規制要件におけるダウンリンクとアップリンク間の電力バジェットの不均衡への対応
- IM(Interference mitigation):PPDUのデータセクションに追加のパイロット信号を付与。これにより干渉信号が存在する場合でもPPDUを確実に受信可能とする
- Long LDPC codeword:3888bit長のコードのサポートを追加
- MCS(Modulation and coding schemes)変更:既存の符号化方式と変調方式に追加の組み合わせのサポートを追加し、ギャップを解消
- UEQM(Unequal modulation):非MU-MIMOのビームフォーミング送信におけるUHR MU PPDUの性能向上
同様にMACについても、主な機能として以下が挙げられている。
- DBE(Dynamic bandwidth expansion):アクセスポイントがBSSの帯域幅を超えて最大帯域幅まで動作することを可能にする拡張動作をサポートする
- DUO/PUO(Dynamic/periodic unavailability):クライアントがアクセスポイントに対して利用不可状態を示せるようにする。これによりアクセスポイント内部での共存性が向上する
- DPS(Dynamic power save):リンク監視時の省電力動作が可能となる
- DSO(Dynamic subband operation):アクセスポイントが、関連付けられたクライアントよりも広い帯域幅を持ち、クライアントに対して周波数リソースを動的に割り当てられるようにする。これにより、クライアントが現在の動作帯域幅を超えつつ、アクセスポイントのBSS内にとどまることが可能となる
- LLI(Low-latency indication):TXOPレスポンダーよりTXOPホルダーに対し、Low Latency要求の通知を可能にする
- Multi-link power management:MLO(Multi-Link Operation)に最適化した電源管理を可能にする
NPCA(Non-primary channel access):Primary Channelがビジー状態の場合、Alternative Primary Channelに動的に切り替える仕組み - P-EDCA(Prioritized EDCA):高い優先度のトラフィックを持つクライアントがチャネルにアクセスしやすくする
- AOM(Adaptive operation mode):クライアントがデバイス内での干渉に対処するためにMCS、NSS、帯域幅、Punctured Subchannelsなどを制限することを要求できる
また、アクセスポイントとの連携機能として、やはりMAC層で新たに以下が追加された。
- P2P(Peer-to-peer) communications:アクセスポイントが複数の(アクセスポイント機能を持たない)クライアントとTXOPを共有できるようにする
- SMD(Seamless mobility domain):現在のアクセスポイントのMLD(MLO Device)からターゲットアクセスポイントのMLDに、再関連付けをせずにシームレスに移行可能
- MAPC(Multi-AP coordination):アクセスポイントから関連するクライアントへの送信を調整し、Latencyや信頼性、スループットなどを最適化することを可能にする。利用できる手段としてはCo-BF(Coordinated Beam Forming)、Co-SR(Coordinated Spatial Reuse)、Co-TDMA(Coordinated TDMA)、Co-RTWT(Coordinated Restricted Target Wait Time)、Co-CR(Coordinated Channel Recommendation)などが挙げられている
こう並べても何が何だか、という感じかと思うので、次回もう少し細かく説明したい。