編集部コラム

SNSが好きな人も、そうでない人も知っておきたい「SNS周辺で今起きていること」

 SNSのあり方が、近い未来に変わるかもしれません。特に大きな要因となるのは、米国で起きているSNS事業者に対する訴訟や、各国で進むSNS規制の動きです。

 その状況はけっこう複雑ですが、身近なだけに、ぜひ多くの方に知っておいていただきたい問題です。本コラムでは、現状を少し分かりやすく解きほぐしてみたいと思います。

そもそもSNSって何だ?

 コンピューターを接続し、互いにデータをやりとりできるようにしたのがネットワークであり、ネットワークを運用する企業や組織の枠を越えて接続し、世界規模に拡大したのがインターネットです。インターネットは、コンピューターのユーザーである人々を世界規模で接続する役割も持つようになりました。

 SNSとは、ユーザーをつなげるインターネットの上で動く、人々のつながり作りや情報の共有を促進するシステム、と見立てられます。皆が集まる 街の真ん中で運営される巨大なアミューズメント施設 のようなもの、と捉えて、大まかなイメージとしては間違いないでしょう。

 巨大アミューズメント施設は楽しい。誰が行っても何かしら楽しめるものがあるでしょうし、積極的に遊びに行くのでなくても、何だかんだで時間を潰せて、気分転換にもなるかもしれません。

やりすぎで健康被害まで発生

 しかし、「新しいショーが始まるよ! みんな集まって!」と学校の授業中や真夜中にも街じゅうに響き渡るほどのアナウンス(プッシュ通知)がされたり、帰ろうとしているのに「次のゲームが始まったよ! これもやっていって!」と言われたり(自動再生や無限スクロール)すると、 ちょっとやりすぎでは?  という感じになってきます。

 こういうことが過ぎて、青少年の心身の健康が害される被害が実際出ている、というのが、米国で起きている多くの訴訟です。

 しかも、MetaなどSNS事業者は、心身の健康が害されるであろうこと/実際に害されていることを把握しつつも、 お構いなしでやり続けていた ことが証拠から明らかになり、陪審団の評決で事業者が負けることにつながっています。

 あらためて述べると、この見出しの「やりすぎ」とは、ユーザーがSNSをやりすぎという意味ではありません。SNS事業者がユーザーの利用促進をやりすぎ、その結果、ユーザーの心身に悪影響が出ている、という意味です。

なぜ、SNS事業者はやりすぎるのか?

 なぜ、SNS事業者はそこまでやりすぎてしまっていたのか? これは単に事業者が悪いヤツだという話ではなく、米国においてSNS事業者を含む情報プラットフォーム事業者に強気の事業展開を許してきた、通信品位法230条という法律が背景にあります。

 この法律は、ざっくり言うと「情報プラットフォーム事業者は情報を配布する存在であって、そこで流通する情報に問題があっても責任を問われない」のような内容で、事業者に「無限の免責」とも言われる免責を与えています。

 通信品位法230条にのっとり、情報を流通させるプラットフォーム(情報の配布者)としてのSNS事業者は、これくらいやっても法的には問題ないだろうとの認識で、機能を実装し、事業を展開してきたと考えられます。実際、これまでにあった多くの問題でも、SNS事業者は通信品位法230条に守られてきました。

 しかし、「青少年の心身を害するようなシステムは不良品である」「それを 運営者は悪意を持って放置 した」などと、配布者としての問題ではなくシステム面の問題を指摘した訴訟により、SNS事業者は負けています。

 無料で運営されるSNSで、事業者が収益を得るには、とにかく長時間利用させ、ユーザーが見るコンテンツの間に多くの広告をはさみ込む必要があります。ごく単純に言って、ユーザーに長時間利用させるために事業者が研究を重ね、開発してきたシステムが、問題あるよと指摘されているわけです。

酒とタバコとSNS

 「ユーザーに長時間利用させる」ためのシステムは、単なる機能というよりは、ユーザーを依存状態・中毒状態にするため、さまざまな心理効果を利用した巧妙なものになっていきます。

 米国の訴訟においては、SNSをタバコに例えた訴えもされています。一度始めたら 自分の意志だけでやめることが難しい依存性 があることに加え、米国では1980~90年代に、タバコ事業者が青少年をターゲットとしてイメージキャラクターを立てた広告キャンペーンが行われたことがあり、同様の手段が取られている、との指摘です。

 具体的に問題がある機能と指摘されているものの1つに、いくら見ても終わらない「無限スクロール」があります。インターネット歴が長い人からすれば、読み込みを待つことなく続きが見られる無限スクロールは、有難い機能だという印象しかないかもしれません。しかし、適当に切り上げて勉強しよう、と思った青少年を引き留め続けるような使い方をされたら、確かに有害な存在にもなり得るでしょう。

 SNSともう少し距離を取りたのに、ついつい見てしまう……と思っている人は多いと思われますが、運営によって「見るように仕向けられている」という視点を持ってもいいと思います。 自分の意志の弱さだけが原因ではない 、と思うことで、少し気が楽になり、ではどうしようか? と、あらためて考えられるのではないでしょうか。

 また、SNSが大好き! 毎日何時間もやっている! という人も、それは本当に好きでやってるの? 「なんか止まらない状態になっちゃってる」だけじゃない? と、ちょっと考えてみてもいいかもしれません。

 今はSNSの規制論もあちこちで起こっていますが、「ユーザーの利用を禁止しよう」という意見については、かつて米国で施行された「禁酒法」と関連づけた意見もあります。

 禁酒法下の米国では、法の目をかいくぐって酒類を提供したり、酒を飲むために国外に出たりといった動きがありました。また、抜け道も多くあったと言われます。

 米国の禁酒法や類似の規制を引き合いに、依存性・中毒性が問題だからといって単に規制しても、実質的に効果を望めるか疑問であり、また、隠れて利用することによって、もっと危険な状態を生むおそれもあるとの指摘は、確かにと、うなずけるところが多いように思われます。

「ほどほど」が大切、加減は難しいけれど

 SNSとの付き合い方は、酒やタバコのような嗜好品と同様に「ほどほど」を基本線として、具体的な加減を自分で、あるいは家族で試行錯誤していく覚悟をするのが、結局のところ最善であるように思えます。

 多くの人にとって、SNSを急にやめるのは難しいはずです。「推し」や趣味の情報収集、仲間とのコミュニケーション、あるいは暇つぶしの場として、SNSは手放せないものとなっているでしょう。SNSのようなサービスには、参加者が増えれば増えるほど、さまざまな面で価値が高まります。これは「ネットワーク効果」と呼ばれますが、つまり、多くの人が参加するSNSは、たくさんの人がいることそのものに価値があり、別の何かに移ればいいというものでもありません。

 SNSは楽しいし、手放しがたい。子ども(青少年)にとっても大人にとっても、単純にやめることは難しいと思う人は多いはずです。ただ、現在の動向を見るに、SNS事業者は必ずしも「ユーザー本位」でサービスを運営しているとは言えません。「使わされてしまう」ことのないよう、ほどほどに加減しながら楽しもう、と意識することは大切でしょう。

事業者が「よいSNS」を目指す?

 一方で、訴訟や規制論の動向を受けてSNS事業者が襟を正し、問題や欠陥、悪意が指摘される機能を改めて、「ほどほど」の使い方をやりやすくする 「よいSNS」になろうとする動き も、今後見られるかもしれません。例えば、先日発表されたYouTubeでショート動画の表示をなくせる機能は、その1つと見ることもできます。

 今まさに子どもがSNSを使いすぎることに頭を悩ませている親御さんや教育関係者からすれば、こうした動きは歓迎できるところでしょう。

 現状、教育関係者などの間でも、単純なSNS規制には懐疑的な声が多いと聞きます。日本での関連の動向を知り、適切な方法で声を上げることが、よりよいSNS環境を作る一助になることでしょう。

SNSだけでなく、周辺にも数々の課題が

 多くの人にとって、SNSは生活の中でそれなりに大きな位置を占めるものになっていることでしょう。今のSNSは単なる楽しいサービス・純粋な情報流通やネットワーキングのための機能を提供する存在というよりは、事業者により研究開発された、「夢中になってしまう機能」を多く含むシステムであることは、ちょっと意識しておいて損ではないと思います。

 そして、このような問題は、SNSとその事業者だけに限られるものではありません。デジタル広告に関する問題、「ダークパターン」とも呼ばれるユーザーを知らない間に不利な状況に誘導するインターフェースの問題は、SNS以外においても多く指摘されています。

 また、自国のデータは自国で管理し、他国のサービスに依存しないようにするべきだという「デジタル主権」あるいは「データ主権」と呼ばれる考えは、政治的な課題にもなっています。米国大手への依存が強いSNSも、この議論と無関係ではありません。

 SNS事業者に対する訴訟提起、規制論、そして周辺のこのような課題から、はじめに述べたように、今後、SNSのあり方はいくらか変わるかもしれません。どんな議論が起こり、どんな変化につながっていくか、注目していただきたいです。

 現在の動向について詳しくは、以下の特集もご覧ください。