特別企画

RAIDでも多く使用されているHDD――Seagate製“F3”モデルとは

データ復旧技術の開発に成功した「日本データテクノロジー」に聞く

 データ復旧サービス国内大手の「日本データテクノロジー」(サイト名は「データ復旧.com」)を展開するOGID株式会社が10月、Seagate Technology製“F3”モデルのハードディスクドライブ(HDD)復旧技術を開発し、同モデルの復旧率を大幅に改善することに成功したという。“F3”とは聞き慣れない名称だが、RAID・サーバー機などの大容量記録媒体からPCまで幅広く普及している一方で、実はデータ復旧業界を悩ましていた解析困難だったモデルらしい。

 サービス開始以来、累積で7万5000件のHDD復旧実績がある日本データテクノロジーでも、これまでF3モデルについては論理障害には対応可能だったが、一部、物理障害の復旧が難しかったとしている。F3モデルとは何なのか、その特徴や判別方法、また、日本データテクノロジーがどのようにして復旧しているのか、同社エンジニアの太田高寛氏に聞いた。

Seagate Technology製HDD「Barracuda」。左が“F3”モデルだという

2009年以降のSeagate製HDDはF3モデル、コストパフォーマンスが高く幅広く採用

 “F3”という名称は、Seagate社が公式に使っているものではなく、製品名や型番としてラベルなどに記載されているわけでもない。ファームウェアからも区別できず、通常はユーザーが目にすることはないものだ。

 太田氏によると、F3というのは、データ復旧業者がSeagate社のHDDを分類するのに用いている呼称。復旧ツールがHDDのアーキテクチャーを分類する際、Seagate製HDDは“Classic”と“F3”という2つのファミリーに大きく分類され、2009年以降に発売された製品がF3に当たる。

 そのHDDがF3モデルかどうか、外観などから判別する方法もある。まず、2009年以降に製造された、容量が500GB以上の製品であることだ。製造年はラベルに記載されている「Date」などから判断できる。また、「Barracuda」という製品名の部分からも判別でき、例えば「Barracuda 7200.9」のように、バージョン番号が「10」以下は古いモデルのClassic、「11」以降、または「Barracuda」の後に「LP」「ES」「Green」と記載されているものがF3に該当するとしている。

“F3”モデルの例。「Barracuda」の後のバージョン番号が「12」となっている。また、製造年は2011年であることも「Date Code」から分かる
こちらは“Classic”。「Barracuda」の後のバージョン番号が「10」で、製造年は2008年だ

 日本データテクノロジーがF3モデルの復旧技術開発に取り組むことになったのは、決してこのモデルが障害を起こしやすい製品だからではない。むしろ逆に、F3モデルは回転数が速く、高性能である一方で、安定して動作し、壊れにくいという。太田氏はF3モデルの特徴について、「SATAとSCSIの良い部分を集めてできている」と表現する。「コストパフォーマンスが非常に高く、安価な製品でも長く使える。以前の製品に比べてフリーズすることも少ない」。

 その結果、Seagate社が現在販売しているHDDは、すべてF3モデルとなっており、個人が使うPCから企業向けのRAIDサーバーまで、幅広く採用されているという。特にRAIDサーバーに使用されるHDDは年々増加しており、しかもRAIDサーバーでは企業の重要なデータを扱うことが多いため、データ復旧の際に緊急性が求められることも多い。年間1000件のRAID復旧実績を誇る日本データテクノロジーにとって、F3モデルの物理障害への対応は避けられない課題だった。

 一般的にHDDの寿命は2~3年と言われており、また、現時点で実際に多く稼働しているHDDは2~3年前の製品がメインだという。日本HDD協会(IDEMA JAPAN)の調査によると、世界のHDD出荷台数に占めるSeagate社のシェアは40.4%。2013年の全HDD出荷台数見込みの約5億9210万台のうち、Seagate社の製品が約2億4000万台に上るとされている。すなわち、F3モデルは出荷台数が多く、広く普及している製品だけに、データ復旧依頼が今後増える可能性があると太田氏は指摘する。

媒体密度の高さがF3モデル復旧へのハードルに、ヘッド交換の成功率アップがカギ

OGID株式会社の太田高寛氏

 前述のようにF3モデルは性能に優れ、壊れにくい一方で、万が一、障害が起きてしまうと「復旧が難しいことも1つの特徴」と太田氏は語る。F3モデルはClassicモデルに比べてヘッド1本あたりの媒体密度が高いため、ヘッド交換の成功率が非常に低いのだという。

 また、復旧にあたって重要になるのが、HDDが異音を発する場合に、その原因がプログラムの不具合なのか、ヘッドなどの物理的なパーツの不具合なのか判断することだが、F3モデルの場合、それを特定することが他のモデルと比べて難しいとしている。

 仮にヘッドに不具合があるとなれば、そのパーツを交換することになる。ただし、同一のパーツであっても物理的に100%同じということはなく、個体差があるのだという。HDDが正常に動作するためにはプラッター上にある基本プログラムをまず読み込む必要があるが、そのわずかな個体差によって基本プログラムが正常に読み込めず、HDDが正常動作できなくなると太田氏は説明する。もちろん、ヘッドの個体差に伴う問題は他のモデルにも当てはまることだが、F3モデルは媒体密度が高くなったことから特に顕著だとしている。また、F3モデルも多く使われているRAID・サーバー機においては、企業で24時間稼働し続けていることがほとんどであるため、ヘッドの不良を含めた物理障害が発生しやすいという。

 復旧にあたっては、HDDにもともと使われていたオリジナルのヘッドと、交換するヘッドとの互換性の判断基準が日本データテクノロジーにはすでにあり、その基準の範囲内に収まるような互換性の高いヘッドから順に動作確認していく。Classicモデルであればほとんどの場合、2~3回のヘッド交換を試せばプラッターを認識するようになり、記録されているデータを読み込むことができるという。

 これに対してF3モデルでは、「10~20回交換しても認識しないことも多い」と太田氏。Classicモデルにおけるヘッド交換基準に合わせて交換していくが、「やってみないと分からない。10回、20回でもひたすら交換してみるしかない」。

 こうして何度も交換を繰り返し、互換性の高いヘッドにたどり着くことができるということ自体、常に累計2万台分のHDDのパーツを準備している日本データテクノロジーの強みではあるが、そうして認識するまで何回でも試せば解決するというものではない。

 「最初はプラッターにスクラッチ(傷)のないきれいな状態だったとしても、ヘッドを10回、20回と交換していくうちに悪化してしまう」。そうなると、ようやくプラッターを認識できるようになってもデータを読み込むことができず、最終的に復旧不可能になることもある。すなわち、そうなる前にできるだけ早い段階で互換性の高いヘッドにたどり着かなければならないわけだ。「ひたすらヘッド交換を行い、認識すれば復旧することができたし、認識できなかったら復旧できないという段階から研究を重ねていった」と振り返る。

ヘッド制御プログラムの解析に成功、ヘッド交換後のプラッター認識率を改善

 このように、F3モデルに関しては日本データテクノロジーでも苦労する状況が続く一方で、HDDの主力メーカーの、しかも現在主流となっているモデルであるということで、F3モデルのデータ復旧依頼は2013年に入って増加傾向を示し始めた。同社がデータ復旧(物理障害と論理障害を含む)を手がけたHDDのメーカー内訳は、Seagate製が38%を占め、そのうちの75%がF3モデルで占めるようになったという。RAIDに使用されているもので言えば、13%を占めているのが現状。型番では、77種類のF3モデルが実際に日本データテクノロジーへ持ち込まれたとしている。

 こうした背景から、日本データテクノロジーが本格的にF3モデルの復旧技術の開発に着手したのが2013年の初めごろ。それから約10カ月間の研究・開発を経て、技術開発に成功。以前のようにヘッド交換の回数に頼らずとも、Classicモデルと同様に2~3回のヘッド交換でプラッターを認識できるようになったという。今年10月、基板のROMおよびプラッター上の特殊な領域に記録されている、F3モデルのヘッド制御プログラムの解析に成功したのだ。

 日本データテクノロジーでは、F3モデルの動作原理に基づいて、ヘッド制御にかかわるすべてのデータをモジュールごとに分析・計算し、その法則性を発見。ヘッド制御プログラム側のデータを調整することで、オリジナルとは異なるヘッドに交換した後でも正常動作させることが可能になったという。

 こうした技術開発の結果、F3モデルの復旧率は大きく改善。復旧率が90%にまで向上した。HDD単体からRAIDを組んだものまで、どのような筐体でも対応が可能だととしている。

 なお、F3の障害事例を見ると、単にヘッド交換に成功すれば対応できるというものではなく、プラッターの一部にスクラッチが入っている事例が多いという。スクラッチが入ると、その部分に記録されていたデータが読めなくなるほか、全体のヘッドの動作にも不具合を引き起こす。こういった障害事例はRAIDを組んだ機器に特に多く見られるという。RAIDは同じ時期に製造されたHDDで構成されているため、1台のHDDに障害が発生すると他のHDDにも異常が出てしまうことが多い。しかもRAIDの場合は、RAIDレベルが何で構成されていたのかを見つけるところから復旧作業を行う。この作業には技術だけでなく蓄積された経験が必須であり、“スクラッチ”“RAID”どちらの復旧技術が欠けてもデータの復旧はできない。

 太田氏は「弊社ではスクラッチがほかのプラッターに障害を与えないように措置をとった上で、スクラッチのない面のデータを読み取る独自技術を持っている。スクラッチの入ったプラッターに保存されていたデータは仕方がないとしても、他のプラッターのデータは読むことができる」と説明。スクラッチが入っている案件の多いF3モデルの復旧にあたっては、こうした技術の有無の差が特に大きいとアピールする。

 日本データテクノロジーにおいてF3モデルの復旧に要する期間は他のモデルとほぼ同じで、HDD 1台で最短で3時間ほど。もちろん、状態や容量によって変わってくる。

F3モデルは異音が出たら特に注意、専門業者で診断を

 「F3モデルは、いったん物理障害が発生すると、復旧が非常に難しい。たくさんのデータを取り戻したかったら、F3モデルの復旧経験がある専門業者に見てもらうことだ。あまり詳しくない業者に見てもらうと余計な作業をやってしまい、その結果、復旧率がどんどん落ちる。最悪の場合は復旧できなくなる可能性もある」と太田氏。

 また、RAID構成を使用していると、その冗長性に安心して複数台のHDDのうち1本に障害が発生しても、そのまま使い続けているような事例も見受けられるという。「そうすると、障害の発生していない他のHDDに大きな負荷を与えてしまう。F3モデルは単体でも復旧の難易度は高いが、RAID構成を組んだ複数のHDDとなれば“RAID”と“F3”どちらの知識もなければ復旧は不可能」と説明。「お持ちの機器に障害が発生したら筐体に衝撃を与えず、すぐに電源を落として実績のある詳しい専門家まで問い合わせてほしい」と語った。

永沢 茂