福井弁護士のネット著作権ここがポイント

なるかイダヨン!? ~内閣知財本部「次世代の著作権」とは要するに何なのか~

 どうも。先週、井の頭線のホーム。特に何もないのに人生で初めて、ホームと電車のすき間に片足を腿まで突っ込むというプチ事故を起こし、その日一日「加齢」「初老」という言葉が脳内を回り続けた福井です。

 今日は、そんな少子高齢化な日本の行方を左右する「次世代の知的財産権の形」について、政府での最新の議論の状況をさっくりとまとめて勉強しよう。

 4月18日、内閣知財本部は「次世代知財システム検討委員会」の報告書を発表した(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/jisedai_tizai/hokokusho.pdf)。この委員会、筆者もメンバーとして加わったが、中村伊知哉座長はじめ国立情報学研究所の喜連川所長、田村善之・上野達弘の両教授、権利者から瀬尾太一、おなじみ赤松健、ドワンゴ川上会長などなかなかの曲者ぞろい。何より横尾局長はじめ幹部完全臨席の入魂ぶりで、話題の人工知能(AI)の創作に著作権を与えるか議論する等として、発足当初から結構報道もされた。

 AI創作物の議論は、過去の本コラムの影響も恐らくはあった。が、実際に公表された報告書はそれよりはるかに幅広い論点を網羅しており、すぐに公表された「知財推進計画2016」の目玉にもなった(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20160509.pdf)。安倍首相は「第四次産業革命に向けて、著作物を一定の場合に自由に使えるなど著作権制度を見直し、AI創作物にどこまで知的財産権を認めるか検討する」と表明し、日弁連は早々に賛意を述べる意見書を公表(http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2016/160507.html)、日経も6月6日付社説で注文を付けつつ、これを評価した(http://www.nikkei.com/article/DGXKZO03254220W6A600C1PE8000/)。解説としても、既に増田雅史弁護士によるNBL誌記事(1074号)ほか、今後の実際の法改正の行方とともに、少なからぬ反響を呼んでいる。

 そこで何が語られたかといえば、AI、3Dプリンティング、ビッグデータ、日本版フェアユース(的な何か)、国境を越えるオンライン海賊版といった題材。確かに極めて第四次産業革命的だ。いわばインダストリー4.0っぽい。短縮すればイダヨンっぽい。

 実は同時期に、筆者はある程度問題意識を共有する別な2つの会議にもお声がけいただき加っている。経済産業省「第四次産業革命に向けた横断的制度研究会」と総務省「AIネットワーク化検討会議」だ。無論、個別の守備範囲は異なるが、背景と課題はかなり共通している。爆発的な情報流通の増大と多様化、ビジネスモデルと社会構造の変化、そこに日本の法や政策はついて行けるか、だ。何せ欧米では、この方面での企業の新規プロジェクト、国家的政策や法改正が矢継ぎ早に打ち出されている。ここまでIT方面では米国の後塵を拝し続けて来た日欧にとっては、うまく行けば大逆転のチャンスだが、対処を間違えれば決定的な没落につながりかねない。そんなチャンスと危機意識が漂う中での、相次ぐ検討会議設立となったのだろう。

 知財的には、久々のビッグウェーブである。今なら言える、なんでも。でも逆にこの機会を逃したら、もう国が知財政策で社会をリードする機会なんて来ないかもしれない。世界の情報ルールは、別な国の別なレイヤーの人々が決める時代が定着するんじゃないか。大げさに言えば、そんな自由感と焦燥感はこの国の知財セクターにも漂っている。……と良いのだが、こっちについてはやや自信がない。

 いや前置きが長い! 長過ぎ! 巻いて行こう。一体、「報告書」は、そしてこれを受けた「知財計画2016」は何を書いたか。例によって筆者なりに乱暴にまとめれば3本柱である。

  • 第一は、イノベーション促進のための権利処理容易化とクリエイターへの還元の仕組み。
  • 第二は、新たな情報財に知的財産権を与えるか。
  • 第三は、国境を超えるオンライ海賊版への対策。

 第一、「イノベーション促進のための権利処理容易化」とは何か。情報流通は爆発的に増大し、Google・Apple・Facebook・Amazon(GAFA)やMicrosoftなど、米系プラットフォームの覇権はますます強固だ。図は、最新の企業時価総額の世界ランキングから抜粋である。ご覧の通り世界の企業価値のトップは(Microsoftを除いて)10年前にはほとんど微々たる売上だった米国プラットフォーマー達で占められている。(データ指標にもよるが)日本勢でトップのトヨタは31位で、その上に米国IT系企業だけで8社以上が並ぶ。

世界企業時価総額ランキング(World Stock Market Capitalization Ranking)2016年5月より
1位Apple(米国)5469.8億ドル
2位Alphabet(Google親会社)(米国)5096.2億ドル
3位Microsoft(米国)4166.0億ドル
6位Amazon(米国)3410.3億ドル
7位Facebook(米国)3398.3億ドル

 プラットフォーム上では億単位のコンテンツデータが流通し、これを後押しできる法制度が求められている。しかるに最大の課題は、現行著作権法は数億単位の著作物の権利処理など全く想定していないということだ。そこで想定されているのは数十や数百、せいぜい数千のコンテンツ処理である。現状では、(支払う権料でなく)膨大な権利者と連絡を取って許可を得るための手続、つまり権利処理のコストが過大でイノベーションを害するので下げること、これが喫緊の課題である。

①権利情報のデータベース化

 そこでまずは、「権利情報のデータベース化を官民連携で進める」とされた(報告書16頁ページ~)。いわば権利者を探し出し、許諾(ライセンス)を受けやすくする体制の整備だ。その先には、ライセンスの申請から許諾まで一元処理できる集中管理が見通せる。現状でも、音楽分野でのJASRAC等を代表格に、権利を集中管理する団体は少なくない。

②拡大集中許諾の検討

 しかし実際にはJASRAC以外では組織率はまだまだ低い。特に連絡を取るのにも一苦労し個別協議が必要になる「ノンメンバー」は、コンテンツ大量流通時代の大きな課題だ。そこで、「拡大集中許諾の導入可能性を検討する」となった(15ページ~)。

 これは何かと言えば、その分野での代表的な権利者団体に、分野の全コンテンツの管理を自動的に委ねてしまうのだ。例えば文芸ジャンルの作品は、すべてデフォルトで日本文藝家協会が管理することにして、誰でも彼らの使用料規程に従って申請すれば利用の許可は下りる。無論、気が進まない権利者は、いつでも簡単に告げることで管理を外れることができる。これを「オプトアウト」と言って、「委ねたい人が委ねる」これまでとは、原則と例外を逆にするわけだ。こうすれば組織率はぐっと上がり、同ジャンルのほとんどの作品はワンストップの同一条件で利用許可が取れる。北欧や英国でも似た仕組みは導入されており、権利の集中管理にとっては決め手となるだろう。

 課題は各ジャンルで、一体どの団体にどこまでの権利を委ねるか。選ばれた権利者団体は半公的団体になるので、タイムリーな運営や使用料規程がリーズナブルな内容であることなど、運営の公共性はこれまで以上に問われるだろう。報告書では「導入可能性を検討」とされた。

③利用裁定制度の拡充

 ただちに全ジャンル・全利用について拡大集中許諾の導入ともいかない中、喫緊の課題は権利者不明の「孤児著作物」があまりに多いことだ(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/fukui/591351.html)。いわば権利情報データベースには入らず処理のしようもない権利者で、国内外の調査でこれは過去全作品の50%とも言われる。探す努力をしても見つからない場合、代わりに文化庁で許可をもらえる「利用裁定」の仕組みが日本にはあるのだが、従来は使い勝手があまりに悪く利用が伸びなかった。最近、改善も進む中、「裁定制度の更なる拡充を早期実施する」とされた(16ページ)。

 ちょっと硬い説明をすれば、特に「補償金の事前供託の見直し」と、「民間への業務委託による探索コストの削減」が課題となる。現在は利用裁定をもらう前提として、「権利者が現れた場合に支払うべき使用料」を算出して事前に供託することが求められる。これが補償金で、最大のボトルネックだ。多様な利用について、いない権利者のために客観的な使用料を試算して文化庁を説得し、なんと審議会の同意を取り付けるのである。しかも、権利者の出現率は0.6%とされるなど、当然ながら権利者が事後的に出現するケースはまれである。その場合、供託金はどうなるか。実は還付の仕組みはない。いつか現れる(たぶん現れない)権利者をずっと国庫で待ち続けるのだ。

 これはさすがになんとかすべきだろう。どうしても事前に集めたいにしても、例えば現れる権利者が1%に満たないなら、各申請者からはわずかな定額を徴収して基金化しておき、権利者が現れた場合にはじめて使用料額を算出して基金から払えば良いではないか、と思える。

④柔軟な権利制限規定の導入

 さて、以上は、いわば許可を取りやすくするための仕組みで、これが本来の道であることは疑いがない。しかし、世の中にはどうがんばっても個別の権利処理では無理な利用というものもある。ひとつひとつは零細で大量な利用、公益的だが利益率が低く権利処理コストは負担できない利用、などだ。

 例えば、かつての検索エンジンである。今さらの話で恐縮だが、あれは検索キーワードを打ち込まれてから、ヨイショっと世界中のネット情報を見て回るわけでは当然ない。そんなことでは瞬時に検索結果など、到底出せない。普段から世界上のネット情報をクロールして回り、つまりコピーを無断でとって回り、インデックスを作っておくから直ちに検索結果を出せるのだ。

 つまり無断複製。だから日本では、検索エンジン黎明期に著作権侵害説があってそれなりに担当者の頭を悩ませた。しかしだからといって、世界中のネット情報についてコピー同意を取り付けるなんて土台無理だ。こういう場合には「権利制限」といって、著作権者の許可なしで複製などができる規定を著作権法に置く。

 いわば、ライセンスを得やすい仕組みと権利制限規定は、「相互補完的」と言える。ライセンスによって権利者に収益還元をはかる一方、ライセンスにはなじまない分野では権利は働かせず情報流通に配慮する。このバランスが情報社会の命だ。

 さてこの権利制限だが、日本では問題が起きてから文化審議会というところで議論して、目的や条件・範囲を細かく定めた個別の権利制限規定をたくさん作る。全部で34条ほどあって、こんな感じだ(http://www.cric.or.jp/db/domestic/a1_index.html#2_3eの30条~47条の9)。

 このうち47条の6が検索エンジンを合法化するための個別規定だが、皆さん読めるだろうか? ……ナニ官僚や弁護士は皆こういうのが好きな変態か? まあ個別に規定するとどうしても細かくなる。それはそれで「正確」にはなるのだが、立法にも時間がかかりがちで、例えば検索エンジン規定は導入に10年かかったと言われる。他方、米国などにはフェアユースなどと呼ばれる、もっと柔軟な「一般規定」がある。権利者に害悪がないような公正な利用は許す、といったバスケット規定を置いてしまう形だ。これ自体、しばしば論争の的になるのだが、コンテンツ大量流通のネット社会と相性が良かったのは確かだ。米国が検索エンジンをはじめ、孤児著作物の利用、パロディ、電子図書館、最近のOracle Java判決など、軒並みフェアユースと認める判決の力もあって大量デジタル時代の雄に躍り出たことは事実で、近年は他国でもフェアユースや(それよりは具体的な)柔軟な規定の導入を進めている事情がある。

 そこで報告書と知財計画である。「柔軟な権利制限規定について早期の法改正をはかる」と打ち出した(報告書10ページ~)。条件は、(i)社会的要請があって、(ii)民間でのライセンスが期待しにくく、(iii)権利者のインセンティブを不当に害さない、の3つだ。妥当だろう。

 内容は「一定の柔軟な権利制限規定」とか「より柔軟な権利制限規定」といった言葉が飛び交うように、米国型の完全フェアユースもあれば、それと個別規定の中間と言える「権利制限の受け皿規定」(上野教授提唱)など、さまざまなバリエーションがある。具体的な法設計はこれからで、政府の手腕が試されるだろう。報告書では、単なる柔軟な規定では米国のような判例の蓄積がない日本では使いにくいだろうからガイドラインの整備、また、「無許諾で使えるが一定の使用料は発生する」という報酬請求権との組み合わせも提唱されている。

 さて、柔軟な権利制限規定。権利者団体の中には無断使用の温床になるという警戒心も一部であるようだ。だが、報告書も述べるように、これはライセンスを得やすくするスキームと(そして後述する海賊版対策と)相互補完だ。権利制限の幅を狭くしたいなら、合理的な条件で誰しもライセンスを得られるようなスキームが、ジャンル横断的に早期整備される必要がある。それが整わないジャンルや利用では、柔軟な権利制限規定が活用できないと肝心のコンテンツの流通が害され、権利者自身のビジネスが停滞する。それほど、デジタル化社会に対応できるかはコンテンス産業・IT産業の将来を左右するのだ。

 というわけで、一部で挙がった「イノベーション促進なんて著作権法改正の理由(立法事実)になるのか」という疑問に不肖お答えしたい。なるのだよワトソン君。無論、ではどの程度の改正が最適解であるかは簡単な問題ではない。だが、(権料自体でなく)権利処理のコストが大問題であることは誰にも否定できず、座視している間にコンテンツ流通のプラットフォームは米国系にほぼ寡占され、いくら著作権があってもまともに交渉させてもらえるクリエイターはほとんどいなくなりつつある事実は、厳然とあるのだ。

 日本から多様で豊かなコンテンツ、そしてその発信と流通の場が大きく育っていける基盤作りは間に合うか。カラータイマーの点滅がだいぶ速くなって来た感じの、2016年初夏である。

 いや、ここで既に5500字だ。AIなど「新たな情報財」と「海賊版対策」は後半戦で! あー、頭で考えただけでコラムにしてくれるAIが欲しい。脳内煩悩まみれだから別ジャンルの作品になっちゃってダメか。

福井 健策

HP:http://www.kottolaw.com
Twitter:@fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。骨董通り法律事務所代表パートナー。著書に「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)、「著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書)ほか。最近の論考一覧は、上記HPのコラム欄を参照。