「.社名」ドメイン、作るのにいくらかかる? 新gTLDの素朴な疑問
アーバンブレイン代表取締役社長の才門功作氏 |
「google.com」「internet.watch.impress.co.jp」といったドメイン名の一番右側、「.com」や「.jp」といった文字列は、ドメイン名の起点となる名前である。トップレベルドメイン名(TLD)と呼ばれるこの名前は、ICANN(Internet Corporation For Assigned Names and Numbers)という米国の非営利組織によって管理され、そこに新しい名前を追加するにはとても高いハードルを越えなければならなかった。
しかし、その高く厳しいハードルが、今年中に緩和されるかもしれない。ICANNが、gTLD(分野別トップレベルドメイン名)をさらに増やす計画を進めているからだ。これについては、例えば「.sony」「.tokyo」など、社名や地名を使ったTLDも可能になるということで、報道などでは “gTLDの自由化”として話題になった。記憶されている方も多いことだろう。
では、実際に社名や地名などをgTLDとして使えるようにするにはどうすればいいのか? また、どのぐらいの費用がかかるのか? “新gTLD”についての基礎知識を、株式会社アーバンブレインに聞いた。
同社は、インターネット接続サービスやドメイン名登録サービスを展開する株式会社インターリンクの子会社だ。インターリンクで培ったドメイン名関連事業の技術やノウハウを活用して、企業や自治体などが新gTLDを申請する際の支援や、新gTLDを運用する際の保守・管理業務などのコンサルティングサービスを専門としている。
インターリンクでは2009年10月、マレーシアQinetics Groupの「RegistryASP」と提携。TLDごとにドメイン名を一元管理する組織である“レジストリ”に必要なシステムを、日本向けに提供する準備を進めていた。なお、RegistryASPは、香港のccTLD(国コード別トップレベルドメイン名)である「.hk」やシンガポールのccTLD「.sg」などのレジストリで導入・運用実績があるという。
アーバンブレイン最高技術責任者のブライアン・ビュッキング氏 | アーバンブレイン事業開発ディレクターのジェイコブ・ウィリアムズ氏 |
Q1:まず、“gTLDの自由化”とはどういうことなのか教えてください。 |
A1:今までは無理だと考えられていた、「.社名」「.サービス名」「.地名」といった類のgTLDが認められる可能性が出てきたということです。 |
解説:従来は社会的価値などの評価基準があり、新しいgTLDを欲したとしても、その申請にはさまざまな制約がかけられていました。しかし、今回募集が予定されている新gTLDは、以前のような全体で何個増やすかといった個数制限や、社会的価値といった評価基準が設けられていません。 さらに新gTLDは、日本語などのIDN(国際化ドメイン名)にも対応しています。例えば「.urbanbrain」「.kyoto」といった英数字だけでなく、カタカナの「.アーバンブレイン」や、漢字の「.京都」も申請できます。gTLD自由化のインパクトは、TLDの可能性を広げる点にあると言えます。 |
Q2:「.社名」「.サービス名」「.地名」を使えるにようになるメリットは? |
A2:ブランディングに大きく役立つことです。 |
解説:社名自体をgTLDにすると、例えば「www.urbanbrain」というように、社名そのものでアドレスを完結させることもできます。現在最もメジャーなgTLD「.com」にはワールドワイドなイメージがありますが、それでも「社名.com」と、新gTLDの「.社名」とを見比べれば、どちらがより訴求力があるか一目瞭然でしょう。 地名を使った「.tokyo」「.京都」といったドメイン名ならば、利用者はその地域に関連するサイトが集まった場所だと認識しやすくなります。ですから、観光面や産業面などでメリットを生み出すでしょう。 新gTLDは申請条件が緩和されるとはいえ、新設するにはICANNによる厳格な審査を経なければなりません。第三者が似たような文字列を取得することは難しく、ブランド保護の面でのドメイン名の安全度も高まります。 |
Q3:Webサイトは検索エンジンやリンク、ブックマークなどからアクセスすることが多く、いちいちドメイン名を覚えて入力することはあまりないと思いますが……。 |
A3:ドメイン名自体に意味を持たせた方が、正しいインフォメーションに直接アクセスされる可能性が高まります。 |
解説:日本では検索エンジンに頼って目的のサイトを探すことが多いようですが、海外では「キーワード.com」のように、ドメイン名に意味を持たせる方が、SEO対策にコストをかけるよりもいいと思われているようです。 |
Q4: 企業や自治体などが、自由にgTLDを新しく作って使えるようになるという認識でいいでしょうか。 |
A4:その通りです。 |
解説:ただし、既存の「.com」や「.jp」などで通常行っているドメイン名の登録とは異なり、希望する文字列を入力し、クレジットカード情報を入れれば手続きが完了するといった簡単なものではありません。先ほど申し上げた通り、ドメイン名の起点となる名前ですから、申請にあたっては必要書類を作り、ICANNによる審査を受ける必要があります。 |
Q5:非営利団体などでも申請を行なえるのでしょうか。 |
A5:設立登記されている団体であれば申請することは可能です。 |
解説:厳密な定義ではありませんが、ICANNの「Draft Applicant Guidebook(ドラフト版申請者ガイドブック)」の第3版(DAGv3)によれば、「Standard TLD」(以下、スタンダートTLD)と「Community-Based TLD」(以下、コミュニティTLD)と定義されているものがあります。コミュニティTLDの定義は、「明確に定義されているコミュニティの利益となるために利用されるTLD」となっており、コミュニティのため以外の新gTLDはすべてスタンダードTLDとなります。 現状でICANNによって「コミュニティ」の定義が明確になされているわけではなく、申請者の申告によってそのことが取り決められることになります。現在、コミュニティTLDであると認められるためには、以下の基準を満たす必要があるとされています。
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Q6:どういった審査が行われるのでしょうか。 |
A6:2つの側面で考えられます。1つは申請する文字列、もう1つが申請する組織の能力です。 |
解説:まず文字列ですが、いくら自由度が高いといっても、何でも認められるというわけではありません。著名な商号や商標、国名や地名といったものは保護対象になります。その申請には、権利者などの同意が必要になる場合があります。例えば「.tokyo」であれば、東京都の同意書が必要になるといった具合です。 また、審査過程で意義申し立てを受け付ける期間が設けられますので、他社の権利に抵触しないかといった事前調査は十分に行わなければなりません。 組織の能力についてですが、gTLDの自由化とはすなわち、新たなgTLDのレジストリ組織を募集するとことだと言えます。レジストリは、そのgTLDのドメイン名を管理・運用する責任を負います。したがって、最低でも5年間は安定運用を継続できることが求められ、申請時にはその裏付けとなる財務調査や技術力の調査など、さまざまなチェック項目を通過しなければなりません。 ICANNによるレジストリの評価基準などについては、公開資料があります。そこには、例えばDNSのサービスレベル(SLA)要件なども書かれています。どれだけの能力を有しているかを示す際の目安にすることができます。DNS(Domain Name System)やEPP(Extensible Provisioning Protocol)といったシステム要件も重要です。 ドメイン名にどの文字列を使うかというよりも、組織の能力についての条件の方がはるかに大きいと考えてください。 |
申請要件などの詳細は、ICANNのサイトで公開されている。「Draft Applicant Guidebook(ドラフト版申請者ガイドブック)」や、日本語による抜粋資料などもPDFで入手可能だ。
◆New gTLD Program
http://www.icann.org/en/topics/new-gtld-program.htm
◆Applicant Guidebook
http://www.icann.org/en/topics/new-gtlds/dag-en.htm
◆新しいgTLDプログラム(PDF)
http://www.icann.org/ja/topics/new-gtlds/factsheet-new-gtld-program-oct09-ja.pdf
ICANNのサイトで、gTLD申請者向けのガイドブックを公開している |
Q7:具体的な手続きや、審査の流れを教えてください。 |
A7:ざっくり言うと、以下のような申請書類が必要です。
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解説:申請書類の多くは、そのドメイン名を管理・運用するのに問題がないことを示すためのものです。審査の流れについてはかなり複雑に見えますが、基本的には申請内容に対して第三者からの異議があるかどうかや、申請書類に記載された内容から、申請組織に適性があるかといった評価が行われるということです。 申請がスムーズに進んだとしても、異議申し立てを受け付ける期間や審査のために時間がかかりますから、こうしたプロセスがすべて完了し結果が出るまでには、あくまで想定ですが、9カ月から13カ月かかると考えられます。 「拡張評価」を選択したり、異議申し立てが出された場合には、追加書類の提出を求められたり、ICANNに支払う費用が増えたりします。もちろん、時間も余計にかかるため、事前に十分な検討をしておく必要があります。 |
アーバンブレインのWebサイトには、審査フロー図が掲載されている。あわせて参照されたい。
◆新gTLDの審査フロー
http://urbanbrain.jp/image/consulting/ja/process.gif
新gTLDの審査フロー(アーバンブレインのWebサイトより画像転載) |
Q8:同じ文字列を複数の申請者が申請した場合は? |
A8:複数の申請者が同一あるいは非常に似ている文字列を申請し、いずれも運用組織としての条件をクリアしている場合は、当事者同士のネゴシエーションか、オークションによってそのgTLDのレジストリが決められることになります。 |
解説:文字列の妥当性の検証や、類似文字列の競合については、他に利害関係者がいる可能性もありますので、事前の調査が重要になります。 厳密な話をすれば、TLDには別の視点として、以下のような分類があります。
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Q9:申請費用はいくらかかるのでしょうか。 |
A9:まだ確定したわけではありませんが、ICANNに支払う費用としては次のものがあります。
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解説:新gTLD申請料は初回のみですが、この費用は審査に対してかかるものですので、申請時に必要となります。年間費用は、審査に通った後にかかる維持費です。また、そのgTLDに登録されたドメイン名の規模が一定以上になると、別枠で登録数に応じた費用が毎年発生します。 また、繰り返しになりますが、審査時に「拡張評価」を選択したり、異議申し立てがあった場合などは別途費用がかかります。これについては、前述のDAGv3によると、以下のように書かれています。ただし、この数字で確定しているというわけではありません。
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Q10:新gTLDの申請受け付けはいつから始まるのでしょうか。 |
A10:はっきりとは決まっておらず、今のところは「年内に開始」とされています。 |
解説:ただし、申請の意志があるのであれば、検討はできるだけ早めに開始し、すぐにでも準備に取りかかるべきです。 その理由として、まず第一に募集期間は限られているということが挙げられます。仮に募集期間が45日間だったとしましょう。募集が始まってから準備を始めては、とても間に合いません。ある程度事前に準備を済ませておいたとしても、募集開始待ちの状態に入ると、どうしてもこの案件を脇に置く形になり、刻々と変化するICANNの情報を追いかけることがおろそかになります。申請条件が変更になる可能性もあるため、そういった事態にも対応できるよう体制を整えておく必要があります。 また、募集が毎年行われるという保証もありません。もしかすると、これを逃したら、次の募集はずっと先になってしまう可能性もあります。のんびりと構えていると、申請機会を失うかもしれないのです。 |
Q11:申請が承認され、実際にそのgTLDを運用していくとなると、レジストリシステムなどの初期コストや、その後の維持コストはいくら必要でしょうか。 |
A11:これは難しいですね。一概には言えません。 |
解説:規模にもよりますが、開始のための準備を含めて数億円単位で必要になるケースもあるでしょう。一方、すでにレジストリ業務のノウハウを豊富に持っていたり、規模を拡大しなければ、もっと安くできるかもしれません。 しかし、DNSを安定運用したり、ドメイン名登録を外部提供するためのEPPシステムの開発などもありますから、こうした業務の経験がない企業にとって新gTLDを運用していくのは、いろいろと大変な面が出てくると思います。正直、一般の企業や自治体が自前でそうした設備やノウハウを調達するのは現実的ではありません。 そこにアーバンブレインのビジネスチャンスがあるわけで、そのためのサービスを安価に提供することを考えています。 |
詳細な料金は未定だが、アーバンブレインでは、以下のような価格体系を考えているという。
- 初期費用:申請書類作成費用+委任テスト費用が980万円から
- 年間費用:レジストリシステム運営費用が980万円から
初期費用には、簡単なコンサルティング料金を含む。また、審査で拡張評価/異議申し立て/文字列競合があった場合には、別途書類作成費用などが発生する場合がある。カスタマイゼーションが必要な場合も同様に別途費用がかかることがあるという。
委任テストとは、実際にICANNからそのgTLDのレジストリ業務を委任される前に行うテストのこと。実は、ICANNによる審査を通過したら即gTLDの運用を開始できるというわけではなく、運用までにこのテストをクリアしなければならない。そのテストをアーバンブレインで受け持つかたちだ。
Q12:申請のコストや手間、また運用のコストなど考慮すると、果たして企業が「.社名」ドメインを持つメリットがあるのか疑問です。繰り返しになりますが、社名やサービス名をgTLDにできると何がいいのでしょうか。 |
A12:ブランド保護やサイバースクワッティング対策として他のTLDで無理にドメイン名を押さえておかなくてもいいというメリットもあります。 |
解説:「.jp」ドメイン名ではあまり目立ちませんが、海外に目を向けると、サイバースクワッティングなどを原因とするドメイン名紛争は多数存在します。こうした紛争の解決にあたっては「ドメイン名紛争統一処理方針(UDRP)」という手続きを使うのですが、これにも費用がかかります。また、そこで解決しない場合には、そのTLDごとに決められている管轄裁判所に対して手続きを起こさなければいけません。裁判ということになると、その国の法律や言語で戦わなければなりませんので、それなりのコストが発生します。 今後、gTLDの数は確実に増えていくでしょう。国や地域に割り当てられているccTLDも、日本語などの国際化ドメイン名(IDN ccTLD)が認められることによって、単純に倍増する可能性もあります(「.日本」など)。それを喜ぶ人たちもいますが、反面、世界規模で事業を展開している企業などにとっては頭の痛い面も出てきます。現状でもブランド保護の立場から、商号や商標などに関するドメイン名を押さえるためにかかっているコストはばかにならないのに、それがどんどん膨らんでいくことになるわけです。 それに対して、社名をgTLDにしてしまい、自社の公式サイトはすべてそのgTLDで公開しているということを広く認知してもらえば、他のドメイン名を意識しなければいけない理由はずっと低下します。念のために「.com」「.net」「.jp」などのメジャーなTLDでは自社名のドメイン名を押さえておいて、マイナーなTLDはあきらめる――。ドメイン名に対する異議申し立てや、場合によっては裁判によって戦うことになるコストも含めて考えると、社名をTLDにしてしまったほうがすっきりするということにもなるでしょう。そんな考え方も成り立つのではないでしょうか。 |
Q13:新gTLDでは、社名や地名などを使った、企業や自治体などの公式サイトしか運用できないのでしょうか。 |
A13:アイデア次第です。 |
解説:今回は企業の視点での解説がメインでしたが、これからは趣味をテーマにしたTLDや特定の分野ごとのTLDが増えるかもしれません。もちろん、社名をgTLDにして社内だけで使うということもできますし、自社のサービスと紐付けて使うこともできます。 さらに、「.tel」のようにサービスと直結させたgTLDを作ったり、有名なタレントや施設、SNSや家庭用ゲーム機の名称をgTLDとして、その会員向けにセカンドレベルドメイン名を付与して、そのアドレスを使ってブログなどを公開できるようになれば、ファンの方にとっても一体感が生まれ、喜ばれるのではないでしょうか。 なお、運営ポリシーで見た場合、gTLDにはオープン型TLDとクローズ型TLDが存在します。
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2010/2/26 11:00
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