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福井弁護士のネット著作権ここがポイント

TPPで日本の著作権は米国化するのか〜保護期間延長、非親告罪化、法定損害賠償


 先日TwitterでTPPの知的財産面での影響をつぶやいたところ、かなり反響をいただいたので、若干長めにまとめてみる。

TPPにおける米国政府の知財要求項目

 野田首相が11月12・13日のAPEC首脳会議で交渉参加を表明すると予想され、その賛否で国論がまさに二分されるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。最近になって、ようやくTPPは単に農産品の関税の問題だけではなく、「非関税障壁の撤廃」のために参加国のさまざまな国内制度を一変させかねないインパクトを孕んでいることが注目されるようになった。無論、その中には著作権その他の「知財政策」も含まれる。

 今年2月、「TPPにおける米国政府の知財要求項目」が有力NGOを通じてリークされ、EFFArs Technicaなどの団体が内容に警鐘を鳴らしている(ここから開けるPDFが米国要求本文)。

 同じ2月に両国政府が公表した「日米経済調和対話:米国側関心事項」にも、知財についての米国の要望が並び、上記と多くの点で共通する。著作権について言うと、これらの要望の特徴は、「日本でも過去に論争を招いて来た保護強化策」と「TPP域内のアメリカ化」という2つの言葉で要約できそうだ。

ダウンロード違法化の拡大、非親告罪化、法定損害賠償

骨董通り法律事務所の福井健策弁護士

 「日米経済調和対話」でも挙がった要求を中心に代表例を紹介すれば、まず「オンラインなどの海賊版対策」。海賊版対策では、日本が提唱し米国・EUも加わったACTA(模造品・海賊版拡散防止条約)が先日成立し、日本からは玄葉光一郎外相が署名した。この際には、内容の賛否はともかく、成立までほとんど国内向けの情報提供がなかったことが議論を呼んだが、今回、アメリカは「ACTAに入れられなかったものを全てTPPに持ち込もうとした」(Michael Geist教授)と言われるほど、海賊版対策を厚くしようとしている。

 特に「日米経済調和対話」には、「ダウンロード違法化の全著作物への拡大」が挙がる。日本では、私的な使用のためのコピーは著作権の侵害ではないという「私的複製」の例外がある。これは、対象が海賊版であっても同様なので、たとえばネットに海賊版をアップロードすることは無論違法だが、それを見つけたユーザーが個人で楽しむためにダウンロードすることは、従来は著作権侵害ではなかった。

 しかし、いっこうに減らない海賊版に、政府は2010年から「ダウンロード違法化」を一部導入し、違法にアップされた映像・音楽をそうと知ってダウンロードする場合、原則に戻って著作権侵害とする法改正を行った。この際にも大議論になり、経緯は山田奨治教授の最近の著作(「日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか」人文書院)に詳しい。

 ちなみに現在は、こうした違法ダウンロードをおこなっても罰則がないので「違法」だというだけで処罰されることはないが、他の著作権侵害と同様に罰則を導入する法改正が議論されており、これまた論争を呼んでいる。いわゆる「ダウンロード犯罪化」だ。

 米国の要求は、ダウンロード違法化の対象を、映像・音楽だけでなく全著作物に拡大せよ、というもの。そうなれば、漫画や小説を「Share」などファイル交換ソフトで入手する行為やネットの画像検索にあがった違法な写真をコレクションする行為などにも広く網がかかる。

 また、「非親告罪化」も要求項目だ(要求15.5(g)項)。今後、TPP知財関連で日本で最も議論になるのはこれかもしれない。現在、(私的複製でない)通常の著作権侵害には「最高で懲役10年又は1000万円以下の罰金」などの罰則があるが、親告罪だ。つまり、いくら警察が海賊版のアップや販売を摘発しても、著作権者などの被害者が告訴しない場合、起訴したり処罰はできない。

 これは警察にとって不便には違いないので、この告訴を不要とするのが「非親告罪化」だ。日本では米国の要求を受けた2007年頃に、「これが導入されたらパロディや同人誌が摘発されて文化が危ない」といった危機感もあって、やはり大きな議論を呼んだ。その際には導入は見送られている。

 実際にどれだけパロディや同人誌が摘発されるかはともかく、批判の根底にあったのは、当の著作権者が処罰を望んでいないのに、それでも国が処罰することの是非であり、つまりは「著作権は誰のため・何のためにあるのか」という問題だろう。

 「非親告罪化」は刑事の問題だが、著作権侵害には損害賠償といった民事の責任もある。関連する要望が、「法定損害賠償の導入」(要求12.4項)だ。本格的に導入された場合の短期的なインパクトでは、おそらくこれが大きい。

 「法定損害賠償」とは何か。通常の損害賠償は、著作権侵害で権利者などがこうむった実損害分しか賠償を求められない。通常たいした金額にはならず、しばしば弁護士費用にも足りない。日本の著作権は厳しいという一般の印象もあるようだが、現実にはこの賠償金相場などが原因で、大半の著作権侵害は訴訟に至らず終わっている。権利者の立場からすれば「泣き寝入り」だ。(実際には「実損害」という原則を補うルールもあるのだが、それを含めてこの現状である。)

 「法定損害賠償」とは、実損害の有無の証明がなくても、裁判所が(ペナルティ的な要素を含んだ)賠償金額を決められる制度で、米国なら故意の侵害の場合「1作品」あたり750ドルから15万ドル。実に1000万円強である。

 米国で知財訴訟が多く、賠償金額が日本と比較してはね上がる原因のひとつがこれだ。万一米国型の「法定損害賠償」が導入されれば、善かれ悪しかれ日本でも知財訴訟が激増する可能性はあろう。

 まだある。「デジタルロックの回避規制」(要求5.9項)。これは何か。デジタルロックとは、たとえばCDに施されているコピーガードやゲームソフトのアクセスコントロールなどで、DRM(デジタル著作権管理)とほぼ同じような意味だ。こうした技術はコンテンツホルダーにとっては重要だが、常にそれをかいくぐるための技術とのイタチごっことなる。そこで、日本ではコピーガードをはずすソフトウェアの頒布などは、以前から違法だった。これに加えて、アクセスガードの回避も違法化する、「改正不正競争防止法」という法律が12月から施行される。

 こうしたDRMはずしの規制を、条約で加盟国に義務づけようというのだ。日本の場合、すでに国内法で対応は取られているとも言えるが、あるいはもう一段の改正もあるかもしれない。

 そのほか、「真正品の並行輸入について著作権者にコントロール権を与えよ」(要求4.2項)や、「米国型のプロバイダーの義務と責任の導入」(要求16.3項)との要求もある。前者について、日本で輸入CD規制(レコードの還流防止制度)が導入された際は激論になったが、それでも対象は一定期間・一定範囲のCDなどに限られていた。今回の米国要求は対象をDVD・書籍などにも広げ、かつ、無制限のコントロール権化するものに見える。導入されれば、輸入版商品の流通に影響があろう。

保護期間の延長要求

 そして、「保護期間の延長」である(要求4.5項)。恐らく、今回の要求項目の中でアメリカは最低でもこれだけは通そうとするだろう。

 現在日本では、著作権は「著作者の死後50年」が経過すると消滅し、以後は誰でも自由に作品を利用できる。欧米は、この原則を1990年代に相次いで20年ほど延ばした。著作権はその誕生以来、期間延長が繰り返されている。最近ではミッキーマウスの著作権が切れそうになると延長されるというので、「ミッキーマウス保護法」と揶揄もされた。

 日本でも2006年頃から米国の要求を受けて国内権利者団体が延長を求めたが、「アーカイブなど古い作品の流通」「古い作品に基づく新たな創作」「コンテンツの国際収支」(日本は著作権収支で年間5000億円の赤字国)などが害されるのでは、と激論となり延長されなかった経緯がある。thinkCなどが加わった論争の経緯は拙著『著作権の世紀』(集英社新書)にも書いたので繰り返さない。筆者の考えは当時「中央公論」に掲載されたこの論考にあるので、興味があれば参照されたい。

 欧米でもその後ネット時代が本格到来し、「これ以上の保護期間の延長は困難ではないか」との予測もあった。しかし、去る9月、EUで「発行後50年間」と著作権に比べてかなり短めだったミュージシャンなどの"著作隣接権"を「発行後70年」に伸ばす「クリフ・リチャード法」がこれまた激論の末に成立すると、衝撃が走る。「結局、今後も期間永久になるまで延長が繰り返される」との予測(テレグラフ紙)もされた。

 今回の米国要求は、著作権については「死後70年」、隣接権についてはEUより更に25年長い「発行後95年」に延ばせ、というもの。世界では死後70年に延長した国はまだ半数にわずかに届かないが、TPP交渉参加国ではすでに70年が多数派。日本の「友人」はニュージーランドくらいで、交渉に加われればまず延長は濃厚、という見方も強い。
(ちなみに、二国間FTAで保護期間を延ばさせるのは米国のお家芸で、過去には韓国・オーストラリアがこの交渉術で延長を呑まされている。)

何を目標に交渉に参加するのか

 日本が交渉参加することになれば米国とあわせたGNPは参加国全体の91%を占め、「実態は日米FTAだ」といわれるTPP。そのTPPで議題になりそうな米国の著作権での要望を、駆け足で紹介した。

 もちろん、個々の施策については賛否もあろう。筆者も、純然たる海賊版にシンパシーを感じたことは一度も無いので、本当に実効的な海賊版対策ならば賛成だ。

 それ以前に、これは米国の当初の要求項目に過ぎない。そのどれを米国が本気で押して来るか、交渉の後半にならなければわからない可能性は十分ある。

 ただ問題は、交渉参加の刻限が迫る中、知財政策・情報政策ひとつ取っても、日本政府がどんな優先順位で何を目標に交渉に臨もうとしているのか、状況が見えない点にある(参考:外務省文書)。

 関税の場合、「おたくの関税を下げて欲しいから、うちの関税も下げる」というのは、(少なくとも論理としては)わかる。ただ、その交渉項目に「非関税障壁」が入ると、話はもう少し複雑になる。

 実質が日米交渉だとすれば、そもそも米国側に変えて欲しいと思う「非関税障壁」があるなら、それが交渉の目的でありゴールになるはずだ。そのための交渉材料として、日本の制度を変える話も受け入れるというなら、わかる。

 知財について、日本はアメリカにどの制度を変えて欲しいと真剣に思っているのだろう。海賊版対策はもちろん重要だ。しかしTPPには(例えば)中国は加わっていない。米国にも無論海賊版はある。が、その取り締まりをする上で障害になっている米国制度があるのだろうか。

 筆者は寡聞にして聞かない。無いなら、知財に関する限り、日本がいまTPP交渉に参加すべき理由はおそらく乏しい。

 では、米国ではなく日本自身の知財制度を変えることがTPPに入る目的になるか。実際、外交を通じて国内制度を変える「ポリシーロンダリング」という言葉がはやる通り、そんな狙いは関係者の一部にはあるのかもしれない。

 が、それは間違っている。仮に、上記の米国要求の中に長期的に見て日本のためになるものがあるならば、日本国内で議論を通じて国会の多数派を説得して変えるべきだ。

 国外の力を通じて国内の政治目的を達成するのは、一見近道だが、依存性の薬物と同じである。それは国内政治の根幹、つまり合意形成に向けた我々の意思と対話の力を、徐々に蝕んでしまうからだ。

 10月28日の毎日新聞朝刊で、APEC首脳会議でTPP交渉参加を表明すべき理由として、「それが米国が最も喜ぶ時期だから」という説明が与党内でされたとの報道があった。

 当たり前のことを書くが、相手が喜ぶこと自体は外交の目的ではない。たとえば日本の交渉参加を交換条件に、こちらの要望を何か米国に呑ませるというなら、まだわかる。しかし、伝え聞く限り、その様子もない。

 筆者は、国内外の契約交渉を専門としている。日本の場合、「相手と同じ船に乗っている」ということ、言ってみれば「何であれ何かに合意して(その場は)丸くおさまる」ということ自体が、しばしば目的化すると感じてならない。つまり、「合意至上主義」である。

 「合意」は、決して交渉の「目標」たり得ない。逆だ。はっきりした「目標」があって、その目標を獲得できる時にだけ「合意」するのだ。

 改めて問う。交渉参加の「目標」は何か。保護期間の延長ひとつ取っても一国の文化への影響は甚大だ。「なんとなくアメリカと仲良く見える」という程度の理由でそれが決まってしまうほど、この国の文化の、情報流通の未来は軽くないのである。


関連情報

2011/10/31 12:14


福井 健策
HP: http://www.kottolaw.com Twitter: @fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。著書に
著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書11月刊)ほか。最近の論考に「全メディアアーカイブを夢想する」など。