福井弁護士のネット著作権ここがポイント

人工知能、著作権、海賊版の未来~「次世代知財」報告書は語る

 駄目だ。前回ご紹介した内閣府知財本部の報告書だが、「権利処理の容易化」に続く2つの柱、「AIなど新たな情報財」と「海賊版対応」を書く時間が、どうしてもとれない。もうこのまま夏休みのうやむやで流してしまおうかと思っていたところ、ちょうど7月8日、知財本部後援でこの問題を考えるシンポに出演した。登壇はほかに、同本部の横尾英博前事務局長、中村伊知哉教授、写真家の瀬尾太一氏、ドワンゴ川上量生会長、リクルート石山洸氏、国立情報学研究所の喜連川優所長という、見なくても分かる濃すぎる面々。その記憶が鮮明なうちに、ここで一気に書いてしまおう。

 かなり注目もいただいた報告書(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/jisedai_tizai/hokokusho.pdf)の中で、検討過程で最も報道された論点は「人工知能(AI)による創作に著作権を与えるか」だった。そしてこの点は2本目の柱、「新たな情報財への対応」で検討されている。注目を集める新しい形の情報財、①人工知能によるコンテンツ、②3Dデータ、③ビッグデータを格納するデータベース。それぞれについて、「著作権などの今の知財制度による保護で十分なのか」を検討したのである。

1.AIの保護

 まずはAIだ。AIによる創作の進展は各方面で書いて来たし、繰り返すまでもないだろう。筆者はよく講演で、本物のバッハの曲とAIのバッハボットが自動作曲した曲を聴き比べて、聴衆にどちらが本当のバッハか当ててもらうのだが、たいていは見事に真っ二つとなる。どちらが好きか、と聞いてみても結果は同じだ。すでにBGMレベルならば商用化も済んでいて、自動作曲によるロイヤルティフリーのBGM配信サイトなど人気だ。

 話題になった星新一風のショートショートは、2015年の星新一賞に4作品応募され、1点は一次選考を突破したという。もっと短い文章ならとっくに実用化されていて、世界有数の通信社が膨大な企業業績やスポーツ記事を自動作成で配信中といったエピソードは有名だろう。

 川上会長は、ディープラーニングで有名画家の作風を学んだAIに既存の動画を「○○風」に変換させた動画(https://www.youtube.com/watch?v=Khuj4ASldmU)など、楽しい実践例を紹介して下さった。創作ではないが、5月には「20世紀の大ピアニスト・リヒテルの頭脳を持った自動ピアノ」と、ベルリンフィルの精鋭のジョイントライブが藝大で開催され、満座の聴衆を沸かせた(http://style.nikkei.com/article/DGXKZO02573810Q6A520C1BE0P01)。

 ここに来て注目を集めているのは、Microsoftの女子高生ボット「りんな」だろう。ご覧いただいているように、AIが女子高生風につぶやいたり、LINEで他のユーザーと会話している。つぶやき内容は人によって評価が分かれるだろうが、問題はそのリツイート数・リプライ数だ。内容が独創的であろうがなかろうが、人々が十分それを/それとの会話を楽しんでいることが分かる。

 つまり、マーケット的には勝負になる。そしてネット社会で恐るべきは、いったん「勝負になった」後の普及のスピードと規模である。




 というわけで、委員会でもAIコンテンツを巡って議論は白熱した。ここで、先日のシンポでの石山洸さんの発表も参考に議論を整理しておこう。

①生データ ⇒ ②学習用データセット ⇒ ③アルゴリズム(AI) ⇒ ④学習済みモデル ⇒ ⑤コンテンツ

 精緻な説明は専門家に委ねるとしてごくざっくり書けば、①膨大なビッグデータ(例えば曲)から、②AIアルゴリズムが学習するのに適したデータの組み合わせ(特定の曲やその部分)を用意する。それを③AIが学んで、④学習済みのモデル(作曲ボット)が生まれる。そして⑤膨大なコンテンツ(新たな曲)を生み出す。

 ここで、①の生データが最近の曲ならば著作権が働くが、古い作品や人々のつぶやきなら必ずしもそうではない。つぶやきの集まりであるデータベースなどは総体としてはデータベースの著作物として守られることもあるが、これは後述。②の学習用データセットも同じだ。③のアルゴリズムはプログラムの著作物として著作権で、あるいは特許権などで守られ得る。ここで石山さんは④の学習済みモデルの知財保護という新たな刺激的なテーマを提示したが、これは今後の課題だろう。

 委員会で主に問題になったのは、⑤のAIが生み出したコンテンツ自体が著作物かどうかだ。現行法の解釈では完全コンピューター創作は「思想・感情の創作的な表現」にあたりにくく、著作物ではなかろうという意見でほぼ一致をみている。この点は過去コラムを参照だ。では、AIコンテンツは例えば誰かがコピーしても何の問題もないのか。「りんな」のつぶやきを端からコピーして、別なキャラにしゃべらせるサービスはOKか。自動作曲・自動演奏のBGMから名曲を抜き出して売っちゃうアプリやCDは合法か。AIで変換された「マチス風のスター・ウォーズ」に二次的著作物としての権利は発生しないので、元映像の権利を持つルーカスフィルムが自動的に全派生物を握るのか。

 現行法ではそうなりそうだが、それではAIの開発に投資しようという企業が困らないか、が問題になった。委員会では、少なくともAIの開発企業やAIコンテンツを発信するプラットフォームは、恐らくほかの箇所で(例えばAIそのものの販売や広告収入などで)収益を回収しているので、必ずしも個々の生成物を知財制度で守る必要はないのではないかとなった。

 そう、知的財産権制度は、決して「権利を与え守ること」自体が目的ではない。常に、ある情報や技術を権利で排他独占させることの社会的メリット(創作や投資のインセンティブなど)と、独占の社会的デメリット(新たな創作やビジネスの阻害など)がバランスされる。その上で、情報独占のメリットがデメリットを上回り、かつより優れた実効的な代替手段がない場合に、法的権利を与えるのが基本だろう。

 この点では、いくつかの問題が浮上した。

 第一に、仮にAIコンテンツが著作物ではないとしても、目の前の作品が完全自動創作であったか人間がある程度関与して作ったか、外からは必ずしも分からない。つまり、コンテンツの発信側が人間の関与した著作物のように振る舞った場合、結局、社会はその膨大なコンテンツに著作権があるとして扱うほかなくなるのではないか、という点。

 第二に、その場合に他の人々は、億単位のAIコンテンツと類似した作品を作ってしまうと著作権侵害と言われかねないので、萎縮するのではないか。すでに、著作権があろうがなかろうがAIが生み出すものが十分マーケットで勝負になるなら、人間クリエイターが機械失業する可能性はあるわけだが、そこに事実上の著作権主張まで加わったら、さらなる萎縮が広がるのではないか、という点などだ。

 いずれも大きな問いかけだが、報告書はこれらについては論点出しにとどまった。それでも恐らく、日本は先進国中でも、現在このトピックで最もまとまった議論をしようとしている国だ。そしてAIコンテンツの知財問題は、今後、世界的な論点としてクローズアップされて行く可能性が極めて高い。自動運転はじめAIの社会影響全般に言えることだが、今は走りながら考えるほかない。議論を深め続けることが大切だろう。

2.3Dデータの保護

 第二の論点は、3Dデータの知的財産権である。

 無論、元が著作物にあたる美術品などの3Dデータは、その複製物なので、元の権利者の許可がなければ原則として使えない。これはオリジナルの権利者との契約関係などで処理していけば良いだろう。問題は、元が著作権の切れている仏像や、著作物と言えないような産業デザインを使って3Dデータが作られたときに、そこに新しい知的財産権を認めるかである。報告書では、一定の加工を施すなど付加価値が付いた3Dデータについては、「それが新たな著作物と言えるレベルならば当然著作権が生ずる」とした。そして仮に著作権は及ばない場合には、前述の投資インセンティブを守る見地から新設の知的財産権を与えるか、検討課題と整理している。

3.ビッグデータなど、データベースの保護

 第三の論点は、AI創作や3Dデータとも直結する、大量のデータ・素材を集めたデータベースの知的財産権である。ビッグデータの価値が高まり、これを網羅的に収集するデータ事業が増えている。すると問題が浮上する。

 第一に、音楽や写真のように個々の素材に著作権が及ぶ場合、これを網羅的に収集して特徴量を学ばせるAI開発をどこまで自由に行えるかという、いわば「使う側」の視点だ。この点、著作権法には47条の7という条文があり、情報解析に目的を限定するならば既存の著作物も権利処理なく利用できる。他方、個々人のログ情報などのデータはそもそも著作物ではない。個人情報にあたるものが多いが、個人を識別できない利用ならば適法に行える場合も多い。それで十分なのかという、「ビッグデータを収集し利用する際の視点」が1つだ。

 そして第二は、こうして集めたビッグデータを他人に無断で流用されないかという、いわば「守り」の問題である。個別の素材が著作物でもそうでなくても、その選択や構成方法に工夫があれば「データベースの著作物」などとして、全体は著作権で守られる。つまり誰かが無断でデータベースごとコピーするような場合は、著作権侵害となる。ただ、問題は大元のデータベースのための収集活動がどんどん、網羅的・普遍的・自動的になっていることだ。「全てを集めて自動でデータベースを構築する」場合、全部を集めるがゆえに、逆に選択にも構成にも創作性はないことになる。するとデータベースは著作物でなくなり、個別のデータコピーはもとより全データの丸コピーでも適法となるのか。

 EUは「データベース権」を創設し、こうしたデータベースを(その創作性にかかわらず)一定の範囲で保護している。こうした新たな知財制度を導入するかで議論となったが、報告書ではややネガティブな意見が目立った。理由の1つは、前述の「より実効的な代替手段」の視点だ。著作物に当たらないビッグデータまで一律に排他独占させることには、社会的なマイナス面も少なくない。であれば、「データぶっこ抜き」のような極端なただ乗り行為には、不正競争防止法上の秘密保護や利用規約、セキュリティ技術など、ケースバイケースで対応する方が実効的ではないか、というものだ。この関連で、「オープンサイエンス」の視点でむしろデータは公開していく戦略の方がうまくいくのではないか、という指摘もあった。

 こうして見ると、AI開発のカギを握るビッグデータも、加工された3Dデータも、知的財産権の保護にはそのための投資をどう守るかという視点がつきまとう。「個人の創作という営みを守る」法律であった著作権が、デジタルネットワーク化の中で「プラットフォームという場と、そのための投資を守る」法律に性格を変えつつある表れなのかもしれない。

4.オンライン海賊版対策

 報告書の最後の柱は、「オンライン海賊版対策」だった。

 多くの場で指摘される通り、海賊版流通の現状は深刻、としか言いようがないレベルに達している。特に現在問題の中心にあるのは、自らは海賊版のアップロードされた場所を紹介するだけ(という建前)のリンク集、「リーチサイト」である。現行法では、リンクは(それ自体は著作物を利用する行為ではないので)著作権侵害でないというのが通説であり、実際、妥当な考え方だろう。だが、現状はその悪用でしかない自称「リンク集」が跋扈し、それと結び付いて、身元を隠したアップローダー達は莫大な収益を挙げている。CODAや赤松健氏の活動のように、海賊版対策ではさまざまな取り組みがされているが、報告書では、一定の悪質なリーチサイトは違法化すべく、法改正を検討するよう踏み込んだ。

 他方、悪質なサイトとの接続を解除させる「サイトブロッキング」には、なお慎重な意見が多かった。先日のシンポでは川上会長が、「海賊版サイトは海外にあり、仮に日本法で違法化しても言うことを聞かないので実効性がなく、唯一の実効的な対策は海外の違法なサイトをブロックすることだ」と述べた。大いに傾聴すべき意見だろう。ただ、実際には海賊版へのリーチサイトの25%は国内とされてマンガ/アニメ関係者は対策に苦悩しているし、筆者はリーチサイト違法化に(も)十分な実効性は期待できると思う。

 いずれにせよ、これはネット社会全体にとって他人事ではなく、我々はここで脇を締める必要がある。海賊版の蔓延に対して自浄作用を示せないなら、次にはもっと危険な法規制に道が開かれかねないのだ。

 以上、「利用許可を取りやすくするための方策」「許可を取りようがない場合の柔軟な規定」「新たな情報財の法的保護」「海賊版の対策」を幅広く論じた「次世代知財」報告書。それらが指し示すベクトルは、つまりは「オープン・クローズ戦略」であり、伝統的な言葉を使えば「保護と利用のベストバランス」だろう。

 権利保護だけを目的化する時代は、完全に去った。現在は、豊かな新たなイノベーションを促進しつつ、それへの自由なアクセスを保証できる制度をどの国が構築できるか、制度間競争の時代である。現実に、魅力的な「使える仕組み」を構築した者が次のルールメーカーになるだろう。何より、当の政府自身が、新たなルールメーカーである巨大プラットフォーム達と競争しているのだ。

福井 健策

HP:http://www.kottolaw.com
Twitter:@fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。骨董通り法律事務所代表パートナー。著書に「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)、「著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書)ほか。最近の論考一覧は、上記HPのコラム欄を参照。