特集

米国プラットフォーム事業者に無制限の免責を与えた「通信品位法230条」の功罪と、現在の論点

【特集 SNS事業者・SNS規制論の現在地】第1回

日本でも「こどものSNS規制」に関する議論が増えつつある。豪州では昨年末に16歳未満のSNS利用を原則禁止とする法律が施行され、欧州各国でも規制の動きが聞かれる。また、米国ではSNS事業者を対象にした訴訟が相次いでいる。

このような議論には、大きく2つの論点がある。1つ目は、日本で「青少年のSNS規制」と聞いて素朴に思い浮かぶ「こどもが夢中になりすぎて、勉学がおろそかになる」のような、こどもの自制を促したり、行動を規制するルールを設けたりする必要があるとの意見。2つ目は、特に米国の訴訟で争点となっている「SNSがこどもを中毒状態にするような、悪質なシステムになっている」、つまり、こども自身の自制や行動の改善とは別に、事業者への規制が必要だとの指摘だ。

本特集では全3回にわたって、一般財団法人日本情報経済社会推進協会 客員研究員の寺田眞治氏に、現在のSNS事業者と、こども/青少年保護のためのSNS規制論周辺の動向を解説していただく。各回のテーマは次の通り。(編集部)

第1回:米国プラットフォーム事業者に無制限の免責を与えた「通信品位法230条」の功罪と、現在の論点
第2回:EUと日本におけるプラットフォーム規制・デジタル主権の議論に見える、米国とは異なる視点(近日公開)
第3回:こどものSNS規制、先駆けて「禁止」した豪州と、議論を進める各国の動向(近日公開)

 デジタル・プラットフォームに対する規制が世界各国で急激に強まっている。その目的は、Big TechあるいはGate Keeperと言われる大手プラットフォームによる市場独占に対して公正な市場競争を取り戻そうとするものと、利用者や社会に害や悪影響を与えるサービスや機能を是正しようとするものの2つに大別することができる。

 前者については、EUではDMA(Digital Market Act:デジタル市場法)をはじめとするデジタル法制による執行が強力に進められており、日本でもスマホソフトウェア競争促進法が施行された。規制が緩いと思われている米国でも、反トラスト法に基づくさまざまな訴訟が進行している。

 後者はプライバシー保護、消費者保護、こどもの保護といった利用者の保護の観点と、偽・誤情報対策に代表される社会の安全の観点とが混在しつつ、規制する動きが急激に活発化している。議論の対象は特にSNSに集中しており、こどもの保護、コンテンツモデレーション、アルゴリズムやデザイン設計が喫緊の課題とされている。

 問題となった原因は、プラットフォーム事業者のサービスや機能が、野放図に拡大・強化されてきたことにあるが、特にSNSに対する厳しい議論となったその背景には米国の通信品位法230条がある。

米国の通信品位法230条とは

 現在、SNSはFacebook、Instagramを擁するMeta、YouTubeを擁するGoogle、旧TwitterのXなど米国発の企業がグローバルでも大きなシェアを占めている。これを後押しし、各プラットフォームによる自由な機能強化やサービス拡大を許容してきたのが米国の通信品位法230条である。

 通信品位法230条は、2つの裁判結果をきっかけとして、1996年に制定された。1つは1991年のCompuServe事件で、投稿を検閲していないことからプラットフォームは書店のような単なる配布者と見なされ、責任を問われなかったという判決。もう1つは1995年のStratton Oakmont v. Prodigy事件で、規約に基づき投稿の検閲や削除等の管理を行っていたことから、プラットフォームに発行者としての責任があるとされた判決。この2つの判決により、投稿を管理するとかえって法的リスクが高まるという「検閲者のジレンマ」が生じることとなった。これに対し、善意でネットの清浄化を行う企業を保護すべきとの考えから、230条が制定されることとなった。

CompuServe事件:「Cubby v. CompuServe事件」としても知られる。CompuServeは当時のパソコン通信サービスで、その中の会議室(掲示板のようなもの)において、あるユーザーが作成したニューズレターが配信されていた。このニューズレターの内容が名誉棄損にあたるとして、Cubbyという会社がニューズレター作者とCompuServeを訴えたが、CompuServeは、サービスはニューズレターの発行者ではなく配布機能の提供者であり、内容については関知していないと主張。これが認められ、CompuServeはニューズレターによる名誉棄損に関して責任を問われなかった。

Stratton Oakmont v. Prodigy事件 :Prodigyは掲示板サービスを提供していた。その掲示板に、匿名のユーザーがStratton Oakmontという会社が詐欺を働いているという書き込みが行われ、これに対してStratton OakmontはProdigyを名誉棄損で訴えた。CompuServe事件と異なるのは、Prodigyはこの掲示板で議論に参加したり、内容について編集権を行使したりして関与していたことだ。結果、Prodigyは発行者であるとみなされ、名誉棄損の責任を問われることとなった。

 通信品位法230条は(a)~(f)の6項からなり、重要なポイントは以下に示す(c)項の内容である。

(c)「善きサマリア人」による不適切な素材の遮断および選別の保護

(1)第三者コンテンツに関する責任の制限(Treatment of publisher or speaker)
対話型コンピュータサービスの提供者または利用者は、他の情報コンテンツ提供者が提供した情報の発行者(パブリッシャー)または代弁者(スピーカー)として扱われてはならない。

(2)自発的な削除に関する民事責任の免除(Civil liability)
いかなる対話型コンピュータサービスの提供者または利用者も、以下の行為について責任を問われない。
(A)卑猥、みだら、好色、不潔、過度に暴力的、嫌がらせ、またはその他不適切な(otherwise objectionable)素材について、それが憲法で保護されているか否かにかかわらず、わいせつであると善意で判断し、そのアクセスを制限するために行ったいかなる行動。
(B)前項に記載された素材を制限するための技術的な手段を、他者に提供したり利用可能にしたりするために行ったいかなる行動。

 要約すると(1)は利用者の投稿に対して、SNS等のプラットフォームは責任を負わないとするもの (2)は善意による投稿の管理は民事的責任を負わないとするもの。これをもって、通信品位法230条はプラットフォーム事業者に「無制限の免責」を与えるものだと言われている。

 制定の目的は(b)政策(Policy)に、(1)インターネットおよびその他の対話型コンピュータサービスが提供する活気ある自由な市場を、政府の規制を最小限に抑えつつ発展させること、(2)インターネット上における、真に多様な政治的言説、文化的な自己表現、および知的な活動を維持すること、とある。この結果、スタートアップ企業でも訴訟リスクを恐れずに事業を推進することが可能となり、今日の非常に大きなプラットフォームが実現することとなった。

善きサマリア人:新約聖書に記されている、「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」と書かれた法律における隣人とはどのような人物か、と問われたイエスが語る例え話に登場する。怪我をした旅人を見かけたサマリア人(サマリアは西アジアの一地域だが、ここでのサマリア人は、「無関係な人」の意味と捉えてよい)が、旅人を介抱し、宿に送り、宿代も払った。これが隣人愛である、とイエスは説く。

法律において「善きサマリア人」が使われるときは、救命処置などの場面において、善意に基づく行動であれば(また、重大な過失がなければ)結果の責任を問われない、とする考えの例えとなる。通信品位法230条の(c)項では、サービス提供者・プラットフォーム事業者に対し、(1)で要するにサービス提供者はCompuServe事件の例と同じ「配布者」であるとし、(2)で、善意に基づいて不適切と判断したコンテンツを削除等しても責任を問われないとしている。

通信品位法230条の功罪

 米国内において法律により守られたことで、まだ小規模であったGoogleやFacebookなどが急速に巨大化し、その結果いち早く世界進出を成し遂げることができたのは間違いないだろう。通信品位法230条による免責は、検閲に係るコストを大幅に削減し、SNSの普及の原動力となる無料化に寄与したと同時に、新たなサービスや機能を開発するうえでも極めて有利であった。

 また、近年、権威主義的な国家ではネット上の検閲による統制が進み、民主主義の原則である表現の自由を封じ込める事例が増えているが、通信品位法230条により過度な検閲が行われなかったことで、米国ではネット上で多様な言論が可能となったことも重要な功績である。旧来のコミュニケーションは1対1、1対多、小規模な集団内であったが、無制限に近い多対多が実現し、オープンな情報による社会の変容が牽引されることとなった。しかし、当初想定したような平等、公平、公正な社会の実現とはならず、犯罪の温床となったり、最近では社会の分断の元凶とされることもある。

 無制限の免責は、SNSの悪用も放置される結果をもたらした。フェイクニュースに代表される偽・誤情報、誹謗・中傷、児童ポルノ、オンライン詐欺、薬物に代表される違法取引等、枚挙にいとまがない。しかも、リアルの社会では限定された環境で行われていたものが、SNSがその境界を取り払い、規模の拡大と被害の甚大化をもたらしてしまった。

 また、個人の好みや閲覧履歴に基づいて見たい情報だけを表示するアルゴリズムにより、泡(バブル)に包まれたように偏った世界しか見えなくなるフィルターバブル、自分と似た意見や価値観に囲まれ続けることで、その意見が増幅・強化され、それが世間の主流であると錯覚してしまうエコーチェンバーといった現象が生じた。これにより、バイアスのかかった集団と異なる意見の集団との間で強硬な対立が生まれ、社会の分断が進む原因になったと言われている。さらに、このような対立を煽るフェイクニュース、偽・誤情報が拡散、蔓延し、バイアスの強化が進んで対立が深まるといった負のスパイラルに陥っている。

 直近ではAIによるレコメンド(おすすめ)が問題視されている。不適切なレコメンドが、犯罪の誘発、社会の分断の助長、あるいはメンタルヘルスの悪化を招いていると言われている。

 これらの犯罪、対立はとりわけこどもへの影響が大きい。認知能力や判断能力が十分に発達していないため、犯罪に巻き込まれる可能性が高まり、「洗脳」状態になってしまうおそれや、ネット中毒と言われる依存症のおそれも高まる。

SNS事業者の収益化戦略とその問題

 これらの問題の根底には、SNSのビジネスモデルが深く関わっている。無制限の免責によるコストの低廉化が、サービスを普及させやすい無料化モデルを実現させたが、この場合、収益化は必然的に広告モデルとなる。広告モデルの基本は閲覧者、閲覧数の最大化である。そのため、コンテンツモデレーション(配布者としてのコンテンツ流通の管理)は、サービスを強化する方向で作用することとなる。

 SNSの爆発的な普及により情報が増え続ける一方、有限である人間の関心(アテンション)が希少になり、経済的価値が高まる、アテンションエコノミーと言われる状況が生じる。そのため、人々の興味・関心を引きやすい過激なコンテンツを全面的に押し出すことでタイムラインを注目させ続け、広告の表示回数増加≒広告収入増加につなげる施策が拡大した。また、このような過激なコンテンツは、リアクションやコメント数も多く、拡散されやすいため、広告表示の機会が最大化される。

 過激なコンテンツの優遇は、善意の管理と利益拡大のためのサービス強化の境界線を曖昧にし、競争関係にある事業者間では利益優先に傾くことになる。善意の管理が後退しても通信品位法230条で守られるため、事業者の利益優先の体質が強化される結果をもたらした。

 AIの進化がさらに問題を大きくしている。かつては閲覧数やフォロワーの多いコンテンツが優先的に表示されるような単純なアルゴリズムであったが、直近ではAIが閲覧数を予測して表示したり、反応しそうな利用者にレコメンドするといったこともできるようになっている。特にAIによるレコメンドはエコーチェンバー現象を引き起こす可能性を高める。できるからと言って無頓着に行っているとまでは言えないが、利益優先の施策から一定程度のアルゴリズム投入が行われるのは必然でもある。さらに、閲覧数の最大化に関しては、長時間の利用を促進する施策も有効となる。無限のスクロール、ページを開いた瞬間の動画再生と終了後に続けて新たな動画が再生されるといった動画自動再生など、閲覧を停止させにくくする設計が主流となった。これがネット依存、中毒をもたらすこととなった。

 このようなアルゴリズムや設計が、果たしてコンテンツモデレーションと言えるのか、が争われ始めている。つまり、通信品位法230条の対象範囲、善意の管理の定義が課題として浮上している。

米国内SNS訴訟の論点と議論の動向

 米国発のSNSが市場を席巻しているEUや日本をはじめ、多くの国と地域では、すでにさまざまな規制が行われているが、米国でも規制の議論が活発化し、極めて多数の訴訟が進行している。SNSがもたらす問題として挙げられている内容は多岐にわたるが、以下が主な論点である。

  1. 有害コンテンツの放置:フェイクニュース、偽・誤情報、ヘイトスピーチ、児童ポルノ、違法物取引、詐欺などが「免責」を隠れ蓑に放置されているという批判。
  2. 政治的バイアスへの不満:保守派「保守的な意見が不当に検閲(シャドウバンなど)されている」と主張。リベラル派「偽情報や差別的な投稿を削除する努力が足りない」と主張。
  3. アルゴリズムの責任:単に「載せている」だけではなく、AIが有害な投稿を「おすすめ(拡散)」している場合まで免責されるのは不当だとする指摘
  4. デザイン設計の責任:無限スクロールや動画自動再生などが、ネット中毒をもたらし、メンタルヘルスを悪化させるのは設計のミスだとする指摘
  5. こどもの成長阻害:上記の問題に加えて犯罪の被害者・加害者になる危険性などこどもの認知・理解に配慮していないとする批判

 1と2は、コンテンツモデレーションについて事業者の責任を問うもので、米国が特に重視する表現の自由や知る権利と真っ向から対立し、230条の成立時の目的に相反する論点でもある。そのため、相次ぐ裁判でも事業者側が勝訴している。

 一方で、3と4は、コンテンツモデレーションではなく、アルゴリズムやインターフェースの設計という製造物責任の問題であるとして事業者が敗訴する判決例がでてきた。いずれも和解したり控訴したりといった段階にあり、最終的な結論が出たわけではないが、少なくとも無制限の免責という230条の解釈が限界を露呈していると言えるだろう。

通信品位法230条改正をめぐる動き

 大半の訴訟は230条の改正を求めるものではなく、適用の解釈について争っているものであるが、その一方で改正に踏み込む動きも表れている。それは前述2の政治的バイアスに関する共和党、民主党の両党の不満から生じている。それぞれの主張は以下のとおりである。

共和党(およびトランプ政権)

 政治的バイアスにより保守派(共和党やトランプ大統領)への不当な検閲が行われているとして、中立性と表現の自由を守ることを改正の目的としている。

 230条の保護を受けるためには、コンテンツ管理において「高い基準の中立性、透明性、公平性」を満たすことを義務付け、独自基準で投稿を削除することを「検閲」と呼び規制するデジタル権利章典の制定を推進。また、現行法の「その他不適切な(otherwise objectionable)」という曖昧な文言を「違法な(unlawful)」に書き換え、政治的判断で投稿を消せないようにする案を提案している。

民主党

 リベラル派(民主党)に対するフェイクニュースやヘイトスピーチが放置されているとして、有害情報の責任を追及できることを目的としている。

 偽情報やヘイトスピーチ、誤情報などを削除しないことに対し、免責を制限して法的責任を負わせるべき。AIが有害なコンテンツを拡散・推薦(レコメンド)する仕組みについては、230条の保護対象から外すべきだとしている。また、児童ポルノやSNS依存など、こどもへの実害に関する免責を剥奪する法案を推進している。

 また、超党派により一般的に「サンセット条項」といわれるものがいくつか議会に提案されている。免責特権を制限するため、230条に一定期間以内に失効させる条項(サンセット条項)を追加して、企業に法改正の交渉を強いる、あるいは新たな規制枠組みへの移行を促すというものである。両党とも230条の改正を訴えているが、その目的が共和党は「投稿を消すな」、民主党は「投稿をもっと消せ」と主張しているようなものなので、たとえサンセット条項が発効したとしても、両党で納得のいく改正が行われるのは難しいと見られている。

青少年保護に関する法制度整備の動きも

 他方、こどもの保護については、230条の議論とは別にCOPPA 2.0(Children and Teens’ Online Privacy Protection Act 2.0:児童・青少年オンラインプライバシー保護法)の改正が進められている。現行の13歳未満を16歳未満に対象を拡大すると同時に、規制の強化も図られる。

 さらに直接SNSなどを対象とするKIDS Act(Kids Internet and Digital Safety Act)では、有害なコンテンツからこどもを保護する注意義務(いじめ、暴力、自殺の助長、摂食障害、性的搾取などのリスクを防止・軽減する合理的な措置を講じる法的責任)、中毒性のある機能の制限、保護者用ツールの提供などを課すものとして提案されている。

 いずれも、表現の自由、こどもの知る権利の観点、年齢確認や有害の定義の曖昧さからくる検閲の悪用を危惧する意見があるものの、社会的圧力の強さもあって2026年3月に上院で圧倒的な支持を得て通過しており、現在、下院で修正協議が行われている。

 これら一連の動向からも通信品位法230条は、すでに無制限の免責を与えるものでは無いことが明らかであり、今後は何が規制されるべきか、どこまで規制されるべきかを議論する段階に入っていると見ることができる。

寺田 眞治

一般財団法人日本情報経済社会推進協会 客員研究員。メディア、メーカーの広告及び事業企画を経て、インターネットのコンテンツ、メディア、マーケティング分野での起業、経営戦略、海外事業、M&Aに従事しつつ業界団体の役員も歴任。総務省、経済産業省、消費者庁などでの通信政策、国際競争、個人情報保護、消費者保護などに関する有識者会議の委員を務める。