福井弁護士のネット著作権ここがポイント

そろそろ本気で「孤児作品」問題を考えよう

世の中の著作物の半数以上が「孤児」状態

福井健策弁護士

 孤児作品という言葉をご存じだろうか。探しても権利者が見つからない作品のことだ。通常は、書籍・映像・各種データなどで著作権者が不明な状態をいう(孤児著作物)。最初はちょっと驚く名称なのだが、世界的に「オーファン・ワークス」と呼ばれており、これがデジタル社会の行方を左右する大問題となっている。世界ではいま、この孤児作品対策が熱いのだ。

 なぜ大問題か。権利者不明の作品がべらぼうに多いのである。

 驚くなかれ、各種の調査では、世の中のあらゆる作品・資料の50%かそれ以上が孤児著作物だ。たとえば、英国では大英図書館で著作権期間中の可能性のある書籍の約43%、ミュージアム所蔵の写真は実に90%、米国では学術資料の50%が権利者不明という調査結果がある。日本では、国会図書館の明治期図書の著者のうち71%は連絡先どころか没年も判明せず、TV番組や記録フィルムもかなり高率で権利者が不明とされる。

 断っておくが「すぐに権利者がわからない作品」ではない。「すぐにわからない」なら、もっと多い。「探しても結局見つからなかった人」が、この比率なのだ。Googleによれば、世界中には約1億3000万点の書籍があるという。仮に半分ははっきりPD(著作権切れ)とわかると仮定しても、残り6500万点の半数、実に3000万点以上の書籍が権利者不明ということになる。大変な数だ。

権利者が見つからなければネット公開は夢のまた夢

 「そりゃ古い作品なら作者なんて見つからないケースも多いだろうけど、見つからないと何で困るの?」

 言うまでもない。作品・資料を利用しようにも許可が取れないのだ。複製してネットなどで公開しようとすれば、著作権者の許可がいる。権利者が見つからないからといって、無許可で使えば著作権侵害となってしまう。突然権利者が現れて高額の賠償請求でもされたら大変だ、そう考えて二の足を踏むケースが大半だろう。

 つまり、作品をいくら集めてもデジタル化すらできない。ものによっては展示公開もできず、ましてネット公開などは夢のまた夢だ。仮に1冊の書籍に権利者不明の作品が1点、1本のTVドラマに所在不明のキャストが1人いれば、全体が使えなくなる。過去の資料の大規模デジタル化(マス・デジタイゼーション)やその活用にとって、決定的に重要な問題であることがわかるだろう。

 それだけではない。今のは著作権・著作隣接権のオーファンだが、そのほかに「所有権のオーファン」「肖像権のオーファン」もあるのだ。

 たとえば先に挙げた記録映画フィルム。「著作権の帰属が不明な作品」に「フィルムがあるが所有関係が不明な作品」をあわせるとさらに比率が上がる。こうした過去の映画の保存・修復を進める国立近代美術館フィルムライブラリー(京橋)では、仮に著作権者が判明していても、所有者不明のフィルムの寄贈は現在受け付けられない。これもまた大問題だ。

 寄贈を受け付けられないとどうなるか。現在フィルムを保管している企業や個人だってスペースやコストの負担というものがある。そのため廃棄したり、あるいは団体そのものが解散すれば、フィルムは散逸する。いくら著作権者が判明していても、現物のフィルムがなくなれば当然作品はこの世から消滅する。高温多湿など、保存状態が悪くても同じだ。現在、多くのフィルムでは「ビネガー・シンドローム」と呼ばれる腐食や劣化が進んでおり、放置すればいずれ再生不能になる。

 戦前の名作映画の権利収入で稼ぐ米国などを尻目に、日本では戦前黄金期の映画フィルムは戦火もあってわずか10%以下しか残存していない。その10%すら腐食すれば作品は永久に歴史の闇に消える。ちなみに、古い放送番組の残存率はさらに低く、よく挙げられる例では名作「ひょっこりひょうたん島」は1224話中8話、「新八犬伝」は464話中4話しか残存しないなど、1980年以前のものは「ほぼ残っていない」とされる。

NHKアーカイブズでさえ6年間で公開できたのは1%強の番組だけ

aRmaはサイト上で「不明出演者探し」をしている

 不明出演者の問題も厄介だ。NHKでは過去の放送番組約78万タイトル(ニュース映像を除く)を保存し、その公開を進めている(NHKアーカイブズなど)。この際、出演者の了承を取るのだが、プロの俳優でさえ、現在所在不明の方は予想以上に多い。

 aRma(一般社団法人映像コンテンツ権利処理機構)という団体をご存じだろうか。映像系の権利者団体で、サイト上で「不明出演者探し」をしているが、そのサイトを見ると膨大な不明俳優の数にびっくりする。例えば大河ドラマ『秀吉』では、57名の俳優が現在連絡不能だ。しかも、サイトの利用は現在NHKに偏っており、民放を入れれば不明出演者の総数はもっと跳ね上がるだろう。

 さらに、いわゆる一般人の「肖像権」の問題もある。ドキュメンタリーやニュース映像に出た方にネット公開の了解などを取るのだが、言うまでもなくかなりの方は見つからない。で、どうなったか。NHKアーカイブズでいえば専従チームで権利処理を続け、開館から6年間の2009年には約1%強の番組を公開にこぎつけたという困難さだ。いやNHKは前向きに取り組んでこれである。

 まさに「デジタル立国の未来は孤児作品の対処にかかっている」と言っても、過言ではない。

Google対抗軸としてEUは欧州オーファン指令を採択

ヨーロッパの巨大電子図書館「europeana」のサイト

 こうした孤児作品の対策は世界共通の課題だ。そしてEUでは2012年秋、意欲的な欧州オーファン指令(ディレクティブ)を採択した。あらかじめ調査方法を決めておいて、それに従って探しても権利者が見つからない作品は、全欧州で非営利のアーカイブなどに利用して良い、というものだ。

 EUディレクティブは、2014年の10月までに各国で立法措置が取られることになっている。(さらに英国では、非営利以外の商用利用にも道を開くECLという仕組みを同時に試みている。)

 なぜ、EUがこれをするのかといえば、Google対抗軸である。Googleは2004年、世界1億3000万冊の全ての書籍をスキャンしてデジタル化し、ネットを通じて全文検索可能にしようという壮大な「Googleブックス」プロジェクトを発表した。その後、各国図書館の協力を得てすさまじい勢いで書籍のスキャン作業を進め、既に2000万点以上を実際にデジタル化済みである。本に限らず、この種の大量デジタル化事業はGoogleのお家芸だ。

 ヨーロッパは、これに危機感を持った。94%のユーザーはネットで検索結果が出ると最初のページしか読まず、2ページ目には行かないと言われる。文化情報の集積と、さらにはその検索結果の序列の付け方や配列・活用方法までがGoogleの手に握られる。「米国の民間企業が文化の流通と序列化を握って良いのか」という意識から、全ヨーロッパの巨大電子図書館「europeana」の構築に着手した。実際には各国のデジタルアーカイブのネットワーク化・ポータル化なのだが、既にテキスト・画像から音楽まで2100万点をデジタル化済み、2015年には3000万点を公開するとしている。

 しかしEUも(そしてGoogleも)、日本同様に最大の課題は権利処理だ。権利者が判明していてすら膨大な作品の使用許可を受けるのは楽でないのに、オーファンとなると許可の取りようがない。そこでユーロピアーナなどでのデジタル公開を一気に進めようとして導入したのが、今回の孤児作品ディレクティブという訳だ。

 米国も負けていない。もともと2008年にはEUよりさらに踏み込んだ内容の「孤児作品法案」を議会に提出していた。どう踏み込んだかといえば、「誠実に既定の調査をしても権利者が見つからなければ、非営利に限らず商用でも使って良い」というのである。

 さすがに異論も出ていたところで、Googleの上記プロジェクトなどを巡る2つの裁判が勃発したりして、話はとん挫していた。しかし昨年のEUディレクティブを見て、米国もこの法案の検討を再開したのだ。2012年秋の意見募集には国内91の知財ロビイ団体、大学を含む図書館・博物館関係からEFF(電子フロンティア財団)・全米弁護士会までが意見を提出した。政府サイト上で公開された各団体の意見を見ると、その議論集積の質と量に圧倒される。

 なぜ、欧米はこうまで孤児作品対策に、ひいては過去の作品・資料のマス・デジタイゼーションに血道をあげるのか。それは、デジタルアーカイブが、あるいは各セクターでのデジタル化を容易にする法制度そのものが、「知のインフラ」だからだ。

 コンテンツ・情報産業は今や米国最大の輸出産業であり、過去の作品・資料の集積と活用は、その広大なすそ野であり屋台骨である。それは教育・研究・新たな創作の糧となり、さらには地域活性化や政策形成への寄与も絶大だ。

 EUは今回の思い切った政策で、今後2〜3年のうちに空前の3000万点公開をおそらく現実のものにするだろう。それは豊かな文化を育む素晴らしい活動であるとともに、米国との文化覇権をかけた闘いなのである。

アーカイブ化の苦闘が続くオーファン対策「先進国」日本

東日本大震災デジタルアーカイブ

 では、日本はどうなっているのか。実は日本はカナダや韓国・インドと並んでオーファン対策の法制をいち早く導入した「先進国」だ。その制度の名は「裁定制度」。

 内容は、権利者を探す努力を尽くしてそれでも見つからない作品については、文化庁が審査した上で、権利者に代わって許可を出し、補償金を供託すれば利用できるというもの。この制度、EUが導入中のものとの違いは、向こうは「探す努力をしたら使って良い」ルールで、日本は「探す努力をしたことを証明し許可を貰って使う」点。

 確かに世の中には制度を悪用する輩がいるから、政府の判断をかませる日本方式は安心だ。ただ、実はこのタイプは敷居が高い。EUでもこの形態は運用コストが高く、「利用が進まないのが欠点」と整理している。

 現に日本の裁定制度、従来の利用率は極端に低く年0〜2件程度、最近若干の制度改善で利用率が上がったとはいえまだ年30件程度だ(しかも学習参考書系に偏る)。改善はされているが、潜在的なオーファン利用の需要はこんなものではないだろう。

 こうした中、日本でアーカイブの苦闘は続く。

 我が国には、価値あるデジタルアーカイブ事業が少なくない。たとえば、先ほどのNHKアーカイブス、国立近代美術館フィルムセンターのほか、ご存じの青空文庫、放送作家の市川森一さんが心血を注いだ「日本脚本アーカイブズ」、そして3月7日には震災の記憶をとどめようと動画・写真など20万点を横断検索できる「東日本大震災デジタルアーカイブ」も正式公開されるなど、豊かな成果をあげている。

 同時に、その多くはあまりに少ない予算と圧倒的な人員不足に苦しんでいる。フィルムセンターのような公的な映画の保存機関で働く専門員は、全国でわずか10人程度という。比較的多くの予算が割かれた国会図書館「近代デジタルライブラリー」ですら、デジタル化済み図書は1968年までの220万点。この先は予算の目途が立っておらず、デジタルでの公開可能点数は50万点ほど。加えて、権利処理の負担なのだ。

 景気対策として公共事業に数兆円の予算が投じられる日本。しかし少資源国・日本のゆくえを左右するはずのこうした知のインフラ整備は、予算と人員と権利の壁にあえいでいる。

日本で孤児作品を増やさないためにできること

「知的財産推進計画2013」及び「知的財産政策ビジョン」の策定に向けた意見募集

 ではどうするか。まずは、孤児作品をこれ以上増やさないための予防策が重要だ。権利者不明作品を最初から出さないための工夫として、契約書の普及や、死亡時に遺言や遺産分割協議で権利の管理者をはっきり決めることも鍵になる。権利情報を収集するデータベースの一層の整備も大切だろう。いずれも、日本型の曖昧なビジネス慣行には馴染まない部分もあるが、可能なところから取り入れていくべきだ。

 さらに、作品を発表する際に作者が利用ルールを公開する「クリエイティブ・コモンズ(CC)」などのパブリックライセンスも孤児作品減らしには有効だ。プロでない大半の作者は作品から収入を上げることは期待していない。むしろ大勢の人に見てもらいたい、特に非営利の活動なら積極的に使って欲しい、と思う作者は多いだろう。だが、いくら作者がそんな希望を抱いていても、彼/彼女と連絡不能になれば、やはり作者の意向を確認できないから使えない。そこで、作者が作品の公開時に利用ルールをはっきり記載するのである。そうすれば、その後作者や権利者と連絡がとれなくなっても、利活用ができる。

 他方、既に発生してしまった過去の膨大な孤児作品はどうするか。たとえば著作権法を改正し、EUのように一定の努力をしても権利者が見つからないものは、裁定不要で非営利アーカイブに使って良いとする。あるいは、現在の裁定制度を維持しつつ、さらに使いやすくするため、裁定制度の民間委託などを検討しても良い。そして一度探す努力をして「孤児作品認定」を受けたものは、以後は自動的に利用の許可が出るようにする。もちろん、権利者が将来現れれば使用対象から除けるルールだ(オプトアウト)。肖像権や所有権のオーファン活用のルールも定める。

 こうした知のインフラ整備は、間違いなく日本の産業基盤、地域活性化の鍵になるだろう。制度整備だけならば必ずしも高額の予算は必要ない(もちろん、デジタルアーカイブの構築自体には日本は十分な予算を投じるべきだ)。

 日本には、欧米が取り組んで来なかった裁定制度を導入しこれまで厳格に運用して来たノウハウ、いわば孤児作品との付き合い方のアドバンテージがある。今ならまだ、本当に豊かな社会、豊かな文化のために最先端の制度を実現できるだろう。

 で、そのために我々は何ができるか。偶然にも(笑)、現在政府は「知的財産推進計画2013」及び「知的財産政策ビジョン」へのパブリックコメントを募集中である。「知的財産政策ビジョン」は、今後10年間の日本の知財政策の方向をここで決めようという豪気な計画だ。3月22日締切で、パブコメは書式自由、メールも可。今回は、過去に本コラムでも再三取り上げたTPP知財問題、パロディ規定、保護期間延長の是非など論点が豪華山盛りだが、「孤児作品活用ルールの一層の整備を望む!」でも良いのである。

 デジタルアーカイブ立国に向けて、我々にできることは多く、時間は、多分そんなにはない。

福井 健策

HP: http://www.kottolaw.com
Twitter: @fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。骨董通り法律事務所代表パートナー。著書に「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)、「著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書)ほか。最近の論考に「全メディアアーカイブを夢想する」など。